十話 戦わないっていうなら雑務で奉仕しろ
ゴブリンたちを蹴散らして勇人の元へ帰る途中、俺たちは何羽かの野鳥を見かけた。
その度、魔術を行使して撃ち落としていく。食料にするためだ。
カレンが言い出したことなのだが、実行するのは俺だった。呪文の練習のためだ。
模擬戦では相手のエルフを傷つける可能性を考慮し、刃を削いだ剣だけで戦っていたのだ。俺はまだ、魔術を使いこなせていない。現に、先ほどの戦いも一度も使わなかった。
……まあ、使うほどの相手でもなかったのが大きいが。
【火矢】。名のとおり、炎を矢の形にして射る術式だ。
威力はそれほどでもないが、その分、詠唱時間と魔力の消費が少ない。牽制や目くらましとして便利な呪文だといえる。それを、昼食の確保も兼ねて訓練していく。
一応、携行食料を旅支度としてもらっているのだが、出来るだけ温存しておきたいと考えたのだ。
三羽目には大体感覚を掴むことが出来た。
俺の後ろに背後霊が立っていて、そいつが弓を引き絞るイメージ。
そこから、飛んでいく過程を想像するのではなく、矢が標的を討ち貫く姿を思い浮かべる。
そうすれば、自然と矢は追跡し敵を討つ。
あっさりと使いこなす俺の姿を見て、カレンは
「ユート様といい、異世界の方々は魔術に馴染みでもあるんですか?」
と感嘆していた。
とりあえず俺は
「俺たちの世界の人間は、幼いころから漫画……絵で綴られた本に慣れ親しんでるからな。イメージがしやすいんだと思う」
魔術で重要なのはイメージ力らしい。
まず、魔力を体外へ放出して、起こしたい事象を想像しながら練り上げる。自然と口をついて出る呪文を唱えれば完成というわけだ。
カレンたちの住む双星界は、創作物があまり発展していないようだ。結果、見たことをもない事象を想像できない。そのため、高位の魔術師に師事し、お手本を見せてもらうところから始まるらしい。
「……どうしてユート様は戦わないんでしょう」
ぽつりとカレンが呟いた。
「あいつは、血を見るのが苦手なんだ」
旅をする以上、知っておいた方がいいと思い、俺は言った。
「血、ですか?」
「幼いころ、両親を目の前で亡くしたんだ。それ以来駄目らしい」
「そんな出来事が……。ですが、『魔竜』を一刻も早く打倒さなければ、同じような子供が増えるだけです」
カレンのいうことは、厳しいけど正論だと思う。
だが
「俺たちのいた世界――日本はとても平和だったんだよ。諍いはあっても殺し合いなんてまずなかった。この世界も悪いところじゃないと思うが、そのあたりは酌んでやってくれ」
「……わかりました」
正直、あまり納得していないのが見て分かった。
だが、俺はこれ以上かける言葉はない。
勇人の元へと急ぐことにする……。
◆
俺たちが勇人と別れた場所まで戻ると、勇人はエプロン姿だった。
石を並べた炉の上で、コトコトと鍋に入れた何かを煮込んでいた。
「おかえり、そろそろ昼ごはんできるよ」
行きと同様、少し散歩してきた相手のように出迎える。
勇人は家事全般が得意だ。
幼いころから一人で暮らしてきたのだから当然だ。身の回りのことを自分でできなければ生きていけない。一方、情けないことに俺は全然だめで、家の掃除なんかはハウスキーパーを雇っていた。
「ああ、ただいま。……何を作ってるんだ?」
「君たちが迎撃に言ってる間、暇だったからね。少し散策して、野草やキノコなんかを集めてきた」
「一人で出歩くなんて、危ないですよ。それに、匂いにつられて魔物や動物が来るかもしれません」
カレンの心配に、勇人は手をひらひらさせて
「大丈夫です、【索敵】の呪文は常に起動していますから。近づかれたらすぐわかりますよ。それに、もしそうなったら荷物を捨てて一目散に逃げますし」
と答えた。
――勇人なら、想像しやすいな。
内心苦笑する。
勇人は、孤立している立場からガラの悪い連中に目をつけられやすかったのだが、不思議とするすると回避してしまう。大きな存在を隠れ蓑にしたり、教師の目を誘導して妨害させたりと。恐らく、無意識的な危機回避能力に優れているのだろう。自分の弱点はよほどのことがなければ隠し続けるやつだった。
そして、それでも襲いかかる相手には、手痛い反撃を浴びせる。
多分、そのスタンスは性別が変わった今でも変わっていない。
もし、外敵が勇人をしつこく追い続けたのなら、間違いなく彼女は全力で抵抗し、確実に逃走するだろう。
当然、その過程で血を見ることは望まないのだろうが……。
「野草やキノコって、大丈夫なのか?」
勇人を信頼はしているが、心配になる。
特にキノコは怖い。毒とかで笑い死にしそうだ。
「うん、城の本で勉強したからね。野草っていっても雑草じゃないんだ。僕たちの世界でいう香草に近いよ。それに、いざとなれば解毒魔法がある。カレンさんが来てくれたおかげでね」
後者は場当たりすぎて首を捻らざるを得ないが、用意周到さに感心する。城で熱心に学んでいた項目には植物学も含まれていたようだった。
そして、カレンは城でも貴重な治癒魔術の使い手らしい。
魔法が通じない『魔竜』相手でも回復役として活躍してくれるはずだ。
「そういや、途中で鳥を捕って来たんだ。これも調理してくれないか?」
皮袋に入れておいたそれを投げ渡すと
「うん。似たようなことした経験あるし、問題ないと思う。これはムックバードだね」
「へえ、ムックバードというのですか」
何故か地元民のカレンが驚いていた。
俺の視線に気づいたのか
「……あまり野生動物と触れ合ったことはないのですっ!」
と恥ずかしそうに言う。
「それより、鳥を捌けば血が出ると思うのですが、ユート様は平気なのですか?」
「ん? あ、雷牙から聞いたんですね。大丈夫、僕が駄目なのは、自分以外の生きてるものから流れる血ですから」
すぐに調理にかかっていた勇人は、ムックバードの首を撥ね落としてから応えた。
血が溢れ、調理台が汚れたものの、【洗浄】と唱えるとすぐに綺麗になった。
「とはいえ、あまり見たいものではないですね」
勇人は苦笑い。
「出来ることなら、狩ってすぐ首を撥ねて血を抜いておいてほしい。そうした方が味もよくなるから」
と俺に向けて言った。
王家より授与されたミスリル製ナイフの切れ味は凄まじかった。あっという間にムックバード三羽が解体される。
ミスリルは魔法金属の一種らしい。
軽く、硬い。熱にも強く、そして刃物を作れば切れ味は鋭い。
希少鉱石なのだが、『魔竜』討伐へ向かう『英雄』に不都合がないようにと送られた。……非常に高価なので、旅が終われば返却してほしいと言われたが。裏を返せば、生きて帰って来いというエールかもしれない。
実は、調理台や鍋などもミスリル製である。
そのため体積に比べ非常に軽い。
ついでにいえば、俺のガラティーンもミスリル製。だけど、魔力に反応させるため特殊な魔紋を刻んである。この技術は現代では失われていて、遺失技術と化しているらしい。
勇人は切り身をフライパンに乗せると【火種】と唱える。
小さな炎がともり、フライパンを熱していく。
ジュッと肉の焼ける音がして、香ばしい食欲を誘う匂いがあたりを漂った。
「……やっぱ、肉だな」
俺の呟きに
「あれ? 鶏肉は好きじゃないって言ってなかったっけ?」
と勇人は笑った。
「うるせ、男は肉なんだよ」
地球にいたころ、淡泊な鳥肉より牛や豚が好きだと語ったことがある。
だがそれは肉が溢れていたあちらの話である。エルグランド王城で歓待を受けたとはいえ、あまり肉は出なかった。エルフは菜食中心の生活を送っているからだ。肉を食べるのは一年に二、三度ぐらい。
――そりゃ、十年を一年に感じる種族らしいけどな。
寿命の違いによる認識の違いだろうか。少なくとも俺には耐えられない。
何はともあれ、肉だ。
三人で食べるには十分な量を野草スープに入れ、俺たちは腹を満たすことにした。
味に関しては一言で十分。鍋がすぐに空になるぐらい旨かった。
変な縛りにしたせいでタイトルがネタ切れするという。