○水の章 エリアス・ペール 決着編
やっと終わりました~。
・戦いの終わり
(審判)
「それではバトルを再開します!」
「陣営は闘技場中央へ!!」
真剣な表情で足を進めるディープインパクト。
笑顔を交え余裕を見せるエリアス・ペール。
対称的な表情で戦いに赴く両者。
闘技場中央で再び向き合う。
「それでは、お互いに礼!」
頭を下げる両者。
「では、正々堂々戦って下さい!」
「バトル始め!!!」
審判は勢いよく、掲げた右手を降り下ろす。
その瞬間…。
両陣営はそれぞれ。
闘技場中央からは一斉に後退。
闘技場の両端で向き合う形となった。
そして、互いに大きく一息。
呼吸を整える。
次の瞬間…。
ガギィン!!
リナが最初にエリアスに突っ掛ける。
(エリアス)
「ほう?先程の速さには届かないとは言え、まだまだ元気ではないか?剣士の娘よ。」
エリアスは自身の心具。
グローブに水の魔法を纏い。
リナの攻撃をいとも簡単に受け止めた。
ギリギリ…。
と両者が力を込め合うことで、心具同士が擦れ合う音が響いてくる。
(リナ)
「そりゃあどうも…。」
「随分と簡単に受け止めてくれておいて、お褒めいただき光栄だこと。」
嫌みを返す余裕があるように見えるが、リナは本当に限界に近い状態であった。
エリアスがくれた治療薬により、何とか動ける程度には回復をしたものの。
既に体から漏れる蒸気は弱々しく、先程までの異次元の速度には、到底及ばない拙い動き。
(リナ)
『さっきから、この子(剣)の声も聞こえなくなった…。』
『体内で無理矢理魔力を燃やしたせいか、完全にエネルギー切れ…。』
『お腹が減って倒れてしまいそう…。』
『だから…。』
ヒュッヒュッ。っとトリッキーなステップを踏み、リナはエリアスから距離を取った。
(リナ)
『今の私に出来ることは、少しでも時間を稼ぐこと位…。』
『魔力を溜め込んだ、あの娘の詠唱が終わるまでの時間を…。』
リナは巧みなステップを織り混ぜ、エリアスを翻弄することに努めた。
エリアスはそれを理解しているかの様に、その場で黙って腕を組み、時折仕掛けられるリナの斬激を、軽くあしらうかの様に、払いのけ続ける。
その状況が暫く続いた後…。
(レイナ)
「リナちゃん!行けます!」
「今度こそ此方側から仕掛けます!」
その声を合図に、リナは後方のメンバーに合流する。
エリアスはそれさえも、黙って見逃し、ディープインパクトの出方を伺っていた。
(レイナ)
「貴女が何を考えているかは分からない!」
「けれど私たちは、この一撃に全てを込めて、貴女を打ち倒してみせる!」
(エリアス)
「それは楽しみだな…。魔法使いよ。」
「お主らの全身全霊をぶつけて来るがよい。」
「その全てを叩き落として、お主らに圧倒的な力の差を思い知らせてやる。」
エリアスはそう告げると、攻撃に備え、深く腰を落とした。
その姿から漂う、奇妙な程の落ち着きを、レイナは不安に思いながらも、魔法の出力を始めた…。
(レイナ)
『あの余裕…。嫌な予感がする…。』
『けれどもう、後には引けない!』
軽く唇を噛み、レイナは空に向かい心具を掲げる。
(レイナ)
「初めから全開で行かせてもらいます!」
珍しく強い口調で、その決意を口にするレイナ。
不安を拭い去るためか。
先の友人の戦いから、彼女なりに感じとるものもあったのかもしれない。
(レイナ)
「リナちゃんは、ここまでたった一人で頑張って、私に魔力を練る時間をくれた!」
「リナちゃんが身を削って作ってくれた、この大切な時間!」
「その努力を、私は絶対に無駄にしたくない!!」
「いいや違う!無駄にしちゃダメなんだ!!」
心具を強く握りしめ、レイナは友の為。
その魔力全てを解放する。
彼女の体は、ゆっくりと淡い光を帯び始める。
(レイナ)
「いきます!手加減はなしです!」
レイナは目を見開き、空に向け己の心具を掲げる。
「我が魔力に応え!!集え!!」
「大海満ち足る水の結晶よ!!」
「天を覆い、我が敵を浄化せよ!!!」
「汝に授ける。浄化の刃。その名は…。」
「パリフィカル・ティアーズ!!!」
レイナが詠唱を終えた瞬間。
巨大な何かが、ゆっくりと闘技場の空を覆っていった。
闘技場全体が暗く染まっていく。
突然訪れた暗闇に、驚き、ざわつく観客達。
そして空を見上げたあるものが、日光を遮断するその物体の正体に気づく。
(観客)
「おい!み、見ろ!上だ!空を見てみろ!!」
「何だあれは!?何かが…。何かが空を覆っていくぞ!?」
皆が指し示すその先。
闘技場の真上一面の空。
そこには驚く程巨大で、そして驚く程透明で美しい球体が浮遊していた。
(観客たち)
「な、なんだあれは!?」
「巨大な雲の固まりか!?」
「なんて大きさだ!!」
「あんな雲見たことがない!!」
「いや、おい待て!違うぞ…!?」
「あれは雲じゃない!!」
「あれは…。まさか!?」
(エリアス)
「雲ではない…。」
「あれは恐らく、巨大な《水の球体》…。」
「魔法使いの娘によって産み出された。」
「ヤツの魔力の結晶だ…。」
「それにしても…。なんともまあ…。」
「馬鹿げた規模の魔法だな…。」
(観客たち)
「!!!!!??」
「嘘だろ!バカな!?」
「あれが水の球体!?」
「一人の人間があれほどの!?」
「あの娘、一体どれ程の魔力を!?」
観客たちは空を見上げ、誰もが口を開いた。
レイナが作り出したあまりに巨大な水球に。
彼らは目の前で起こっている現実を、信じることが出来なかった。
レイナが作り出したあまりに巨大な水球。
その大きさ、そしてその美しさは、人々の目を釘付けにし、皆の心を離さなかった。
(エリアス)
「魔力の内容量…。半端ではないと思っておったが…。」
「まさかこれ程とは…。」
「軽い湖一つ分は有りそうだ…。」
「すばらしい…。想像以上だ…。」
「あやつはホントに素晴らしい素材じゃな…。」
エリアスは出現した水球を嬉しそうに眺めていた。しかし、その表情は直ぐに曇り始める。
(エリアス)
「しかし、それ故。やはり疑問が残る。」
「奴はあれ程の魔力を持ってして、何ゆえあのランクに収まっておるのだ…。」
エリアスは頭の中で、様々な可能性を検討し始める。
性格的な問題か。それとも技術的な…。心理的な原因か…。それとも生来の何かか…。
しかし、彼女は直ぐに思考を中断する。
長々と可能性を検討するには、時間が足りないことを理解していた。
陣形奥深く。
一人確実に魔力を練り上げ続けたレイナ。
馬鹿げた魔力を内に秘めた、白いローブの魔法使い。
放たれるは、その渾身の一撃。
余計な事に意識を裂いていては、いくら百戦錬磨の彼女であっても、全てを受けきることは困難。
彼女は経験からそれを理解し、全神経を頭上の水球の動向に向けた。
(エリアス)
「全て受けきると約束しておるしのう…。」
「しかしこれは…。ちと骨が折れそうじゃ…。」
上空を見つめ、思わず笑みがこぼれる。
久しぶりにやりがいがある。
彼女は心の何処かで、そんな風に思っていた。
(レイナ)
「すいません。」
その時突然呼び掛けられた。
その声に導かれ、エリアスはレイナに視線を向ける。
レイナは真剣な表情は崩さないものの、ホンの少しだけ、頬を緩めていた。
厳しい状況ではあるが、彼女もまた、彼女なりに楽しんでいるのだと、エリアスは気付く。
そして、その言葉に耳を傾けた。
(レイナ)
「すいません。こんなことを言うのは失礼かもしれませんが…。」
「もし受けきれないと判断した場合は、必ず逃げて下さい。」
「必ずです…。これだけは約束して下さい…。」
(エリアス)
「ほう?突拍子もない変なお願いだな?」
「しかして、それは何故だ?」
目を伏せ。申し訳なさそうに話す少女に対し、エリアスは質問を返す。
少女は変わらず照れ臭そうに、その理由を伝え始めた。
(レイナ)
「その…。情けない話なんですが…。」
「私どうも、力の加減をするのが苦手で…。」
「だから、貴女がギブアップを申し出たとしても、私は上手く魔法を制御出来ないかもしれないから…。」
「突然魔法を止めることは出来ないかもしれないから…。」
「だから…。ダメな時は逃げることだけに集中して下さい。」
「でないと私…。」
「私はきっと…。」
「貴女を殺してしまうと思うから…。」
レイナは若干顔をひきつらせながら。
しかし、うっすら笑みを浮かべ。
そう言い放った。
(エリアス)
「!?」
その言葉を聞いたエリアスは、虚を突かれたのか一瞬驚いた表情を浮かべた。
「クッ…。フフフ…。」
「ハーハッハッ!!!」
そして、彼女の中で、驚きは直ぐに歓楽の感情へと変化を遂げた。
「アッハッハッハ!やはりお主は面白いな!」
「虫も殺さんような可愛い顔をして!!」
「随分とえげつない事をさらりと言いおる!!」
エリアスは嬉しそうに笑い続ける。
そして落ち着いた後、レイナを指差す。
「娘!なかなかいい顔をするではないか!」
「それがお主の本質か!!」
「気に入ったぞ!!」
エリアスの指摘を受け、レイナは何を述べられたか分からない。
その場で不思議そうな顔を浮かべる。
(エリアス)
「よいよい!気にするな!お主の好きにせい!」
「今は語るより、全てぶつけろ!」
「その方が、きっと分かりやすい!」
レイナはその言葉を受け、安心したようだ。
表情を引き締め、こくりと頷いた。
(悠)
『始まる!始めから全開だ!!』
悠はレイナの表情の変化から。
本格的な開戦を察する。
(エリアス)
「こい!小娘!!」
「お主の全力!全て打ち払い!」
「格の!資質の違いを見せつけてやる!!」
狂気にも似た笑顔を浮かべ。
エリアスはレイナの一撃に供え、構える。
それを見たレイナは遂にその魔力を解放する。
(レイナ)
「清き水よ。我に集いし水の精よ。」
「浄化の刃になりて、地上全てを清めたまえ。」
目を閉じ、スウッと深く息を吸い込む。
「降り注げ、全てを解する浄化の刃…。」
「パリフィカル・ティアーズ!!」
そう叫び、レイナは再び心具を掲げる。
その瞬間…。
「ボコン!ボコンボコン!」
巨大な球体は音を発てながら歪み始めた。
歪みは徐々に、数多なる刃に変化。
大小様々な水の刃が、地面にいるエリアスに向けて一直線に降下を始める。
(悠)
『パリフィカル・ティアーズ!!』
『今のレイナが出せる最強魔法だ!!』
『統一性を欠く無数の水の刃!!』
『その刃が、塵になるまで相手に延々と降下し続ける!!』
『相手を傷付ける事を嫌うレイナが。』
『その気持ちを圧し殺してでも、《倒さなければならない》と判断した時にだけ発動する!』
『一度発動すると、もうレイナにも止められない!!』
『魔力制御が苦手だからこそ!』
『全てを出し尽くすことに力を全振りした!』
『レイナの最大出力超破壊魔法!!』
『今までは実戦で使う機会は無かった!!』
『けれどこの場面では話が別!!』
『この人を置いて、誰に使うんだ!!』
『いけ!レイナ!!』
『こっちに反れてきた刃だけなら、俺が何とか弾いて見せる!!』
『仲間だけなら、俺が何とか守ってみせる!』
悠もレイナの攻撃開始を受け覚悟を決めた。
《仲間を守り通す》
その一点に集中し、彼は空から降る無数の刃を見上げていた。
ボコン…。ボコン!!!!
(エリアス)
『動きが止まった…。』
『来る!!!』
水球は大きな音を発し。
その変化を終えた。
そして…。
キラ…。キラ…。
太陽の光を浴びて美しく輝きながら、その刃は敵を撃たんと、猛然と降り注いだ。
ドガガガガガガガガガガガガ!!!!!
エリアスを中心に、水の刃が闘技場を一瞬にして抉り取っていく。
その余りの威力に、固い石造りで作成された闘技場は、一瞬にして灰塵へと変貌していった。
(エリアス)
「ぐっ!!!??」
「これは!!何という威力!!」
「何という水量!!」
「この私でも、捌ききるのがやっとか!?」
エリアスは自身に降り注ぐ水の刃を、自分の目の前に防壁を張ることで、受け流していく。
(エリアス)
『防壁の中に強い水流を発生させる!衝突した刃はその水流に乗り、軌道を逸らしていく!』
『刃は確実に進路を変え、私の体には絶対に届かない!』
『全ての刃を捌かなくとも、この方法を用いれば効率的に《直撃する刃》だけを捌く事が出来る!』
『あやつの魔力属性が、同じ水であったことも幸いした。』
『ヤツの刃に、私の魔力を流し込み、多少は威力を裂くことも出来る!!』
『しかし、それでも!!!』
ザク!ザクザク!!
幾つかの刃は、エリアスの防壁を突き抜け、彼女の体ギリギリまでに、その刃を伸ばしてくる。
『一定の強さの防壁だけでは、防ぎきれんものもあるか!』
『しかし、それなら!!』
グッと、エリアスは防壁に向けて力を込める。
すると防壁の水流は強まり、エリアスに刃が直撃する寸前に、刃を遠方へと流しきっていく。
(エリアス)
『大きさ!威力!形成する刃!』
『全てがバラバラで規則性がない!』
『含まれる魔力量も、全く安定しておらん!』
『しかし!それは奴が未熟だからではない!』
『恐らく敢えてそうしている!』
『威力に統一性が存在しない限り、こちらも使う魔力量を常に変化させねばならない!』
『一瞬でも防壁に裂く魔力量を見謝ると、刃は防壁を貫通し、私の体を貫くだろう!』
『しかし、常に魔力量を最大にして防壁を発生させる訳にもいかない!』
『それでは、あの水量を捌ききるだけの魔力を、最後まで維持出来ない可能性も出てくる!』
『自分に直撃する刃だけに集中!』
『その刃に内在する物理的・魔力的な威力を全て正確に見定めなければならない!』
『一瞬でも分析を誤れば、闘技場と同じ様に、瞬時に全身を貫かれ、灰となり骨も残らんだろう!』
『あの娘!本当にいい性格をしておる!』
『自分は魔力調整が苦手と言いながら、相手には高レベルの調整技術を要する攻撃を選んでおる!』
『それも恐らく意図的にな…。』
(エリアス)
「全く…。本当に骨がおれる…。」
「貴様はどこまで腹黒い娘だというのだ!」
空からは数多なる刃が降り注ぎ。
エリアスはそれを高い経験と技術で尽く捌いていく。
そのあまりにハイレベルな攻防に、会場全体は言葉を発せず、見守ることしか出来ずにいた。
ドガガガガガガガ~~~!!!
激しい攻防が続いていた。
エリアスはレイナの魔法の威力に押され、徐々に闘技場の端に追い詰められていく。
闘技場は既に、その半分以上が粉塵と化し、その原型は完全に失われていた。
(エリアス)
『長い!そして威力が衰えん!なんて水流だ!』
『まだ続くのか!?一体あとどれ位…。』
『あの娘~!!ホントに一体どれ程の!!』
エリアスはレイナを睨み付ける。
しかし、その瞬間…。
チリッ…。
エリアスはレイナの攻撃の中に、これまでに無い違和感を覚えた。
(エリアス)
『むうっ!?なんじゃ!?この感覚は!?』
『水属性の魔法ではない!?』
『刃の中に、何かが《混ざって》…!?』
エリアスがレイナを睨み。
集中力を欠いた一瞬の隙。
その隙に乗じて、防壁を突破した《何か》が彼女の顔面目掛けて飛来して来ていた。
(エリアス)
『何か抜けた!?水の刃ではない!』
『これまでとは違う物質の感触!』
『何じゃ!?刃の中に《異物》が!?』
『何が混ざって!?』
『くそ!!』
エリアスは咄嗟に身を屈めた。
その異物は間一髪。
彼女の頬をかすめ、闘技場の地面に突き刺さる。
『今のは!?まさか!?』
降り注ぐ刃を捌きながら、自身をかすめた物体に目を向ける。
『くそ!やはりか!!』
『奴のことだ!黙って見ているだけとは思わなかったが…。』
『此方が集中力を欠き始める時間帯を狙って仕掛けてきをおった!!』
『本当にコイツらは!!』
『何処までも性格が悪い!!』
エリアスが視界の端で捕らえたもの。
それは木で形作られた鋭い刃。
そう植物で作られた、別属性の刃である。
つまりは…。
(エリアス)
『《あの女》もいよいよ仕掛けてくるか!』
エリアスが視線を向けるその先
写るのは扇で口元を隠したマリエの姿。
彼女はうっすら笑みを浮かべ、エリアスを見つめていた。
(マリエ)
「あらあら。入ったと思ったんだけど…。」
「かすめただけなんて残念ね…。」
「でも、流石は帝の副官さま…。」
「直感力も一流ですこと。」
そう述べながら、扇をヒラヒラと棚引かせるマリエ。
「けれど一回はかわせたとしても、ランダムに降り注いだ場合はどうなるのかしら?」
「全て捌ける?それとも逃げる?別の手がある?」
「何だかワクワクしちゃうわね。」
「私…。貴方にちょっと興味が出てきたの。」
「だから…。」
スウッと。扇を空に向けるマリエ。
指し示すその先には…。
(エリアス)
「なるほどな…。《そう》きたか…。」
「いや、実に理にかなっている。」
「性格の悪い、お主の思い付きそうな事だ!」
マリエの指し示すその先には。
水球の中で、ぐんぐんと成長を遂げている植物の姿。
そのツルはいばら。
その茎は巨木。
それぞれが刃の形に変化していく。
(マリエ)
「魔力を含んだ清き水。」
「これは植物にとって、最高の養分になる。」
「魔法で植物を出力するのに、これ以上の好条件なんてそうそうないと思わない?」
「水に含まれる魔力を吸収し、植物は急速に成長を遂げる。」
「加えて私が使用する魔力も、かなり抑える事が出来るの。」
「つまりは、いつもより少ない魔力で、大量の植物を発生することも可能となる。」
「生まれた植物達は、水球に含まれる魔力で、どんどん成長してくれる。」
「相性のよい属性関係だからこそ、最高の育成環境が整っている。」
「流石にこれは利用しない手がないでしょう?」
「だから…。」
マリエは掲げた扇をエリアスに向ける…。
(マリエ)
「ここからは、私も攻撃に転ずる。」
「魔力コントロールを得意とする私なら、レイナちゃんの魔力を最小限使用し。」
「最大限の効力を持つ植物を作り出せるわ。」
「気をつけてね。副官さま。」
「ここからは、貴女が注意しなげればいけない項目に。」
「《属性》も加わるのよ?」
バッ!!
マリエの発言を受けて、エリアスは咄嗟に水球を見上げた。
ミキ…。ミキミキミキ…。
水球の中で、マリエの植物はみるみる内に成長を遂げ、次々と刃を形成していく…。
そして、数多なる水の刃と共に、エリアスに向かって降下を始める…。
(エリアス)
『くそ!!本当に速い!!』
「なんという成長速度!!」
『なんという質量だ!!』
『あれだけの植物が、これ迄の攻撃に加わると言うのか!?』
『マズイ!これは!いくらなんでも!!』
ババババババババ!!!!!
水の刃と共に、マリエが発生させた植物達が降下を始める。
(エリアス)
『これは相当にマズイぞ!』
『属性の違う植物は、私の魔力では威力を殺しきることは難しい!』
『防壁を突破してくる植物は、実際に回避するか撃墜する以外に防ぐ術がない!』
『む!早速抜けてきおるか!』
ズバッ!ズバズバ!
複数の植物の刃が防壁を貫通し、エリアスに向かい突っ込んでくる。
(エリアス)
『くそ!やはり巨大で威力の強いものが多い!』
バシィ!バシィバシィ!
エリアスは、水の刃は防壁で逸らし。
貫通してくる植物は、自身の拳で弾き飛ばしていく。
(エリアス)
『ここに来ての属性付加!!』
『奴ら本当によく考えておる!!』
『無数に降り注ぐ水の刃!!』
『その中から、属性の違う植物に対してまで、神経を割くことは極めて難しい!!』
『水の刃で物理的・精神的な付加を!!』
『更に植物で、属性的な変化を加えてきた!!』
『くそ!一瞬一瞬で、大量の情報処理が必要になる!』
『魔力と精神力がどんどん削られていく!!』
『奴ら、型にハマってからの攻撃力は圧倒的だ!』
『始めから剣士に任せず、連携で攻めてきても十分戦えたではないか!!』
『いや、違うのか…。』
『それこそが、コヤツらの経験値が不足している証拠…。』
『些細なアクシデントでも、一度発生してしまうと、対応の仕方が分からず、全体が混乱する。』
『立て直す方々も分からず、個々の思考が停止してしまう。』
『素人が陥りやすい、典型的な思考パターン。』
『つまりは…。』
『自分達の《本質的な強さ》を、きちんと把握しきれていないと言うこと。』
『自信が持てず、指示待ちで脚が止まる!』
『各々がノビノビと戦えば、十分過ぎるほどの力を発揮できると言うのに!』
『ここに来ての嬉しい誤算だ!』
『こやつらの延び白は計り知れない!』
『クランバトルの本質を!』
『自分達の力の使い方を!』
『きちんと理解させてやれば、コヤツらはきっと、大化けする!』
『面白い!予想以上の収穫だ!』
『コヤツらは絶対にウチが貰う!!』
エリアスは追い詰められた状況下で、一人ひっそりと笑みを浮かべた。
その意味を理解するものは、現時点では誰もいない。
(エリアス)
『しかし!』
バシィ!バシィバシィ!
『此方もそろそろ対策を考えねば!』
『後ろのスペースも厳しくなってきておる。』
『最悪の場合は場外負け…。』
『それだけは避けたい!』
『どちらにしても、このままでは確実にじり貧になる!!』
『ならば!!!』
エリアスは両足に力を加え、ディープインパクトへ突進を試みる。
(エリアス)
『攻撃を捌きつつ、闘技場全体を最高速で移動する!』
『さすれば奴等も狙いが定まらず、刃の無駄撃ちが増えるはず!』
『空に浮く水の量を確実に減らし、こちらの魔力と精神力を維持できる状況まで持ち込めば!』
『こちらの勝機も見えるはず!!』
エリアスが正に駆け出そうとしたその時。
視界の端で捕らえた、ディープインパクトのメンバーの様子に違和感を覚える。
(エリアス)
『何だ!?何かおかしい!!』
『一人…。足りない…?』
『一体誰が…。』
エリアスは思考を巡らせ、すぐにある人物がいないことに気が付いた。
(エリアス)
『そうか!アヤツだ!!』
『剣士が!剣士の娘の姿がない!!』
エリアスはリナがいない事に気づき、警戒を強める。
しかし、当のリナの姿が何処にも見当たらない。
『何処だ!?くそ!見当たらん!』
『奴を警戒しない訳には!』
『だがここに留まり続ける訳にも!』
『仕方ない、一度体制を整える!』
エリアスは状況に耐えかね、最高速度で移動を開始する。
それを確認した悠から、全員に指示が飛ぶ。
(悠)
「動いた!予想どおりだ!」
「レイナ!マリエさん!」
「逃がしちゃダメだ!!」
「立て直す隙を与えるな!」
(レイナ)
「了解です!!」
(マリエ)
「任せて!!」
ズガガガガガカ!!!
轟音を轟かせながら、大量の水と植物の刃がエリアスを追走する。
(エリアス)
『やはり追撃してきた!』
『だがそれも計算の内よ!!』
エリアスは闘技場の端を、円を描くように移動し始めた。
エリアスを追うように刃は降り注ぐ。
刃に切り刻まれ、闘技場はみるみる小さくなっていった。
(観客)
「スゲエ!エリアス様の動きに合わせて、どんどん闘技場が小さくなっていく!!」
「あの二人の魔法!何て威力なんだ!」
「やっぱりアイツら只者じゃねーよ!」
「エリアス様~!頑張って下さい!」
「徐々にですが、上空の水球も小さくなっています!」
「何とか耐えきって下さい!!」
「エリアス!エリアス!エリアス!エリアス!」
観客達から、自然とエリアスに向けた声援が沸き起こった。
こんは名もないクランに、大陸の副官が敗北することなど認めてなるものか。
大陸の名誉と面子にかけ、このクランに勝たせる訳にはいかない!
観客達の声にも力がこもっている。
ズガガガガガカガガ!!!
二人の追撃により、闘技場はどんどん形を失っていく。
気が付くと、闘技場は小さな円形となり。
ディープインパクトは、その中心に陣取る形となっていた。
(悠)
「くそ!かなり動きづらくなってきたな!」
「レイナ!マリエさん!」
「諦めないで攻撃を続けて下さい!」
「この機会を逃したら、多分もう勝機は出てこない!」
(マリエ)
「分かってるわよ!」
(レイナ)
「任せて下さい!」
悠の指示のもと、二人の追撃。
そしてエリアスの逃走は続く。
そして、闘技場がその型を、ほぼ3分の1程度にまで縮小した時。
エリアスは、レイナとマリエに視線を向けた。
(エリアス)
『恐らく二人はこのまま追撃を止めん!』
『いや、止められないはず!』
『一度でも私を解放すれば、2度同じ手は通じないことを、奴等も充分に理解しているはず!』
『その判断は正しい!』
『次に同じ場面に出くわしたなら、真っ先に同程度の魔法で、あの水球を打ち消してみせる!』
『私がその気になれば、その程度の魔法を産み出すことなど造作もない!』
『今回私がここまで追い詰められたのは、奴等に魔力を練るだけの充分な時間を与えたため!』
『そして、力を見たいがために、魔法使いの詠唱に手を出さんかったからだ!』
『だが次はない!』
『次があれば真っ先に!あの魔法使いを仕留めてみせる!』
『詠唱する間など、絶対に与えてやるものか!』
『だからこそ!お主らは正しい!』
『現在作り出したこの状況は!』
『お主らが、絶対に手放してはならないものだ!』
ズザザザザ~!!!
『しかし、正しいからこそ!』
『此方も容易に対策を練れるのだ!』
『やはりまだまだ経験不足よ!』
『ディープインパクト!』
エリアスは追撃が続くことを確信すると、最高速度を維持したまま、突然その進路を変えた。
(エリアス)
『さあ!これならどうする!』
『ディープインパクト!!』
エリアスは再び猛然と走り始める。
そして、その進路の先には、魔法を放ち続けるレイナとマリエの姿が…。
(悠)
「しまった!エリアスさんは、始めからこれを狙っていたのか!」
悠は周囲を見渡し、退路を探す。
『くそ!ダメだ!』
『闘技場のサイズが小さくなり過ぎている!』
『全員が同じ方向に逃げるスペースがない!』
『バラけてしまえば、俺たち個人で近接戦闘での勝ち目なんてない!』
『魔法を止めて固まって逃げても、エリアスさんが自由になって結果は同じ!』
『俺が上空への心具の発動を止め、エリアスさんを吹き飛ばしても、此方側全員が木っ端微塵だ!』
『俺の能力は解除出来ない!』
『しかし!このままエリアスさんを、二人に近付けさせる訳にも…!!』
『どうする!どうする!!』
焦る悠の表情を見て、エリアスは自身の勝ちを確信する。
(エリアス)
「ワハハハ!焦りが顔に出ているぞ!」
「やはりまだまだ詰めが甘いな!」
「これで私の勝ちだ!ディープインパクト!」
エリアスは拳を振り上げ、猛然とレイナ目掛けて突進していく。
悠とマリエは、それを黙って見ていることしか出来なかった。
(エリアス)
「こやつを潰せば水球は消える!」
「それで終わりだ!!」
エリアスが拳を降り下ろす。
レイナが思わず身を屈めた。
その時…。
エリアスは上空から来る。
魔法とは違う《何か》の気配に気が付いた。
(リナ)
「そう。貴女ならきっとこうする。」
「それが一番《正しい》事だと思うから。」
「でも、だから逆に読みやすいのよ。」
「私はただそれに備えて、ずっと上から機会を伺っていた。」
エリアスがその気配に気が付いた時。
リナが降り下ろした刃は、既にエリアスの防壁を突破していた。
(エリアス)
『しまった!そうか!見謝っていた!』
『こやつは、私が防壁をはる隙に、あの男の弾く力を借りて上空に移動!』
『発射される木々に身を隠し、私が魔法使いに突撃するのを待っていた!』
『そして、私の視界が魔法使いに集中した隙をつき、木々に紛れて攻撃!』
『死角から刃を降り下ろした!』
『くそ!既に防壁も突破された!』
『このままでは避けきれん!』
『魔力の量と水の質量!』
『そして属性の変化も絡めた多彩な攻撃!』
『それすらも隠れ蓑にした三つめの攻撃手段!』
『それがまさか!』
『魔法よりも、著しく威力の劣る、手負いの剣士の直接攻撃だとは!!』
『くそ!完全に油断した!』
『こやつらの策が、私の判断を上回っていたと言うのか!!』
『まさかコヤツら、私の行動をここまで読んで!?』
『ここに私を誘導したのか!?』
エリアスが視線を向けたその先。
そこには自信に満ちた表情で微笑む、マリエの姿があった。
(マリエ)
「ご存じかしら?」
「私たちの世界では、《木の葉を隠すなら森へ隠せ》と言う諺があるの。」
「貴女はどう思っていたかは知らないけど。」
「今回の戦いにおける、私たちの切り札は、一貫してリナちゃんだったのよ?」
「貴女はレイナちゃんと私の、派手な魔法に目が行ってしまったけれど。」
「いつだって最後の決め手を担うのは、やっぱり生きた…。」
「血の通った人間であるべきだと私は思うの。」
マリエはそう話すと、扇で口許を隠し、クスクスと笑った。
それを見たエリアスは、心の底から怒りの感情が沸き上がるのを感じていた。
(エリアス)
「お~の~れ~!!このワッパどもが!!」
「この程度の策略で!!!」
「私を看破できるなどと思いおって!!」
「バカにするのも大概にしろ~!!!」
ガシィ!!
エリアスは直撃寸前のリナの刃を、そのまま素手で握りしめた。
ズバ!ズバズバ!!
リナに力を裂くことで、注意力が分散された。
それにより、防壁から幾つかの刃がエリアスを貫く。
しかし、怒りに突き動かされた彼女は、そんなことは全く意に介さない。
(リナ)
「な!?ちょっと!?嘘でしょ!?」
「刺さってる!あんた刺さってるわよ!?」
動揺するリナを他所に、エリアスは力一杯リナを振り回す。
(エリアス)
「ヌウウウウン!!黙れ!!」
「これ以上バカにされてたまるか!!」
「貴様は邪魔だ!!小娘!!」
「すっこんでおれ!!!」
エリアスは大きく体を捻り、リナを闘技場の彼方へ吹き飛ばした。
(リナ)
「ギャアアアア~~!!!」
「何なのよコイツ~!!!」
悲鳴を上げながら、彼方へ吹き飛ばされるリナ。
エリアスは体制を整え、怒りに任せ、再び走り出そうとする。
(エリアス)
「さあ!今度こそ貴様だ!」
「覚悟しろ!!」
「魔法使…!…い…?」
その瞬間。
エリアスは自分の目の前に、見覚えのある男の顔があることに気が付く…。
(エリアス)
『な、何故…?』
『何で…。お主がここに…。』
『居る…?』
目の前にあるのは、恐怖で半べそをかいている。
ある男の不細工な表情。
状況を理解出来ず、呆気に取られるエリアス。
しかし、その時確かに、笑いを帯びた踊り子の声が彼女の耳に届いていた。
(マリエ)
「クスクス…。」
「何だか不細工な攻撃でごめんなさい。」
「私はさっき《木の葉を隠すなら森へ隠せ》と言ったけれど…。」
「私は用心深いから、葉っぱの端切れも隠していたの…。」
(エリアス)
『端切れ…?あやつは何を言って…。』
(マリエ)
「その人はね。保険として配置しておいた、《葉っぱの端切れ》。」
「森の雄大さに比べると、本当に儚い。」
「ゴミ屑みたいな存在なんだけれど。」
「まあ、何だかんだで…。」
「いざと言う時には、それなりに頼りになる人なのよ?」
(エリアス)
『最後の最後…。』
『本当の奥の手が、ただの男の《体当たり》だと…?』
『攻撃の質・威力…。』
『共にこれまでで、最も低レベル…。』
『防壁を緩めなければ、私に届くはずもなかった…。』
『だがそれ故…。突破されれば…。』
『かわす術が…。』
(悠)
「ウワアアア~~~!!!」
「高いよ~!怖いよ~!ぶつかるよ~!」
ドシィ~~ン!!!
半べそをかきながら、不細工な表情の男がエリアスに直撃した。
グラリ…。
男の体当たりをくらい。
エリアスはゆっくりと、その体制を崩していく。
(エリアス)
「くそ…。今回ばかりは…。」
「お主らにいっぱい喰わされた…。」
「か…。」
そう言葉を最後に、エリアスは崩れ落ちるように、闘技場の外に落下していく。
ドサァァァ…。
悠に首もとにしがみつかれ、エリアスは背中から場外に転落。
その光景に誰もが息をのみ、会場全体が静まりかえった。
(審判)
「ッ~!」
「勝負あり!!」
「勝者…!!!」
長きに渡る激闘が、
遂に幕を下ろした…。