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おやじ妄想ファンタジー   作者: もふもふクッキー
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水の章 副官 エリアス・ペール 第2ラウンド

 ○ 誰も感じるあの気持ち 再び


 (実況)

 「さあ!再入場して参ります!」

 「クラン・ディープインパクト!」


 「リナ選手を筆頭に、真剣な表情を浮かべ!」

 「ゆっくりと闘技場に歩を進めて参ります!」


 「先程までのバトルでは、リナ選手以外のメンバーに、目立った動きは見られませんでしたが!」

 「謀らずも生じた、闘技場の補修作業による僅かな中断!」

 「貴重なインターバルを通して、彼らはエリアス様に対抗する術を見出だしたのか!」


 「再開後の戦略が、非常に気になる所!」

 「果たして、クランとしてどの様な戦い方を見せてくれるのか!」


 「注目して見守って参りましょう!」


 歓声と実況が入り交じる中。

 闘技場に歩みを進めるディープインパクトのメンバーの足取りは、再開前にも増して重いものになっていた。


 わずかに与えられた貴重なインターバル。

 バランスの崩れたクランを、一時的にでも立て直すには、絶好の機会。


 しかし、結局それを活用する事は叶わず。

 ただイタズラに時間だけを浪費し。

 あまつさえ、共に戦うメンバーの間に、軋轢を生んでしまった。


 考え得る中で、最悪な会議。

 まさかの喧嘩別れ。


 皆が重苦しさを感じながら。

 これ迄戦った中では、間違いなく最強の相手と、再びあいまみえなくてはならない。


 何の解決策も浮かばないまま、皆は勝ち目のない戦場に歩を進める。


 その心境足るや、穏やであるはずがない。


 「…。」


 誰もが無言。誰もが視線を反らしていた。

 どうなってしまうのだろう。

 どうすればいいのだろう。


 結局リナに、何を話せば良いのかも分からない。


 そして、一言も交わすことはないまま。  

 先頭を歩くリナが闘技場への階段に足をかける。


 その時。


 『このままではいけない。いいはずがない。』

 

 と悠は反射的な衝動に駆られ。

 咄嗟に前を歩くリナに声をかけた。


 (悠)

 「おい!リナ!ちょっと待て!」

 「待ってくれ!」


 悠の声を聞き、リナは振り返りはしないが、昇っていた階段の途中で足を止めた。


 (リナ)

 「…。なに?」


 素っ気ない言葉が返ってくる。

 顔も此方に向ける事はない。

 そうとう機嫌を損ねている。

 悠は若干たじろぎながらも、懸命にリナに話しかけ続ける。


 (悠)

 「いいかリナ!さっきのは誤解だからな!」

 「俺達は決して、今日のお前の速さのせいで試合が成り立ってないとは思っていない!」

 「寧ろお前に合わせてやれなくて、本当に申し訳ないと思っているんだ!」


 (リナ)

 「…。だから何?それが何なのよ?」


 溜め息交じりの返答。

 リナは変わらず、階段の先を見つめたままだ。

 悠の声かけも上の空。

 先程の出来事を、深く引きずっているのは明白であった。 


 (悠)

 「今は分かってくれなくてもいい!」

 「ただ、あの後俺達なりに話し合った事がある!」「お前もクランの仲間なんだ!」

 「ちゃんとお前にも伝えておく!」

 「ちゃんと聞いておいてくれ!」


 (リナ)

 「…。」


 リナは視線を逸らしたまま。

 ただ黙って佇んでいる。

 不安を拭いきれぬまま、悠は控え室での出来事を話し始めた。



 <開始直前 控え室にて>


 (悠)

 「え!?リナのフォローは諦める!?」


 悠は発言に驚き、目を見開いたまま、

 マリエを見つめ返した。


 (マリエ)

 「ええ。その通り。」 

 「煩いわね。そう言ったじゃない。」


 マリエは驚く悠を尻目に、当前と言わんばかりに話を進めた。


 (マリエ)

 「だって考えてみてよ。」

 「リナちゃんがあのスピードを維持する以上。」

 「今の私と悠さんでは、息の合ったフォローを挟むことは出来ない訳でしょ?」


 悠はコクコクと頷く。

 

 (マリエ)

 「それなら寧ろ、彼女へのフォローは完全に諦めて、私たちはレイナちゃんの守護。」

 「それと、自分達の攻撃に集中する。」

 「その方が役割が明確だし、混乱も躊躇も少ないじゃない?」

 「クランとして、よっぽど機能を維持できるとは思わない?」


 (悠)

 「いや、まあ。確かにそうですが…。」

 「リナを無視すれば、色々周りに集中はできそうですけど…。」


 「けど…。俺たちはクラン。仲間ですし…。」

 「やっぱり、お互いに助け合わない訳には…。」


 (マリエ)

 「普通に考えればそうだろうけど。」

 「今日のリナちゃんの状況なら話は別よ。」


 「あれだけの速さで攻撃するんだもん。」

 「私たちの様子にまで、神経を回すなんて到底無理な話よ。」

 「きっと彼女自身だって、今日の自分の速さには慣れてないだろうし。」

 「その状況で、フォロー側にも気を回せなんてあまりにも酷な話だわ。」


 「それなら、中途半端なフォローを気にさせるのは、返って足手まといなだけ。」

 「私達は、誤射の可能性だって高いんだし。」


 「それならいっそ。始めから何も気にせず、彼女には自由に動いて貰った方がいい。」

 「彼女からしたら、その方がよっぽどバトルに集中出来るはずよ。」


 (悠)

 「いや、確かにそうかもしれないですけど…。」

 「ただ、リナのやり方はあまり誉められた物ではない気もしませんかね…?」


 (マリエ)

 「確かに誉められた物ではないわね。」

 「けれど私はね。」


 「彼女が好調だからこそ、本気でアイツとぶつかってみたい。っていう気持ち…。」


 「実は分からなくはないのよ…。」 


 「自分にも、あの位の年齢の時に。そんなチャンスがあったら。」

 「きっと同じことを言うと思うの。」

 

 「上手く言葉に出来ないんだけど…。」

 「何て言うか…。自分を計りたい?みたいな。」

 「きっとそんな衝動に駆られて。」

 「自分の器を確かめたいって。」

 「強く願ったと思うのよ。」


 「ほら?前に一緒に話さなかったかしら?」

 「若い頃は、何故かそれこそ衝動的に。」

 「自分の可能性を知りたくなるって言うか…。」


 「何か、何でも出来そうで…。」

 「でも、何も出来ないんじゃないかっていう…」

 「やりたいんだけど、出来ないことを知るのが怖い…。みたいな、複雑な葛藤。」


 「自分への期待と不安がごちゃ混ぜになって、スッゴク歯痒くなる。そんな気持ち。」


 「あの娘は自分勝手を承知の上で、そんな自分の何かに。歯痒い何かに向き合おうとしている。」


 「何だかそんな気がするの…。」


 「そしてそれは、彼女が成長する上で。」

 「何だか凄く大切な物の様な気がする。」


 「何だか上手く表現できないけど…。」

 「私はそう思うし。そんな彼女の思いを汲んであげたいの。」

 「だって、実際に自分を試す。本当の器を知る機会なんて、得られる人の方がずっと少ないじゃない?」

 

 「彼女もそれに気付いてる。」

 「ずっと望んでいたモヤモヤを晴らす機会は今なんだと理解している。」

 「私には、そんな気がしてならないのよ。」


 「ねぇ、どうかしら?」

 「話し合いの腰は折っちゃったけど。」


 「クランの機能不全を回復させるだけなら、決して悪い話ではないと思うし。」


 「彼女が自分の器を知ると言うことは、これから彼女が大人になっていく中で、この上なく有益な気がするんだけれど?」


 話を終え、マリエはマザーに視線を向ける。 


 (マザー)

 「…。」


 マザーは少し考えているのか、無言でフヨフヨとその場を漂っている。


 (悠) 

 「確かに…。中途半端にお互いを気にする位なら、勝手気ままに動いた方がいい…。」 

 「今日のリナなら尚更だな。」 


 「リナは自由。連携は俺達三人。」

 「極めて明確な役割分担だな。」

 「俺もその方が分かりやすいな。」


 ちらりとマリエを見つめる。

 マリエは穏やかに微笑みを返した。

 悠は何だか恥ずかしくなり、咄嗟に視線を反らしてしまう。


 (悠)

 「し、しかし。あんだけ連携について指摘されて。」

 「皆で解決策を話し合った直後に。さらりとその全てをぶち壊す意見を持ってくるとは…。」


 「さ、流石は我らがマリエお姉様だ。」

 「肝っ玉の据わり方が並みじゃねぇなぁ。」


 悠は動揺を隠すように、レイナに話を振った。

 黙って聞いていたレイナも。

 マリエの発想の転換には、驚いていた様だ。


 (レイナ)

 「本当ですよね…。」

 「発想事態が、逆転に次ぐ逆転。逆転の末、根底から全てを吹き飛ばす様なお方。」 


 「やはりお姉さまは、特別な…。選ばれた感性をお持ちなんでしょうね。」


 「引かれたレールの範囲内でしか。枠のある議論の範囲でしか物事を考える事ができない。」

 「そんな凡人の私には決して思い付きません。」


 「本当に見事です。」

 「流石はマリエお姉様。」

 「とても見事な肝っ玉です。」


 (悠)

 「なあ。玉が違うよ。玉が。」

 「俺の玉とは物が違うよ。」

 「立派な玉をお持ちだよ。本当見事な玉だよ。」

 「玉が見事だよ。玉がね。」

 「流石だよ…。立派な玉姉さんだな。」


 (レイナ)

 「…。若干不快に感じる表現ですね。」

 「女性を不快にさせる発言を、今の社会ではセクハラと言います。」

 「今回は警告だけで、大目に見ます。」


 「ですが、次に調子に乗ったら、刃で貫きますからね。」

 「貴方の玉を…。その小さな小さな玉をね。」


 レイナは悠に向け、杖の柄にある刃を向ける。


 (悠)

 「は、発言は…。そ、その。たまたまで…。」


 レイナが握りしめる、ギラリと刃の切っ先が悠の下腹部を指す。


 (悠)

 「…。以後気を付けます。改めます。」


 レイナはニッコリと笑い。悠の顔を見た。


 『レイナは下ネタは通じないんだな。』

 『酒と野球はいけるのに…。』

 『女の子ってホントによく分からない。』


 『まあ、とにかく。これからは失言に気をつけねば…。』

 『まだ子孫を残していないのに、玉を失うわけにはいかんからな…。』

 『いくら小さくても、この世に2つしかない大切な玉だ。』

 『簡単に壊されてなるものか。』

 『くわばらくわばら。』


 悠が仲間の新たな一面を知った瞬間であった。


 悠がそんな下らない事に気を取られていた時。

 暫く頭を悩ませていたマザーが口を開いた。


 (マザー)

 「私は…。やはり私は…。マリエさんの意見には反対です。承服できません。」


 マザーは、フヨフヨとメンバーの中心に移動し、全員に向かって語り始める。


 (マザー)

 「やはり、リナさんはクランのメンバーとして、役割を果たすために尽力すべきです。」

 「それがクランのメンバーとして、果たすべき一番の責任だと、私は思っています。」


 「ですから、マリエさんの意見には賛成できません。」

 「まず。これが私の結論です。」


 (マリエ)

 「そう…。それは残念ね…。」

 「けれど、彼女の動きが良いのも事実。」


 「そして、情けない話だけど…。」

 「私と悠さんでは、今日の彼女をきちんと支える事は出来ない。」


 「彼女の好調さを活かすというのも、悪い手段ではないと思うけど…。」


 「それについてはどう考えているのかしら?」


 (マザー)

 「活かせないのであれば。やはり殺してでも合わせるべきなんです。」


 「いくら自分が好調だからって…。」

 「周りとの連携を無視して、自由に戦わせて欲しいだなんて…。」

 「そんな理屈がありますか?」 


 「自分が逆の立場なら、どう感じるのか。」

 「相手の事を、仲間の事を考えての発言とは思えない。」

 「普通は、思っていても口には出しませんよ。」

 「仲間たちに失礼だ。目に余る程に。」

 「幾らなんでも身勝手過ぎる。」

 「許すべき事ではありません。」


 「やはり今後の。これからの事も考えると…」  「リナさんには、クランの中で役割を果たす。」 「仲間と連携を維持する事の大切さを、今回の出来事を通して、きちんと指導すべきですよ。」

 

 「いくらリナさんに理屈があったとして…。」

 「若さゆえの衝動があったとして。」


 「個人的な都合を、全体の利益より優先すべき理由にはならない。」


 「いいですか?皆さんも理解して下さい。」

 「クランはただの集まりではないんです。」

 「まして、仲良しクラブであるはずがない。」


 「クランは家族であり。運命共同体なんです。」

 「誰か一人が欠ける事は、自分の四肢がもげる程の苦痛が伴う。」

 「結び付きは、それほど迄に強く。」

 「故に互いが、安心して背中を任せられる。」

 「それがクランのあるべき姿なのです。」


 「彼女はそういった認識が。」

 「互いに強く結び付いているという意識が。」

 「明らかに欠如している。」


 「クランの為に、自分を捧げる。」

 「仲間の為に自分を殺す。」


 「クランを組むことへの《覚悟》が、絶対的に不足しているんですよ。」


 「彼女の屁理屈は、子供の駄々と同じです。」

 「今の内に正しておかなければ…。」

 「きちんと認識を正さなくては…。」

 「いつか彼女は、取り返しのつかない事態を招く可能性だってある…。」


 「本当に彼女を思うなら。ここはキチンと向き合わせるべきだ。」

 「仲間の為を思うなら、自分の思い通りにならないこともあるのだと。」

 「キチンと認識させるべきですよ。」


 「もう駄々を捏ねて許される年齢ではない。」

 「きっちり本当の意味で、大人になって貰うべきです。」


 (悠)

 「…。なるほどね。」

 「まあ、そりゃそうだ。」

 「当たり前の話だよ。」 

 「正しいよマザー。お前は正しい。」


 マザーの発言を、腕を組みながら黙って聞いていた悠が、頭をボリボリと掻きながら歩み出た。


 (悠)

 「まあ、マザーの話は正しい。」

 「本当にその通りだ。」


 「けどさ…。俺もマリエさんの話。」

 「ちょっと分かる気がしてきてるんだよ。」


 悠は頭を掻くのを止め、この場でクランを、仲間の繋がりを。

 何よりも一番に考えてくれているであろう。  

 そんなマザーを、申し訳なさそうに見つめた。


 (悠)

 「まあ、何て言うかさ。」

 「大人気ないとか。大人になれって言ってもさ」 

 「俺から言わせて貰えば、二十歳そこそこの女の子なんてもんは…。」


 「まだまだ大人に毛が生えた程度なもんで。」 


 「大人デビューしたての、希望に満ち溢れた。」 「大人世代のお上りさん。みたいな。」

 「右も左も分かってない。それこそちょっと大きなお子ちゃま。位でしかない訳なのよ。」


 「実際、俺も二十歳の頃は、何かよく分からんかったし。」

 「今日から大人ですって言われても、自分は何も変わらんかったしさ。」


 「正直、三十路を迎えた今でさえ。」

 「自分が本当に大人かって言われたら、よく分かんねーんだわ。」


 「趣味嗜好は変わってないし…。」

 「たいした立派な人間になった気もしねぇ。」


 (マリエ)

 「いやいや。ちょっと待って。」

 「それはダメよ。絶対にダメ。」

 「三十路は大人。貴方はほとばしるくらいに大人なのよ。」  

 「特に、貴方みたいなタイプが自覚ないなんて大問題なんだから。」


 「さあ、今すぐ自覚を持ちなさい!」 

 「貴方は大人!悲しいくらいに大人なのよ!」


 マリエは畳んだ扇を、悠の顔の前に差し出し。

 身を乗り出す様に、悠に迫った。 


 (悠)

 「ちょっ!?マリエさん!?」

 「どうしたんですか!?いや、近い近い!」

 「嬉しいけど、近いですよ!」


 悠の発言を受け、マリエは一度悠から離れる。

 

 (マリエ)

 「いい?大事な事だから、よく聞きなさい!」

 「このままだと、貴方は悪いことをする!」 

 「必ずするわ!私が保証する!」


 「するとどうなる!?」

 「そう、デカデカと新聞に名前が出るの!」

 「その顔面つきで!」

 「何故なら大人だから!」

 「そして不服以外の何でもないけれど…。」


 「恐らく、所属クランも載るのよ!」


 「そうしたらどうなる!?」

 「貴方を知ってる人はいいわよ!」


 「ああ、やはりやっちまった…。」

 「いつかやると思ってたよ。」

 「そんな顔してたもんな…。」  

 「で、済むんだから!」


 「でも、私達はどう!?」

 「クラン名を知られると、いきなり怪訝な目で見られる様になるのよ!?」

 「ああ。あのワイセツ物がいたクランか…。」

 「よくもまあ、あんなのと一緒に活動したよな」

 「つーか、あんなの野に放つなよ…。」

 「産まれた段階で隔離しないとダメだろ…。」


 「そういう侮蔑の目で見られるのよ!?」

 「分かった!?理解した!?」

 「つまり、何だかんだで一番恥をかくのは、貴方じゃなくて私達なのよ!?」


 「公然ワイセツ行為とか、変態行為をした人間がいたクランだって。」

 「指を指されて笑われるのよ!?」 


 「もしかしたら、私達まで、いかがわしい存在だと思われるかもしれない!」


 「そんなの私…。耐えられないわ!」


 「いい、今!この場から!自覚を持ちなさい!」

 「貴方は、全然立派な人間ではないし!」

 「少なくとも、モラトリアムを気取っていい期間は、とうの昔に過ぎ去っている!」


 「だからよく分からないなんて許されないの!」

 「分かった!?今日!今!この場から!」

 「貴方は今から大人になったからね!」


 「ほら、これ持つ!この鏡を見る!」


 悠はマリエに鏡を押し付けられる。


 (マリエ)

 「ほら!きちんと覗く!」

 「うわっ!汚ったな!なにこの顎!」

 「そんなに顎の青い子供が、世の中の何処にいるっていうの!?」

 「見るに耐えない!汚れの塊みたいな顔ね!」


 「さあ!分かった!?現実を受け入れなさい!」

 「貴方は大人!それも、既に汚いオッサンの域なのよ!」 


 「そしてこの顔が、公然ワイセツ罪で指名手配されるの!」

 「きっとカラーコピーよ!?」

 「髭の青さを表現しなきゃならないもの!」

 「ホントに迷惑な顔してるのね…。」

 「コピー代だってバカにならないのに!」

 「コピー代だって税金よ!?」

 「ふざけんじゃないわよ!」


 「ほら、レイナちゃん!」

  

 マリエはレイナを手招きする。

 レイナはオドオドした様子で、マリエに近づく。


 (マリエ)

 「ほら、よく見ておいて。」

 「あれが犯人。あれが公然ワイセツ罪の犯人の顔よ。」

 「後々指名手配されるから。」

 「特徴を掴んで。二人で絶対に忘れない様にしましょう。」

 「一市民としての通報の責任は、私達が果たすの。」

 「私達に課せられた指名は大きいのよ。」


 レイナは無言で頷いている。

 そしてジーっと悠を見つめる。

 悠と目が合うと、再び刃を悠に向けた。


 悠はなにもしていない自分が、みるみる犯罪者に仕立てあげられていく不可思議な状況に。


 冤罪というものが、如何に身近な悲劇である物なのか。

 いつ自分に降りかかってもおかしくないのだと言うことを。

 身をもって感じ。

 沢山の被害者の方の多幸を願った。


 (マリエ)

 「更によ!?」

 「ただでさえ恥ずかしい顔してるくせに!」

 「これが指名手配犯として、町中に張り出されるのよ!?」


 「どう?悠さん?死にたくならない?」

 「死にたくなってくれる?」

 「いえ、死んでくれる?」


 「私が貴方なら、当の昔に舌を噛んでるわよ?」


 マリエは捲し立てるように悠を責め続けた。

 嬉々として、自分を攻め続ける彼女に。

 悠は底知れぬドS気質を感じとり。

 不条理に攻められ続けるこの状況に。


 これまでにない興奮を覚えていた。

 

 (悠)

 「ハアハアハア…。いや。その…。」

 「酷いですよハアハア…。」

 「もっと。もっと下さい…。ハアハアハア。」


 「俺は自分の顔よりも。今のマリエさんの話を聞いて、若干興奮を…。ハアハアハア」

 「いえ、若干死にたくなりましたよ…。」  

 「だからもっと。もっと欲しいの…。」

 「お願いします。マリエさん!」

 「もっと!もっと俺に!」

 「この薄汚いブタに!」


 興奮した悠がマリエに詰め寄ろうとする。

 すると…。

 《ギラリ。》

 愛しいお姉さまを守ろうと、レイナが。

 悠の首もとに刃を突きつけた。


 (悠)

 『レ、レイナも俺を苛めてくれるのか!?』

 『た、たまらん!なんて素晴らしい日なんだ!』


 しかし、今の悠には逆効果であり。

 彼は始めて知る自分の性的嗜好に。

 新たな可能性を見出だし始めていた。


 (マザー)

 「あの~。皆さん。」

 「時間もありませんし、そろそろ…。」


 一人冷静なマザーが、悪ふざけを続ける皆を現実に引き戻した。


 (マリエ)

 「あらそう?残念。」 

 「割りと楽しかったのに。」

 「レイナちゃん。もういいわ。」

 「ブタを解放してあげて?」


 レイナは無言で頷き、刃を下ろした。


 (悠)

 「ええ!?もう!?もう終わり!?」

 「ふざけんなよ!こっちは高い金払ってんだ!」

 「客を満足させるのが、テメェらの仕事だろ!」

 「俺はまだ満足してねぇぞ!」

 「一回何千円だろ!?」

 「俺はまだイッ…。」


 バコン!!

 悠はマリエに頭を叩かれ、我に返った。

 レイナが冷たい目で悠を睨む。


 (悠)

 『あ、やばい。また興奮しちゃう。』

 

 どこまでも欲に忠実。

 彼は男の鏡であった。


 (悠)

 「あ~。ごめんごめん!違う!違う!」

 「悪い癖だ!話が逸れてた!ホントにごめん!」

 「俺がいいたいのは、そういう事じゃなくて。」

 「格安のお店の質についてじゃなくて~。」


 逸れたと言いつつ。

 まだ完全には帰ってこられない。

 彼が如何に、日々悶々と過ごしているかが分かる悲しい瞬間である。


 そんな彼に、女性人の視線が突き刺さる。


 (悠)

 「ええ~と…。違う違う。リナの話だ。」

 「そろそろマジでやばい。」

 「スッキリするまで、帰ってこれなくなる。」


 「ごほん!」

 「だ、だから話を戻すとさ~。」

 「なんか俺も、上手くは言えないんだけど~。」

 「とにかく俺が、言いたいのは~。」


 「今日のリナみたいな感じ?がさ…。」

 「前に、俺にもあったかも。って言うかさ。」


 「まあ、アイツは普段から気が強いから、俺とは全く違う類いかもしれないけど…。」


 「何て言うか…。俺、昔はさ。普段の自分のいる社会に。自分の現状に満足出来なくてさ…。」

 「何か自分にも、特別な。」

 「日常が一変する様な出来事が…。」

 「こう何か突然。非日常的な出来事が起きてくれないかな~。って漫然と考えてた時期があったんだよ。」


 「人から特別扱いされている。」

 「テレビや雑誌で見る、同年代の奴等。」


 「そいつらと自分自身の違いって言うのが、何だか凄く曖昧な気がして…。」

 「何でアイツらで。何で俺じゃねーんだよ。とか。結構真剣に考えててさ。」


 「なんつーか。あいつらが妙に輝いて見えて。」

 「妙に楽しそうに見えてさ。」

 「同じ年代で、同じ国に生まれたはずなのに。」

 「こいつらは、沢山の人に賞賛されて。」

 「本当に人生を楽しんでいる。」

 「きっと生きる事が楽しくて仕方ない。」

 「人生に大満足!って顔して見えた。」


 「生きる意味ってヤツを、きっちり見つけている様に見えたんだよ。」 


 「それが何だか凄く羨ましくてさ。」

 「それと同時に凄く不満だったんだ。」

 「どうして自分じゃなくて、アイツ等なんだろうって。」


 「俺はアイツ等とは明らかに違っていて。」

 「社会の中では、ただのその他大勢の一人で。」

 「友達はいるとしても。まあ、数人程度なもんで。すれ違う知らない人の方が遥かに多くて。」


 「人間としてのランクなんて、きっと下の下位のもんだろうし。」

 「あの輝いている。生き生きとしてる連中に比べたら、掃いて捨てる様な存在でしかないって。」


 「なんか凄く悔しくなって。」 

 「でも、自分は絶対にああなれない。ってのも分かってて。」

 「まあ、大半の人はきっとそうなんだろうって、考えをうやむやにして。気にしないフリをして。」

 「そうやって目を逸らしてた。」


 「でも、やっぱり突然不安になって。」

 「じゃあ、自分は何の為に産まれたんだろう。」

 「何を成すべき存在として、作られたんだろう」


 「あんな風に、大勢の人に賞賛される場面なんてなかったし。」

 「ただ、漫然と。引かれたレールをトロトロ歩いていたら、気が付いたら大人って呼ばれるような年齢になってて。」

 「そしたら周りで、当然の様に、同年代が就職活動を始めていて。」


 「あれ?こいつら、いつ自分の存在理由に気が付いたんだ?」

 「突然そんなに必死になって、どうやって成りたいものを見つけてきたんだ?」


 「俺が歩いていたレールには、そんなの見つけるタイミングなんて、これっぽっちも無かったはずなんだけど…。」


 「気になって、何度レールを振り返って見ても、やっぱりそんな場面は存在してなくて。」

 「俺だけが、何処かで走る道を間違えたのかもしれないって。変な不安に襲われた。」


 「けど、親や教師に言われた事はそれなりにやってきた気がしていたし。」

 「勉強も部活も。大学も通って。」

 「寧ろ昔馴染みの中では、それなりに頑張ってる方だったはずなのに。」

 

 「いざレールが途切れると、自分には何も残っていない。空っぽな気がしたんだ。」


 「あるのは、大人という理解不能の称号と。」

 「その他大勢としての決定通知。」


 「え?これいつ決まったの?」

 「その他大勢から抜け出すチャンスなんて、レールのどっかにあったっけ?」

 「いつ俺は《大人》に受かったんだっけ?」


 「言われた事を、真面目にこなしていれば、正しい世界に辿り着くんじゃないの?」

 「真面目に。ひたむきにやってきた結果は?」  「それが《その他大勢》って、幾らなんでも酷くない?」

 「これが口酸っぱく言われてきた、優等生の結末なの?」


 「こんなに頑張って。やっとの思いで辿り着く先は、社会の中で幾らでも代わりがいる様な。」


 「そんな《只の凡人》だったなんて…。」


 「俺は、只の凡人になるために。今まで必死に生きてきた訳なの?」

 「少しでもいい高校に。いい大学に。」

 「そう言われて必死にやったのは、結局その他大勢になるためだったの?」


 「どうしてそんな大切な事を、始めから誰も教えてくれなかったの?」


 「この道を真っ直ぐ進みなさい。」

 「真面目に真っ直ぐ進んでいけば、ハゲたクソ部長に顎で使われる、素敵な未来が待ってるよ。」

 「だから安心して、真面目に生活しなさい。」

 「君はその他大勢に成るために、生まれてきたんだから。」


 「そう教えてくれたなら、意地でも違う道を選んだはずだろ?」

 「きっと他の人もそうするよな?」

 「これじゃあ、真面目に歩くだけ損じゃん。」

 「それなら、何でもいいから自分の可能性にかけてみたかったよ。」

 「一回くらい、勝負してみたかったよ。」


 「けど、誰も教えてくれないんだよ。」

 「この道を真っ直ぐ行けば、何処にいくのか。」

 「行けば分かるさ!行くぞ~!って」

 「取り敢えず行け。しか言わないんだよ。」

 

 「いや!行かねーよ!」

 「行き先が分かってたら、絶対行かねーよ!」

 「誰だってそうだろ!?」

 「行き先を選べるなら、自分が優遇されるレールを選ぶはずなんだよ!」


 「けれどそうならない様に、世の中はちゃんと仕組まれてた。」

 「ゴールには目隠しがされていて、ただ周りに言われるがままに頑張って。」

 「頑張らないと、大人に怒られるから」

 「怒られるのは怖いから。ずっと頑張って。」


 「必死の思いで辿り着いて。」

 「ワクワクしながら、いざゴールの目隠しをとってみたら。」


 「はい。ハゲ部長のご登場。」

 「いらっしゃいませ。」

 「君は頑張ったお陰で、彼の下で凡人として働く事になりました。」


 「おめでとう。君は期待通り。社会の歯車になりました。」  

 「残りのつまらない人生を。」

 「せいぜい苦しんで進んで下さい。」


 「結局、君には何の価値もないよ?」

 「社会のホントに小さな小さな歯車として、明日からも同じように頑張って。」


 「頑張る期間に終わりなんてないよ。」

 「一生凡人として頑張らせるために。」

 「今までゴールを隠して餌にして。」

 「頑張り方だけは、教えてきたんだから。」

 「レールはそのためのもの。」

 「ホントのゴールがないと知ったら。」

 「きっと誰も走らないから。」


 「あ、どうしても嫌だって言うなら、居なくなっても全然大丈夫ですよ。」

 「君の代わりなんて、掃いて捨てるほど居ます」 「後から後からどんどんわいて来ますので。」

 「どうぞお気になさらずに。」

 「君は決して、誰かの不可欠な存在ではありませんので。」


 「三日も経てば、きっと君のことなんて、誰も覚えてないと思うよ。」

 「覚えているのは、残された君の仕事だけ。」

 「ゴールするって言うのは、そういう事だから」

 「何の才能もないから仕方ないよね。」

 「はい。お疲れ。説明は以上です。」

 「これから底辺で頑張って。」

 「お気の毒ね。さようなら。」


 「…。」

 「これが現実に行われてるんだよ。」

 「やっぱり酷すぎない?」

 「俺が自分なりに頑張って辿り着いた場所。」

 「大人になること。社会に出ることってのは、そんな場所でしかなかったんだわ。」


 「そんなのってあり?」

 「あまりに理不尽じゃない?」


 「ゴールを見せると誰も頑張らないから、大人はわざと俺達にゴールを見せなかったんじゃない?」

 「俺にはそうとしか思えなかったよ?」


 「それはもう洗脳だよ。」

 「言うことを聞くのが、いい子供。」

 「素直に頑張るのがいい生徒。」

 「そんな刷り込みみたいな教育してさ。」


 「何の疑問も持たせずに、ただ淡々と走らされて。」

 「ゴールしてからは。はい自己責任。」

 「貴方が選んだ人生なんだから、後は自分でどうにかしてね。」

 

 「やっぱりヒデェ…。言ってて悲しくなる。」

 「こんなの詐欺だよ。質の悪い詐欺だ。」


 「けどさ。結局それが現実。」

 「俺にはそれが答えだったよ。」


 「俺にも、きっと多くの人にとってもさ。」

 「周りが引いたレールなんてのは、各駅停車凡人ルート直行便なんだ。」


 「それを知らずに、餌に釣られて歩いてきた。」

 「その結果がこれ。今の俺なんだ。」


 「高校生くらいには、薄々気付き始めてさ。」

 「今動き出さないと取り返しがつかないかも!」

 「何か始めなきゃ!何か動かなきゃ!」

 「産まれたからには、きっと誰にでも生きる意味が存在するはず!」

 「だから俺にも、何かあるはずなんだ!」

 「とか、本気で考えるんだよ。」


 「けど、結局何をする勇気もなくて。」

 「考えている内に熱も冷めて。」

 「気付かない内に、凡人の日常に帰っていく。」


 「けど、それでも時々眩しい人間に出会って。」

 「何だか酷く不平等に感じて。」

 「自分にもチャンスさえあれば、何か出来るはずなのにって。」


 「運命が自分に味方してくれるのを、ただじっと待ってた。」

 「そして、そんな日は絶対に来ないことに気付かないフリをして、悶々と毎日を過ごしてたんだ。」


 「それが、そんな詰まらない日常が」

 「ステラに来てから激変したんだ。」

 「ホントに突然。非日常が溢れてきて。」


 「あれよあれよと、遥かに格上の。」

 「それこそ、ずっと眩しかった。世界中で名声を得る様な、本当に凄い相手と戦う事になった。」


 「その相手は、本当に凄い人物で。」

 「それこそ大陸の中心と言われる様な。」

 「知らない人がいないくらいの偉人で。」 


 「これ迄の…。元の世界の俺達からしたら。」

 「生で見ただけで、大興奮しちまう様な。」

 「周りに見かけた事を自慢しちまう様な。」

 「それこそ雲の上の存在。」

 「住む世界の違う人間。」


 「テレビの中とか、雑誌の中とか。」

 「俺みたいな凡人は、とっくに諦めちまっている。そんな憧れの場所にいるような。」

 「そんな憧れの対象でしかない人物」

 「そんな人物が突然目の前に現れたんだ。」


 「見たこともない沢山の人達に応援されて」

 「そんな偉大な人物と、自分達が戦っている。」

 「応援されたり、ブーイングされたりしながらだけど。」

 「相手はそれでも真剣に。俺達を正真正銘の《対戦相手》として向き合ってくれている。」


 「その状況だけでも。俺には信じられなくて。」 「なんか夢みたいで。妙に嬉しくて。体がふわふわしてきて。」


 「相手の方が遥かに強いことは理解しているはずなのに。」

 「自分も、この人みたいになれるかもしれない」

 「もしかしたら、この人の横に。並び立つ事が出来るかもしれない。みたいな。」

 「そんな変な期待が湧いてきてさ。」


 「それこそ、今日の自分なら。」

 「憧れの対象だったエリアスさんと、ある程度の所までなら、やれるかもしれない。」

 「今日の自分なら、一矢報いる事だって。」

 「もしかしたら、ボロボロになりながら。勝つ手段だってあるのかもしれない。とか。」


 「そんな漠然としていて。でも、何故か妙に実感がある。」

 「自分でも何でこんな気持ちになるのか分からない。けど、出来るかもしれない。みたいなさ。」

 「そう思うと、余計にワクワクしてきて。」


 「そんな、不確定ながらも。大きな手応えを。」

 「俺は今感じている。」


 「もし、アイツも。リナも同じなら。」

 「俺みたいに、日常に強い不満を感じていたとしたら。」


 「もしかしたら自分には、思っていた以上の可能性が秘められていたのかもしれない。とか。」

 「もしかしたら自分は、想い描いていたよりも。ずっと凄い人間になれるのかもしれない。とか。」


 「早く結果を知りたい。自分がどこまで行ける人間なのか。自分が本当に、エリアスさんみたいに人から賞賛を得られるような人間なのか。」


 「所謂、俺たちが《選ばれた人間》と呼んで、羨望の眼差しを向けることしか出来なかった。」

 「そんな極限りない部類の人間に値するのか。とか。」

 「自分もエリアスさんの様な、人から賞賛されるような資質を有しているのか。とか。」


 「とにかく、《自分の価値》と言うものに。身の程知らずとは知りながらも、妙に期待したくて。」

 「ワクワクして。早く知りたくて。」


 「もう自分でも押さえきれないくらいに。」

 「何かもう《イ~っ!!》てなるような、よく分からない衝動に駆られて…。」


 「そんな風に、今のリナが。」

 「自分の可能性に、期待と不安の間で行ききしながら。」

 「エリアスさんとのバトルが、それを確認する絶好のチャンスだと感じていて。」


 「自分の衝動を押さえられなくなっているのだと考えたなら…。」

 

 「俺は…。リナのその気持ちが痛いほどよく分かるし。」

 「ずっと昔に、何度もそんな衝動に駆り立てられながら…。」

 「動き出すきっかけがない。何を頑張っても自分には無理なんだと決めつけた。」

 「そんな何の行動を起こさなかった、腑抜けの俺みたいには、リナにはなって欲しくない。」


 「何にでもチャレンジして。ぶち当たって。」

 「失敗を恐れず向かっていくアイツの勇気を。」

 「俺は凄いと思うし。尊重してやりたいと思うんだ。」


 いつもよりも力強く。 

 そして熱心に話をする悠を見て。

 周りのメンバーは、いつのまにか真剣に。

 彼の言葉に聞き入っていた。


 (悠)

 「だから…。さ…。マザー。」

 「今回は俺とマリエさんの顔を立てると思って~…。」

 「お願い!今日だけは俺たちのやりたい様にさせてくれませんか!?」


 「ね!?この通りだから!お願い!」


 悠は両手を顔の前であわせ、深々と頭を下げる。

 言葉はいつものおちゃらけた感じだが。

 リナの気持ちを大切にする、悠の優しさに溢れた進言だと、皆は思っていた。


 (マリエ)

 「クスクスクス…。」

 「何か懐かしいわね。」

 「何だか前にもこんな話をしたわね。」

 「あの《イ~っ!!》っていう感覚。」


 「確かに、今のリナちゃんが、あの何とも言えない感覚の中でもがいているとしたら…。」

 「この戦いを通して、彼女が何かしらのヒントを掴みたいと思う気持ち。私も理解できるわ。」


 「自分を試したいという発作にも似た衝動。」

 「本当に恥ずかしいけど。」

 「あれが起きたら恥ずかしい位に落ち着かなくなるもの。」


 「そういえば最近。あまり起きないわね…。」 

 「嫌だ!もしかして私!遂におばさん化!?」

 「若い頃は、確かに。頻繁にあったのに!」

 「嫌~!ショック!」


 「ちょっと悠さん!どうしてくれるのよ!?」

 「リナちゃんをフォローするつもりが、自分が傷付いちゃったじゃない!」

 「ちょっと!!貴方弁償しなさいよ!!」


 (悠)

 「ええ!?俺のせいじゃないでしょ!?」

 「てか、何を弁償するの!?」


 (マリエ)

 「なにって、私の《イ~っ!》に決まってるでしょ!貴方返しなさいよ!」


 (悠)

 「いや、俺盗ってないですよ!?」

 「あれは時がたてば、自然に無くなるものでしょ!?」


 (マリエ)

 「なによ!私が年増だって言うの!」

 「卒業するまで、年が経ったって言うの!?」

 「本当にデリカシーがないわね!この青髭!」


 (悠)

 「髭は朝剃っても、一時間後には青いの!」

 「青くなる度に剃ってたら、皮膚が抉れるの!」

 「人の容姿で笑っちゃダメ!絶対にダメ!」

 「さっきから髭をいじりすぎ!」


 「それに、俺はマリエさんが年増だなんて思ってないですよ!?」

 「寧ろ女の盛りは25越えてから!!」

 「マリエさんはピンズドですよ!!」 


 「なあ!?そうだよな!?」

 「ピンズドだよな!?」


 悠はマリエの追究から逃げるように、レイナに話を振っていく。

 しかし、当のレイナは…。

 両手で頬を押さえ、顔を赤らめ丸まっていた。


 (レイナ)

 「嫌です~。嫌です~。」

 「私も最近時々、その《イ~っ!》てなるんです~。」

 「なんか何でも出来る気がする~ってなって。」

 「けど、ふと冷静になると、自分みたいな凡人が、何を思い上がるっ照るんだって気付いて…。」


 「そしたら、急にモヤモヤしだして…。」

 「最終的には…。」


 「何だか恥ずかしいです~。」

 「あれはそういう意味だったんですか~?」


 「それは将来的には、綺麗なお姉さんに囲まれた生活を送りたいとも思いますが~。」

 「あの《イ~っ!》にそんな意味があっただなんて~。」

 「欲にまみれて悶えていた自分が恥ずかしいです~。」


 レイナは恥ずかしそうに体を震わせている。


 (悠)

 「…。まあ、レイナだって若いんだし。」

 「俺達と違って、まだまだ《イ~っ!》してもおかしくないですよね?」

 「だってまだ、若いんだし。」


 悠はおもむろに、マリエに話を振った。

 彼のM心が、マリエからの罵声を求めてしまったのだ。


 (マリエ) 

 「貴方、完全にわざと私を挑発してるでしょ?」

 「絶対に乗らないから。」

 「私は人に仕向けられるの大嫌いだから。」


 「ただし覚えておきなさいよ。」

 「この報いは、いつか必ず受けさせてあげるから…。」

 「貴方の望まない形でね。」


 (悠)

 『怖い…。嫌だこの人怒ってる。』

 『しかし何てことだ…。』

 『不可抗力とは言え、この短時間でクランの女性人、全員から恨みをかってしまった…。』


 『幾らなんでも調子に乗りすぎたか…。』

 『後で謝ろうかな…。』 


 『う~ん…。』 

 『…………。』 

 『………。』

 『……。』

 『…。』


 『ま!次から気を付ければいいか!』

 『ドンマイ自分!ファイトだ自分!』


 何故か変な部分だけは前向きである。

 吉田悠とは、そういう男なのだ。


 (悠)

 「と、言うわけで…。」

 「俺達としては、まだまだ若くて危なっかしく見えるリナだけど…。」

 「苦しみながらも、自分の可能性を試そうとしている。」

 「そんなリナの気持ちを、汲んでやりたいと思うんだが~…。」


 (マザー)  

 「若い若いって…。もう二十歳ですよ?」

 「大人になって5年も経つのに…。」


 (レイナ)

 「5年!?」

 「ステラでは15歳で成人なんですか!?」

 「私たちの世界では、一応二十歳で成人なので」

 「15歳…。私から見たら早すぎです~。」 

 

 (悠)

 「けどさけどさ!」

 「もしかしたら、自分の可能性と真剣に向き合う事で、リナの戦闘力が飛躍的に伸びる可能性だってあるんじゃないか!?」


 「アイツがここで自分の器に気付くことは、必ずしも悪い方に転がるとは限らないだろ!?」

 「俺は寧ろ、リナは壁にぶつかり、乗り越える事で、より力を付けていくタイプに見えるけど。」


 (マザー)

 「…。確かにその可能性は否定できません。」

 「伸び悩んでいた人間が、なにかしらの切っ掛けを掴むことで、飛躍的に力を伸ばすことは珍しいことではない。」


 「何よりリナさんは…。」

 「まだ主たる属性が発現していない。」

 「Cランクという、高い資質を有する彼女が。」

 「打撃のみの心具を発現するとは考えにくい。」 「つまりは…。」


 (悠)

 「え?つまりは?なに?」

 「つまりなんなの?」


 (マザー)

 「悠さんの話も…。一理は…。あるかと…。」


 (悠)

 「よし!決まった!」


 パアンと悠は両手を叩く。


 (マザー)

 「ハァ~…。貴方は本当に…。」

 「良いです。分かりました。」

 「ただ、条件があります。」

 「これだけは皆さん守ってくださいね。」

 「いいですか…。」


 <舞台は闘技場に戻る>


 (悠)

 「という事だ!」

 「いいかリナ!俺たちは全員!」

 「ちゃんと同じ方向を向いている!」

 「お前は決してひとりじゃないんだ!」

 「分かったな!?前衛はお前に任せる!」

 「もう好きにやってみろ!」

 「ただしマザーの条件は忘れるなよ!」

 「いいな!約束したからな!」

 「俺はお前に期待してるからな!」


 リナは何も言わず、歩み始める。


 (悠)

 「おい!きいてんのか!?」

 「なんか余計な話ばっかだったけど!」

 「言いたいことは、自由にやれ!」 

 「後は、約束は守れ!だからな!」


 リナは振り返りもせず、階段を昇り続ける。


 (リナ)

 「クスクス…。ほとんどが余計な話じゃない。」

 「ホントに試合前にバカみたい…。」

 「けど…。ありがとう。悠兄。」 


 悠には聞こえなかったが、リナは確かにそうツブヤキ、空を見て笑っていた…。


 ギリギリのタイミングではあったが、悠の咄嗟の行動。苦し紛れの訴えは。

 微かに皆の思いを繋げ始めた。


 波乱のエリアス戦。


 ディープインパクトの行く末は果たして…。

 

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