二十二話 死地に送るっていうなら命を賭けろよ
一晩ゆっくり休み、心と体を癒した僕たちは、村長代理の家に集合していた。
いや、本音を言えば僕はそんなに休めていない。
昨晩、雷牙と語り合った僕の顔は、出たときよりも熱く火照ってしまった。
そして、元村長宅、現リゼル邸に帰宅すると、熱に浮かされたかのようにフラフラとベッドに倒れ込んだ。
そのまま二人におやすみを告げる間もなく眠ってしまった。
だけれど、朝方になる前に起きてしまい、回想しては「むー!」とか「んあー!」とか言葉にならない声を上げて身もだえしていたのだ。
割と精神的にはずたぼろだ。
――男だったころには、あいつに見つめられてもなんともなかったのに!
いや、どうにかなっていたら大問題だけど。
朝食の時リゼルが
「やっぱ付き合ってるんじゃ~ん」
とかぼそっと呟いたのは気のせいだと思いたい。
……話を戻そう。
僕たちの議題はただ一つ。
如何にしてこの村のオーガの攻め手を緩めるかだ。
過酷な状況で生き抜いている村のエルフたちを助けたいという道義心。そしてリゼルを仲間に加えたいという打算。僕は二つの感情が入り混じった状況で話し合いに臨んだ。
◆
「まずは状況の確認から始めよう」
僕の言葉に対し、リゼルが説明を始めた。
現在、対オーガ戦において、もっとも場数を踏んでいるのは彼女である。特に彼女が物怖じした様子はなく、堂々と話し始めた。
「オーガはいつも日中に攻め込んでくるんだ。目的は結界を破壊するためかな~。実のところ、夜中に来てくれる方がうれしいんだよ。それも月夜だよ、月夜。そっちがあたしの本領発揮だから」
ワーウルフという種は、どちらかといえば夜行性だ。僕たちの世界での認識同様、月夜――それも満月の晩にもっとも力が高まるとか。
おおよそ、二日に一回のペースでオーガたちは侵攻してくるらしい。頻度は多いものの、一度に送り込まれるオーガの数はあまり多くない。
「五、六匹ぐらいだからあたし一人でもなんとかなったんだよ」
リゼルが補足する。
「一日おきにそれだけの数って、大した量だよ。どこかに巣があると考えた方が自然だと思う」
「……逐次投入しているのも気にかかりますね」
「うん、そんなにオーガの数が多いなら……例えば、十日おきに五十匹で攻めてきた方がよほど効率的だろうね」
カレンさんの疑問はもっともだった。
僕は戦略シミュレーションなんかもたまに遊ぶのだけれど、ただいたずらに数度に分けて侵攻を繰り返すそれは、無駄な消費を強いる下策としか言いようがなかった。
あくまで、オーガに芽生えているのは知恵ではなく、群れとしての思考だ。稚拙な思考ゆえに――例えるなら誘蛾灯に群がる虫たちのように――突撃を繰り返しているのならいい。
しかし、この戦いはゲームではない。
読み違えたからリセット、死んだから別のキャラクターを作ろう――なんてやり直しは効かない。
なんらかの意図があると警戒するのが当然だった。
とはいえ、僕たちがここで籠城しているわけにはいかない。オーガの討伐を優先すると言い切ったものの、本来の目的は『魔竜』である。
ある程度のリスクは呑んで、ペットする必要があった。
◆
結論としては、いたって単純な作戦だった。
こちらを攻めてきたオーガを半壊状態まで追い込み、あえて逃げさせる。その後をつけることでおおよその巣の位置を割り出し、雷牙、カレンさん、リゼルの三人で奇襲をかける。
驚くほど捻りがなく、原始的なものだったが、僕にはこの程度の策しか思い浮かばなかった。
たった三人、それも内一人は出会ったばかり。この集団で複雑な作戦は不可能だ。また、複雑な策は一見、効果的に思える。
だけど、時計が小さな歯車一つ欠けただけで動かなくなるように、一つの計算違いが連鎖的に計画を狂わせていく。
「……俺たちが離れている間に攻め込まれたらどうするんだ?」
雷牙の質問に村長が答えた。
「一応、この結界は瘴気に侵された魔物も退ける力があるようです。大軍勢に押し掛けられたらわかりませんが、少しの間ならば持つでしょう」
予想通りだった。
そうでないと、リゼルが狩りに出かけられるはずがない。一瞬の隙をついて襲われればひとたまりもないのだから。
大軍勢という点を意図的に無視し
「大丈夫だよ、それまでに雷牙たちが打倒してくれればいいんだ」
と笑顔を作ってウィンクをした。
顔を赤らめる雷牙には触れずに
「カレンさん、お願いするよ。今回の作戦だと、魔法が重要になると思うんだ」
雷牙やリゼルの攻撃が点だとすれば、カレンさんの魔法は面だ。
少数での戦いであれば誤射を恐れ攻撃のタイミングが限られてしまう。だけど、逆に多数との戦いであれば、あるほど本領を発揮できる。
話を聞いたところ、オークは魔法への抵抗に優れているとは言い難い種のようだった。鉄のように鍛え上げられた筋力も、雷や炎にはなす術もなく打ち砕かれる。
広範囲魔術の一撃による壊滅的な打撃を期待できるのだ。
「あたしも魔法使えたらよかったんだけど、全然才能なかったんだよね~魔法。お母さんはエルフなのに!」
口をとがらせるリゼルに微笑むと
「奇襲の決行は明日! 三人ともよろしく!」
高らかに僕は宣言した。