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僕が好きだっていうなら誠意を見せろ  作者: ぽち
僕が好きだっていうなら誠意を見せろ
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二十話 窮地を切り抜けたっていうなら風呂ぐらい入らせろ

 久しぶりにエルフが作る食事というものを頂いた。なんだか新鮮だった。

 旅の間、炊事当番は僕だったから。

 ……二人が担当した結果の惨状はお察しの通り。


 食事は美味しかった。保存食をお湯で戻したスープに、固めのパンを浸して食べる。こういう素朴な味わいは結構好き。

 幸いなことに、結界内部の畑は荒らされておらず、リゼルが肉を供給してくれるのでさほど村は困窮していないようだった。……どうしても肉中心になりがちなのが、一部のエルフの村人たちにとって不満らしいけど。


 元々、地球で暮らしている間は、自炊が当たり前だった。少しでも節約するためだ。

 だけど――滞在したのはたった一週間だというのに――城で菜食中心の食事が用意されるのに簡単に慣れきってしまった。

 この世界に飛ばされて、女になって、『魔竜』の討伐という使命を与えられて……激動の一週間だった。順応させられてしまったのかもしれない。


「やっぱり、勇人の作る飯の方が旨いよ」


 雷牙が、ご馳走してもらいながら失礼なことを口走る。足を踏みつけることで黙らせながら、内心満更でないのを感じていた。

 相変わらず人を喜ばせるのが上手い奴だ。

 そうやって着々と修羅場の土壌を育て続けてきたんだな。


「『聖女』様の食事、いつかご相伴にあずかりたいものです」


 村長は気を悪くした風ではなかった。

 それどころか、異世界の食事なのかと興味津々だった。


「いえ、大したものではありませんよ。雷牙が失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません」


 ちなみに、彼は肉食に慣れ始めたエルフの一人。

 エルフたちは、あくまで体質的に肉を受け付けないわけではなく、肉は贅沢品という認識が根付いているのが大きいらしい。

 そのため、閉塞的な状況では罪悪感を覚えてしまうのだとか。

 感覚的には、文明開化以前の日本人みたいなものだろうか。


 ――ハンバーグなんてこちらの文化にはないだろうし、喜ばれるんじゃないだろうか。


 口ではそう言いつつ、夕飯は僕が用意するのもありかと考える。

 僕は戦えないのだから、その分別のところで働くべきだと思っていたところだった。





 安請け合いしてハンバーグを作ろうと思ったものの、実際の村人の数はかなり多く、僕はへとへとになってしまった。

 冷静に考えれば、これだけの大人数の食事を作った経験は僕にはない。エルフたちが非常に喜んでくれたのが救いだろうか。

 久々に地球の味に近い食事をとった雷牙もはしゃいでいたが少し鬱陶しかった。


 僕が見通しの甘さを反省していると、リゼルに声をかけられた。


「一緒にお風呂行こうよ、お風呂!」


 つい先ほどまで彼女は、雷牙と木の棒を使った打ち合いをしていた。模擬戦である。身体能力に優れた二人にかかれば、木の棒ですら凶器と化す。

 実力伯仲と言っていい彼らは、次なる戦いへ向け訓練を積むことにしたようだった。


 結果は雷牙の三勝五敗、二分け。

 攻撃を急所に食らったら負けのルールなので、雷牙の強みである一撃の重さは役に立たない。敏捷性に優れたリゼルが有利なのは目に見えていた。

 むしろ三勝したことを褒めてやりたいほどだった。


「僕が、リゼルと?」


 つい指さし確認をしてしまった。

 満面の笑みでリゼルは頷く。


「うん、女同士なんだし、問題ないでしょ?」


 模擬戦で汗だくになったのが気持ち悪いらしい。それに、時折地を這うような姿勢で攻撃を回避していたため、衣服も砂ぼこりに塗れている。


 ……正直、元男としては下心が消えたわけじゃない。くらりと行きかねない魅力的な申し出だった。


 だけど


「ごめん、遠慮しておくよ」

「どうしてどうして?」


 リゼルは理解できないという顔をする。

 社交的な彼女としては、同性へのコミュニケーションの一種なのかもしれない。

 僕は一瞬だけ逡巡して


「僕は男だから」


 と告白することにした。





「え~! どういうこと? そういう趣味?」


 リゼルは、さらに困惑の色を強めてしまった。


「えいっ!」

「ふぇぁ!」


 どこをとは言わないが、鷲掴みにされてしまった。


「こんな大きいのぶら下げておいて、無理があるよ、無理が!」

「ちょっ、離して!」


 急いで彼女の手を振り払うと


「いや、体は女になっちゃったんだけど、心はまだ男だから」

「んん~? 性別が変わっちゃったってこと? ユートってそういう種族なの?」


 ……そういう種族もいるのか。

 少し気になって尋ねてみると、所謂、夢魔と言われる魔族のことだった。

 他者の精神に干渉することで魔力を食らうらしく、その前段階で……捕食対象――捕食と言っても共生に近い関係のようだが――の異性へと変わり、色々と致すのだそうだ。侮蔑的な意味合いでは淫魔と呼ばれるらしい。


 僕は、自分がまるでふしだらであると言われたような感じがして自尊心が傷ついた。

 だけれど、地球から共に来た雷牙に『誠意』という一方的な約束をしている今では、あながち間違いではないかと自嘲する。


「違うよ、僕はヒト……に近い種族だと思う」


 内心をおくびにも出さず返すと


「へ~なら『聖女』なのが関係あるのかな、『聖女』。選ばれた相手は女の子になっちゃうとか。だって『聖女』だもん、男だったらおかしいよ!」


 リゼルのあんまり物言いに、ついくすりと笑ってしまった。

 僕は間違いなく普通の『聖女』ではないので何とも言えないが、確かに彼女の言葉は的を射ていた。

 城で文献を調べたところ、女の『英雄』もちらほらいたらしい。だけど、それを導くという『聖女』に例外はなく、男は一人たりともいなかった。


「そうかもしれないね」


 僕の笑みに、何故かリゼルは不満げだった。


「も~! あたしの考え、変だと思ったでしょ!」

「いやいや、そんなことはないよ。僕としては面白い着眼点だと感心したくらい」


 雷牙に教えてあげたらどんな顔をするだろうか?


 ……結局僕は、この後リゼルに押し切られてしまった。


「体が同性なんだから問題ない、ない」


 と言われ、続く「当人がいいのだからいい」という論法には逆らえず、強制的に拉致されてしまった。

 どうだったかは割愛しておくが、端的に言えば、僕は真っ赤だったし、一方リゼルは怨念の籠った瞳で僕の一部分を睨み付けていた。


 彼女はまだ84歳――ワーウルフの寿命は大体600年ぐらいらしい――だというのだから、まだまだこれからだと思うのだけど。

 体を洗われた犬のようにぷるぷると体を振って水気を飛ばす彼女に苦笑い。

 実際お風呂の効果は絶大で、僕は、本来なら年上であるはずの彼女に、どこか妹のような感情を抱いていた。かなり弱めの火魔法で熱だけを加え、髪を乾かしてやる。


「お~、やっぱ魔法って便利だね、便利」


 そういえばリゼルは魔法を使えないのだった。

 その上一人旅。当然、【浄化(クリーン)】で清めることもお湯で体を拭くこともできない。


「仕方ないから水浴びとかできるときはしてるけど、やっぱ気持ち悪いんだよね~。宿屋でもお風呂がないところ多いんだよ!」


 なので、この国は天国だという。

 村に立ち寄って泊めてもらうことが出来れば、必ずお風呂へ入れるのだから。

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