十九話 足りないっていうなら仲間を増やせよ
「それにしても、一年間ずっとあんな魔物と?」
ブラッドオーガは手ごわかった。
一対一なら余裕でも、数によるごり押しはどうしようもなく厄介だ。
「いえ、最初はもっと弱い魔物でした。村に落ち延びた南部の兵士の方々に対処をお願いしていましたから」
――ああ、そういえば最初に何人かいたなあ。
俺が想い返していると
「では、時間が経つにつれ襲う魔物が強くなっていったということですか?」
カレンが質問を引き継いでいた。
ちなみに、質問に答えてくれる村人は、臨時の村長らしい。本来の村長は、瘴気に呑まれ帰らぬ人になってしまったとか……。
「ええ。ただのオーガだったのが、日に日に進化していきました。次第に兵たちでは追いつかなくなり――」
「あたしが来たってわけ、あたしがね」
ない胸を張るリゼル。
ここにいる女性陣の中で、サイズは勇人がトップだった。
「なんか失礼なこと考えてない? 一応、半年いるけど、ブラッドオーガのまま三か月以上変化してないよ。多分打ち止め。でも、だんだん賢くなってる。知能があるとかじゃなくて、統制されてるっていうのかな、統制」
「確かに、心当たりがある。死んででも相手の剣を奪うなんて、野生がすることじゃない」
一部華麗にスルーして答えた。
「頭がいるってことかもしれないね」
「頭、ですか?」
勇人の言葉にカレンが反応する。
「うん、指揮官みたいなやつ。そいつだけが知性を持って、オーガを操っているのかもしれない」
「それは……推測が過ぎないか?」
「否定できないね。でも、さっきの話を聞く限り、執拗にオーガたちはこの村を襲っている。まるで、瘴気に従う魔物以外を駆逐するように」
「何か目的がある、ということでしょうか」
「目的、目的ね~」
全員で考え込む。
が言い出しっぺの勇人がパンと手を叩き、思考を中断させた。
「ごめん、やめよう。目的は気になるけど、今重要なことじゃない」
「重要なこと……まあ、大本である『魔竜』を絶つことと、出来たら『英雄』を探してるっていう旅人の捜索か?」
「うん、でも、今は少し違う」
彼女は、俺の返答に頷きつつも否定する。
「まずはこの村を救うことだね。なんとかしてオーガを取り除く。もしくは弱体化を図る」
他の意見を言う間を与えずに続けた。
「二週間ほどでエルナ村にたどり着けたのだから――暴論になってしまうけど――二週間あれば『魔竜』までたどり着ける。どのぐらいのスピードでオーガが増えるのかはわからないけど、村を攻める余力がなくなるまでは削っておきたい」
そして
「出来ることなら、完全に排除して後顧の憂いを絶っておきたいけど」
と小さな声で付け加えた。
この段階で俺は理解した。勇人としては、リゼルも連れて行きたいのだろう。
情けない話だが、魔物相手に苦戦しがちな現状では、戦力が多いに越したことはない。
だが、お調子者のようでいて、律儀に半年間滞在する狼少女のことである。村に危機が迫った状況で、俺たちについてきてくれるとは思わなかった。
それだけでなく、暗に村を見捨てたという事実は、俺たち三人にも暗い影を落とすだろう。
俺が理由を察したことに、彼女も気づいたのだろう。
アイコンタクトをし
「オーガが知性を持ちつつあるのなら、『魔竜』との決戦中に挟撃される可能性もあるからね」
と念を押すように言った。
◆
とりあえず、一度難しい話は抜きにして昼食後、休憩ということになった。
戦闘の直後に気を張っていては、俺たちの気が持たない。
軍人や騎士として訓練を受けたわけではない俺たちは、精神面に不安が残る。
所詮は一般人なのだ。
「エルフのハーフの割に、背が低いんだね」
「あはは、ドワーフの間違いじゃないのかってよく、よく言われるよ!」
勇人にしては珍しく、波長が合ったらしい。
狼少女を後ろから抱っこしながらお喋りをしていた。
確かに、エルフは長身の、モデル体型に近い人が多かった。目の前の少女の姿はあまり似つかわしくない。エルフの特徴である耳も、犬耳では違いが分かりにくかった。
「男性は兎も角、ワーウルフの女性ってあんまり背が高くないんだよね~」
と続ける。
聞けば、この世界のハーフは片方の種族の特徴に、一部分だけもう片方の特徴が混ざるらしい。寿命や能力は基本となる種に依存するとか。つまり、リゼルはほとんどワーウルフそのままということである。
「いいなあ……」
とろんとした眼で、夢想する勇人。
抱っこする腕に若干力が入っている気がする。女の細腕であるため、鍛えているリゼルは意にも介していないが。
少し心配になった。
犬耳少女が、勇人の好みドストライクであることを俺は知っていたからだ。
カレンのようなおしとやかな女性も好きなこいつだが、そっちもいける口なのだ。嫁にしたいのと、娘にしたいのの違い。
何故俺がこんなことを知っているかというと、勇人は、ゲームのプレイ中、無意識に口数が増えるタイプだからだ。
「あーこういう女の子好きだからさー敵だとつらいよねー」とか「こんな子の世話焼いてあげたいなあ」とか、抱いているイメージが崩れそうなことを聞いてしまった。
冷静に考えれば、約束された『誠意』とは、俺の浮気を縛るものであって、勇人には関係ない。
――いや、何があっても俺は勇人を信じるぞ。
最後の項目を思い出し、俺はかぶりを振った。
「そいえば、ユートはライガとつきあってるの?」
「ぶっ!」
ガールズ――片方は元男なのだが――トークはコイバナへ発展していた。
聞き耳を立てていた俺は思わず吹き出す。
「いや? 一種の試用期間みたいなものだよ?」
「シヨウキカン? なにそれなにそれ」
「見極めてる途中ってこと」
意味を吟味するように考え込んだ後、リゼルは
「なら、ならライガを狙ってみようかな。お父さん以外で、あたしと同じぐらい強い男は初めてだし!」
とさらなる爆弾発言をぶちこんできた。
「それは、ご自由に」
――おい、勇人、否定してくれよ!
俺の心の叫びは通じないまま、時は過ぎて行った。