水の章 2回戦 反省会Ⅱ
○ 社会人としての尊厳を
(悠)
あれ?ここは…。
目を覚ました悠は、ゆっくり辺りを見渡した。
(悠)
『あ、ここ知ってる。この天井知ってるわ。』
『あそこの傷が顔みたいで怖いんだよね。』
『慣れるまで時間かかったわ。』
『客商売なんだから、見えるトコには気を使いなさいよね!』
やど…や?いつもの…?
そうだよ…な…。
あれ?どうして俺はここに…?
確か、試合中じゃ…。
それに…。皆揃って…。
一体どうしたんだってんだ?
悠は、ゆっくりと体を起こした。
仲間から心配そうな視線が向けられてくる。
悠は、事態が飲み込めず混乱していた。
さっきまで、謎の声に見せられていた映像。
よく分からない真っ暗な空間。
ピー太郎との試合の決着。
そのどれもが…。
未だに理解できないままであった。
そして、何故自分は宿屋で寝ているのか。
何故仲間たちは、心配そうに此方を見ているのか。
悠の中で、新たな疑問が発生し。
その混乱は、寝起きの頭が考え得る許容量を遥かに越えていた。
(リナ)
皆揃って…どうした…じゃないわよ!!
なにあんた!?
自分に何があったか覚えてないって言うの!?
記憶に御座いませんって言うの!?
人にこんだけ心配させて!!
随分いいご身分じゃない!!
やっぱりあんたサイテーよ!!
そのままずっと寝てなさいよ!!
もう起きなくて結構よ!!
リナが耳元で、大声でわめき散らす。
いつも通りのやりとりだが。
いつもよりも力がこもっていた。
そのあまりの勢いに。
悠は思わず耳を塞ぎ、体を後ろにそらしていた。
(悠)
び、びっくりした~!
こら!リナ!
寝起きの相手にいきなり大声出すなよ!
年のせいか、最近寝起きは軽い動悸があるんだ! そのまま心臓止まったらどうすんだよ!
あと、朝は尿意も強いんだから!
寝起きのオジサンをびっくりさせたら、ホントに危険なんだぞ!
常に張りつめていて危ないんだぞ!
それこそ驚いた拍子に大変な事態が発生して!
社会人としての尊厳を失う危険だってあるんだ!
いいか!
お前若い連中のお漏らしとはな!
それこそ重さが違うんだからな!
そこに存在するリアリティーが違うんだからな!
ダメージの大きさが違うんだからな!
通院の必要性がよぎるんだからな!
深刻な問題なんだからな!
デリケートゾーンなんだからな!
よく覚えとけ!!
悠は、混乱する頭のままで、勢いに任せてリナに言い返した。
しかし、リナの目に涙が浮かんでいることに気づき、すぐに冷静さを取り戻した。
(悠)
え!?リナ!?なに!?
お前…。泣いて…んの?
『マジかよ!?』
『コイツこの程度で泣くようなタマじゃないだろ!?』
『バカオヤジ!死ね!』
『くらいの返しが出来る娘でしょ!?』
『その辺は分かる娘じゃなかった!?』
『オジサンは、その位君を信頼してたんだよ?』
『なのに、何で泣いちゃうの!?』
『オジサンちょっと踏み込み過ぎちゃった!?』
『やり過ぎちゃったかしら!?』
悠は、リナの状態に気づき。
大慌てで弁明を始めた。
(悠)
嘘嘘!嘘だからな!
そんなに怒ってなんかないって!
全然気にしてないって!
俺の膀胱だってさ!
まだそこまで錆び付いてないって!
ちゃんとご主人の命令を待って!
よし!通れ!って言われてから!
はい!出します!
って言ってから発射出来るから大丈夫だよ!
少し待て!って言えば、
永くは持ちません!
って反抗することもあるけど!
基本的には、リナと一緒で素直ないい娘だよ!
だからさ!
俺の社会人としての生活は、まだまだ安心のクオリティを維持してるって!
リナの大声くらいじゃ揺るがないって!
な!?安心したか!?
さっきのは冗談!冗談だよ!
口からでたらめ!
おじちゃん疲れ目!
なんてな!
…。
リナは黙ったまま、手で涙を拭いている。
(悠)
『やべぇ…。寝起きでこの空気は耐えられねぇ』 『とにかく謝り続けるしかないよな…。』
なあ、ごめんって…。
もう泣かないでくれよ…。
なあ、頼むよ…。
この通り!リナさま!許してください!
悠は両手を前で合わせて、頭を下げた。
座ったままごめんなさいポーズをしたのである。
しばらく頭を下げたままであったが、途中顔をゆっくり上げ、ちらりとリナの表情を見てとろうとした。
すると…。
(リナ)
ばっかじゃないの!?
あんたがいい年してお漏らしして、社会的に抹殺されようが、誰が困るって言うのよ!?
寧ろ私にとっては、あんたをからかうネタが出来て、大ラッキーじゃない!!
寧ろ仕事首になって、泣きながら私たちに理由を説明してみなさいよ!!
私は爆笑しながら、死ぬまであんたをからかい続けてやるわよ!!
それに!
バシン!
リナは悠の後頭部を殴り付けた。
(リナ)
あんた途中で膀胱を私の性格に例えたよね!?
ホンット!サイテー!!
デリカシーの欠片もないじゃない!
あんたやっぱり一辺死んで、魂浄化して貰いないよ!!
あんたみたいな奴を、口から生まれたって言うのね!!
リナはいつも通り大声で喚きながら、悠に突っ込みを入れる。
悠はその様子に少し安心したが。
話の途中で涙を拭いている様子に気づき。
やはり自分が、尋常ではない状態にあったことを、感じ取り始めていた。
(悠)
な、なんだよ。
俺が急に大きな声出したから。
びっくりした訳じゃないんだな…。
なら良かった…。けどさ…。
でも…。そしたらどうして?
リナは泣き出したんだよ?
それに…。
なんでこんなに皆も集まってるんだ?
試合は?
グランファーマーズとの試合はどうなったんだ?
悠の発言に、皆の表情が一段と曇っていった。
皆の異様な雰囲気に、悠の緊張が強まる。
…。
それからしばらく部屋は静寂に包まれた。
皆が皆、何から話すべきかを悩んでいる様だった。
(マリエ)
悠さん…。ホントに?
ホントに何も覚えてないの?
始めに口を開いたのはマリエであった。
いつも冷静な彼女だが、その表情に余裕はない。
彼女の様子から、やはり自分に尋常ではない「何か」が起きたことを、悠は悟った。
(悠)
マリエさん…。
ごめん…。ホントに分からないんだ…。
どうして俺は、宿屋で寝てるんだ?
2回戦はどうなったんだ?
俺に何があったんだ?
ごめん…。ホントに全部分からないんだ。
もしよければ、教えて欲しい。
何があったとしても、取り乱さずに聞いているから…。
頼むよ。マリエさん…。
マリエさんなら信用できる。
説明してくれないか?
悠の問い掛けに、マリエは周りの皆を見渡した。
各自がお互いを見つめあい。
ゆっくりと頷いた。
そして…。
(マザー)
分かりました。
ホントに何も覚えていないんですね。
それはそれで心配なんですが…。
でも、レイナさんの話では。
今の悠さんの体には、もう治療が必要な箇所はないとのことですし…。
悠さんがご希望なら、マリエさんからお話しましょう。
マザーがふよふよと近付いてきた。
悠は、何だか。
心配されて顔を覗き込まれている様な、懐かしい感覚を覚えていた。
(悠)
ありがとうマザー。
ホントに何も覚えてないから。
色々教えてくれると助かる。
それと…。レイナが俺の体を何だって?
レイナは大丈夫なのか?
2回戦で倒れて、眠っていただろ?
そんな状態だったのに、
レイナが寝てる俺に何かしてくれたのか?
悠は、レイナの方を見る。
悠の記憶では、レイナは2回戦の途中で疲れ果てて眠っていたはず…。
もう大丈夫なのだろうか…。
(レイナ)
私は…。悠兄さんの試合が終わった後。
少し時間が経ってから、この宿屋で目を覚ましました。
ゆっくり休んだので、体はもう大丈夫です。
心配をさせてしまい、本当に申し訳ありません。
レイナはゆっくりと頭を下げた。
レイナもいつもと変わりはないようだ。
悠は、起きてから始めて、ホッとした気持ちを感じていた。
(レイナ)
悠兄さん。
私も…。私もですが…。
目を覚ました時、
最初は自分に何が起きたのかは分かりませんでしたが…。
体が疲れていたので、ベットで横になっていると。
しばらくしてから、部屋にマリエさんが来てくれました。
マリエさんから、2回戦で魔力が切れた後の説明を受けて、その後に悠兄さんのことを聞いて…。
それで、体調に問題がないのなら、悠兄さんの怪我を、少し見て上げて欲しいと言われました。
直ぐ悠兄さんの部屋に移り…。。
悠兄さんの傷の治療をしました…。
悠兄さんの体には、複数の打撲と爪でつけられた傷がありましたが…。
どれも、気絶する程の外傷では無いように感じました…。
何故悠兄さんが、気を失ったのかは分からない。
そう皆に伝えると…。
皆も余計に不安そうな顔になってしまって…。
だから…。
もしかしたら…。
悠兄さんが、このまま目を覚まさないかもしれないって…。
私の力不足で、治せないだけかもしれないって…。
私も…。怖くて…。怖くて…。
だから…。
良かった…。
悠兄さん…。目を覚ましてくれて…。
ホントに…。良かった…。です…。
レイナも話の途中から、大粒の涙を流していた。
レイナは、両手で顔を覆い、ワンワンと泣き出した。
マリエがレイナの顔を抱きしめ、よしよしと頭を撫でている。
その様子を見て、自分はどれ程皆に迷惑をかけてしまったんだと。
悠は深く反省していた。
(悠)
そうか…。
レイナが俺の治療をしてくれたんだな…。
まだ体も辛かったのに…。
レイナ。ありがとう。
お陰でピー太郎の野郎に引っ掻かれた場所も全然痛くないよ。
傷も残ってないし…。ホントに元通りだ。
やっぱりレイナは凄いな。
こんな治療が出きるなんて凄いよ。
だから安心してくれ。
俺はもう大丈夫だ。
全くもって健康体だよ。
寧ろ戦う前より体が軽い気がするぞ!
悠は腕をまくり、二の腕の筋肉を見せつける様にポーズをとった。
レイナに自分が元気な事を伝えたかったのだ。
しかし悠の二の腕は、華奢な上にダルンダルンであった…。
悠は恥ずかしくなって、結局直ぐに隠すことにした。
(悠)
う、うん。まあ!とにかく!
これも全部レイナのお陰だ!
レイナ、ホントにありがとう。
レイナは安心した様にコクコクと頷いている。
(レイナ)
はい…。良かったです…。
本当に良かった…。
悠兄さんが目を覚まして…。
本当に良かったです…。
レイナは再び、マリエの胸に顔を埋めた。
優しい彼女がどれ程心配していたのか…。
その仕草で全てが理解できた。
(マリエ)
本当に…。あまり心配させないで欲しいわ…。
貴方がいなくなったら。
私がクランで最高齢になるじゃない。
私まだ、気持ちは若いんだから。
あまり大人役を押し付けられても困るのよ。
そう話すマリエの表情も、安心した様子に変わっていた。
悠のこれまでのやり取りを見て、一応仲間たちに安堵した空気が流れ始めていた。
(悠)
ああ、良かった…。
やっと皆。元の雰囲気に戻ってくれたな…。
まあ、俺が不安の張本人なんだが…。
やっぱり俺は皆の…。
何て言うか、いつものこのクランの雰囲気が好きだな。
悠は照れ臭そうに頭を掻きながら話した。
(マリエ)
全くよ。張本人が何を言っているのかしら。
レイナちゃんなんて、泣きっぱなしで大変だったんだから…。
マリエはレイナの頭を優しく撫で続けている。
レイナもマリエの胸に顔を埋めたままだが、少し落ち着きを取り戻してきたようだ。
(悠)
本当に、皆には迷惑をかけたみたいだな。
申し訳ない…。キャプテン失格だな…。
悠は、再び頭を下げる。
ここまでの話で、皆が有り難いほど、心配してくれていたことを、十分理解していた。
たが…。
(悠)
でさ…。結局俺に何があったんだ?
皆が心配してくれたのは、分かるんだが…。
結局何が原因かは、実はよく分からないんだよね~。
悠の様子を見て、マリエはクスクスと笑っていた。
(マリエ)
ああ、そうだった。
結局私たちの感情をぶつけただけで、伝えるべき事を何も話してなかったわね。
まあ、十分反省いただいたことだし。
少し話をしましょうか。
貴方が闘技場で起こした…。
数々の…。
衝撃の話…。
その全てを…。
マリエの表情が一瞬で真剣なそれに変わる。
悠はその表情を見て。
自分の身に起きた出来事は…。
実は、自分の想像を…。
遥かに越えた物なのかもしれないと。
この時、始めて理解したのであった…。




