水の章 エクストララウンドⅡ
○ 触らぬ神にたたりなし
(悠)
いくぞみんな!
俺たちの名をステラに轟かせるぞ!
(ディープインパクト)
お~!
気合いの雄叫びをあげ、ディープインパクトの面々は闘技場に足を踏み入れる。
暗い控え室から明るい屋外の闘技場へ。
一瞬光で目が眩んだ彼らの目の前には、満員の観客席と、闘技場に立つエリアスの姿が写し出される。
そして、彼らの登場により。
闘技場は一瞬で盛り上がりを見せた。
(実況)
さあ!出て参りました!
もの凄い歓声がその人気を物語ります!
いよいよ大会は3回戦!
その最終試合!
大声援のなか登場するのは!
クラン!!ディ~~プ!!
インパクト!!
1回戦、2回戦共に好試合を演じ!
結果は圧勝!
その試合内容や、魅力溢れる構成メンバーにより、すっかり会場の人気者となりました!
会場から自然と大歓声が沸き上がります!
しかして、この人気クラン!
これまでほとんど活動の実績もなく!
本大会が開催されるまでは、全くの無名クランでありました!
彼らの存在を知る人物など、ステラ中を探しても数える程度であったでしょう!
しかし、蓋を開けてみると評価は一変!
予選を勝ち上がり、選び抜かれたあらゆる難敵達を次々に撃破!
その圧倒的な実力を、我々に見せつけてくれました!
どうでしょう!
選手達の足取りも気合いに満ちている様に見えます!
さて!先頭を歩きますは!
クランの切り込み隊長!
今大会負け知らず!
持ち前の気の強さで無敗記録を伸ばすのか!
光速の女剣士!
リナ選手!
彼女の剣捌きから目が離せません!
続いての登場は、2回戦で初登場!
その圧倒的な魔力で我々の度肝を抜いた!
試合には負けてしまいましたが、そのポテンシャルは計り知れません!
今日はどんな魔法で驚かせてくれるのか!
癒し系魔法使い!
レイナ選手!
可愛らしい見た目とは裏腹な、圧倒的な魔法出力を今日も見せてくれることでしょう!
そしてやって参りました!
我々成人男性の憧れの存在!
強さと美しさ!
精霊は彼女に、我々を魅了する2つの才能を与えてくれました!
抜群の魔力コントロールで相手を翻弄!
心・技・体・美!
全て揃った完璧超人!
生まれてきてくれてありがとう!
扇と舞う魅惑の踊り子!
マリエ選手!
今日もお美しい!
彼女を見ただけでも、今日会場に足を運んだ価値はあります!
以上!魅力的な女性クラン!
ディープ!インパクト~~!
…。
あれ?なんだ?
もう一人着いてきてるな…。
セコンドか?
あれ?おかしいな…。
確か、資料には…。
あ、そっかいたな~。
ああ、確かに登録されてたんだ…。
ヤバイヤバイ。
全然気付かなかったよ…。
え~。ゴホンゴホン。
失礼しました。
え~。それと~ですね~。
最後に歩いている男性ですが…。
やばいな~…。
資料なんもないや…。
特に思い入れもないしな~…。
まあ、いいか。
誰も興味ないだろ。
え~…。確か…。
1回戦・2回戦は~。
確か相手を、よく分からない内に倒した?
相手が倒れてくれた?
あまり印象はないですが~。
まあ、何故か知らないけど~。
取り合えず確か勝ってたよね~。
何かいっつも変な格好してる人。
登録名はたしか~。
ヤスシ選手?だっけか?
まあ、なんでもいいや。
誰も興味ないだろ。
もいるみたいですね~。
ああ、なんか前に倒れてたけど。
今日は元気みたいだね~。
よかったね~。
はい。
お疲れさまで~す。
…。
以上!今大会最大のダークホース!
大会においても大人気クラン!
ディープインパクトの登場だ~!!!
皆さん!
今日もきっと素晴らしい試合を演じてくれるであろう、本クランの魅力的な女性選手達!
我々観客一同!
声が尽きるまで!
力の限りに応援して参りましょう~!!!
(観客)
ウオ~!!!
ディープインパクト~!!
待ってたぞ~!!
今日は最終戦で登場か~!!
待たせやがって~!!
楽しみで仕方なかったぞ~!
マリエさま~!頑張って下さ~い!!
リナちゃ~ん!今日も瞬殺だ~!
レイナちゃ~ん!今日は倒れないでね~!
ディープインパクト~!頑張って~!
会場にディープインパクトへ向けた大歓声が響き渡った。
最終試合ではあるが、観客席は満員。
これまでの試合で、彼らには多くのファンが出来てしまった様だ。
観客は帰ることなく、彼らの登場を今や遅しと待っていたのだ。
(リナ)
うわ~!凄い声援だね~!
いつもよりお客さんも多いんじゃない!?
気合いはいるな~!!
相手が相手だけど…。
やっぱり絶対に負けたくないね!
てか、ホントに声援凄すぎ!
大きい声で話さないと、会話にならないよ!
リナは耳を塞ぎながら会場に手を降り、声援に応えた。
(レイナ)
私なんて、ここまで何もしてないのに~。
こんなに応援して貰って嬉しいです~。
私、やっぱり今日の試合頑張ります~。
エリアスさん強そうですが、絶対に負けません!
私たちを待っていてくれた皆の為にも頑張りましょ~!
(マリエ)
まあ、私が居るんだから。
人気が出るのは当然よね。
デビュー戦としては…。
まあ、それなりの成果と言ってもいいかしら?
あそこで偉そうに突っ立ってる女を倒して、水の大陸での人気を不動のものにしてやりましょう!
女性陣に対する圧倒的な歓声は、まるで地鳴りの様に会場に響いていた。
大歓声を一身に受け。
彼女達は、より一層このバトルへの意気込みを強くしていった様だ。
いいテンションで試合に挑める。
誰もがそう考えていた。
そう。ただ一人を除いて…。
(悠)
あっれ~。おかしいぞ~?
ねえねえ、何かおかしくね~?
おかしかったよね~?
なんか実況と歓声にさ~。
随分と私情が挟まってる気がしなかった~?
俺の耳が悪いのかな~?
皆はなんか、気合い入り直ったみたいだしな~。
つーか、俺紹介されてた~?
なんか知らないヤスシさんは呼ばれてた気がするけどな~。
それにあれはさ~。
ヤスシさんの紹介じゃなくて、ヤスシさんへの悪口じゃなかった~?
一応プロなんだからさ~。
興味ないとか、マイク入ってる時に言っていいのかな~?
ヤスシさん可哀想じゃんか~。
知らない人だけど、同情しちゃうな~。
それにさ~…。
変な格好とかさ~。
いじるならちゃんといじってくれないとさ~。
こっちもツッコメないじゃないですか~?
なんかボソボソと悪口言われたらさ~。
ただの出オチみたいじゃないですか~。
完全なボケ殺しじゃないですか~。
ねえ~。皆もそう思わない?
そう思うよね~?
ねえ~。今ヤスシさんの話してるのにさ~。
なんでどんどん早足になって、俺を置いて行こうとするの~?
俺関係ないから離れないよ?
一緒にいてもいたたまれなくないでしょ?
まだ紹介されてないよね?
どんなに恥ずかしくても。
どんなに他人のふりをしても。
どんなに扱いに困っても。
俺皆から離れないからね?
どこまでも追いかけていって、皆に笑顔で手を降って近づくからね。
他人のふりをしても、ずっとまとわりつくからね?
もう遅いからね?
おじさんには、もう皆以外いないからね?
ステラで他にアテなんてないからね?
おじさん、一人は嫌だから必死になるからね?
生き残りをかけたおじさんの執念。
そんなに甘くないからね?
ねえねえねえ~?
聞いてる聞いてる?
お~い?
皆さん聞いてますか~?
聞こえてるよね~?
おじさん分かるよ~。
皆聞こえてるけど、無視してるよね~?
着いてくよ~。
どこまでも着いてくからね~。
絶対に逃がさないからね~。
悠は死んだ魚の様な目で、仲間たちに自分の存在をアピールし続けた。
しかし、その余りにも痛々しい姿に。
女性陣はどう声をかけてよいか分からず、ただ足早に、その場を離れようとすることしか出来ないのであった。
(悠)
ねぇ~。待ってよ~。
あ、見てみて~。
おじさん靴のなかに石ころ入っちゃった~。
痛くて歩きにくいよ~。
ねえねえ~?
誰か肩貸してよ~。
靴から石ころ出したいんだよ~。
このままじゃ、痛い痛いして、上手く歩けないよ~。
ねぇ~。聞いてるよね~。
何で誰もこっち見ないの~?
さっきまで、一緒に気合い入れてたよね~?
一緒にステラに名を轟かせようって言ったよね~?
もうおじさんの事忘れちゃったの~?
それとも、あれはおじさんじゃなくて、ヤスシさんとの約束だったの~?
ねぇ~。ってば~?
もしかして、あれは夢だったの~?
やっぱり夢オチが一番使いやすいの~?
ねぇ~?誰か構ってよ~。
おじさん、そろそろ寂しくて死んじゃうよ~。
ねぇ~…。だれ…。か…。
きこ…。る…。
悠の問いかけは、より一層速さを増した、女性陣の歩行速度により、いつしか誰にも届かなくなっていた。
距離を取ったことで、問いかけは徐々に歓声の中に紛れ込み、消えていったのだ。
女性陣は、余りに無惨なその呼び掛けを。
平常心を保ったまま聞き続けるのは、精神的に厳しいと判断。
これから始まる大事な試合に、大きな影響を及ぼしかねないため。
一度距離を取り、物理的に悠の言葉をシャットアウトしたのだった。
(リナ)
ハアハアハア…。
早く!早く悠兄から離れないと!
『き、きつい!いくらなんでもフォローしようがないよ!』
『悠兄!あんな人間のカスみたいな顔して絞りカスみたいな声出されても、何をどうフォローしていいか分からない!』
『だってヤスシだよ!?』
『どこの横山だよ!?一ミリもカスってねーよ!』
『無理!私にこの状況を乗りきる術ない!』
『距離を取って、よく聞いてなかったことにする!』
『それ以外、私の生きる道はない!』
『ごめん悠兄!強く生きて!』
(レイナ)
ハアハアハア!
早く!早く闘技場に!
『後ろから!後ろから何かが来ています!』
『これは直感ですが、私の後ろにたった今、化け物が生まれました!』
『生ける屍?呪われた一族?』
『詳細は不明ですが、実に恐ろしい「何か」が誕生しました!』
『す、凄い臭気です!これは無理です!』
『私に手に負えるレベルを遥かに越えています!』
『恐らくは悠兄さんの生き霊!』
『悠兄さんの顔!声!精神状態!』
『全てが未知のエネルギーに変化しています!』
『うっすらですが、靴に入った石で、生者を誘い込んで道連れにしようと企てたみたいです!』
『知能のレベルは低いようですが、私に手に負える相手ではないです!』
『長い修行で全てを悟った聖人でさえ、逆立ちして逃げだすレベルです!』
『人生駆け出しぺーぺーの私が踏み込んではいけない領域です!』
『近付いてしまうと、あの禍々しい負のオーラに心身が焼き付くされます!』
『見なくても分かる!』
『今の悠兄さんは危険です!』
『レイナ!絶対に振り返ってはダメです!』
『今は退散あるのみ!』
『後で、よく聞こえなかったです~。』
『無理矢理でも、これで通すしかありません!』
『悠兄さん!どうか成仏して下さい!』
(マリエ)
急がないと!
私が一番巻き添えの可能性が高い!
『せ、背中が熱い…。』
『そして何よこの悪寒…。』
『今まで感じたこともない…。』
『何か恐ろしい生命体が、私の背後で誕生したというの?』
『私の後ろには、悠さんしかいないはず…。』
『ひゃ!?なんか靴に石ころとか言ってる!?』
『なんて気持ち悪い生き物なの!?』
『悠さんは悪魔に魂を売ってしまったというの!?』
『どちらにしても、一人でどうにか出きる相手ではない!』
『一旦闘技場に上がって、体制を立て直す!』
『それ以外に生き残る術はない!』
『悠さん!ごめんなさい!』
『もし無理なら、せめて安らかに…。』
様々な人間の思惑が交差する。
だが、皆が出した結論は同じであった。
「直ぐにこの場を離れなければならない。」
「そうしなければ、命に関わる。」
誰かが口にした訳ではない。
だが、生物としての本能が、彼女達に生への道を示したのだ。
そして、この判断は正しかった…。
絞りカスとなった人間のカスは、誰にも相手にされないことを悟り。
その場で靴を脱ぎ、石を取り出すと、深い怨念と共に、闘技場に歩を進めたのである。
ズチャア…。ズチャア…。
怨念に満ちたその歩みは、歩いた後の地面を腐らせ、辺り一面を臭気で満たしていく。
観客も突然の絞りカスの登場に、何が起きているのか理解が出来ず、その動向を見守ることしか出来なかった。
ズチャア…。ズチャア…。
(悠)
どうして…?どうして…?
信じてたのに…?皆が肩を貸してくれるの…。
ずっと待ってたのに…。
悠は臭気を纏い、体をふらつかせながら闘技場に近付いていく。
(リナ)
き、来た!
ねえ、どうしよう!?
すぐそこまで来ちゃったよ!?
リナは怯え、レイナとマリエを見た。
二人も肩を抱き合い、震えている。
(マリエ)
む、無理よ!
私たちに、あの怨霊を払うことなんてできない!
あの怨霊を見て!
幼児退行をしてまで、現世にしがみつこうとしている!
私たちでは無理!
精霊と直接交信できるレベルのシャーマンが必要よ!
(レイナ)
無理です怖いです!
悠兄さん!お願いです!
成仏して下さい!
三人は悠の成仏を願った。
しかし、悠は一歩一歩確実に、彼女達に近付いていく。
理性を失った彼が、唯一覚えているのが、仲間としたあの約束。
「ステラに名を轟かせよう」と、仲間と誓ったあの約束だったのだ。
誰も彼を責めることは出来ないだろう。
そう、彼はただ寂しかったのだ。
仲間との約束を果たせなかったことを悔いていたのだ。
死してなお、彼は仲間との約束を守りたかったのだ。
そんな純粋な彼の気持ちを、誰が責めることが出きるだろうか…。
仲間たちも、それを理解していた。
だから誰も彼を攻撃しようとはしなかった。
彼に対する願いが通じなければ、その時は…。
彼女達は、仲間の思いを受け入れる覚悟を決めかけようとしていた。
その時だった…。
(エリアス)
アクアキャンセラー!!
エリアスが魔法を放ったのだ。
優しい、柔らかな水球が、悠の体を包み込んだ。
すると、水球の中で、悠はみるみると元の体へと回復していった。
辺りに満ちていた臭気は消え。
周囲に爽やかな陽光が降り注ぐ。
水球はゆっくりと消え、元の体に戻った悠は、自分の両手を見つめていた。
(悠)
『俺は…。俺は一体…?』
姿が元に戻った悠だが、臭気に包まれていた時の記憶は失われていた。
(悠)
『俺は…。どうして闘技場に?』
『確か俺は…。凄く辛い思いをして…。』
『もう嫌だって思って…。』
『そしたら、急に気が遠くなって…。』
『それから…。』
悠はこれまでの事を必死に思い出そうとした。
しかし、やはり直ぐに記憶が戻ることはなく。
悠は、一先ず考えることを諦めた。
そう、彼の周りには。
彼の帰還を喜ぶ仲間たちがいたのだ。
(悠)
『よく分からないけど…。』
『俺には皆がいる…。』
『今はそれだけでいい…。』
『それで充分じゃないか…。』
そう考え、悠は微笑みを浮かべて仲間たちを見た。
(リナ・レイナ・マリエ)
悠兄!悠兄さん!悠さん!
皆が声をあげ、近付いてくる。
レイナの目にはうっすら涙が浮かんでいた。
皆が笑って迎えてくれた。
その事実だけで、何だか悠は全てが満たされたような気分になっていた…。
ディープインパクトの面々は、皆で手を繋いで円を作った。
そして再び約束を交わした。
「これから先、何があっても絶対に仲間は裏切らない」と
「辛いときは、互いに支え合おう」と
皆は頷き、微笑み合った。
クランの絆が、一層深くなった。
声を出さずとも、皆が感じていた。
これからはずっと皆一緒だと。
それが仲間の印であると。
お互いの絆は確認できた。
皆は安堵し、帰路につくことを決めた。
(マザー)
今日は晩御飯どうします?
(悠)
今日はクランにとって大切な日になった。
今日の記念に外食にしよう。
悠の提案に、皆が子供の様に喜んだ。
ディープインパクトはクラン。
そして、クランとは家族なんだ。
誰かがそう口にする。
皆も笑顔で同調した。
今日、俺たちは家族になった…。
辛い旅の中で、こんな素敵な日があってもいいじゃないか…。
悠は一人。そんな風に思っていた…。
優しい風が、悠の頬をかすめていった。
…。
……。
ふざけるなディープインパクト!
(エリアス)
いつまでやっとるんだ!!
このたわけどもが~~!!!!
バシャ~~ン!!!!!
エリアスの放った魔法により、ディープインパクトの面々はずぶ濡れになった。
そしてゆっくりとエリアスの方を向き直った。
(悠)
いや~…。
やっぱり…。
ダメ?だよね?
悠は照れ臭そうにエリアスに訊ねた。
(エリアス)
ダメに決まっておるわ!!
このたわけが!!
私にいつまで三問芝居に付き合わせる気だ!
この馬鹿者どもが!!
恥を知れ!!
エリアスはディープインパクトのやり取りに耐えかね、遂に口を挟んだようだ。
(悠)
いや~。このまま上手く続ければ、なしくずし的に戦いは無くなるかな~って…。
まあ、そんな甘くないですよね~…。
悠はポリポリと頬をないて誤魔化そうとした。
しかし、長時間待たされたエリアスは、完全に怒り心頭といった様子であった。
(エリアス)
そんな単純な話があるか!
私をここまで待たせおって!
不届きものが!
絶対に許さん!
覚悟しておれ!
エリアスは強い口調で言い放った。
やばい。
火に油を注いでしまった様だ…。
悪ふざけが過ぎた事を、今更になって後悔する、ディープインパクトの面々であった…。
エリアスとの戦いは必須となった。
彼女がディープインパクトと戦う理由は一体…。