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おやじ妄想ファンタジー   作者: もふもふクッキー
61/114

水の章 2回戦 反省会終り

 ○ 取り敢えず三回戦だ!


 (悠)

 俺の中に残っている記憶。


 俺が実際に体験したことで、より鮮明に頭に残っている記憶…。 


 それは、「俺がピー太郎を倒した」という、記憶ではないんだ。 


 寧ろ内容で言えば全くの正反対になる。

 

 体当たりを受けて、追い詰められた俺には…。

 ピー太郎の攻撃を防ぐ手段がなかったんだ。


 だから、そのまま。

 俺はピー太郎の攻撃を、腹にまともにくらってしまった。


 そして、俺はその攻撃のダメージが大きく立ち上がるどころか、動くことさえ出来なかった。


 意識が遠のくなかで、俺の負けが宣言された。

  

 試合に負けただけなら、まだよかった。


 俺はその攻撃が元でそのまま命を落としたんだ。


 意識が遠のく恐怖心。

 流れる血の暖かさ。

 皆の叫び声。


 全部俺が体験したものとして、今も頭に焼き付いている。

 

 だから、俺が実際に経験して、より鮮明に思い出されるのはこちらの記憶。

   

 そう。皆は信じられないと思うけど。

 実際のところ…。

 俺は一度ピー太郎に試合で負けて。

 そして死んでいるはずなんだよ。


 どうして皆は覚えていないのか、俺には分からないけどさ。


 そして…。

 自分の死を自覚した後。

 俺は闘技場とは違う、

 どこかの広い空間で目を覚ました。


 俺はその時、何故かこの後。

 俺は死者として天部に向かうのだと、本能的に理解していた。  

 

 そして、俺はゆっくりと空を飛んで。

 実際に天部を目指したんだ。


 けど、その途中で聞き覚えのある声に呼び止められて…。

 気が付いたら、真っ暗な空間に閉じ込められていたんだ。

 

 そこで困っていると、声の主は俺にこう言ったんだ。


 「お前は今回の件で、確かに一度死んだ。」

 「だが、俺がその部分を書き換えた。」 

 「こんなことは今回だけだ。」

 「次はないぞ」ってな具合の事をね…。


 俺は声の主を探し、真意を聞こうとした。

 けれどソイツを見つけることは出来なかった。


 そしてその後、俺は再び真っ暗な空間に飲み込まれていった。

 

 そして…。


 気が付いたら、俺は再び闘技場に立っていた。


 何故か、横にピー太郎が倒れている状態で。

 

 俺はこの瞬間、自分に何が起きたのか、全く理解できなかった。


 けれど次の瞬間。


 もの凄い勢いで、ピー太郎を倒した時の記憶が、頭に流れ込んで来る事に気が付いた。


 そう、まるで後から無理矢理に。

 誰かに記憶を書き加えられるかの様に。


 そして気が付くと、俺の中にピー太郎を倒した際の記憶が定着していた。


 まるで初めから、それが事実だったかの様に。

 なんの違和感もなく、皆が話していた通りの行動を取ったという記憶が…。

 

 だから、今の俺には…。

 ピー太郎に勝った場面の記憶も確かにある。


 しかし、この記憶は実際に自分が経験していないものだし、後から加えられた様な違和感がある。

 細かい部分もあまりはっきりしていないんだ。


 俺の中で、より鮮明に覚えている記憶は…。

 やっぱりさっき話した方なんだ。


 ピー太郎に腹を殴られて…。

 血が流れ出る感覚。

 意識が薄れていく感覚。

 周りで皆が叫んでいて、エリアスさんがピー太郎を怒鳴り付けている。

 そして俺は、自分の死を受け止め、天部に向かう決心をした。


 つまりは、ピー太郎に負け、死んだという記憶。


 此方の記憶の方が、俺の実体験に基づいてるからなのか、より印象深く鮮明なんだ。


 だから、勝った記憶も確かにあるんだけど。

 その前に負けて死んだという記憶もある。

 負けた記憶の方を、はっきり鮮明に覚えているから。

 勝ったと言われてもイマイチ釈然としない。


 試合の直後は、いきなり自分の認識とは違う状況に引っ張り出されていたんだ。  


 二つの記憶がグルグルと混在していて、自分が一体どういう状況にいるのか、全然理解できなかった。

 

 死んだはずの自分が、再び仲間の前に立っていたんだ。


 俺は誰かの策略に嵌められたんだと、本気で思ったんだよ。


 だから、あんな風にパニックになって…。

 皆に酷いことを言ってしまった…。


 自分もあまりの恐怖心から、心身のバランスを崩して。

 気を失ってしまったみたいだ。


 気を失った後も、変な声に呼び掛けられてさ。


 そこでもピー太郎との勝負は、そいつが結果を書き換えたと伝えられたんだ。


 声の主に意図や目的を問い詰めたけど…。

 結局相手が誰で、何がしたいのかも分からなかった。

 そして、そいつはただ「試合の結果を書き換えた」とだけ繰り返したんだ。


 そして暫くして、俺は意識を取り戻した。


 すは それからは皆も知ってるよな?

 

 …。


 どうだろうか?

 自分でもおかしな事だとは分かってる。


 だが、事実なんだ。

 俺が今話したことは、実際に俺が体験したこと。

 身をもって経験した、間違いのない。

 俺の記憶なんだ。


 きっと俺のこの記憶が、俺のはっきりしない態度と、皆が感じていた俺への不安感の正体なんだと思う。

 だから話した。

 分かって貰えないかもしれないけど。

 伝えるべきだと思ったんだ。

 俺から言えるのは以上だよ。

 話を聞いて、皆からは何かないかな?



 悠は話を終え、仲間達を見た。

 皆、真剣に聴いてくれていたが、やはり理解するのは難しかった様だ。

 各々が真剣な表情で、悠の話を頭の中で、纏めようと必死になっている様だ。


 しかし、仲間達には、悠が負けた。

 悠が死んだという記憶はない。


 この記憶は、実際に体験した悠だからこそ、失われずに残っていたものと言えるだろう。


 そう考えると、悠以外の誰にも理解できないということになる。

 悠自身も、それは自覚しており、自分の話は直ぐには受け入れられないだろうと、考え始めていた。


 

 (リナ)

 あ~!ダメ!あたしダメだわ!

 あたしギブアップ!

 全く意味わかんないよ!


 最初に根をあげたのはリナであった。

 性格を考えると、リナが一番最初に諦めるのは予想ができた。

 寧ろよくここまで頭を使ったなと、悠は少し感心していた。


 (リナ)

 やっぱり悠兄、倒れた時に頭ぶつけたんじゃない!?

 だって悠兄勝ったじゃん!?

 なんか空に手を伸ばしてさ!

 ピー太郎を地面に叩きつけて勝ったんだよ!

 

 それを会場も含めて、私もマリ姉もマザーも見たんだよ!?

 悠兄は、いつ負けたのさ!?

 いつ死んじゃったの!?


 悠兄は世界線を越えて、2つの世界に干渉したの!?

 少なくとも、私達の世界では、悠兄は試合に勝ったし、ちゃんと生きてるじゃん!?


 なのに、悠兄の中では、負けて死んじゃった記憶があるなんて…。


 もう意味わかんない!

 悠兄それ多分夢だよ!

 寝てる時にそんな妄想したんだよ!  


 それが混乱して区別つかないだけだわ! 

 ね!?そういうことにしましょ!?

 じゃないと私の頭から煙でちゃうよ!?


 リナは考える事に疲れたようだ。

 リナの中では、今の状態が記憶とも合致するのだ。

 疑問を感じる余地など、初めからないのかもしれない。


 (レイナ)

 私は…。

 その時眠っていたので…。

 はっきりとしたことは言えないのですが…。


 今現在、悠兄さんは生きていて。

 ピー太郎さんには勝っていて。 

 私たちは明日3回戦を戦います。


 悠兄さんが嘘をついているとは思いませんが。


 ただ、やっぱり…。

 2つの記憶…。

 謎の声…。

  

 私もさっぱり分からないです~。

 ごめんなさい。

 

 ただ、今は悠兄さんが無事で嬉しいです~。

 私が言えるのはそれだけです~。

 

 レイナもやはり、悠の話を理解することは出来なかった様だ。

 とにかく悠が無事で良かったという表現が、レイナの性格をよく表している。

 


 (マリエ)

 私も…。

 非常に興味深い話だし…。

 何よりも悠さんの取り乱し様から、もしかしたら嘘ではないのかもしれないとは思うけど…。


 ごめんなさい。

 やっぱり悠さんが負けて…。

 亡くなってしまう場面の記憶は、私にもないわ。

 

 どっちが正しいとかではなくて。

 貴方にしかない記憶なんだもの。

 私は聞いた自分の、感想くらいしか言えそうにないの。


 それを納得して全て受け入れるのは…。

 少し今の私にはハードルが高すぎるわね。


 マリエも悠の発言に理解を示しながらも、完璧に受け入れるのは難しかったようだ。


 悠自身も、言っていることすべてを分かって貰いたい訳ではなかった。 


 ただ、自分の経験した不思議な出来事。

 その事実を伝え、自分が試合後に何故取り乱したのか。

 仲間には真実を知っていて欲しい。

 その一心で、この話を始めたのである。


 (悠)

 いや、いいんだよ。

 そう考えるのが普通なんだ。

 ただ、夢かも知れないけど、伝えたかった。

 自分が不安に感じたことを、知っていて欲しかったんだ…。

 皆には嘘をつきたくなかった。

 俺の自己満足なんだ。


 あまり気にしないでくれ。


 長話に付き合ってくれてありがとう。



 悠は仲間達に礼を言う。

 例え、話の内容を理解できなくても、自分の体験を共有はできた。


 この話が、いつか仲間達の役に立津古とがあれば…。


 悠は今、それだけを望んでいた。

 

 そしてこの不思議な出来事については、深く考えず、暫く自分の胸にしまっておこうと決めたのだった。


 (マザー)

 悠さん…。

 私も悠さんのお話を理解するには至りませんでした。

 本当に申し訳ありません。


 マザーがふよふよと漂いながら近づいてきた。

 

 (悠)

 気にしないでくれ。

 俺はただ、皆に俺が感じたことを伝えたかっただけみたいだ。

 話したら何だかスッキリしたよ。


 マザーも聞いてくれてありがとうな。


 (マザー)

 いえ、とんでもありません。


 ただ、思い出したこともあります。 


 これはステラに残る古い言い伝えですが。


 一説に、  


 「ステラの空の下で亡くなった魂は、天に導かれ、祝福を求めて空を目指す」


 と語られています。


 悠さんの体験が事実であれば、正に言い伝えの通りの出来事。


 聞いたという声は、まさに天の導き。

 天は悠さんに、「こちらに来るのはまだ早い」と伝えたかったのかもしれないですね…。


 実は、何だか私も…。

 その声の主の気持ちが分かるんですよ。


 出来ることなら悠さんの。

 いえ、このクラン皆さんの。

 これからの成長を、見守り続けていきたい。

 何だか皆さんは、周りの人達をそんな気持ちにしてくれる魅力があるように思うんです。


 ですから私自身。

 悠さんの話を、理解することは出来ませんでしたが…。

 きっと悠さんは、嘘をついていないと思っています。

 事実や理由は何であれ。

 悠さんは実際に、臨死体験の様なものを経験したのかもしれない。


 何故そんな事が起きたのか…。

 何故声の主は、悠さんにだけ、そんな記憶を残したのか…。


 現時点では、考えようもありません。

 

 ですが…。

 その原因は、これからの旅で分かってくるのかも知れない。

 いえ、皆さんなら。 

 きっとその原因にたどり着く。


 何故かは分かりませんが、私にはそんな気がしてならないのです。



 マザーの言葉には、マザーの強い気持ちがこめられている様だった。

 皆、マザーが自分達に期待を寄せ、これからの成長を楽しみにしてくれている事を理解した。


 部屋の空気は、重苦しいものではなく。 

 自分達のこれからを、前向きに考えていこうという、気合いに満ちた雰囲気にかわっていた。


 (リナ)

 まあ、私たちなら!

 マザーの言う通り、いつか天部に辿り着いて!  天部を乗っ取って、ステラを支配する日が来ちゃうかもしれないわね~!


 なんせ私たち超強いし!

 ここまでもまあ、余裕で勝ち上がってるから!

 この大会が私達の強さを世に知らしめる、いい機会になるかもしれないわ!


 リナはマザーの話を聞いて、よほど気合いが入ったようだ。

 拳をバシバシと打ち鳴らし、戦闘モードに入っている。

 

 (レイナ)

 はい!悠兄さんの話は分かりませんでしたが!

 私ももっと強くなりたい!

 明日こそ勝ちたいです!

 

 (マリエ)

 そうね。

 私たちは、まだまだステラの事を理解しきれていない。

 悠さんの話も、今の私たちには検討もつかないわ。

 わからないことは沢山ある。

 知らなければいけないことも…。


 けれど、今迷っていても始まらない。

 私はこのクランが好きだし。

 何よりも私自身をもっと磨いていきたい。

 その先に、きっと答えがあるような気がする。


 だから…。何よりもまずは明日。

 明日勝たないと話にならない。

 こんな所ではつまづけない。


 明日も皆で全力で戦いましょう。


 きっと私たちに出来ることなんて、今はそれくらいのものなのよ。



 結局、悠の体験した不思議な現象の結論は出なかった。

 けれど話を通して、仲間たちの気持ちを。


 クランの絆を再確認できた。


 悠自身も、この場で答えが出るとは思ってはいなかった。

 ただ、話した結果。

 この場で明日に向けた気合いを高める事が出来たのだ。


 今の悠には、それで十分な気がしていた。


 (マザー)

 何だか、話は違う方向に向いてしまいましたが、結果的には明日の士気を高められました。


 こういうのを、結果オーライと言うのでしょうか?


 マザーは、皆の中心に移動し、ゆっくりと話を始めた。


 (悠)

 まあ、確かにそうなのかもな。

 俺自身も、結局自分に何が起きたかは分からないまんまなんだけど…。

 何だか気持ちはスッキリしたよ。

 まあ、何だ…。

 皆といれば、そのうち色々分かってくんのかなって…。

 皆となら、きっとそこに辿り着けるかもなって。

 そう考えたら、何だか気持ちが軽くなったよ。


 悠は仲間たちの顔を見渡した。

 皆が優しく微笑み、悠を見つめていた。

 この仲間たちならきっと…。

 悠の気持ちは、言葉通り、今はスッキりと晴れ渡っていた。


 (リナ)

 そうよ!

 私たちならきっと何とかなるわ!

 寧ろ何とでもしてやるわよ!


 見てなさい!

 明日の3回戦!

 また大活躍してみせるから!


 リナは相変わらず元気一杯だ。

 いつも自信に満ち溢れて見えるリナは、悠にとっても本当に頼りになる存在になっていた。


 (レイナ)

 はい。

 私も明日は勝ちますよ!

 大活躍間違いなしです!

 どんな相手もかかってこいです!


 レイナも明るく、力強く宣言する。

 始めて会ったときに比べると、随分と逞しくなったもんだ。

 悠は染々と考えていた。

 

 (マリエ)

 可愛い二人が頑張るなら、私が頑張らない理由はないわね。

 私も明日は全力で勝ちきって見せるわ。


 ウチのキャプテンは、何だかお疲れみたいだから、私達3人で勝ち抜いて休ませてあげましょう。


 皮肉混じりに、悠を思いやる姿がそこにはある。

 マリエはいつも周りを見ていて。

 ここぞという場面では、必ずクランを正しい方向に導いてくれる。

 自分なんかよりも、ずっとキャプテンに向いていそうだと、悠はいつも考えている。


 (マザー)

 皆さん、いい感じに気合いが入ってきたみたいですね。

 正直、私も楽しみで仕方ありません。

 試合毎に、新たな可能性を見せてくれる皆さんが、一体これからどこまで成長してくれるのか。

 

 皆さんなら…。

 もしかしたら、本当にいつか天部にまで…。

 そう考えると、ワクワクして堪らないのです。


 まあ、何かと話は長引いてしまいましたが…。

 何よりも、まずは明日!

 明日勝てば準決勝です!

 厳しい戦いになるでしょうが、明日も必ず勝ちましょう!


 (リナ)

 何いってんのよ!

 明日も、明後日も、明明後日も!

 私たちはこれから全部勝つのよ!

 不敗のまま天部に乗り込んで!

 偉そうな天使をぼこぼこにしてやるのよ!


 (レイナ)

 リナちゃん。

 私達は、別に天使に何かされた訳じゃ。


 (リナ)

 何いってんのよ!

 勢いよ!勢い!

 こういうのは、勢いが大事なのよ!

 気付いたら天使も倒してる!

 ステラを我が物にしている!

 それくらいの勢いがあった方がいいの!


 (悠)

 まったく…。

 何を考えてるんだか…。

 まあ、リナらしいと言えば、リナらしいか。


 (マリエ)

 あら?いいじゃない。

 目標は高いに越したことはないわ。

 あの鼻につく帝の、それこそ鼻っ柱をへし折る為には、それ位の勢いは必要よ。

 

 リナちゃん。

 私は乗ったわ。

 私達の最終目標は、天使を倒して世界征服。

 これに決まりね。


 リナとマリエは力強く、お互いの親指を立てて合図を送った。

 その勇ましさに、悠もマザーも苦笑いが止まらなかった。


 (マザー)

 天使を倒すって言うのは…。

 私的には、ちょっと困るんですが。


 まあ、その心意気は買いましょう。

 さて、色々と長くなりましたが、一先ず話し合いはこれくらいにしましょう。


 幸い、明日の試合は夕方です。

 疲労の強いかたもいらっしゃいますし、今日はこれで解散としましょう。

 皆さん、また明日もどうぞよろしくお願いいたします。

 本日は劇的な試合の数々お疲れさまでした。


 マザーがいったん場を閉める。

 各々が思い思いの言葉を交わし、明日に備えて部屋に戻っていった。

 そして、部屋には悠とマザーだけが残された。


 (マザー)

 さて、では私もそろそろ…。


 マザーは、部屋を後にしようとする。


 (悠)

 なあ、マザー。

 ずっと気になっていたんだけどさ…。

  

 立ち去ろうとするマザーを、悠は呼び止めた。


 (マザー) 

 はい?なんですか?

 急に改まって?

 (悠)

 いや、何て言うかさ?

 マザーは、天部から派遣された、俺たちの案内人なんだよな?

 (マザー)

 はい。そうですが…。

 それがなにか?

 (悠)

 いや、単純にさ。

 今、天部は、突然姿を消してしまって。

 誰にもどこにあるか分からないんだろ?

 でも、マザーはいっつもふらふらっと何処かに行くじゃないか?

 前は、クランの登録に天部に戻ったとも言っていたし…。

 なら、今天部が何処にあって、どうなっているかも分かるんだろ?

 どうして何も教えてくれないのかなって思ってさ。

 (マザー)

 …。 

 単純な理由ですよ。

 案内人はクランの活動を支援します。

 けれどそれ以上は、関わりを持てません。

 天部についての話は、固く禁じられています。

 まあ、簡単に言えば、天部の話は誰にも伝えてはいけない。

 そういう「規則」なんですよ。 

 他の皆さんに聞かれた時も、同じように答えました。

 「天部について知りたいのであれば、自分の力で辿り着いて下さい」とね。

 (悠)

 うわ~…。

 リナとマリエさんにそれは逆効果だろ…。

 あの二人なら、どんな手を使っても辿り着こうとするぞ…。

 あっ。だから天部を倒すのか。

 なるほど、納得したわ。


 マザーは、ヒューっと窓の方に向かい飛び立った。

 (マザー) 

 私は…。それも一向に構わないとも思います。

 だから言ったのです。

 「あなたたちなら、いつか辿り着くかもしれない」と…。

 私は期待しているのですよ。

 このステラを…。

 あなた達のような。

 純粋な人間が、どんな風に変えてくれるのかと。


 (悠)

 お?職場不満か?

 上司が聞いてたら大変だな。


 (マザー)

 構いませんよ。その時はその時です。

 …。

 何だか私も皆さんに毒されてきたみたいですね。

 まさかこんな発言をする日がくるなんて…。

 人間、分からないものですね。


 (悠)

 そうだよな。

 何にも分からない。

 だから人生は楽しいのかな?って、

 ちょっとクサイこと言ってみた。


 (マザー)

 聞き流してあげますよ。

 そして、少し同意をしておきます。

 

 さて、私は行きますね…。

 悠さん、ちゃんとゆっくり休んでくださいね。

 お休みなさい。


 (悠)

 おう。おやすみ。

 また明日な。


 (マザー)

 はい。では失礼します。


 マザーは窓からゆっくりと飛び去っていった。


 結局、マザーはどこから来て、どこに帰るのか。


 「自分で辿り着いて下さい」

  

 悠の頭に、マザーの言葉が過った。


 (悠)

 辿り着いてやるさ…。

 そこで再会だ。

 楽しみにしてろよ。 

 変な声の主。


 悠の気持ちは、すっかり切り替わっていた。


 目指すは天部。 

 ステラの頂点。


 そこを目指す以上、明日も負けられない。

 こんな所で躓くクランに。

 天部を目指す資格はない。


 悠は気合いも新たに、明日に備えて眠りについた。




 そして翌日…。

 舞台は闘技場控え室。


 (マザー)

 皆さん、昨日はお疲れ様でした。

 いよいよ大会も3回戦。

 ここまで勝ち上がってきたクランです。

 どんなクランが相手でも、一筋縄ではいかないでしょう。 


 昨日のように気合いを入れるのは勿論。

 どんな相手が来ようと、焦らず、冷静に戦うよう心がけてください。


 皆さんは強いです。

 見ていてワクワクする程に。


 ですが、相手も同様に強いはず。

 油断をすれば、一気に足元をすくわれます。


 心は熱く。頭は冷静に。

 常にこの姿勢を維持できるように、心がけてバトルに挑んでください。


 (リナ)

 まっかせときなさい!

 私たちなら大丈夫よ!


 心は熱く!体も熱く!

 攻撃は厚く!守りも厚く! 

 魂は熱く!頭も熱い!


 もう熱くて逆上せるくらい、気合い入りまくってんだから!!


 リナは気合いが入りすぎているのか、いつもより声がでかい。

 それにマザーの言葉をまるで理解していない。


 結局全部「アツい」じゃねーか…。

 悠は心のなかで、リナをつっこんでいた。 


 (マリエ)

 でも、何だか様子が変よね?

 もうすぐバトルが始まるって言うのに…。

 対戦相手の情報がまるで表示されない。   

 普段なら入場前に、相手クランの名前と資質のランクは知らされていたのに。


 マリエは、口元に手を置いて考え込んでいる。  普段とは違う状況に、用心深い彼女は不信感を抱いている様だ。  


 (レイナ)

 確かにそうですよね。

 対戦相手の情報次第では、戦う順番を変更したりも出来るのに。

 このままじゃ、相手の事は何も分からずに戦うことになります。

 相手も同じ条件ならいいのですが…。   


 万が一こちらだけの運営上のミスなら、要抗議の事態です。

 その時は悠兄さん。

 いつものあれをやっちゃってください。


 レイナに促され、悠は自分に課せられるかもしれない、新たなミッションに心を踊らせていた。  


 (悠)

 フッフッフ。

 レイナもやっと分かってきたか。

 俺の偉大な特技。

 クレーマーモ…。


 ガチャ!


 悠が話終える寸前、控え室のドアが開いた。

 

 (係員)

 ディープインパクトの皆さん!

 試合開始の時間です!

 闘技場に入場してください!

 

 (悠)

 なんだよ!人がせっかくカッコいい発言を…。

 (リナ)

 うっしゃ~!今日もあばれっぞ~!

 (レイナ)

 私も!今日こそ勝ちます!

 もう皆さんの足は引っ張りません!

 (マリエ)

 今日の相手は誰かしら?

 誰が相手でも、華麗に倒して見せるわよ!


 ガチャン。


 仲間たちは気合いを入れ、次々に控え室を出ていった。

 係員に抗議をしようとした悠だけが、一人ポツンと部屋に残されていた…。

  

 (悠)

 ふん。まあ、もう慣れたけどね!

 いつもこういう扱いだから!

 もう辛くは無いもんね! 

 

 …。


 くっそ~!今に見てろよ!

 俺も昨日会得した新必殺技で!

 皆の度肝をどぬいたるからな!


 シ~~~ン………。


 (悠)

 …。

 ……。


 悠の言葉は、誰もいない部屋で虚しく響き渡っていた。

  

 (悠)

 フッ…。フフ…。フッフッフ…。

 アーハッハッハッ!!


 ガチャン!!


 (悠)

 皆待ってよ~!

 オジサンを置いてくなんて酷いよ~!


 孤独に耐えられなかった悠は、退行現象を起こし、泣きながら仲間たちに駆け寄っていった。


 一足先に闘技場入り口まで辿り着いていた3人は、何故か闘技場の中には向かわず。

 入り口付近で立ち止まっていた。 

 

 (悠)

 あ~!やっと追い付いた! 

 なになに!?

 皆待っててくれたの!?

 やっぱりか~!

 なんだかんだ言っても、皆おじちゃんの事好きだもんね! 

 おじちゃん気付いてるよ!

 冷たいのは、愛情の裏返しってね!


 (リナ・レイナ・マリエ)

 ……。 

 

 3人は闘技場の中を見つめたまま、その場から動こうとはしなかった。


 (悠)

 ねえねえ!もう大丈夫だよ!

 おじちゃん追い付いてるよ!

 もう皆で入場できるから、早く入ろうよ!

 おじちゃんも今日は頑張るよ!

 皆に負けないくらい!

 ハッスルしちゃうぞ~!


 悠は皆の前で懐かしのハッスルポーズを決めた。

 しかし、3人は全く意に介さず、闘技場の一点だけを見つめていた。


 (悠)

 ねえねえ!皆みんな~!

 ちゃんと、おじちゃんのこと見てよ~!

 このままじゃ、おじちゃん拗ねちゃうよ!?

 お顔あっぶっぶ~!ってなっちゃうよ!? 

 

 悠は再三アピールするが、誰も見向きもしない。 痺れを切らした悠は、3人の間から前にでて、闘技場の中央に視線を送った。


 (悠)

 もう!おじちゃん知らない!

 皆より先に闘技場入るから!

 悪いのは、おじちゃんの事大事にしない皆だからね!

 おじちゃんのせいじゃないんだからね!


 そうして、悠は闘技場に足を踏み入れた。

 そして、そこで目にした光景は…。   


 ( ? ? )

 お!?やっと出てきたか!

 遅いぞお主ら!

 わたしを待たせるなんていい度胸だな!

 今日はいっちょ、胸を貸してやる!

 死ぬ覚悟で挑んでくるのだぞ!  

 まあ、それでも私が負ける可能性などないのだがな!

 

 ワ~ハッハッハッ!!  


 その人物は一人で闘技場の中央に立ち。

 悠たちに向かい、高笑いをしている。



 (悠)

 な、なんだと!?

 なんであそこにあの人が…!?


 どうしてエリアスさんが、闘技場の相手側に立っているんだよ!!  


 そこに姿を見せたのは、水の帝の右腕。


 名をエリアス・ペール。


 水の大陸随一の使い手にして、その名をステラ中に轟かせし者。


 その秘めたる実力は。 


 帝と同レベルとも吟われる。


 そんな人物が、本来は3回戦の対戦相手のいるべき場所に立っているのだ。


 彼女の様子に、ディープインパクトの面々は、不穏な空気を拭えずにはいられなかった。

 

 波乱の3回戦が、いよいよ幕を開けようとしていた…。

 

 









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