水の章 対エリアス・ペールⅦ
○ 一つ上のレベルへ
(エリアス)
「ここからは、今までの様に好き放題に動けると思うな!」
「覚悟して挑め!生意気な小娘よ!」
エリアスはリナに向かい拳を向ける。
体から溢れるオーラが。
彼女の作り出す表情が。
先程から明らかに変化している。
体全体に魔力を力強く纏い。
《何か》を仕掛けてくる。
そんな異様な気配を感じずにはいられなかった。
(悠)
「リナ!気を付けろ!」
「さっきまでとは明らかに空気が違う!」
エリアスの放つプレッシャーに怯み。
悠は思わずリナに声をかける。
(悠)
『魔力感知が苦手な俺でも分かる!』
『エリアスさんの雰囲気!』
『纏う空気が!!』
『さっき迄とは明らかに違う!』
『間違いなく何かを仕掛けてくる!』
『気を抜くなよ!リナ!』
悠はリナに視線を向ける。
額には、強いプレッシャーを受け汗が滲んだ。
悠の声かけに対し、リナ真剣な表情でエリアスを見つめたまま。
スッと剣を掲げ、答えた。
(リナ)
『分~ってるわよ。』
『アイツのプレッシャー…。』
『ビシビシ伝わってくるもの…。』
『間違いなくこれまで通りにはいかない…。』
『けど…。』
リナは視線を降ろし、自身の心具をジッと見つめる。
(リナの剣)
『ふむ…。主よ。ならばどうする?』
『相手の出方は分からん。』
『だが、何かしらの手立てはありそうだ。』
『策を巡らせるか?』
『それとも仲間に助けを求めるか?』
心具の問い掛けに。
リナは一瞬目を閉じ。顔を歪める。
時間があればいい案が浮かぶかもしれない。
仲間たちなら、打開策を導けるかもしれない。
一度距離と間をとるという選択肢もある。
恐らくこれら全てが本来の答えであろう…。
しかし、彼女の中では違う。
ニヤリと笑い。あえて茨の道を行く。
そんな結論が直ぐに導き出されるのだ。
(リナ)
「私の信頼する仲間たちなら、きっと上手くやるでしょうね…。」
「けど…。私は違う…。」
「器用に立ち回るなんて柄じゃないのよ。」
(リナの剣)
『ほう…。ならばどうする?』
『最善の策を知った上で、主はどうするのだ?』
己の心の問い掛けに、リナは力強く鞘を握り締める。
分かりきった事を…。
そう思いながらも、笑みを浮かべ前を見つめた。
(リナ)
「正面からいく…。」
「に、決まってんでしょ!!」
「私にはそれしかないんだから!!」
「あんた!!私の心具なら分かって聞いてんでしょ!?」
「運がなかったと思って黙ってついてきなさいよ!」
リナは口元を緩ませ。
心具の問い掛けに答える。
それを聞いた心具は、どこか嬉しそうに答える。
(リナの剣)
『無論だ…。』
『そもそも私はお前の心。お前そのものだ。』
『お前の答えなど、初めから分かっていたさ。』
『我が主ながら、何とも心地よい性格だ。』
リナは剣を握りしめ。その手を見つめる。
心の問いに覚悟を決める。
そして、大きく息を吐き。
エリアスを睨み付けた。
(リナ)
「だったら聞くな!!」
「けど…。流石あんた…。」
「私の心具だわ!!」
そう叫ぶと、リナはエリアスに向かって全力で駆け出した。
自分に呼応する心具に、どこか誇らしさを感じたためか。
駆け出すリナの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
(悠)
「仕掛けた!さっきよりも煙の量が増えてる!」
(レイナ)
「速い!さっきよりも更に!」
「リナちゃんから出ている魔力も、更に跳ね上がっています!」
(マリエ)
「まだ速くなるって言うの!?」
「一体どこまで!?」
リナから溢れる蒸気は、目に見えて判別できる程に、その量を増していた。
その影響か、これ迄でもほぼとらえられないレベルに達していたスピードに、更に磨きがかかっている。
(悠)
『まだ上がるって言うのかよ!?』
『本当に化け物か!?アイツは!?』
(エリアス)
『速い!よもやこれ程とは!』
敵味方を問わず、闘技場に立つ全ての人間の知覚を、リナのスピードは上回っていた。
煙に包まれたリナの体は、残像を残しながら、闘技場を駆け抜ける。
そして…。
(エリアス)
『!?どこだ!?』
ゾクッ…。
リナの姿を見失ったエリアスだが、殺気に気付きリナの位置を自身の背後と理解する。
ザアアアア~~~~!!!!
リナはトップスピードを維持し、一瞬でエリアスの背後に回り込んだ。
エリアスがその殺気に気付いた頃には、既に背後から彼女に斬りかかろうかと姿勢を整えていた。
(リナ)
『とった!今度は間違いない!』
『今から防御に入ろうと、確実に私の剣の方が速い!!』
(観客)
「は、速い!!一瞬でエリアス様の後ろに!!」
(悠)
「とった!今度は完璧だ!」
(レイナ)
「凄い!ついに相手の背後を!」
(マリエ)
「リナちゃんの刃が…。とらえる!」
二人の攻防を食い入るように見つめていた。
その場にいる誰しもが確信した。
駆け出しのクランから突然湧き出てきた。
口の悪いくそ生意気な小娘。
格の違いは一目瞭然。
しかし、この娘はやってのけたのだ。
強い言葉で周りを煽り。
己を奮い立たせることで。
誰もが不可能だと、鼻で笑った目標を。
彼女はやってのけたのだ。
誰もが拳を握りしめ。
その身を小さく震わせていた。
今起ころうとしている現実に。
彼女が成し遂げようとしている事柄に。
誰もが引き込まれていたのだ。
それもまた。
彼女の資質によるものなのかもしれない。
(リナ)
「悪いわね!!エリアス・ペール!!」
「その右腕!!いただくわ!!」
リナは刃を振り上げ、一気にエリアスに斬りかかった。
エリアスは黙ってうつ向き。
己に降りかかるダメージに身を屈めているかの様に見えた。
しかし、次の瞬間。
(エリアス)
「いやいや、なかなかどうして。」
「立派なもんだぞ娘。」
「自分で主催した大会で言うのもなんだが。」
「まさかこの大会で、私にここまで力を使わせるものが現れるとは…。」
「いやいや。本当に実に立派であったよ。」
「だが…。」
エリアスはその場でゆっくりと返った。
「!?」
その場にいる全員が、状況を理解することが出来なかった。
確かにリナの刃が彼女の右腕をとらえたはず…。
なのにどうして…。
彼女は平然と振り返り、何事もなかったかのようにリナに話しかけているのだ?
そんな思いを余所に、エリアスはゆっくりとリナに近づき。
そしてリナの剣を、まるで壊れ物でも扱うかのように、ゆっくりと優しく握り締めた。
(悠)
「なんだ!?一体なにが!?」
「リナの攻撃が…。どうして…。」
皆が呆気に取られ固まる。
その中で、エリアスだけが何事もないかのように動作を続けていた。
(リナ)
『嘘でしょ!?何が!?』
『体が突然…。重く…?』
攻撃を仕掛けたリナも、思わぬ出来事に驚き。
その身を固めていた。
(エリアス)
「綺麗な刃だ…。」
「正に、お主の心が現出した…。」
「真っ直ぐで。美しい刃だな。」
優しくリナの刃に触れ。
エリアスは笑みを浮かべたまま語りかける。
恐らく、皮肉でも何でもない。
彼女の心からの言葉であるのだろう。
表情や口調に、いつもの嫌味がない。
(エリアス)
「だが…。」
「やはりまだまだ甘いな…。」
「αカウンター。」
エリアスは小さくそう呟く。
そして…。
ドォォォォン!!!
!?
突然の轟音。
そして一体が土埃に包まれる。
徐々に離れていく煙の中で、皆がその目で見たものは…。
苦しそうに腹部を押さえ。
倒れこむリナの姿であった。
(悠)
「そんなバカな!?どうしてリナが!?」
「何が…。一体何が起こったって言うんだ!?」
エリアスの猛攻が始まる…。