二話 女神だっていうなら優しくしてよ
最終話まで予約投稿しときました。
疲れた。
「おーい! 待てよ、勇人!」
一人になって悠々とした気分だった僕を、聞きなれた声が呼び止める。
雷牙だ。
「……早かったね」
まだ十分も経っていない。
清算が終わって、僕に追いついてくるには早すぎる時間だと思うのだけど。
まあ、体育会系の雷牙と、ゆっくり歩いている僕だ。走ればすぐに距離は縮まるだろう。
「まったく。参ったぜ。あんな公衆の面前で身に覚えのないことを怒鳴られても困る」
愚痴る彼に、「普段からあのぐらい目立っているよ」と言ってやりたくなったが黙っておく。無駄にやり取りをするのは面倒だ。
「ふーん」
と当たり障りのない返事で答える。
「気のない返事だなあ」
呆れるような口ぶりだが、声の雰囲気からして特に不快には思っていないようだ。
まあ、これもいつものやりとり。
なんて考えていると、僕の足元が真っ白に光り――
「えっ!?」
「な、なんだっ!?」
どんどん広がっていく。
そのまま世界が包み込まれ――
◆
「こんにちは」
「はあ……こんにちは?」
ただひたすら真っ白で、他に何もない世界。
僕の目の前には球体が鎮座していた。光を放つそれは、どこから声を出しているのかわからないが続ける。
「私はこの世界の――いえ、複数の世界を統括する管理者。あなたたちの概念でいうなら、女神です」
――夢でも見てるのかな。
別に白昼夢を見るほど寝不足なわけではないのだけど。むしろ、今どきの高校生には珍しく、夜更かしをせず毎日十二時間ほど眠る優等生を自負している。
「どうぞ、畏まらず女神とでも呼んでください」
「ど、どういうことだよ!?」
隣から声がして振り向くと、もう一つ球があった。
女神の球と比べ大分小さい。それに――向こうが規格外なのだが――光も弱弱しかった。
「まさか、雷牙?」
何故だかそう感じて呼びかけると
「勇人!? 勇人なのか!?」
反応する。
どうやら間違いないようだ。
「どうしたの、そんなに丸くなっちゃって」
「いや、お前も球体だぞ!?」
「?」
予想外の返答に、僕は自分の身体を見ようと視線を動かし――自分自身が人間の身体をしていないことに気づいた。
上手く表現できない感覚だけど、僕も球体だった。いつも通り体を動かすイメージは出来、そしてその通りに視界は反応する。話すこともできる。だというのに、目も口もないのだ。
――わけがわからない。
普通ならパニックに陥ってもおかしくない状況で、僕はいたって冷静だった。異常も一周回ってしまえば順応できてしまうのだろうか。もしかしたら、一種の現実逃避なのかもしれない。
「それはあなた方の魂です」
「魂?」
「ええ。あなた方の肉体を動かしていたものです。そちらの世界にも、そういう概念はあるでしょう?」
まさか、哲学や宗教的なものに自分自身がなるとは思わなかった。
「単刀直入に言いましょう。これから、世界を救う『英雄』として、異世界へ転移してもらいます」
僕たちの返事を待たずに、女神は言った。
「『英雄』って、なに」
絞り出すような、僕の声。
なんだかとても嫌な予感がして、冷静さが一瞬で霧散してしまう。
「強靭な魂を持つ者のことですよ。残念ながら、その異世界には『英雄』が不足していまして。仕方なしに、他の世界の魂を移し替えることにしたんです。魂は全世界共通で互換性がありますからね。あなたたちの世界でいうメモリーカードみたいなものでしょうか。大容量でないと駄目なんです」
あっけらかんとした女神は続ける。
「異世界の名は『双星界』。かつて人間と魔族が争い、そして共存する世界です。平穏な世界ですが、近い将来災厄に見舞われるでしょう。エルフたちの納める国『エルグランド』。そこで英雄召喚の儀が行われています。――このままでは失敗するでしょうがね。それを利用して、送り込みます」
「何をしろって、いうんだ」
「そうですね、目標はエルグランドを襲う『魔竜』の討伐ですね」
今度は答える。
「まるで、ファンタジーだ」
「現実ですよ」
僕の呟きに、女神はおどけた。
「それが終われば、帰れるの?」
「いえ、不可能です。ですが、双星界では功績を残した『英雄』は手厚く迎えられます。魔竜を打倒せば、一生遊んで暮らせるだけの財と栄誉を手に入れられるでしょう」
「そんな……」
打ちのめされるような感覚が僕を襲う。
ただ漠然と生きてきた僕だけど、生まれ育った町――そして家に愛着はあるんだ。
「断ったら……どうなるの?」
「それも不可能です」
即答だった。
「僕は、戦いたくなんてない!」
血を見るなんて、ぞっとする。叫ぶ僕。
しかし
「拒否権なんてないんですよ」
女神の声色は威圧的だった。
背筋が凍るほど冷たい。
「どうして……ですか?」
「元いた世界の、あなた方の肉体はすでに消滅しています。肉体込みで世界を超えるのは難しいんですよ。無理にやれば次元の壁を傷つけることになりますし。魂だけを取り出して呼び寄せるのが一番手軽です」
まるで、大したことでないような女神に、怒りが湧く。いつもなら歯を食いしばり収まるのを待つのだろうけど、魂だけの僕には、何もできなかった。
「やるしかないんなら、やろうぜ」
ずっと口をつぐんでいた雷牙が言った。
「女神が無茶苦茶言ってるのはわかるけど、もうどうしようもないんだろ?」
「ええ。もしどうしても断るというのなら、魂の記憶を抹消し、別人として向こうへ転生させます」
完全な脅迫だった。
「勇人が戦えないっていうなら、俺が守ってやるよ」
雷牙の言葉に、不覚にも安心してしまう。
普段邪険にしておきながら、こういうときだけ頼る。僕は浅ましくないだろうか。
「――そうですね。それがいい。よかった、安心しましたよ」
そんな僕たちを見る女神の声には、何故か喜色が混ざっていた。
「でも、どうすればいいんだ? 俺たちはただの一般人だぜ。それに今は魂だけなんだろう?」
「ああ、そんなことですか。安心してください」
雷牙の質問を女神は上機嫌に返す。
「双星界側に肉体を作り上げ、そこにあなた達の魂を流し込みます。十二分に戦うことのできる肉体ですよ。姿も問題がなければ元いた世界と同じにしておきます」
「……わかった。最後に、勝算は?」
「わざわざ異世界から呼び出したのです。私は無駄なことはしません。もちろん、確実に勝てますよ。瞬殺かもしれませんね」
会話はそれで終わりだった。
パン! と手を叩くような音がした途端、僕たちの意識は絶たれた。
「――丁度よかった。余計な一人を連れてきてしまったときはどうしようかと思いましたよ。まあ、規格外な魂が連れてこれた分、とんとんですかね」
女神が嘲るようにつぶやいた言葉は、僕の耳には届かない――。
◆
僕は目を覚ますと、起き上がった。
先ほどまで寝転んでいた床には大きな紋様が描かれている。魔方陣だ。
――ファンタジー。
まだ上手く働かない頭を強引に起動させ、周囲を見渡す。
多くの人に囲まれている。
観察してみれば、全員耳が尖っていた。
女神のいうエルフなのだろう。つまり、ここがエルグランドだ。
全員の視線が僕を向く。
つい萎縮しそうになる。
普段、雷牙と行動を共にしていると必然的に衆目に晒される。だけど、あくまでそれは雷牙に向けてのものだ。僕はあくまで視界に入る何か。
でも今回はそうではない。
間違いなく僕を中心にとらえている。
「一度の召喚で二人も? それに呼び出される『英雄』は男ではなかったのか?」
「可憐な乙女だ……」
ざわつく群衆が聞き捨てならないことを言った。
僕は恐る恐る、自分の身体を覗き込む。
――胸が、ある。
流石にこの状況で触る気にはならなかったけど。
――嘘だよね?
「勇人、大丈夫か……? いてて……」
頭を押さえながら、雷牙が起き上がった。
そして、僕を見て固まる。
視線を浴びる僕は
「どうなってんのさぁ――!」
悲鳴を上げるしかなかった。