九話 初陣だっていうなら守って見せろ
今のところ、旅はどこまでも長閑な街道だった。
つい気が緩んでしまいそうになる。すると
「ライガ様、ユート様!」
突然、声をかけられた。俺たちは振り返る。
そこにいたのは
「カレン?」
「やっぱり、カレンさんでしたか」
驚く俺に対し、勇人はどこか予想していたようだった。
苦々しげに言った。
「こちらをすごい勢いで追いかけてきたからね。敵の可能性もあったけど、それにしては殺気がなかった」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「魔術だよ。【索敵】っていう。魔力を円形に飛ばして、途中でぶつかったものを探し出す。……僕たちの世界のソナーまんまだね」
事も無げに応える勇人。
「……それ、上級魔術の一種ですよ?」
ドッキリ成功とばかりにドヤ顔だったカレンが一変。唖然としている。
「城にあった魔術書を読んでみたらあっさり出来たんです。ごく少量の魔力で十分だし、使い勝手がいい」
個人授業の中で、勇人とカレンは仲を深めたらしい。
同性ということもあってか、距離が近い。異世界で出来た最初の友達なんだし、俺にも他人行儀はやめてほしいんだがな。
「でも、そのうち一つがカレンさんだったってことは、残りの三つは敵かな?」
落ち着いた口調に反して、内容は剣呑としていた。
「魔力は小さいし、大したことはなさそうだよ。じゃ、雷牙、よろしくね」
そして俺が持っていた重めの荷物を受け取ると、促した。
俺は無言で頷く。事前の取り決め通りだ。
三つの『誠意』の一つ。
勇人は俺が守る。
俺が戦いに赴く間、彼女は離れたところで荷物番。
勇人に血を見せないための配慮だった。
「え、ユート様は戦わないんですか?」
約束を知らないカレンだけが困惑していた。
「ああ、俺だけで十分だ。カレンはどうする? 勇人と待っててくれるか?」
「……いえ、私も戦います」
「わかったよ、気を付けてね」
まるでコンビニに出かけるように軽い口調だった。
興味なさげなそれは、俺には勝利を確信する証のように思えた。俺は自然と口角が上がるのを感じていた。
◆
勇人は「大した距離じゃない」と言ったものの、実際は接敵するまで結構な距離があった。
それだけ索敵範囲が広いということの表れかもしれない。
まずは調査をということで、俺たちは木陰から敵を見やる。
「あれは……ファイアゴブリンとレッドオークですね」
「強いのか?」
「いえ、あまり。ですが初陣ですよね。油断はしないでください」
俺を諭すものの、肝心のカレンの声は震えていた。
恐怖を隠しきれていないのだ。
彼女は貴族――それも王族らしい。もしかしたら、『聖女』としての訓練は積んでいても、実戦経験はないのかもしれない。
「馬鹿にしないでください。ゴブリンやオーク程度、何度も討伐した経験はあります」
俺の視線に気づいたのか、カレンが憤慨している。
「すまんすまん、それにしては、怯えてると思って」
「……! 初めてなんです」
「何がだ?」
初陣でないなら、何がだというのだろうか。
「二人で戦うなんて。今までは、たくさんの騎士たちと協力して戦っていました」
「……そうか」
やっぱり箱入り娘だったようだ。
「まあ、戦うしかないだろ」
俺は腰に下げた鞘から剣を抜き、構える。
聖剣の模造品だ。いつか『英雄』に送るため鍛えられたものだとか。特に銘はないらしい。オリジナルは「アロンダイト」と呼ばれていたと聞いたので、俺は「ガラティーン」と名付けた。流石に劣化品に「エクスカリバー」と名付ける気分にはならなかった。
それを聞いた勇人は「いいんじゃない?」と言っていたものの、口元がぴくぴく動いていた。
――厨二病とか邪気眼とか考えてたんだろうなあ。
まあ、外れてはいない。
中学生のころ、憧れでそういう文献を読み漁ったのは事実である。今思えば、あのころの俺の精神状態はおかしかった。若気の至りである。
だが、今俺の手にある剣は間違いなく魔剣だ。名づけるのは男のロマンというやつだ。そのあたり勇人は理解できないらしい。
――手になじむ。
不思議とガラティーンは、長年連れ添った相棒のようにしっくりと来た。
近づいてくる殺気に、余計な思考を削ぎ落とす。……殺気と言っても、俺にはそよ風程度にしか感じなかったが。
「来ました!」
カレンの悲鳴にも似た注意喚起。
「わかってる!」
俺は駆け出すと、ガラティーンを一閃。
それだけでゴブリンは真っ二つになり動かなくなった。そのまま返す刀でもう一匹。手ごたえがまるでない。まるで豆腐でも切っているようだ。
――オークは?
視線を向ければ、仲間のゴブリンが早々に物言わぬ死体になったのを見て、踵を返していた。
見捨てたのか。
敵だというのに、いや、奴の仲間を殺したのは俺だというのに、どこか不快になった。圧倒的な力の差とはいえ、見捨てて逃げ出してしまえるものなのか。
「氷よ、槍となりて我が敵を穿て! 【氷槍】!」
カレンの詠唱。
突如目の前に現れた氷が、詠唱通り槍の形へと変化し、オークへ向かう。逃走に必死で後ろを気にしていないオークはあっさりと貫かれ、絶命した。
「魔物は見つけ次第倒しておかないと。王都に向かうのならばよいのですけれど、抵抗する手段のない近隣の村が襲われかねません」
あっけにとられる俺に、カレンが言う。
「なるほどな……って、魔物? 今のは人型だけど、魔族じゃないのか?」
「ええ、人間と動物、魔族と魔物の区別は、端的に言えば、言語を解するかどうかです。人間の姿をしているかどうかは関係ありません」
双星界は、かつて人間界と魔界の二つに分かれていたらしい。
人間界に住んでいたのが人間と動物。魔界に住んでいたのは魔族と魔物だ。現在は入り混じってしまっているようだが、区別は変わらないようだった。
カレンが言うには、言葉を話せる高い知能を持った生き物。例えばドラゴンなどは人型でなくても魔族の範疇らしい。それどころか、竜人から信仰の対象になっているとか。
では人間界の生物と魔界の生物の違いは何かと言えば、体内に魔石があるかどうかだった。魔界の生物は、全て魔石に魔力を貯め込んでいるらしい。
「ゴブリンやオークたちの死骸から、魔石を砕いてください。これはどんな魔物や魔族と戦った時でも同じです。確実に砕かなければなりません」
カレンが告げる。
「どうしてだ?」
「魔石に残された魔力と、死者の魂が融合し、不死者となるのです。まあ、数年単位で放置された場合ですが」
冒険者や騎士の鉄則とのことだった。
俺たちは、死骸に向かい、一つ一つ砕いていった。
幸いなことに、大抵心臓や脳に近いところにあるようで、手間取ることはなかった。しかし、中々スプラッタな光景になってしまった。
勇人がいれば卒倒していたかもしれない。
対してカレンは慣れたもので、淡々と処理していく。
「死骸を葬りましょう」
とカレンは【穴掘】の呪文を唱えた。
短い詠唱の後、小さな穴が開いた。その中に死体を放り込む。そしてもう一度同じように詠唱すると、土が埋め立てていき、死体は完全に覆い尽くされた。
「死肉を求めて、別の魔物が現れる可能性もありますから」
感心することしきりだった。
俺一人で戦っていたら、死体はそのまま放置していただろう。そのまま、自分のあずかり知らぬところで悲劇が起こるかもしれなかった。
「ありがとう、助かった」
礼を言って、俺たちは勇人の元へ戻ることにした。
執筆中
「勇人が俺を守る!」
って書きかけて一人笑ってしました。