十八話 オオカミ少女だっていうならモフらせろ
「あれ? 君たち、君たち、見ない顔だね? もしかして外から来た人?」
俺たちの前に躍り出たのは、一人の少女だった。
あまり身長は高くない。120センチ――この世界風に言えば12メル程度。小学生サイズだった。俺たち同様に旅装ではあったが、あまり質はよくなさそうだった。
目を引くのは鮮やかな銀髪――ではなく、その上に鎮座する犬耳。
挙句の果てに尻尾までがちらちらと見え隠れしていた。
そのまま片方のオーガを惹きつけるかのように乱入。まるで、踊るかのようなステップでひらりひらりとオーガの攻撃を躱していく。
「あ、あんたは?」
「あたしはリゼル! 人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀だよ、礼儀~」
くるくる回りながらオーガの後ろを取ると
「ねえ、もう、ヤッちゃってもいいかな?」
「あ、ああ……」
気圧されるまま、頷く。
「りょ~かい!」
リゼルは腰から一本のショートソード――いや、むしろ俺たちの世界の小刀に近い――を抜くと、ブラッドオーガの脳天を一突き。
そのまま抜き取ると、血がぶしゅりと噴出した。
「そっちも片づけてあげるよっ!」
力いっぱい振ることでこびりついた血と脳漿を落とし、切れ味を取り戻した刀で、同様にもう一匹のオーガを即死させた。
「手ぶらでブラッドオーガと戦うなんて、命知らずだね君、君~」
あれだけ激しい運動をしていたというのに、リゼルは息を乱さず笑った。
「いや、武器を奪われたんだよ、三匹目で。未熟だった」
俺はこのまま流れで押し切れるかと思い、一瞬だけだが油断してしまった。
その隙を突かれてこのざまだ。
「あーなるほどねえ。ここの魔物、知性はないはずなのに変に組織化されてるんだよね~ほんと厄介、厄介」
何がおかしいのかけらけらと笑う。
「えっと君、名前なんだっけ、名前」
「雷牙だ」
そういえば名乗ってなかったのを思い出した。
「こっちがカレン、あともう一人連れがいるんだが、村の方へ避難させた」
まごまごしていたカレンは、俺の紹介に合わせおじぎをぺこり。
「あ~、あっちでゲロってた娘かな?」
「……やっぱりか」
血を見た勇人が平気なはずがなかった。
俺は魔術でガラティーンを固定していた肉を削ぎ落とすと、急いで村の方へと向かった。
◆
「雷牙! カレンさん! 無事だったんだね」
ドームを潜り抜け、村へと入ると、勇人が出迎えてくれる。
口調に反して顔色は悪い。
完全に真っ青。目じりには涙が浮かんでいた。
「こっちの台詞だ。お前こそ大丈夫なのか?」
「僕は心因性のものだから、死にはしない。だけど二人は命を張って戦ってるんだ。大したことないよ」
気丈に振る舞い
「それで、こちらは?」
と問うた。
「あ。あたしはリゼルだよ~。お姉さんすごいね、なんかオーラ出てるよ、オーラ!」
「「オーラ?」」
俺とカレンの声がハモった。
どういうことだろう。
「……もしかしたら、『聖女』のオーラってやつなのかもね」
カレンの前だからか言いにくそうに勇人が答えた。
勇人は、魔力操作が得意なのだが、雀の涙ほどしか魔力がないらしい。そのせいで、殆どの魔術を行使できないと語っていた。そういう意味では、制御が難しく消費魔力の少ない【索敵】は彼女にうってつけの魔術だといえるだろう。
「僕は勇人。一応、『聖女』やってます。あっちの雷牙の相方になるのかな」
「へ~、じゃあライガは『英雄』なんだ! 初めてみたよ!」
興味津々といった風なリゼル。
尻尾がぶんぶんと全力回転していた。
「君は、魔族だろう? それでも珍しいの?」
勇人の言葉に
「ユート、よくわかったね、正解、正解! あたしはワーウルフとエルフのハーフなんだ!」
ハイテンションなリゼルに、勇人は苦笑いして「耳と尻尾を見れば誰でもわかると思うんだけど」と呟いていた。
「まあ、初めてってのはそれもだけどね。あたしと同じぐらい強い人初めてみたよ! 『英雄』って聞いて納得、納得!」
微笑ましく思っていた俺の笑顔が引き攣る。
一応、俺、神に選ばれた『英雄』のはずなんだが……。
「ワーウルフ……確か、かなり高位の魔族ですね。エルフとのハーフ……聞いたことがありません」
確かに、そんな異色の組み合わせなら、エルグランドで噂になっていてもおかしくないはずだった。というか、魔族と人間族で子供は作れたのか。
「あ~、あたし魔大陸バルバトスの生まれだからね。エルグランドの人が知らないのも無理ない、無理ない!」
「それが、どうして海を渡ってこっちに?」
「うちのお母さん、奴隷商人に捕まって魔大陸に連れてかれたんだよね~。そこで狼男のお父さんに見初められて、あたしが産まれたってわけ!」
「……暗い話を、あっさり話すなあ」
明るすぎて、つい俺が突っ込みを入れてしまう。
「いやいや、だってお母さん、奴隷どころかそのまま正妻にまで上り詰めちゃうんだもん! 自慢じゃないけど貴族の家なのに、お母さんがいないと家が回らない回らない!」
「はあ」
この娘にして親ありというべきか、かなり行動力溢れた女性なのは容易に想像がついた。
「それであたしのルーツ探しにエルグランドへ来たら、こんな状況だったってわけ」
「それは、ご愁傷様なのかな?」
まさか一番騒動の激しいときに克ち合うとは。
「ま、これも一つの武者修行だよ、武者修行」
一端話が途切れたタイミングで、俺たちの様子を見守っていた村人たちが進み出た。
「この度は、危ないところをありがとうございました、『英雄』様、……その、カレン様が『聖女』ではないのですか?」
「いえ、私は二人に同行させていただいているだけです」
情報との食い違いに聞き苦しそうに、村人が訪ねた。
「カレンの聖痕は、俺たちを異世界から召喚したときに力を使い果たしました」
「僕がその代理を務めさせてもらっています」
いつぞや俺が考えた出まかせで誤魔化す。
「そうなのですか……」
「……失礼ですが、まさか無事な村があるとは思いませんでした。この結界は誰が?」
話を変えるように勇人の疑問。
確かに、それは俺も気になってた。一体どうやってこんなバリアを?
まさか、リゼルか?
俺が視線をやると
「違うよ、違う~! あたしが来た時にはもうこうなってた。それで、寝床を提供してもらう代わりに、魔物を追い払って食料捕ってきたりしてたの」
「そもそもあたし魔法使えないし~エルフの血入ってるのにね」と何がおかしいのか、また笑う。
「これは、『魔竜』が現れたばかりのころ、旅人の方に張って頂いたのです。これさえあれば瘴気は防げると」
「そいつは今どこに?」
「結界を張ってすぐに旅立たれました。『英雄』を探す任に就かれているとかで、長居は出来ないと仰っていましたね」
「『英雄』を!?」
つい大声を出してしまった俺に、周囲の視線が集中する。
「……すまん。もし本当なら、会ってみる必要があるかもしれない」
「うん、僕もそう思うよ」
「私も気になりますね」
カレンすら知らないってのが気にかかるが……。
二人に同意され、俺たちの旅の目的に新たな一項目が追加されようとしていた。