十六話 カレーだっていうなら米も用意しろ
俺は大量の獲物を手に、廃屋へと帰還した。
今日の得物はウィングバードという鳥型の魔物だった。炎魔法に弱いようで【火矢】の一撃で簡単に仕留められる。
――魔法を、殆ど狩りにしか使ってない気がするな。
一人ごちる。なにせ、雑魚であれば、魔法を詠唱するよりギャラティンでたたっ切る方が手っ取り早いのだ。逆に強敵であれば魔法を使う間がない。集中している間に不利に陥ってしまう。
ユートの寝る部屋を覗けば、少女二人が談笑していた。
「カレンさんも、結構無茶するんだね」
「ユートさんほどではありませんよ」
……楽しそうだ。
何故か、俺が出かける前より距離が縮まっている気がする。
「今日は一日、休んでくださいね。私とライガ様が何か作りますから」
「雷牙がってのが不安だけど……ごめんね」
「いえ、ではおやすみなさい。ユートさん」
そして、俺たちの料理が始まった。
◆
「なんで苦いんだ……?」
後から塩や胡椒を振ればいいか、と思い適当に肉を投入。あとから野草と山菜とキノコを炒める。流石の俺も火が通りにくいものから炒めるぐらいの知識はある。
「ユートさんと同じような味になりませんね」
「肉は旨いんだけどな」
恐らく苦みの原因は野草の一つだろう。
もしかしたら何か下処理が必要だったのかもしれない。苦みのある汁が全ての調和を破壊している。
どうしたものか。食えなくはないものの、お世辞にも旨いとは言い難い。
「しかたありません。野菜の部分は私たちで食べ、肉の部分だけをユートさんに食べてもらいましょう」
炒めるタイミングがずれていたため、被害は軽微だった。
半ば涙目になりながら口へと押し込んでいく。男なのに情けないと言われそうだが、まずいものはまずいのだ。だが、勇人は食事を残すことを嫌う。俺は、ひたすら頑張った。
「そろそろ起こして差し上げましょうか」
食後、カレンが告げた。
「そうだな」
同意する。
流石にそろそろ食事を取らせないと。
カレンが運ぼうとするのを、俺は手で静止し
「俺が持っていくよ」
とだけ言った。
◆
「カレンさん? なんだ、雷牙か」
「なんだって、ご挨拶だな」
部屋に向かえば勇人は目覚めていた。
幸い、顔色は回復している。
「ご飯、なんとかなったんだ?」
そして微笑む。
……寝汗で寝巻がぴったりと張り付いている。長い黒髪も、首筋にへばりついていてとてもエロティックだった。
急いで目をそらし
「いや、どうにもならなかったよ。なんか苦くてしょうがなかった。仕方ないから肉だけ焼いたんだよ」
「ふーん。細かいぎざぎざのついた葉、そのまま入れたでしょ。あれは、コナノの葉って言って、下ごしらえが大事なんだよ。水にさらしておかないと灰汁が出る」
正解だった。
「カレーぐらいしか作ったことないんだよ、悪かったな」
「カレーかあ。作るのもありかもしれないね」
勇人は骨付きの肉に手を伸ばす。
「作れるのか!?」
「ま、ね。カレー粉は作ってあるから。城の調理場を覗いたとき、結構な種類の香辛料があったんだ。王城なだけはあるね」
「ま、マジかよ」
「マジ。調味料入れの中に密閉された缶があったでしょ、それだよ。ご飯とかパンがないと物足りなくなるけどね」
よほど空腹だったらしい。ぺろりと平らげ、指についた脂を舐めていた。
だからエロいっての。
「結構味が濃いし、手に入る食材が食べられないようなものばかりになったら、上書きのため使おうかと思ってたんだ。一つの切り札だね」
「……なんだか、すごく食いたくなってきた」
もう二度と食べられないと思っていたカレーの味を想像し、食後だというのに生唾が出てくる。
「なら、今夜はカレーにしようか。カレンさんと雷牙のおかげで大分体調が回復したし。カレー粉は結構いっぱい持ってきてるから」
「いいのか?」
「うん、ありがと、雷牙。鳥肉捕って来てくれたんでしょ?」
微笑む彼女に照れ、俺は
「魔法の練習がてらだよ」
とぶっきらぼうに答えた。
「……僕はたまにしか病気にならないけど、そのとき、傍に人がいてくれたのは久々の経験だった。本当にありがとう」
神妙な顔で告げる勇人。
「バカ、男だったときとは基礎体力とか色々違うんだろ。気をつけろよ」
俺はあいつの頭を小突いてやる。
「肝に銘じるよ。もう一眠りだけ、しようかな」
「夕飯までには起きてくれよ? 自分で作るのは駄目だ、もう懲りた」
「あはは、じゃ、おやすみ」
「ああ。おやすみな」
勇人が横になるのを見届け、俺は退室した。
夕食はカレーだった。
俺たちは、未知の味にカレンが目を輝かせているのをにやにやと見守り
「「やっぱ米が欲しい!」」
と叫んだのだった。