十三話 山中だっていうなら恵みをくれよ
朝が来た。
僕は、自然と目が覚める。
……テントや毛布越しとはいえ床は地面は堅い。城のベッドに慣れてしまった僕には、かなり寝心地の悪いものだったようだ。
寝巻から旅装へ着替え、身支度を済ませるとテントを出た。
「カレンさん、おはようございます」
「おはようございます、ユートさん」
焚火の隣に佇むカレンさんへと挨拶。
雪の降るような季節ではないらしいが、朝方は冷え込む。火にあたり、暖を取る。
「泣いていたんですか?」
カレンさんの驚いたような一言。
「……わかります?」
まさか見透かされるなんて。
別に動揺はしないが、女性の目ざとさには感心する。
「目元が少し腫れていますからね」
「そう、ですか……?」
まあ、どうせ雷牙は気づかないだろう。
「僕は弱いなって、つい考え込んじゃったんです」
「弱い、ですか……」
「まあ、一泣きしたらすっきりしたんですけどね」
おかげで気分爽快。
カレンさんは考え込むように黙り込む。
彼女が、僕に対してどこか鬱屈した感情を貯め込んでいるのは知っている。
なにせ、彼女の立場を奪った存在なのだ。そのくせ、戦わず守られるだけ。面白いわけがない。
だけど、僕は彼女に何も言わない。
藪をつついて蛇を出すつもりはないし、自分の心情を話す気もない。
「朝ごはんの用意をしますね」
僕は昨日の残りの肉を解凍してもらい、昨晩の内に集めておいたキノコや野草と煮込み始めた。
◆
匂いにつられて雷牙が起きてきたのは、朝食が完成した直後だった。
「目ざといね、雷牙。おはよう」
「あー、おはよ」
「おはようございます、ライガ様」
僕は彼の分もよそってやる。
僕とカレンさんのそれより少し大きめの、シックな黒い器だった。
残念ながら今の僕はかなり少食だ。元々食が細い方だったから、悪化したといっていいだろう。正直、雷牙の器で食べることを想像するだけで胸やけすらする。
「たくさんあるから、どんどんお替りしてね」
完食されるのとは逆に、残されるのは不愉快だ。
地球と違って冷蔵庫に保存することもできないし――いや、魔法があるのだった。冷凍して持ち運ぶことは簡単だろう。荷物になってしまうけど。
一応、昨日の昼食と夕食から二人の腹の容量は把握しているつもりだ。
「ああ、もう一杯頼む」
「私は、肉はもう十分なので……」
早々に器を空にした雷牙と、対照的にやっとといったカレンさん。
「果物も採って来たんんです。食べますよね?」
無言で雷牙へよそってあげ、カレンさんへは赤い果実――多分リンゴだ――を手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
カレンさんが口元を緩めるのを見守ると、僕も器に残ったスープを片づけることにした。
◆
朝食の片づけも終わり、テントも畳み終わった。
今日はついに瘴気の中へと突入することとなる。
まともな食料があるか不安だったので、まずは邪魔にならない程度に採集しておくことにした。保存だけならば魔法で何とかなる。重量はどうにもならないけど。
結果、六食分の野草スープの原料となる野草と、リンゴ七つが手に入った。
すべて凍らせて、鍋の中に放り込む。
リンゴを凍らせるのはいかがなものかと思ったけど、氷で瘴気からコーティングする意味合いもあった。
僕たちは意を決して瘴気に包まれた山へと足を踏み入れる。
……霧の中に入り込んだような感覚。
若干視界は悪いが、不愉快というほどではない。
どちらかと言えば、鬱蒼と生い茂る木々によって遮られる方が邪魔なくらい。
雷牙とカレンさんは少し息苦しそうだったが、問題ないと身振り手振りで伝えてきた。
安心からか、僕たちは大きく息をつく。
「ここを超えると、南部に入ることになります」
地理に詳しいカレンさんが教えてくれた。
エレフィア山脈――エルグランド南部と、王都の間を隔てる長い山脈地帯だ。普段は通行の邪魔でしかないようだけど、今回だけは瘴気を防ぐ防波堤として機能していた。
「恐らく、襲いかかる魔物たちはこれまでとは比べ物にならないでしょう」
勇人から話は聞いている。
一言でいえば瞬殺だったとか。
ゴブリンやオークは低級だから当然だと付け加えていたけれど。
「瘴気の影響ですか?」
「ええ。魔物の体内に魔石があることは知っていますね?」
「うん。授業してもらったから、覚えてます」
魔物、魔族の体内に必ず存在する石のような器官……だったかな。
「生還者の報告なのですが、魔石は瘴気の影響を受け、変質してしまうのです。それが肉体にも作用し、上位種へと進化することがあるそうです」
「そうなると、南部に住んでいた魔族も危ないんじゃないか?」
雷牙の疑問はもっともだ。
エルフの国ではあるものの、極少数ではあるが、エルフ以外の民も暮らしているらしい。
確かに、それが全員敵に回るとなるとぞっとする。
魔物や動物を殺すのとはわけが違う。人間と定義された存在を殺すことになるのだ。
「いえ、私たちと同じで、抵抗することが出来る種族ならば問題ないでしょう。幸い、人間族の大陸にやってくる魔族はある程度力を持った者が多いですし」
「そうか……」
ほっと胸をなでおろす雷牙。
「警戒するに越したことはないんだろうけどね」
僕がそう締めくくる。
視界の悪さに辟易しつつ、僕たちは足を取られないよう気を付けて進んでいった。
◆
何度か目の接敵を退け、僕たちは昼食をとることにした。
凶暴化した魔物の襲撃。遮られた視界。不安定な足場。そして焦る気持ち。
どうしても足取りは重い。
一端休憩を取り、空気を入れ替える必要があると思えた。
だけど、少しでも早く『魔竜』の元へ向かうことを考えると、言い出しづらい雰囲気なのも事実だった。
そんなとき、雷牙の腹の音がなったのだ。
「すまん、ちょっと限界が近い」
彼の一言に、僕とカレンさんはくすくすと笑うと
「昼食にしましょうか」
「そうだね」
と言った。
わざとだとは思えないが、場を和ませる働きを見せたのは事実だった。
◆
僕たちは木々の少ない開けた場所に火を起こし、座り込む。
スープには飽きてきたので野菜炒めを作り、全員で食した。塩と胡椒だけで味付けした簡素なもの。それでも、鹿の肉汁が野草に絡み、十二分に美味しかった。
雷牙は
「米が欲しくなるよなあ」
と呟いていたが、我慢だ。
僕だって欲しい。
◆
食後。
「……草木は瘴気の影響を受けていないようです」
カレンさんが一本の木に手をやりながら告げた。
治癒魔法の応用で、異常が起きていないか確認したようだった。
「ということは、食べられそうですか?」
木々に生っている果実を指さし、僕は訊く。
「確証はもてませんが、問題ないと私は思います」
「そう、よかったです」
ほっとした。
僕たちは三食、魔物の肉でも――この世界では動物同様、魔物も食べられる――構わないのだけど、カレンさんには負担となりそうだったからだ。
直前に採取したものは量があるとは言い難いし、携帯食料を消費してしまうのも不安だった。
それに、山菜も採れるだろう。
流石に野草と肉に頼りきりの食卓は飽きが来ていたのも事実だから。
――うっ。
一息ついたところを、ずきりとした頭痛が僕を襲った。
……少し、熱っぽいかもしれない。今夜はちゃんと休もう。