二十三話 数で上回ってるなら隠し玉を残すなよ
予想通り、村には六匹のブラッドオーガが現れた。
雷牙とカレンさんの二人だけでは苦戦した相手だが、リゼルという前衛の増えた彼らには敵う相手ではない。あっという間に一匹を残して全滅。
残る一匹を死なない程度に痛めつけるという、残虐極まりない僕の指示に従い、わざと見逃す。
そうして、三人を見送った僕は、リゼルたちと宿泊していた家へと戻り、吉報を待つことにした。
◆
俺たちは息を殺して敗走する大鬼を追い続ける。
奴は地形を熟知しているのか、俺たちが見逃すほどのスピードで逃げる――かと思いきや、いきなり狭い洞窟を通ろうとして挟まったりしていた。
「なんだ、ありゃ?」
つい疑問がこぼれる。
「もしかしたら、体の大きさの変化に認識がついていかないのかもしれません」
「あ~、そりゃ間抜けだね、間抜け」
女性陣の指摘に納得する。
オーガは成長の速い種だが、成体になるまで五年ほどかかるという。『魔竜』が現れたのは一年前、瘴気の影響があるとはいえ、世代交代しているとは思えない。
つまり、下位種の子鬼だった彼らは、瘴気によって強制的に肉体を肥大化させられたのだ。
望まず蝕まれた姿には若干の悲哀を感じさせたが、それ以上に間抜けだった。
筋肉隆々のオーガが、壁に挟まれ、それどころか「何が起きたのかわからない」という顔をしているのだ。つい笑いを誘われる。
だが、冷静になる。
――ここで時間をかけるのは拙いんじゃないか?
戦力を追撃に裂いた今、エルナ村の守りは薄い。
村が――そして勇人が襲われるのではないかと思うと、気が気でないのも事実だった。
こうなれば――
「待てッ! オーガ!」
俺は二人の静止を無視して躍り出る。
そして
「炎よ、高まり弾けて岩を砕け! 【爆破】!」
最低限ギリギリの魔力で攻撃魔法を発動した。
破砕音が響き、岩壁が大きく振動した。
幸運にも拘束を逃れたブラッドオーガは、追撃者の存在に半狂乱になって逃げる。
「追いかけるぞ!」
呆然とする二人に俺の叱責が飛び、再び追走劇が始まった。
◆
そのあと、特につっかえることもなく俺たちはオーガの巣にたどり着いた。
大きな洞穴だ。
かつては十分な広さを誇っていたのだろうが、巨体となった今ではぎちぎちに敷き詰めるようだった。
「……気持ち悪いです」
カレンのもらした言葉に同意する。
筋肉の塊が肌触れ合わん距離で大量にいるのは、視覚的な暴力だと思えた。
「さっさと片付けよう」
「まずは一発よろしく~!」
俺たちを見てカレンは頷くと
「一度に全力を注ぎこみます。多分そのあと動けなくなるので、残りの掃討、お願いします」
と言った。
詠唱が始まる。カレンは目を瞑り、ぼそぼそと呪文を唱えていく。
そして――
「水は嵐に、風は雷に。わが手に集いて荒れ狂え! 【電撃暴風!】」
練り上げられた魔力が巣穴に突如暴風を巻き起こした。
突如攻撃を受けた大鬼たちは冷静さを欠き、混沌へと包まれる。そこに幾筋もの雷光が襲いかかった。阿鼻叫喚の悲鳴が鳴りやむと、巣穴は地獄絵図と化していた。
「ゴ、ゴァァァアッ!」
生き残りが、俺たちを見据え、叫ぶ。
怒りと憎しみに塗れた咆哮だった。
「行くぞ、一匹たりとも逃すなよ!」
「了解、了解~」
緊張感に欠ける相槌と共に、戦いが幕を開ける。
◆
「――キリがないな」
半数以上をカレンの一撃で仕留めたはずだというのに、巣穴から現れるオーガは尽きることがなかった。
幸いにして、狭い巣穴の入り口に陣取ったため、全周囲をを囲まれるという事態は回避できている。当然、敵の攻撃を躱すのにも制約は発生するが、体の小さい俺たちよりオーガの方が影響は大きい。
「少し疲れてきたかも~」
流石のリゼルも表情に余裕が消えてきた。
スピードを生かした戦闘スタイルの彼女にとって、このフィールドは気を遣うのだろう。
「もう一度、撃ち込みます!」
時間のおかげか、少し回復したカレンが叫んだ。
「先ほどより弱いですが、効果的なはずです」
再び詠唱。
俺たちは全力でオーガの突破を防ぐ。
「風よ、雷となりて、一条の光で敵を貫け! 【雷砲】!」
今度は貫通力を高めた一撃。
一直線に唸る電撃が、巣穴から逃げ出そうと一列になっていた大鬼たちを無慈悲に貫いて行った。
黒こげになったオーガから目を離し、巣穴へと視線を動かす。
……増援は現れない。
「これで、なんとかなったか?」
流石に大方片づけただろうと、期待を込め俺は呟いた。
だが――
ズシン、ズシンと重量級の足音が響く。
人間より二回り大きいオーガたちが歩き回っても、こんな音は立たなかった。
「グァァァッ」
怒りに打ち震えた重く、低く、そして暗い唸り声。
巣穴の奥深くから現れたのは、人間の倍ほどの巨躯を持つオーガ。
手に握られているのは、ブラッドオーガたちが使用していた棍棒ではなく、戦斧だった。
鈍く輝く刃。その上、柄の先には鋭く磨き上げられた穂先がある。大槍斧――叩き斬ってよし、突いてよしの万能兵器だ。
ただし、重量も必然的に跳ね上がり、使いこなすには膂力が必要とされる。
それを軽々と振るうその姿は――
「まさか、ロードオーガ!?」
まさしく大鬼たちの王だった。
◆
僕は、一人静かに【索敵】を使い続けた。
当然、伏兵を警戒してのことだ。
とはいえ、内心その可能性は薄いと考えていた。
大量の兵を投入するというなら、僕たちがリゼルと合流する前にするべきだろう。数の優位は数える必要すらないのだ。
まるで、意図的に戦局を引き延ばそうとしているのでなければ、そんなことをする必要はない。つまり、なんらかの原因で逐次投入を強いられているというのが僕の予想だ。
だけど、最悪の事態に備え、警戒は怠らない。そのために数分ごとに【索敵】を起動しているというわけだ。瘴気の影響で索敵範囲は狭まってしまっているが、それでも守りを固めるだけの余裕がある距離は警戒できるはずだった。
そろそろ、日が暮れ夕食の準備が必要な時間帯だ。
「雷牙たちが帰投するまで、僕は【索敵】を使う必要があるので夕食は作れません」
と村人たちに行ったところ、大層ガッカリされてしまった。
……昼は余裕があったので、山羊の乳でシチューを作った。それで期待が膨らんでしまったのだろうか。
――まあ、エルフの人たちが用意してくれる料理もおいしいんだけどね。
僕にとっては、どこかお母さんの優しい味を思い出させてくれる味だった。
つい唾が出てくるのを飲み込み――
「……来ちゃったか」
僕は近づいてくる魔力の大群を発見した。それと、少し離れたところにとても大きな一つ。
すぐに村長代理宅へ向かい、説明する。
敵が近づいていること。
普段と違い、二十もの数であること。
もし彼らが辿り着けば、結界はあまりもたないであろうこと。
そして
「僕はこの村を出ます」
僕が離脱すること。