水の章 クランバトル編 二回戦 悠編Ⅶ
○ 矛と盾
(実況)
きた~!
一回戦から、対戦相手を確実に仕留めてきた! ピー太郎選手のフィニッシュブロー!
その名も、「熊さんの蜂蜜落とし」!
愛くるしい仕草から放たれる驚異の一撃!
亡き母に捧げる、渾身の必殺技だ~!
蜂蜜を採るために、自然と身に付いたという驚異のジャンプ力!
高所から全体重をかけて放たれる!
防御など不可能な最強の一撃!
これは、善戦をしていた吉田悠選手!
流石に塵一つ残らず消し飛んだか~!
(観客)
ウオ~!やっぱりスッゲェぞ~!
ピーさ~ん!あんたの戦いは最高だ~!
キャ~!ピーさ~ん!ステキ~!
蜂蜜あげちゃ~う!
ピーさん!ピーさん!ピーさん!ピーさん!
会場は、ピー太郎の迫力の一撃に大興奮だ。
ピー太郎の勝利を確信し、会場全体が彼を讃えていた。
(リナ)
悠兄…。嘘でしょ…。
いくらなんでも、そんな…。
塵一つすら残らないなんて…。
リナは余りの光景に、肩を落とし。
膝をついて涙を見せていた。
(マリエ)
リナちゃん。
彼はよく戦ったわ…。
始めから分かっていた事だけど…。
やっぱりあんな巨大な生き物に…。
人間が戦いを挑むなんて無茶なのよ…。
悠さんは、身をもってそれを証明したの。
私たちは、彼の死を無駄にしないように…。
この大会から身を引きましょう?
マリエは、リナの肩に手を置き、落ち着かせるように語りかけた。
(リナ)
うん…。そうだね。
あの人…。
最後までバカな事ばっかりしてたけど…。
最後の最後で、私たちに戦いの厳しさを教えてくれたんだ…。
今思うと…。
悠兄って、そういう人だったよね?
いつまでも泣いていられないや。
ありがとう…。悠兄…。
色々楽しかったよ。
さようなら…。
二人は闘技場に背を向け、控え室に戻ろうとする。そこに、マザーがふよふよと近付く。
(マザー)
あの~…。
すいません。二人とも…。
この流れはいつまで続きますか?
悠さん…。元気そうですよ?
あそこでピーさんに。
滅茶苦茶文句言ってますよ?
『なんかこの二人…。
ノリが悠さんに似てきたな』
マザーが二人に闘技場を見るように促す。
その時…。
闘技場では…。
(悠)
あっぶね~!
ホントにギリっギリじゃね~か!
つ~かこれ!
まともに当たったら死ぬだろ!?
アスファルトの闘技場がバキバキに割れちまってるぞ!?
おい!ピー太郎!
ちょっと待て!
お前はバカなのか!?
相手は殺しちゃダメなの!
気絶するくらいで限界なの!
個人的には、軽傷で済むくらいで頼みたいの!
こんなの喰らったら、頭と地面がくっついちまうだろうが!
お前の母さんは、スゴい精霊なのに!
手加減ってもんは教えてくれなかったのかよ!
俺はピー太郎を指差し、猛烈に抗議する。
しかし、ピー太郎は…。
(ピー太郎)
オレ、ソノウタシッテル。
オナカガヘルト、オナカトセナカ、クッツイチャウ…。
ソンナコト、アリエナイ。
オレ、ナツカシクテタノシイ。
オフッ!オフフフフフ!
ピー太郎は、俺の話から、懐かしい童謡を連想したようだ。
実に楽しそうに笑っている。
(悠)
なに笑てんだ!
俺は何も楽しくね~ぞ!
一人で勝手に笑ってんじゃね~!
俺はお前の攻撃はやりすぎだって怒ってんだよ!
亡き母に捧げる一撃とか言ってたけど!
お前の母ちゃんに、俺の命をささげても、絶対喜ばね~ぞ!
もし無事に捧げられて!
お前の母ちゃんに天国で会ってもな!
「あ、どうも。はじめまして。吉田です。」
「あ、もしかしてピー太郎のお知り合い!?」
「あ、そうでしたか。」
「お世話になっております」
「私!?」
「あ、犠牲者です。ピー太郎さんの攻撃の」
「なんか、母に捧げる一撃だ~とか言って…。」
「ええ。地面にめり込みまして…。」
「お顔と地面がくっついちゃって…。」
「ホントに酷い目に合いましたよ…。」
「え!?あ、お母さま何ですか!?」
「え!?ホントに!?ピー太郎さんの?」
「いえいえ!そんなそんな!」
「お母さまは、何も悪くないですから!」
「いえ!ホントに!大丈夫ですから!」
「ね!?お顔を上げてください!」
「はい。はい。ご丁寧にありがとうございます」
「はい。いいえ~。はい。大丈夫です。」
「はい。ええ…。はい。」
「…。」
「ピー太郎さんは、お父さん似ですかね?」
「あ、どっちかというと、お母さま似?」
「あ、言われてみれば確かに~。」
「鼻のラインが似てますよね~。」
「…。」
「…。」
って、ほら見ろ!
俺この年齢にもなって、人見知りだからな!
これ以上会話なんて、絶対続かね~ぞ!
今考えただけで、重い空気に失神しそうだよ!
お前の母ちゃんが、いかに立派な精霊でも!
俺が相手じゃどうしようもないぞ!
絶対に滅茶苦茶空気悪くなっかんな!
きっとハナコだって!
「おいおい。何だよこいつ」
「ピー太郎の奴」
「よりにもよって、何でこんな奴を送って来たんだよ…。」
「いい年して、なんか挙動不審だし。」
「来てそうそう超空気悪くなったよ…。」
「ホントに余計なもん送って寄越すなよ。」
「これからコイツとなに話せばいいんだよ…。」
「こいつと、いつまで一緒にいんだよ。」
「マジ勘弁してくれよ。」
「鼻なんて似てね~よ。」
「人間と熊だぞ?」
「こいつ頭おかしいんじゃね~の?」
…。
ほら見ろや~!
ハナコだって困ってんじゃね~か!
それにな~!
俺は行きたくてハナコのトコに行くわけじゃないんだぞ!
ピー太郎が、俺の魂を捧げちゃうから!
無理矢理ハナコのトコに連れていかれちゃうだけなんだぞ!?
それなのに…。
何で連れて行かれた方が、気まずい思いをせねばならんのだ!?
何故連れて行かれた人間に、責任を押し付けるんだ!?
人が足りないから!
数会わせで参加してくれって言うから行ったのに!
あの人気持ち悪~い。
マジ冷めるわ~。
とか、聞こえる様に言わないでくれ!
俺は頼まれてここにいるんだ!
自分で望んで、ここに来た訳じゃね~んだよ!
そんな奴を傷つけないでくれ!
俺のハートはそんなに強くないんだよ!
プレパラート位の強度しかないんだよ!
ハアハアハアハア…。
ヤベエ…。
途中から気持ちが高ぶりすぎて、プライベートの生き恥を晒してしまった…。
また、やっちまったよ…。
もう嫌だ…。この性格…。
まあ、今はいいや…。
嫌なことは、後で考えるよ…。
とにかく!
俺だからギリギリ避けれたけれど!
あれはダメだろ!
生身ならホントに死んじゃうよ!
あれは今後禁じます!
蜂蜜は森でとりなさい!
分かった!?
俺はある程度感情をぶつけたため、少し冷静さを取り戻していた。
ピー太郎の、熊さんの蜂蜜落とし…。
リナの声と、マークIIとの戦いの経験がなければ
まともに喰らっていたかもしれない…。
マークIIの時と同じように。
攻撃を上手く受け流す形で、心具を咄嗟に扱うことができた。
「実戦に勝る経験はない」
今回は、ギリギリの命のやりとりの中で。
身をもって体験することとなった。
これもまた、今後に経験として、活かす必要がありそうだ。
(実況)
な、なんと~!?吉田選手!
ピーさんの、蜂蜜落としを喰らいながらも、平然と立っております!
これは始めての出来事だ~!
魅力的なメンバーが多い!
クラン・ディープインパクト!
その中でもかなり地味な存在の彼だが!
実はかなりの実力者なのか~!?
これはこの試合!
ピーさんの魅力以外の部分!
熱い試合展開の方も、面白くなってきたぞ~!
(観客)
ざわざわざわざわ。
え?なにアイツ強いの?
あんなに恥ずかしい格好しておいて?
え?アイツ戦えるの?
あんな格好なのに?
ざわざわざわざわ。
観客も、俺の活躍が意外なのか。
予想外の戦況に、ざわつき始めていた。
うん。若干衣装の話が出ているのは、気にしないでおこう。
(リナ)
な~んだ。思ったより元気そうじゃない。
泣きの演技まで入れて損したわ。
(マリエ)
ホントにね…。
どっか、怪我くらいはしたかと思ったけど…。
やっぱり流石というべきかしら?
あの威力の攻撃を、咄嗟の判断で受け流して見せるなんて…。
悠さんもどんどん。
自分の力を、使いこなせる様になっているのね。
(マザー)
はい。皆さんの日々の進化には、ホントに目を見張るものがあります。
他の方に埋もれがちですが…。
悠さんだって、相当な実力者だ。
あのレベルの攻撃…。
防げたって、何の驚きもない。
けれど…。
《大会主賓室にて》
(エリアス)
ある意味この戦いは…。
心具として、完全に相反する力を手にした相手どうしの。
優劣の決定の場と言ってもいいかもしれんの…。
果たして実際に…。
どちらの力が優れているものか…。
(アイシス)
一方は、全てをなぎ払い。
全てを叩き潰す。
謂わば、「最強の矛」
もう一方は、全てを受け流し。
全てを弾き返す。
謂わば、最強の「盾」
もし、お互いがそう自負していたとしたら…。
果たして、ホントに優れているのは。
一体どちらの「最強」なのかしらね?
(エリアス)
勝つために「倒す力」と勝つために「守る力」
同レベルで放たれた時…。
果たして、どちらに軍配があがるのか…。
古い話の矛盾にも通ずる…。
個人的にも、決着に対する楽しみが増えてきたのぉ。
果たして勝つのは、どちらの最強か…。
結果が待ち遠しいわ…。
(悠)
分かったか!?
とにかく、母に捧げる感動の一撃はなしだ!
亡くなった親に変な気を使わせるな!
熊さんでも、それは分かるだろ!?
空気を読んであげなさい!
(ピー太郎)
オマエがイイタイコト。
オレニモワカル。
ダガ、アノコウゲキハヤメナイ。
アレハ、オレノトクイワザ。
(悠)
何でだよ!
死んだ母ちゃんにゆっくり休んで貰いたいとは思わないのか!?
気まずい空気の中で、ゆっくり寝れる奴なんていないんだぞ!?
母ちゃん、ストレスで胃を悪くしちゃうぞ!?
いいのか!?
天国で旨い肉が喰えないのは、お前のせいかもしれないんだぞ!?
(ピー太郎)
ダイジョウブ。サイキンモニクタベテルシ。
ソレニ、カアチャンイキテルモン。
オマエ、テンゴクイッテモモンダイナイ。
(会場)
…。
……。
………。
な………。
なんだって~~~~~!?!?!?!?
母ちゃん生きてるって!?
え!?毛皮は!?
どういう話なんだよ~!?
まさかの発言に、会場中が騒然となった。
ピー太郎の発言の真意は、一体どこにあるのか。
俺は混乱する頭の中で。
必死に答えを探していた…。