水の章 副官 エリアス・ペール 控え室の攻防Ⅲ
○正しき想いは、常に正義足り得るか。
(リナ)
「ごちゃごちゃ話してる暇があったら、少しでも私に着いてこれるよう、頭を使いなさいよ!」
「そうやって自分は何もしないクセに、相手ばっかり批判する人間が、アタシは一番嫌いなのよ!」
「人の足を引っ張ることばかり考えて!」
「こっちがこれ迄、どれだけ頑張って来たかも知らないクセに!」
「自分が出来ないと分かると」
「何一人でマジになってんの?」
「だっさ。バカみたい」
「って冷めた目で見下しやがって!」
「こっちは一生懸命トレーニングしてんのよ!」
「初めから全部出来てる訳ないじゃない!」
「負けたくないから努力してんのよ!」
「アンタらは何もしないで!」
「何も本気で向き合わないで!」
「負けるのが怖いから逃げてるだけじゃない!」
「努力して結果が出ないのが怖いだけじゃない!」
「何で私が頑張ると、いつもこうなるの!?」
「私が真面目に取り組む事に、何の文句があるって言うの!?」
「私は真面目にやりたいだけなの!」
「一生懸命やりたいだけなの!」
「手を抜くなんて出来ないの!」
「私は自分で決めた事は、全部全力でやりたいだけなのよ!!」
「それの何がいけないって言うの!?」
「私が頑張ることと、皆が私に着いてこれない事は、何の関係もないんじゃないの!?」
「何でいっつも、頑張ってる方が白い目で見られるのよ!」
「一生懸命やって何がいけないの!?」
「頑張りたいって思うことは、全力でやりたいと思うことはいけない事なの!?」
「私の周りはそんな奴等ばっかりだった!」
「だから、大嫌いだった!!」
「周りにいる人間は皆、屑だと思って見下していた!!」
「一生懸命頑張っていれば!!」
「私が努力を続けていれば!!」
「きっといつか、それに気付いてくれる人が!」
「そんな集団が!!」
「現れてくれると信じてきた!!」
「だって私が悪いはずがないじゃない!!」
「努力をして!人一倍頑張って!」
「出来ることを増やしてきた私が…!」
「間違っているなんて、あってはいけない!」
「そんな世界はおかしい!」
「そんな世界は間違っている!」
「だから私は頑張ってきた!」
「それはこれからも変わらない!」
「私が私であるために!」
「私は手を抜くと言う選択肢は!!」
「絶対に選ばない!!!」
「ステラに来てからは良かった…。」
「皆に会ってからは、やっと…。」
「やっと、同じように一生懸命頑張ってる人達に…。頑張ってくれる人達に…。」
「自分と本気で向き合う事を、笑わない人達に、出会えたと思ったのに…。」
「やっと私の努力が報われる…。」
「そう、信じてたのに…。」
「酷いよ…。何が足枷よ…。」
「これじゃあ、今までの奴等と同じじゃない。」
「私が一生懸命戦うことが、仲間の足枷になるなんて…。」
「そんなの酷過ぎるよ…。」
「そんな酷い話聞きたくない。」
「そんな話は、もう沢山なのよ!!」
「私は純粋に!!ただ一生懸命に!!自分に出来ることをやりたいだけなのに!!」
「どうしてそれが許されないの…?」
「どうして誰も認めてくれないの…?」
「やっぱり私が間違ってるの…?」
「そんなの酷いよ…。あんまりだよ…。」
「こんなの…。こんなの酷すぎるよ…。」
リナはそう叫ぶと、顔を覆い。
その場にしゃがみこんだ。
懸命に声を殺しているが、肩が震えている。
恐らく。悔しさで涙を流しているのだ。
誰もが分かっていた事ではあった。
この提案は、少なからずリナに苦痛を伴う物になるということ。
それ故リナが、拒否する可能性が高いことも。
皆は普段の彼女の性格を知っているからこそ。
その可能性に気付いてはいたのだ。
リナは悪くない。
リナの発言に、何の矛盾も生じていない。
努力し、磨いてきたからこそ。
彼女だけが、先んじた境地。
それを否定する事は、誰にも許されないのだ。
《そう。この話し合いは、始めから全面的にリナが正しい。》
リナが特出して強くなったのは、彼女の鍛練の賜物である。
故に彼女と共に歩むなら、皆も同じ様に強くならねばならない。
正に彼女の指摘通りである。
クランのバランスを維持するために、懸命に努力すべきなのは、他のメンバーなのだ。
そう。リナは何一つ間違っていない。
発言も、これ迄の人生も。その心意気も。
彼女の主張を聞けば、誰もが彼女を指示するだろう。
《貴女は何も間違っていない。》
《何事にも真剣に、一生懸命に取り組む貴女。》
《立派な人間。人間の鏡。優等生。》
そんな誉め言葉を捲し立て。
さも彼女が完璧な人間であるかの様に、これでもかと誉めちぎるだろう。
それはそう。当たり前なのだ。
常に自分を高めようと努力し。
仲間にも、そうあるべきだと力説する。
正に、その姿は正義の塊。
彼女は善行の集まりの様な人間なのだ。
《間違っている》と言える人間など。
彼女に恨みをもつ人間位のものだ。
しかし、正に模範的と言える彼女だが。
彼女を肯定する人は、彼女を信頼する友として仲間に向かえ。常に行動することを望むのだろうか。
先程も述べたように。
常に努力を欠かさず、研鑽を続け。
どんな物事にも真剣に取り組む。
彼女はそんな人間である。
人として、非の打ち所はない。
正に、教育者の理想を体現したかの様な存在。
誰もがそれを認めるような理想的な人物である。
では、普通の人間はそんな彼女と親愛なる友になることを。
生涯の友として、常に行動を共にすることを望むのであろうか?
考える迄もない。答えは一言。
《絶対にごめん》である。
当たり前であろう。
常に完璧を求め続ける存在。
何に対しても完璧さを求める存在。
リナはそんな潔癖なまでの、完璧主義者なのだ。
それを自分にも求められるとしたら…。
恐ろしい。たまった物ではないだろう。
やるべき事をやりきったのか。
もっとやれる事は無かったのか。
何故上手くいかなかったのか。
彼女は常に、頭の中でそんな事を考えている。
それを他人にも求めるとしたら?
貴女は彼女を友達として、側に置けるだろうか?
少なくとも大多数の人が。
とてもじゃないけど勘弁して貰いたい。
そこまで詰め込みたいのなら、どこか自分のいない所でやってくれ。
こう考えるに違いない。
故にリナは…。
これまでの社会において、常に孤立した生活を送ってきた。
潔癖にも似た完璧主義を振りかざす彼女に。
本当の意味で、近付いてくるものなど皆無であったのだ。
皆が努力の必要性を。
真面目に取り組むべき問題を。
一生懸命に説く彼女の姿を。
遠くから冷ややかな目で、嘲笑っていたのだ。
「あのバカ。また何か言ってるよ。」
「ついてけねーよ。そんなにやりたきゃ一人でやれよ。」
「ホントにくそ真面目。空気読めねーな。」
何度浴びせられたか分からない。
周りからの嘲笑。
彼女はそんな辛い社会の中で。
「自分は間違っていない。」
「いつかここでの努力は報われる。」
そう信じ、ずっと足掻き続けてきたのだ。
そして出会ったのが、今の仲間たち。
クラン・ディープインパクトであったのだ。
もう一度考えてみる。
「彼女は間違っているだろうか?」
皆がこう答える。
「彼女は間違っていない。模範的な人間だ。」
「では、彼女と友になれるだろうか?」
皆はこう答える。
「友達くらいなら…。あるいは…。」
「では、貴女は彼女の様な、模範的な人間になりたいと思うだろうか?」
皆はこう答える。
「いや…。それはちょっと…。」
「空気悪くしちゃうし…。」
そう、おそらく。これが真実なのだ。
正しい事を主張する人間は、どんな集団の中にも必ず必要ではある。
不特定多数の他人が集まる、社会という名の集団の中では。
誰かが《正しい事》を主張し、場を纏めなくてはならない。
しかし、そんな必要不可欠な人物。
リナの様な模範的な人間が、必ずしもその集団の中で、愛されるとは限らないのだ。
一般的な人間は、集団の中での自分の立場。
所謂、集団の中での立ち位置を、常に意識し行動を決定している。
集団の中での立場が悪くならないように。
常に周りの視線を注視し、自分が悪いイメージを持たれないよう、その場の空気。
場の流れを読み説く事に、全ての力を注いでいるのだ。
人間と言う生物の集団で、優位な立場を作り上げる者。
それは、集団の中の和を乱さない者。
つまりは、社会性の強い人間。
所謂空気が読める人間なのだ。
真に集団のいく末を考える者は、どちらかと言えば、排他的な目で見られる傾向にあると言える。
集団が楽できる方向に話を進め、自分の立場を有利にしようとする者。
所謂ムードメーカーと言われる人間。
自分勝手な意見を、冷やかし半分で述べる者。
集団の中で、威圧的な言動・行動を担う人間。
周りの反応を見て、反応の良い意見にだけ、ふざけ半分で同調するもの。
集団の中で意見のない。
取り巻きに当たる人間。
自分には関係ないとして、無関心を装う者。
決定する勇気のない人間。
そんな周りを見下し、自分には全て分かっているかの様な、冷めた目で議論を見つめる者。
傍観者を装い、議論から逃げる人間。
そして、そんな集団を纏めるため。
正しさを掲げ、努力する者。
リナの様なタイプの人間。
この中で、一番少数派なのは、リナの様な纏め役をかって出る人間。
集団の意思決定を担う。
一番重要な立場でありながら、一番割には合わない負担を強いられる人間なのだ。
決定をした者は、その責任を問われる。
それは時に理不尽に振りかざされ、纏め役を深く傷付ける事さえ起こりうるのだ。
だから誰も担おうともしない。
誰かが決めた事だからと、自分の立場を守ろうと、責任を求められる事のないようにと。
多くの者は、集団の中に溶け込む。
それはまるで、野生の生物の様に。
狡猾に、そして自然に。
集団の中の空気になろうと、息を潜める。
集団の中で生き残るには、それが正義であり。
最善の一手と言えるのだ。
責任もなく、敵も作らず。
のらりくらりと場をかわしていく。
これもある種の社交性と言えるだろう。
そう、人間の社会では、自分の意見を殺すこと。 個としての立場を捨てる事が、最も最善、最高の生きる術になっているのである。
実に滑稽な話だ。
集団の議論の場においては、自分の意見を殺せる者が重宝される。
それは本当に、議論と言えるのだろうか?
主張する者のいない議論の場は。
皆が皆、ただの空気であり。
飾り付けの人形でしかない。
そんな中で、正しさを主張する者。
議論を導くものだけが、辛く、大きな責任を押し付けられる。
失敗には、強い批判が起こり。
成功に、賞賛はない。
そう、リナの様な正しい人間が、社会生活の中でも正義足り得る場面など。
正しい評価を得られる機会など、皆無に等しい。
だから誰も担わない。
だから誰も歩みでない。
果てしないリスクの先に得られる物は、この上のない程に小さな、自己満足程度の喜びだけなのだから。
そして、今。
リナには再び、その現実が突きつけられた。
いや、現状を考えると、それよりも厳しい意見が突きつけられている。
マザーは、今。
《集団の和を乱すな》と言う事。
そして、《和を乱して、自己満足に浸るな》とリナに述べている。
全身全霊を持って、戦いに挑んだ少女。
始めて信頼を寄せた集団から、彼女に突き付けられた現実は。
自分が希望する全身全霊の戦いさえ。
否定されるという事実。
恐らく、これまでも所属した集団の中では。
常に辛い立場を強いられてきたリナにとって…。
これ程迄に、辛く・絶望的な意見を。
深く信用してきた、仲間達に突き付けられてしまったという現実は。
何よりも受け入れ難く。
何よりも辛い仕打ちであったに違いない。
リナは怒りと悔しさ。そして悲しみ。
様々な感情が入り乱れ、涙を流しながらマザーを睨み付けていた。
真剣に、真っ直ぐにマザーを見つめる視線には。
何の曇りも負い目も感じられない。
彼女の揺るぎない正義だけが、その視線には込められている様に見える。
(悠)
『参ったな…。ここまで追いこんじまうなんて…。』
『リナは悪くない。誰もそんなこと思ってないのに…。』
『リナは自分が否定されていると感じている。』
『そうじゃないんだ。捉え方が違うだけなんだ。』
『だけど…。マザーが言いたい事も分かる。』
『リナが今のままでは、絶対にエリアスさんには勝てない。』
『それも間違いのない事実。』
『四人が協力して初めて。』
『それで初めて一矢報いる事が出来るかどうか』
『彼女と俺達では、それほど位に…。』
『天と地ほどに力の差が大きいんだ。』
『クラン全員で息を合わせなければ…。』
『全員で呼吸を合わせなければ絶対に…。』
自身の正義を貫こうとするリナを前に。
悠の心は大きく揺らぎ始めていた。
自分の全力を以て、戦いに挑みたいというリナの純粋な気持ちを。
和を乱しているという理由で踏みにじる事は、果たして正義と言えるのだろうか?
仲間の可能性を否定し、集団の為に個性を殺すことを推し進める事。
これは果たして、正義と言えるのだろうか?
いくら頭を回しても。
都合の良い答えは出てきてはくれない。
《集団としての価値》と《個としての価値》。
優先されるべきはどちらなのだろうか?
誰も答えを教えてはくれない。
この場を纏める為の結論は?
場を修める為の正義は?
誰にも答えは分からない。
決定の当事者を避け続ける限り。
結論など出ようはずもない。
誰かが犠牲にならねばならない。
リナにとっての正義をとるか。
クランとしての正義をとるか。
そのリスクは大きいが、見あう報酬は期待できない。
リナに嫌われるか。戦いで善戦するのか。
果たして本当に善戦することができるのか?
その確証すら。得られないのだから…。
(マザー)
「今の状況が続けば、我々は間違いなく粉砕されます。」
「それも、いとも簡単に。」
「リナさんはそれを分かっているのですか?」
場の空気を切り裂く様に、マザーがリナに問いかける。
リナはマザーを睨み付けたまま。
力強く返答する。
(リナ)
「確かに勝てないかもしれない。」
「けど、だからって手を抜くつもりはない。」
「全力を出さないバトルなんて、私の中には存在しないの。」
「それだけは受け入れられないのよ。」
「私は同じ結果になるなら。」
「全力で挑んで負けたい。」
「じゃないと納得なんて出来ない。」
「だから周りに合わせるという選択肢は、今の私にはないわ。」
(マザー)
「貴女が受けたカウンター。」
「エリアス様が、αカウンターと述べた技。」
「あれは彼女が修めている古の武術。」
「古より清流山と呼ばれる、水の大陸の奥地で修められている。」
「《清龍護帝武拳》と呼ばれる、水の大陸に伝わる、秘伝の武術による技。」
「更に言えば、その武術に、彼女の水の魔力を加えた、オリジナルの技と考えられます。」
「彼女は、その絶大な魔法の力に加え。」
「一流の武術家としても、その名をステラ中に轟かせています。」
「魔力、そして基礎体術。どちらを取っても。」
「始めから貴女に勝ち目何て無いのです。」
「変な緊張を招くといけないと思い。先程まで黙っていましたが…。」
「それが逆に仇になってしまった。」
「そういう意味では私の判断ミスもあります。」
「貴女がやれるかもしれないと感じている程、貴女と彼女の力は近くはない。」
「寧ろ余りにも大きいからこそ、その差を実感できていない可能性が大きい。」
「ですからお願いです。分かって下さい。」
「この場は気持ちを抑え、クランの為に力を使ってくれませんか?」
マザーは再びリナに問いかける。
しかし、リナは瞬時にそれを否定する。
(リナ)
「それは出来ないと言っている。」
「相手がどんな武術を修めていようと、私には関係ない。」
「私はただ、今日持てる力を、全力でぶつけたいだけ。」
「それで返り討ちに合ったのなら、それは仕方がない事なの。」
「全力でぶつかってダメなら、それが今の私の実力ってだけの話よ。」
「そんな事より、中途半端な戦いをしたくない」
「私はただ、私の信念を貫きたいだけなの。」
「私が陣形の距離感を忘れたり。相手と悠兄やマリ姉の間に入って、フォローの妨げになってるのも分かってた。」
「皆がフォローしないんじゃない。」
「私がしづらくしてるのも分かるんだ。」
(マザー)
「そこまで分かっているなら。」
(リナ)
「でも!でもね?」
「分かっていても、止めるわけにはいかないの」
「残念だけど、それが私だから。」
「私は絶対。全力で戦う。」
「誰の邪魔もしない。」
「だから私の邪魔もさせない。」
「もう決めたのよ。」
「何を言っても変わらないわ。」
そう言ってリナは席を立ち、出口に向かう。
皆に背中を向けたまま、手は涙を拭っていた。
(マザー)
「待ってください!まだ話が!」
(リナ)
「私にはないわ。」
「もう伝えたいことは伝えたもの。」
「後はどうするか、皆で考えてくれればいい。」
「私は私の…。信念に従う。」
「これからも。じゃないと私は…。」
何かを言いかけ、リナは一瞬俯いた様に見えた。
そして、そのままドアを締め。
控え室を後にしてしまった。
(マザー)
「全くどこまで…。」
「どこまで強情なんだ!!」
「貴女という人は!!」
「そこまでして、自分の考えを貫きたいのか!」
「貴女は一体何様のつもりだ!!」
「クランは貴女だけの物じゃない!」
「皆で力を合わせないと!」
「後で絶対に後悔することになる!!」
「聞こえていますか!?」
「考えを正しなさい!!」
「貴女の考えは…。」
「貴女は間違っています!!!」
マザーの怒りに満ちた声が、静まり返った控え室に響き渡った。
『本当に?本当にリナは間違っているのか?』
『間違っているのは、もしかしたら…。』
皆が答えを出せぬまま、ただ時間だけが過ぎていく。
結局、何の解決策も見つからぬまま。
誰もが拭えぬ不安と強い違和感を抱え。
エリアスとのバトルは再開する…。




