十五話 病気だっていうなら誰か傍にいて
次の日。
僕は熱を出して寝込んでしまった。
「旅の疲れが出たのかもしれませんね」
カレンさんが僕の額に手を当ててそう言った。
確かに、ここ数日、床の堅さに眠りが浅かったのは事実だ。熱っぽく、フラフラするときもあったけど、なんとかなると考えていたのだ。
実際、地球で暮らしていたときはそれで何とかなった。
暖かくして、栄養を取ればそれで十分。風邪なんてほとんど引いたことはなかったのだ。
「すみません、カレンさん……」
「いえ。困ったときはお互い様ですから」
彼女はにこりと笑う。
僕が寝かされているのは廃屋のベッド。損耗が激しかった本来の毛布は取っ払われ、僕たちが持参した寝具が代わりにつけられている。
「回復魔法をかけていただくことで治せませんか?」
「それは……難しいですね」
僕の申し出に、カレンさんは困ったような顔をした。
「どうしてです?」
「治癒魔術はあくまで傷を癒すものです。体力の回復や、免疫力の強化ならば出来ますが、一瞬にして治すことは不可能なのです。もっと高位の方ならば病も治せるのですが……」
「そうですか……」
カレンさんがとても申し訳なさそうにするので、こちらとしても無理を言ったようで心苦しい。
「一応、体力回復のため、【治癒】をかけておきますね」
「ありがとうございます。すみません、一日でも早く『魔竜』へ辿り着かなきゃならないのに……」
「そんなに謝らないで下さい。ユート様は『聖女』なのですから。神の奇跡よ、癒したまえ――【治癒】」
柔らかな光が僕を包む。
すっと体が楽になった気がした。
「少し……眠りますね……」
強い睡魔に襲われた僕はそう告げた。
「……おやすみなさい、ユート様」
「はい、おやすみ……」
何故だか、とても安心しながら僕は眠りに落ちた。
◆
「カレン、料理ってしたことあるか?」
「……残念ながら。城では料理人などがいましたので」
「俺も、ないんだよなあ」
調理実習でカレーなんかは作ったことがあるが、レシピなんてとっくに忘却の彼方だった。
俺たち二人は、調理器具と冷凍された素材を前に佇んでいた。
そろそろ昼に近い時間帯で、当然空腹である。実は、朝食も抜いてしまっている。
「せめて、勇人には栄養のあるもの食わせてやりたいよな……」
「はい。病にはなにより食事が大事だと、幼いころより聞いています」
「とりあえず、火を通せばなんとかなるか?」
野菜炒めぐらいならなんとかなるだろう。
ざっと切って炒めるだけ。料理の心得がない俺でも作れそうだ。だが、残念ながら肉がもうない。野菜だけってのも、どこか味気ない気がするし。
「ちょっと狩りに行ってくるよ」
「では私も」
「いや、カレンはユートについていてくれ。風邪だとは思うけど、何かあったらまずいし。回復魔法の使えるカレンの方が適当だろ?」
それに――と言いよどむ。
体を拭いたりとか、昔は兎も角今の俺じゃできない。
「じゃ、頼んだぜ」
俺はガラティーンを腰に携え、一人廃村を離れ、獲物を探すことにした。
◆
「……カレンさん?」
私が額に当てた氷嚢を取り換えると、ユート様が目を覚ました。
先ほどまで魘されていたためか、目がとろんとしている。額がかなり熱を持っていたので慌てて魔術で氷を作ったのだ。
「大丈夫ですか? お加減は?」
「大丈夫……とは言い難いですね。怖い、夢を見ていました」
「夢を?」
「はい……」
そしてユート様は目を伏せる。
普段、一房に纏められている艶やかな黒髪だが、今日だけは寝乱れていた。
「僕の両親の話って、聞きました?」
「……ライガ様から。ユート様を庇い、亡くなられたとか」
「ええ。その認識で間違っていません。……その時の夢を見ていました」
語るユート様はとても弱弱しかった。
震え、小さく縮こまる。
いつもは気丈な彼女だが、誰かに聞いてもらいたいのだろう。不調の前に弱気になっているのかもしれない。
私は抱きしめる。
「カレンさん? 伝染ってしまいますよ……?」
「大丈夫ですよ、免疫力を上げる魔法を使ってありますから」
もし感染して私とライガ様まで寝込んでしまうと問題なので、事前に使用しておいた。
「そうですか。では、遠慮なく」
それだけ言って、ユート様は私にしな垂れかかる。
普段と違い、甘える彼女が、妹のように思えて愛おしかった。
そして、ユート様は語りだした。
◆
ユート様のご両親が亡くなられた後、引き取り手はいなかったという。
ユート様とライガ様のいた世界――地球には、電話という一瞬で連絡を取ることが出来る誰にでも使える魔法があるのだとか。それでも誰にも連絡がつかなかった。
何故なら、彼女のご両親は親の反対を押し切り駆け落ちしたからだった。向こうの世界はすでに身分制度などは廃止されているけど、それでも根強い思想は残っているらしい。
不幸中の幸いとして、ユート様のご両親は倹約家だった。ユート様の将来のため、かなりの金額を蓄えていてくれたという。それに、事故の加害者からの慰謝料も多額だったとか。とても強く悔やみ、後援者になるとすら言ったようだ。そのため、勉学に励むことが出来た。
地球の孤児院に入るという選択肢もあったらしい。
向こうの生活レベルが非常に高いとはいえ、子供一人が生きるには決して楽ではない。だけど、ユート様はそれを望まなかった。
ただ一人、誰も帰ることのない家へと残ったのだ。家族と暮らした思い出を失わないために――。
「……そうだったのですね」
「すみません。こんな話、長々と話しちゃって」
彼女の空虚な笑い。
「なんだか、無性に誰かに聞いてほしかったんです」
彼女の心は、ガラスのように繊細で、壊れてしまいそうだ。私はそう感じた。
また、ギュッと抱きしめる。
「あのっ」
私は意を決して言う。
「なんですか?」
ユート様が首をかしげる。
「敬語を止めにしませんか?」
「はい?」
「ユート様は、ライガ様とお話しするように私にも喋ってください。代わりに、私もユート様をユートさんとお呼びします」
「は、はあ」
「生まれたころからのものなので、私が敬語を止めることは出来ませんが……友達になりましょう?」
ユート様……いえ、ユートさんが固まり、少し、間が開いた。
「あ、まだ友達じゃなかったんですね」
「え、……いえ、改めてということです」
「……冗談ですよ。じゃない、冗談だよ。よろしく、カレンさん」
そう言って彼女は私に握手を求めた。
過去を語っているときとは違う、明るい笑顔だった。
ちなみに、呼び名は「カレンさん」から変わることはなかった。
カレンさんはカレンさん……なのだそうだ。