十二話 夜一人だっていうなら自分語りぐらいさせろ
僕とカレンさんは、雷牙を呼ぶと、夜間の見張りの相談をした。
雷牙とカレンさんならばある程度までの魔物ならば簡単に捻ることが出来る。だけど、寝首をかかれるのは厄介。朝目覚めたら首と胴体がお別れしてた……なんて御免だ。警戒するに越したことはない。
結論は、三人いるので三交代。睡眠時間は九時間ほど取る予定なので、三時間ずつ。単純明快な分け方だった。
これだけなら相談の必要はないだろう。重要なのは順番だ。
もっとも負荷がかかるのは二人目、中間の人間となる。
最初と最後の人はまとまった時間を眠れるけれど、二人目は中途半端にしか寝られない。
「俺がやるよ」
雷牙が率先して名乗り出た。
僕に異論はない。一方、カレンさんは申し訳なさそうにしていた。
なので
「うん、僕、雷牙、カレンさんの順番で見張りをしよう。一日ごとに順番をずらす。それでどう?」
と提案しておいた。
雷牙は毎夜自分が二番目でいいと主張したが、「最大戦力である雷牙が体調不良になっては元も子もない」という僕の説得に渋々頷いた。
これは最初から考えていたことだ。
流石に一人に負担を集中させるというのは夢見が悪い。僕は、どうせ眠るなら、憂いなく惰眠をむさぼりたいのだ。
雷牙は
「一人で大丈夫なのか?」
と気遣わしげだった。だけど余計なお世話なので
「寝られるうちにさっさと寝る!」
と男性用テントへと追い立てた。
――これから毎晩これだと少し面倒だな。
などと考えながらたき火の前に座り込んだ。
……心配されるというのは悪い気分ではない。
地球で学生をしていたころは、一人で生きなければならないという気負いがあった。また、一人で生きられるという自負も。
地球には法があり、刑罰という概念がある。社会という守護者がいたのだ。
極端な話、金と戸籍さえあれば、一人でも生きることが出来る世界だった。
自律し、立派に生きなければならない。強迫観念にも似た思考は、若くして死んだ両親へ報いるためだ。
幸いなことに、残してくれた遺産は社会人になるまで十分あった。
でも、それは地球での話。この世界では僕は一人では生きられない。
例えば、今日出会ったゴブリンとオーク。
奴らに近づかれたとき、僕は生き残ることが出来るだろうか?
――まず無理だろう。
弱い。
どうしようもない自分の弱さに、情けなくてつい涙が零れそうになる。
僕は人嫌いなんかじゃない。
ただ臆病なだけなのだ。
人は、いつ死ぬかわからない。だから、つい人と関わり合うのを恐れてしまう。絆を深めた人と、離れてしまうのが怖いのだ。
あいつに面と向かって言うのは癪だが、一人でなくてよかった。
もし一人だけでこの世界に飛ばされていたら、心が折れていたかもしれない。いきなり女になって、『魔竜』に立ち向かえなんて、悪い冗談としか思えなかった。
そして、僕一人では間違いなく『魔竜』の元へとは辿り着けないだろう。
「ぐすっ……」
ぱちぱちとたき火が音を立てる。
なんだか、泣けてきてしまった。
夜の森に一人というのが大きいのだろう。つい感情的になる。
◆
ひとしきり泣くと
「あーすっきりした」
僕は晴れ晴れとした気分で言った。
涙はストレス解消に役立つというのは本当らしい。かなり心が楽になった。
泣いている間も【索敵】の術式は定期的に使用していた。感覚的には一分に一度ぐらい。
制御こそ大変なものの、極少量の魔力で使える【索敵】は本当に使い勝手がいい。
僕は、そろそろ自分の担当している時間が終わりそうなことに気づくと、雷牙を起こしに向かった。
◆
「ひぇっ!」
いきなり背中に冷たい感触がして、俺は間抜けな声を上げる。
「勇人!」
急速に覚醒した俺は、声を上げる。この状況でこんなことをするやつは、こいつしかいない。
「雷牙、起きた? どれだけ揺すっても起きない君が悪いよ」
睨み付けようとして、彼女が寝巻に近い姿なのに気づく。
薄着だ。エルフに渡されたそれは、質のいいものなのか、明かりで少しだけ透ける。
俺がドギマギしているとは夢にも思っていないのだろう。何せ、一週間前まで男だったのだ。勇人は非常に無防備である。
だからこそ、堂々と男の寝所に入ってこれる。
「じゃ、僕は寝るから。あとはよろしくね」
それだけ言い残すと、勇人は去って行った。
◆
「はあ……」
たき火に薪をくべながら、ついため息をつく。
魔力で燃焼させている炎なので、実のところ薪なんて必要ない。そもそも、そこらへんに落ちていた生木である。水分を多分に含んでいて、燃え移ることはない。
まあ、気分というやつだ。
昔見た映画で似たようなシーンがあったし。
夜、一人になるとつい考え込んでしまう。
――いきなり課された使命。女になった勇人。そして、距離を測りかねる俺。
勢いで告白してしまったものの、どうしたものか。
とってつけたような「好きだ」とか、ムードもへったくれもないだろう。
俺はただただため息を吐き続けては、時間が過ぎるのを待っていた。
「しかし……」
今度は俺が女性用テントに起こしに行く必要があるんだよな……。
すごく気まずい。
あいつの無防備な寝顔とか、見惚れてしまうんじゃないだろうか。
◆
私は、ライガ様に起こされ、自分の番が回ってきたのだと気づいた。
いきなり間近に顔があったのには驚いてしまった。心臓が飛び出してしまいそうだった。
でも、冷静になると、女性用テントで、大きな体を居心地悪そうにしていたのは少しおかしかった。
吹き出しそうな顔をしている私を訝しんだのか
「どうかしたのか?」
と声をかけられたので
「いえ」
とだけ答え、顔を引き締める。
「ライガ様はしっかりお休みくださいね」
そう声をかけてテントを出る。
当然、女性用テントで寝るわけにはいかないのでライガ様も一緒にだ。ライガ様は出る直前、あどけないユート様の寝顔をちらりと見ていた。
……友情以外の何かが入り混じっているように思えたのは気のせいだろうか。
そうして、ライガ様は一人で男性用テントへと戻っていった。
……一日行動を共にして、改めてわかった。二人は、とても仲がいい。
一見ユート様はライガ様を突き放すようでいて、信頼しているのが言葉の節々からわかる。ライガ様もユート様の信頼に応えようと行動している。
――そう考えると、ちくりと私の胸の中が刺すように痛んだ。
嫌な考えを振り払うように、私は魔術の練習をすることにした。
【索敵】。日中、ユート様が事も無げに使用していたものだ。確かに、【索敵】の必要魔力は非常に小さい。水面に波紋を起こすには水滴が一粒あればいいのと同じだ。だけど、その反応を見極めるのは至難の業――数千メル先で落とした針の音を聞き分けるようなものなのだ。
――巨大な器に、水滴を落とすイメージ。
ほんの少しの魔力を絞り出すと、そんな想像を織り交ぜながら練り上げていく。
「千里を見通し、我が周囲の敵を見つけ出せ、【索敵】!」
二人を起こさないよう小声で詠唱する。
結果は――
失敗。
ただ魔力が伝播しただけ。何の反応も返さなかった。
◆
幾度となく繰り返したが、結局一度たりとも成功しなかった。
魔力の消費量はほとんどないと言っていいが、精神的な疲労が強い。
集中しすぎていたからだろうか。いつの間にか日が昇り始めていた。瘴気の靄がかかった朝日が目に染みる。
「どうして、出来ないの……?」
ユート様。戦わない『聖女』。
彼女はたった一週間で上位魔術すら使いこなしてしまう。私が何十年かけてたどり着けなかった境地へ、いとも簡単に魔力を練り上げて。
対して私は……。
――私が……。
――私が聖痕を失った、偽りの『聖女』だから?
嫌な思考が心の奥底に沈んでいく。
泣きそうになるのを堪えながら、私は二人に気取られないよう平静を取り戻そうと必死だった。
1メル=10センチくらいです。