水の章 エクストラバトルⅢ
○対戦者の資質Ⅲ
(悠)
「たかだか18歳のガキんちょが、あの化け物染みた帝達を説き伏せたって?」
「スゲェな今の大地の帝…。一体何者だよ…。」
(マザー)
「彼の話は人に夢を思い描かせる。」
「話を聞くと、彼に心が惹き付けられる。」
「特別な求心力で、人を捕らえて離さない等」
「彼を知る人物達の、彼の弁舌に対する評価は、一応に高いものがあります。」
「彼は人を夢中にさせ、安心させる。
特別な《何か》を有していると、評する方も多いようですね。」
(マリエ)
「う~ん。特別な《何か》…ね。」
「ベタな話だけど、一種のカリスマ性ってやつなのかしら?」
「実際に出会った事はないけれど…。」
「人を惹き付け、夢中にさせる。」
「そんな天性の才覚を有する人が、この世には少なからず、存在すると聞くわ。」
(マザー)
「カリスマ性…。ですか…。」
「その言葉自体は存じませんが、皆さんの世界で言う、恐らくその類いのものなのでしょう。」
「彼のこれまでの功績は、語り尽くせません。」
「これは、彼自身が先天的に持って産まれた、正に資質の賜物としか言い表せません。」
「そして…。彼が大戦を終結に向かわせる際に提言した《大陸間協定》。」
「これが今のステラを構築する土台となった。」
「彼は一人で、ステラ全体に、統一した規律を産み出してしまったのです。」
「たった一人で、世界を根本から変えた男。」
「この恐るべき事実が、大地の帝様が、誰もが認める、素晴らしい資質の持ち主である事を物語っていますね。」
(悠)
「大陸間協定?」
「そんなもんも作ってんのかよ?」
「神は大地の帝に一体何物を与えてんだ…?」
「一個でいいから分けてくれねーかな。」
(マザー)
「神ですか?神と言う存在は存じませんが…。」
「高い資質を有する者には、それなりの責務が与えられます。」
「意思に反した決断を迫れることもあるでしょう。」「悠さんがそれに耐えられとは…。」
(悠)
「はいはい。どうせ俺の器はちっさいですよ~」
「他人の命の責任まで取れません。」
「ステラについても、右も左も分かりません。」 「悪うございましたね~。」
悠は不機嫌そうに、マザーに向けて、手をはらはらとはためかせた。
(マザー)
「いえ。すいません。」
「決して深い意味はありませんので…。」
「…。え~っと…。」
「話を戻しますね。」
「そう、当時青年であった大地の帝様。」
「彼がその時、帝様達に提言した内容は4つ。」
・経済発展に向けた自由貿易の必要性。
自由貿易拡大のため、大陸間での共通貨幣の適用も、内容には含まれていました。
・格差のない、平等な社会実現に向けた。 若年層への教育の徹底。
・各大陸の信仰に対する姿勢の抜本的な見直し。
そして…。
これを受け入れさせたのが、本当に信じられませんが…。
・近い将来。大戦の終結後。
各大陸の帝様を含む、全ての執政部の総入れ替えを行い。
古い考えを捨て、柔軟な若い世代に新たなステラの未来を託すこと。
「この4つを実現させることで、必ずステラに、長期的な平和が訪れる事になる。」
「彼はそう主張し続けた…。
勿論最初は、どの帝様も若造の夢物語など相手にはしていませんでしたが…。」
「彼から次々と提言される、協定の内容に徐々に惹き付けられ、最終的に全ての帝様が、この協定に同意しました。」
「長きに渡る大戦により、平和な世界には新しい風が必要である。」
「彼が主張し続けた言葉が。彼の熱意が。」
「最後には、各帝様のお心を動かしたのです。」
「彼の様な優れた若者に。」
「次の世代の新しい風に。」
「世界の平和を託してみたい。」
「十代と若い彼の言葉でしたが、帝様方にそう判断させる力が、十分に備わっていた様です。」
「そして、この協定を基に、ステラは大きく動き始めた…。」
「最初の帝会談から2年後。」
「再び大地の大陸にて、全ての帝様が集結。」
「全大陸が停戦協定に合意。」
「大戦はこれにより終結しました。」
「この時、作成された協定に基づき。
前帝様方により、信仰に対する新たな解釈を、ステラ中に広めていく活動が始まりました。」
(悠)
「うん?ちょっと待って。」
「新しい教義の布教は、旧体制の時に直ぐに開始されたのか?」
「俺には、体制が変わってからの方が、タイミングがいい気がするんだが。」
(マザー)
「ええ。我々天部の人間も同様の考えでした。」
「しかし、大地の帝は、あえてこのタイミングで改革を実施しました。」
「元々これまでの体制で長引いた大戦により。」
「教義や旧執政部に、不満を抱く者は少なくなかった。」
「その風潮を見逃さず、古い体制の内に、少しずつ新しい教義を布教させた。」
「旧体制が改革を始めた事で、大きな批判は旧体制に向けられた。」
「これにより、改革を引き継いだ、新体制への批判の目を、旧体制に逸らすことに成功したのです」
「新体制の帝様方が、スムーズに改革に着手出来る様に、配慮していた訳ですね。」
「そして、新しい帝様と執政部に変わった後。」 「いよいよ本格的な改革にうって出た。」
「旧体制を嫌っていた民は、新しい帝様により、自分達に寄り添った改革が成されたと感じる。」
「改革による批判は旧体制に向けさせ。」
「同時に改革による賞賛は、新体制に向けさせる様に仕組んでいた訳ですね。」
「これにより、ステラの民は、新体制を抵抗なく受け入れ。彼らにより、新しい風が吹き始める事を期待せずにはいられなかった。」
「大地の帝様は、ここまで民衆の思考を計算されていたのかと、当時の我々も舌を巻いたものです。」
(悠)
「…。本当に凄い奴なんだな。」
「なんか俺の中で大地の帝が、どんどん化け物染みてきたよ…。」
「そいつは本当に、俺と同じ人間なのか?」
(マザー)
「そう思われても仕方ありませんよね。」
「けれど、帝様は間違いなく人間ですよ。」
「ただ、彼の先を読む力が。先見の明が、ホンの少しだけ化け物染みているだけです。」
「ステラで生活していれば、彼の凄さを、これからも嫌がおうにも知らされる事でしょう。」
(悠)
「ここまで凄ければ、もう何が出てきても驚けんな。」
「その内、実は宇宙人でしたってオチがつきそうなくらいだ。」
(マザー)
「宇宙人とは?」
(悠)
「化け物みたいなもんだよ。」
「あんまり気にすんな。」
「ボケを説明するのは恥ずかしい。」
(マザー)
「そうですか。分かりました。」
「これ以上は聞きません。」
「では、話を戻しますね。」
「協定締結と同時に、段階的な自由貿易も開始。
各大陸は、それぞれ足りない資源を補いあい。
少しずつ安定した生活を取り戻しました。
こうして民の生活も、思った以上に早期に豊かさを取り戻しました。」
「そして、その翌年。」
「全ての子供たちへの教育が、各大陸で一斉にスタート。
子供の頃から、他の信仰者に対し、一定の理解が示せるよう、信仰教育が始まります。」
「その3年後。」
「帝様や執政部の努力により、ステラは一定の安定を取り戻していました。
大戦後のステラの安定という大役を果たした各大陸の帝様とその執政部。
彼らは協定に基づき、この年に全員が退官。
有望な若者達による、柔軟な思想を有した執政部に再編成されました。
現在の各大陸の帝様は全員。
この時任命された方。
即ち、当時の期待の若手だった方が勤めておいでです。」
「大戦時に始めて開催された《帝会談》は、現在の執政部になってから。
意見交換の場として、定期的に開催される様になりました。」
「そして5年前。」
「各大陸間で、本格的な自由貿易がスタート。
誰もが他の大陸を自由に行き来できる。
大戦の際は、夢物語であった様な出来事が。
現在は当たり前の様に行われています。
懸念されていた、信仰の違いによるトラブルですが。執政部の努力と、早期の徹底した教育により、少しずつ培われていった相互理解思想によって。
これまでは一応、大きなトラブルもなく、順調に進んできています…。
本当に大まかにでしたが、これが大戦後に行われた、ステラの改革の歴史なのです。」
「そして…。現在観客席で起きている信仰者同士の争いについてですが。
この時締結された協定に含まれている。
・若年層への教育の徹底。
・執政部の総入れ替え。
・教義の抜本的な見直し。
が、大きく関わっていると言えるでしょう。」
(悠)
「言えるでしょう。って言うかほぼ全部だな。」
「まあ、ステラの民にとっては、それだけ大きな改革だったってことだよな。」
(マザー)
「ええ。その通りなんです。」
「特に《教義の見直し》については、大戦期の考え方から、ほぼ180度転換したと言えます。」
「終戦を機に、生活の根幹である《信仰》へのアプローチが激変したのです。」
「当初のパニックは、計り知れないものがありましたよ。」
(マリエ)
「それは…。当然そうなるわよね。」
「改革は私がこっちに来るかなり前だったけど」
「私の両親もかなり戸惑ったと話していたわ。」
(悠)
「そりゃあ。まあ。信仰者にとっては一大事だよな。」
「けど、180度変わったって…?」
「具体的には、何がどんな風に変わったんだ?」
(マザー)
「……。」
「まあ、当然その疑問に行き着きますよね。」
「ここは生活を根本から変えた、教義の一部を上げさせていただきます。」
「協定により改変された教義の内容。
それは、大戦の中で確立されていった。
ステラで共通認識とされていた、ある部分です。
読み上げると、次の通りになります。
《大戦時》
信仰は、生活全ての基盤である。
それ故、信仰の基礎となる、精霊及び帝の教えは厳守されねばならない。
信仰には己の全てを捧げ。
時には信仰者として、その身を投げる覚悟も必要であろう。
己のが精霊を信じ、異信仰者に対しては、正しい認識を持つよう促すべきである。
それこそが、真の信仰者のあるべき姿と心得よ。
という教義から
《大戦後》
信仰は、生活全ての基盤である。
それ故、信仰の基礎となる、精霊及び帝の教えは厳守されなければならない。
信仰は生活をする上での支えであり指針である。
よって、信仰に基づいた自己犠牲の精神は、本来的には肯定されるべきものではない。
あくまで信仰は、信仰者の日常と共にあるものと考えよ。
信仰者としては、常に生ある事に感謝し。
信仰を異にする者同士であっても、互いに歩み寄れるよう、相互理解に努めなくてはならない。
模範的な信仰者として、異信仰者を抑圧せぬよう、常に配慮せよ。
という内容に変更され、帝様や執政部により、ステラ全土に広められました。
どうです?正に180度。
突然くるりと回って見せたのです。」
「生まれた時代のせいもあり。ステラ全土で相反する教義を強いられた人達は、勿論しばらくの間は大混乱となりました。」
(悠)
「え~…。今のマジかよ…。」
「いくらなんでもそりゃねーだろ…。」
「誰だって混乱するよこんな話…。」
「これ本当の話なのか?」
「流石にこれは…。」
「いくら帝とは言っても、あまりにも身勝手すぎじゃねーか?」
「掌返し過ぎて、手首ねじ切れちまう…。」
「そりゃあ流石に…。大戦時の信仰を続けてきた人達が。」
「帝のために命を捧げてきた人達が、直ぐに受け入れられるはずがないよ…。」
「きっと身内にも、教義を信じて帝のために命を捧げた人達だっていただろうし…。」
「自分も昔から、そうあるべきだと教え込まれた訳なんだし…。」
「すいませ~ん。やっぱりこれ。間違ってました~。変えときますね~。本当にすいませ~ん。
で、済まされる問題じゃないだろ…。」
「流石にこれは酷すぎるだろ~。」
(マザー)
「正にその通りなんです…。」
「元々あった信仰の為に身を捧げる。」
「つまり、大戦が続いていた頃は《信仰の為に玉砕も辞さない。》という姿勢が、まるで美徳の様に、当たり前に語られていました。」
「精霊に。信仰に。命を捧げることは、大変名誉なことだと。」
「精霊の名の元に、死地に向かうものは、英雄と考えられていました。」
「事実。この考えを元に、大戦中は多くの命が失われました。」
「異信仰者を道連れに自爆する。」
「何て事が、日常として受け入れられていたのです。」
「《名誉ある死を遂げた大陸の英雄》」
「大陸の為に、亡くなった人達はそう呼ばれ。崇拝されていました。」
(悠)
「なるほどねぇ…。」
「正しいとは言わないが、理解は出来るよ。」
「何せ、俺らが暮らしていた所でも、過去に同じような認識があった。」
「しかも、俺たちのじい様世代でだ。」
「そんなに古い話でもねぇ。」
「国の為に、命を捧げる。」
「国や王の為に死ぬことが《美徳》であった時代。今の俺ら世代には信じられないが。」
「そんな時代は確かに存在した。」
「そして、遠い国々では。今尚存在している。」
「どこの世界でも同じなんだな…。」
「権力者の言う事に、民衆はただ振り回される」
「力ある者が叫べば、簡単にそれが正しいと信じこまされちまう。」
「そこにある権力者達の思惑なんて、何も知らされないままで…。」
「流石に頭にくるよな。」
「それはもう信仰ではなく《洗脳》の類いだ。」
「絶対に許される事ではないよ。」
(マザー)
「今のステラにとっては、とても厳しい言葉になりますね。」
「しかし、事実。振り回されてしまった方達は、皆一様に混乱してしまった。」
「過去の教義と扱われ、絶望し、自殺した者」
「家族の名誉の為大戦前の教義を貫き続ける者」
「そして…。新しい教義を喜び。受け入れた者」
「様々な立場が、今尚交錯し。同じ信仰者同士による、争いの火種となっている…。」
(悠)
「流石にこれじゃあ。古い教義を受けた人達が、怒りをぶちまけたい気持ちも分かってくるよな。」
「近代化の為とはいえ、これは余りにも身勝手過ぎるよ。」
「でも…。ステラから戦争をなくし。」
「異信仰者間の争いを押さえ込むために、急激な舵取りが必要だった。」
「その気持ちも分からなくはない。」
「誰も責めることは出来ないよな…。」
「振り回された民衆も、徐々に勢いを失い。」
「いずれ大陸前の教義は、本物の過去の遺物になってくんだろ…。」
「事実、俺たちの世界で、過去の自己犠牲の精神を持ち続けてる奴なんて一人もいねーよ。」
「寧ろ現在の思想に変えてくれて、感謝してるくらいだ。」
「俺の世代でさえ、国の為に命を捧げようっていう奴は、もういないんじゃないかな?」
(マザー)
「現在の執政部が目指す所は、恐らくその状態なんでしょう。」
「どちらの立場も認めつつ、これから社会に出ていく世代には、新しい教義を教え込んでいく。」
「大地の帝が、《教育の徹底》を協定に加えているのもそれが狙い。」
「新しい世代には、異信仰者を受け入れる柔軟な思考が不可欠になる。」
「大地の帝は、長期的な目で、ステラの近代化を進めようとしているのです。」
「今、教育を受けている若い世代に。」
「正に、《新しい風》になって貰いたいと。」
「大地の帝を含めた、各大陸の執政部は、そう願っているのです。」
(悠)
「なるほどね…。ステラは今が正に改革期。」
「多くの批判が出てもおかしくはない。」
「思想の衝突も多少は想定済みな訳だな。」
「それでも…。」
「例え、自分達がどれだけ批判に晒されようと。 次の世代には平和な世界を残したい。ってことなんだよな…。」
「違った意味で、自分達は教義の犠牲になっても構わないという本気の覚悟。」
「すげぇな…。話を聞くに、今の執政部は俺と同年代が多そうだけど…。」
「俺にはとても、そんな大きな責任は背負えそうにない。」
「俺たちの世代は、そうやって色んな人が苦労して作り上げた平和の上に、胡座をかいて座ってるだけなんだな…。」
「なのに。やれ権利だの。自由だのと。身勝手に騒いでばかりだもんな…。」
「なんか俺、すげぇ情けなくなってきた…。」
「なんかここに来て、色々と人生観が変わっていきそうだよ…。」
(マリエ)
「本当にそうよね。今の話を聞いちゃうと…。」
「元の世界に帰れたら、もう少し年配者に優しくしようとさえ思えてくるわ。」
「私も自分を顧みずにはいられなかったもの。」
「今まで蔑んだ目で見ていたオジサマ方。」
「大変申し訳ありませんでした。」
「これからは多少は敬意を払いますね。」
「そして、彼女と帝さんも少しだけ見直したわ」
「世界の平和の為にその身を捧げる。」
「この自己犠牲については素敵だと思う。」
「そして今…。彼女達の願いは、ホンの少しだけ実を結ぼうとしている…。」
「そんな瞬間に立ち会えるなんて。」
「私は少しだけ、幸せ者かもしれないわね。」
マリエは微笑みながら、エリアスの方を指差した。
悠とマザーが視線を向けるとそこには…。
(少年)
「皆!止めてよ!」
「どうしてエリアス様を責めるの!?」
「どうして仲間同士で喧嘩をするの!?」
「エリアス様は、いつも皆に優しくて!」
「いつも僕らの為に、一生懸命働いてくれてるじゃないか!」
「考えの違いで争ってはいけない!」
「相手の立場も尊重してあげなければいけないって!」
「僕たちが喧嘩をしないように!いつも優しくあれるように!大切なことを教えてくれてるじゃないか!」
マリエが指し示したその先に。
エリアスの水の防壁を背に、観客に向かって叫ぶ少年の姿があった。
観客達はその声と姿に驚き。
皆が少年の姿に注目した。
少年は皆に見られている緊張からか、肩を小さくプルプルと震わせている。
(少年の父親)
「ありゃ!?マルクの奴いつの間に!?」
「あの悪がき、またとんでもない事やらかしおって!」
「こりゃ!マルク!」
「危ないからこっちゃ戻ってこい!」
マルクの父は観客席から身を乗り出し、マルクに向かい手招きをしている。
しかし、マルクは…。
(マルク)
「やだ!絶対に動くもんか!」
「おかしいのは皆の方だよ!」
「エリアス様は時々学校に来て、いつも僕らに優しくしてくれるんだ!」
「僕らはエリアス様が大好きなんだ!」
「エリアス様を悪く言う奴は許さないぞ!」
「皆が喧嘩を止めるまで!」
「エリアス様への悪口を止めるまで!」
「僕は絶対にここを動かないからな!」
マルクは父親の制止を拒み、防壁の前を動こうとしない。
すると、観客席から次々と声が上がり始める。
(少年)
「そ、そうだ!僕もそう思う!」
「エリアス様は悪くない!」
「僕だってエリアス様が大好きなんだ!」
「悪いのは、仲間同士で争ってる大人の方だよ!」
「先生もいつも言ってた!」
「考え方が違うからって、相手を虐めちゃダメだって!」
「お互いを思いやる心が大切なんだって!」
「皆そう教えてくれたじゃないか!」
「どうして僕らでも分かることが、大人の人には分からないんだよ!」
「待ってて、マルク!僕も手伝うよ!」
少年は観客席を乗り越え。
マルクの横に並んで手を広げた。
二人は微笑みあいながら、観客席に向かい胸を張った。
すると、それに呼応するように…。
「僕も!私も!」
「皆!マルクを手伝うぞ!」
「僕たちで大切なエリアス様を守るんだ!」
観客席から、子供たちが次々と飛び降りてくる。
そしてエリアスと観客席を遮るように、子供達は皆で手を繋ぎ、壁を作りあげた。
(子供たち)
「僕たちは皆が喧嘩を止めるまで動かない!」
「皆が優しく!お互いを思いやるまでは動かないからな!」
「仲間同士で争うなんて間違ってる!」
「僕らが知っている水の大陸の教えは!」
「誰にでも優しく!誰にでも平等なはずだ!」
「だから絶対に動かない!」
「喧嘩を止めるまで動かないからな!」
彼らは手を繋ぎ、観客席に向かって叫んだ。
その姿は自信に満ち溢れ、自分の行動に誇りを持っているように見えた。
観客達は彼らの行動に驚いているのか。
皆が争いを止め、闘技場に注目していた。
その時…。
パシャアン!!
エリアスは水の防壁を解き、ゆっくりとマルク達に近づいた。
(エリアス)
「全くお主らは…。」
「学校を抜け出しては、私に怒られてばかりだと言うのに…。」
「今度は観客席を抜け出して、親に心配をかけるとは…。」
「私の説教は、全く身に染みておらんようじゃの…。」
エリアスは笑顔を見せながら、ワシャワシャとマルクの頭を撫で回している。
マルクは照れ臭そうに、「エヘヘ」と笑う。
二人の間には、深い信頼関係が築かれていることが、その空気から伝わってくる。
(エリアス)
「マルク。そして集まりし生徒たちよ。」
「本当にありがとう。」
「主らのお陰で、少しばかり自信が持てた。」
「自分のやってきた事が間違ってはいなかったと。胸を張る事が出来たぞ。」
(マルク)
「うん!エリアス様が間違ってるはずないもん!」
「いつも僕らに優しくて!」
「間違ってたら教えてくれる!」
「皆エリアス様が大好きなんだよ!」
顔を覗き込むエリアスに対し、マルクは笑顔でそう答えた。
今度はエリアスが頷き。
マルクの肩に手を置いた。
そして、ゆっくりと立ち上がり。
彼らと観客達の前に立つ…。
(マリエ)
「素敵な光景ね。」
「皆が望んだ新しい風。」
「まだまだ小さな風だけど。」
「きっと彼らが大きくなって、ステラ中に心地いい風を吹かせてくれる。」
「誰もがお互いを認め。笑い会う世界へ。」
「そんな未来を。私も信じて見たくなるわ。」
(マザー)
「大戦後、帝様や執政部が目指した世界。」
「今、その努力が小さく実ろうとしている。」
「まだ改革は始まったばかりですが。」
「何だか素敵な未来が待っている気がします。」
「私もこの場に立ち会えたこと、非常に嬉しく思えてきましたよ。」
ディープインパクトの面々は、感慨深そうにマルク達を見つめた。
彼らが引き起こした大きなトラブルは。
新たな世界を夢見る。
小さく優しい信仰者達の手によって。
一応の収束を見せようとしていた。
(エリアス)
「誇り高き水の大陸の信仰者たちよ!」
「我が名は、エリアス・ペール!」
「大陸の副官にして、水の帝の右腕!」
「汝らに教義を伝える!」
「真なる信仰者である!」
小さな信仰者達の、大きな勇気に背中を押され。
エリアスは再び、
観客達の前に立ち、叫び始める…。