八話 出発だっていうなら護衛をくれよ
本日二話目です。
ついに『英雄』と『聖女』の出立する日がやって来た。
見送りは盛大にとばかりに華やかな雰囲気に包まれた城下町を、僕は寝泊まりしている自室の窓を開いて見渡す。
不本意ながら、一週間もたてば女性の身支度にも慣れてしまった。
顔を洗い、簡易的なブラをつけ、髪を結う。ポニーテールだ。手軽に済ませられるのが素晴らしい。僕にも一人で簡単に髪をまとめられる。
普段ならドレス――恐ろしいことに、スカートをはくことに抵抗がなくなってしまった――に着替えるところだけれど、今日はリシャール王から授与された旅装へと着替えた。
上着は緑を基調としたチュニック。
下は、これから山を越えることすらあるというのに、なぜかミニスカート。
……理解できないが、カレンさんに尋ねたところそういうものらしい。
更にその上に黒一色で汚れの目立ちにくいフードを被る。
強化魔法が付与された一式は、軽装だが物理的な衝撃に強く、また魔法への抵抗力もある。旅立つ戦士への手向けというわけだ。
雷牙も同じものを身に着けている――もちろんスカートではなく長ズボン――が、フードではなく鎧を纏っている。
騎士のものより上等な、本来なら王族が使う品らしい。
剣も特別性。かつての『勇者』が使っていたという聖剣の模造品で、魔力を込めれば込めるだけ切れ味を増すとか。
残念ながら盾は一般の品。そう都合よく武具は揃わなかった。
ちなみに、雷牙は魔法は使えるものの、あまり得意ではないらしい。残念ながら中級までしか使えなかった。
一応補足しておくと、ヒトで中級魔法を使えるのはそう多くないとか。あくまでエルフ基準で、『英雄』として残念。
まあ、余剰な魔力は剣に注ぎ込めばいいので無駄がない。
一方、僕は戦う気がないので大した装備はしていない。
むしろ日用品がメインだ。料理器具や寝具など。あまり重いものは雷牙に運んでもらう。
悲しいことに、女性になった僕はとても非力だった。
爽やかな風が頬を撫でる。
目をやれば太陽も登り始めている。
……準備を終え、景色に見惚れているうちにいい時間になってしまったようだ。
僕は雷牙やリシャール王の待つ大広間へと向かった。
◆
朝食ののち、リシャール王の挨拶――いやもうあれは演説だと思う――を聞いて、俺たちは城門を出た。
行き交う人々は大仰に挨拶をしてくれた。
贈り物をしてくれる人すらいた。女性は俺に、男性は勇人に手渡してくる。
――女性からプレゼントを受け取るたび、勇人の視線が厳しかったのは気のせいか?
もし焼いてくれているのならありがたいことだが。
本当は違うんだろうな。『誠意』の判定を逸するかどうか、冷静に判断しているに違いない。
ちなみに、俺と勇人だけの二人旅である。
「もし『魔竜』が王都に向かってきた場合の備えが必要」
「活性化した魔物への対応で精いっぱいで、兵士の余力がない」
とリシャール王は心苦しそうに語っていた。
まあ、例え派兵してくれても、戦力としてあまり頼りにならないとは思うが。
そして、旅路は徒歩である。
これは、『魔竜』の能力が関係している。
出現した『魔竜』は、瘴気を吐き出し続けているのだ。
闇の魔力を孕んだそれは、魔力に抵抗する術のない人々や動物を飲み込み続けるのだという。俺たちが徒歩で向かう原因もそこにある。『英雄』と『聖女』である俺たちは抵抗できるが、馬には無理だ。すぐに力尽きてしまうだろう。それ以前に、瘴気を恐れて近づかない可能性すらある。
俺たちは、長閑な平原を、ただただ歩いていく。
青々とした草木に、照りつける太陽。勇人はフードが暑いと脱ぎ捨て、几帳面に折りたたむとリュックに入れてしまう。
そして、
「あー、涼しい」
と言うとまるで猫のように背伸びをする。
この国に危機が迫っているとは思えない風景だった。
◆
彼らの旅立ちの日。
私も王城から抜け出すことを心に決めていた。
幸いなことに、『英雄』たちを一目見ようと王都には近隣の村々から人が押し掛けていた。王城へ入るのは難しいが、人ごみに紛れてしまえば出ることは容易い。
なにより、王も黙認してくれるはずだった。
◆
先日、突然リシャール王が告げた。
「カレン、パレードの際、告げた嘘なのだがね。あれはライガ殿が考えたものなのだよ」
「……そうなのですか?」
……この人はそんなことを教えて、私に何をさせたいのだろう。
「可愛い従妹の恋路を応援しようと思っただけさ」
私の内心を読み取ってか、王が言う。
「まあ、従妹が『英雄』殿とくっついてくれれば、色々と安泰という目論見もあるがね」
とくつくつと笑った。
言ってることは打算的なのだが、親しんだ私には、どこか照れ隠しのようなものを感じさせた。
「カレン、『聖女』の聖痕を失ったとしても、君は間違いなく『聖女』だ。そう言えるだけの努力が君にはあるだろう?」
……そうだ。
私は、『英雄』の助けとなるため、研鑽を積んできた。
それは聖痕がなくても変わらないはずだ。
「私、行きますね」
どこに、とは言わない。
「ああ」
リシャールも問うことはなかった。
◆
王城を出た私は、手にしたコンパスに魔力を込める。
王家に伝わる魔道具だ。実は二人に送られた旅装は、単なる衣服ではない。特殊な魔力を帯びているのだ。それはコンパスに反応し、場所を確認する力がある。
そう遠くはない。
私は駆け足で、二人の元へと向かう。




