クランバトル 二回戦 悠編Ⅳ
○ピー太郎の秘密Ⅲ
(畑)
ピー太郎。
そしてオラ達の森の守護精霊。
「ハナコ」について話すには、オラ達の村のここ30年の歴史を話さねばならね。
ちょっと長くなっかもやけど。
まあ、楽にして聞いてくんろ。
そう話すと、畑さんは自分達の応援席に設置された椅子に腰を下ろした。
その姿に呼応するように、俺も舞台上で息をはき、話に聞き入るため、姿勢を整えた。
畑さんは俺の様子を確認し、それからゆっくりと話を始めた。
(畑)
したら…。
話をさせて貰うかな…。
時間を貰って悪いけど。
ピー太郎と戦う兄ちゃんには、知っておく権利があるように思うしな~。
そう言ってこちらを見る畑さんに対し。
俺は無言でフムフムと頷いた。
そして、話を進めるように。
手を畑さんに向けて差し出し、会話を促した。
(畑)
ホントにあんがとうな~。
では…。
ごほん!
あ~…。
話は今から30年ほど前…。
オラ達はまだ子っこだった頃にまで遡るんだ。
その頃の村は、沢山の自然に囲まれ。
それはそれは美しい村だったんよ…。
村の周りは一面の森。
知らない人が入り込んだら、そりゃもう絶対に迷っちまう位に深く。
そして…。何よりも豊かな森だ。
村の周りには、畑と森しかね~。
旅人が来ても、な~んにもやる事もね~。
だから、村人以外に近付く奴なんて、ほとんど居なかった。
み~んな知り合いで、皆家族みたいなもんさ。
そんな環境は、今の若い人には。
想像も出来んのかもね~。
村の主要産業はもちろん農業。
それか鵜骨のトコみてーに、酪農。
これだけは今と変わらんやね。
昔から変わってないのは、村が貧乏な事だけ。
ホントに皮肉な話だね~。
畑さんは俯き、悲しそうな顔をしていた。
話を聞いていたグランファーマーズの面々も、俯いたまま頷いている。
この人達の村で一体何があったのか。
俺の興味はどんどん大きくなっていった。
(畑)
ええと…。
まあ、それでな~。
昔っから、村人の数も少なく。
さっきも言ったけど。
とにかく、貧乏で技術も何にもない村やったからさ。
オラ達村の住人は、正直今でも恥ずかしい位。
ホントに貧しい生活を強いられていたんだ。
まあ、村の建物はボロボロやし。
畑も全部人の手やから。
量もそれほど作れんかったのよ。
村人はほとんど自給自足に近い形で。
毎年、皆で出来た食べ物さ分け合って。
余った分を、近くの町に売り歩く。
それでホントに小さな利益を作り出し。
何とか一年間を乗り越える。
そんな生活を何世代にも渡り。
ただただ、繰り返してきた村だったんよ。
都会の人から見たら、何が楽しくて生活してんだって笑われっかもしれんね~。
アハハハハ~。
そう言って畑さんは、頭を掻きながら恥ずかしそうに笑っている。
しかし、恥ずかしいと言う言葉とは裏腹に。
故郷の話をする畑さんの表情は、どこか優しげで、彼の村への愛情が伝わってくる様だ。
彼にとって、生まれ育った村がどれ程大切なのか。
その表情を見ていれば、一目瞭然であった。
(悠)
『あ~。いいな~。うん。やっぱりいい。』
『やっぱりいいな。この人達は。』
『他人には決して左右されない。』
『自分にとって大切な場所を、きちんと持っているんだ。』
『人に何と言われようと。どう思われようと。』
『この人達は、自分の故郷を愛し。』
『何よりも誇りに思っている。』
『貧乏であろうと。周りに笑われようと。』
『自分にとっては、大切なんだと。』
『この人達は、心からそう考えている。』
『周りの評判や、他人の目ばかりを気にしている自分が恥ずかしくなる。』
『俺もこんな大人になりたいな。』
『何にも変えられない。自分にとって大事な物』
『俺も胸を張ってそう言える物が、いつか出来るといいな~…。』
『…。』
『まあ、今もこんな恥ずかしい大スターの格好で!』
『大観衆の前に立たされてる事は気にしてるけど!』『恥ずかしさに震えてるけど!』
『これは、あの光った玉のセンスだから!』
『恥ずかしがっても罪はないよね!』
そう考えながら、俺はマザーに対して睨みをきかせた。
(リナ)
あり?悠兄なんかこっち睨んでるよ?
(マザー)
ホントですね?
今の話のなかで、何か気に入らない事でもあったのでしょうか?
(マリエ)
何かしらね?
畑さんの故郷への気持ちは、スゴく素敵だと思うけど…。
我がクランの面々と話す、当の本人は。
何故睨まれているのか理解出来ないらしい。
(悠)
『あのやろ~…。』
『今に見てろよ!』
『俺が本当の大スターになった暁には!』
『お前に同じ衣装を着せて、メインのバックダンサーとして大衆の前に晒してやる!』
『この格好で、どれ程の羞恥心に晒されるのか!』『その身を持って知るがいい!』
『アディオス!謎のピカッとボール!』
『一生消えない羞恥心を抱いて眠るがいい!』
俺は頭の中で、マザーへの復讐をやり遂げ、若干満足して拳を握りしめた。
そんな俺の様子を不思議そうに見つめながら、畑さんは話を再開する。
(畑)
ええ~と…。
まあ、本当に貧乏で何もない村なんさ。
けんどな。
けんど、そんな風に経済的には恵まれてはいなくても。
オラ達村の人間は、村の豊かな自然を愛し。
そして何より、今まで自分達のご先祖が守ってきてくれた。
豊かな森と、村の生活を愛していたんだ。
そして…。
その豊かな森がもたらしてくれる。
動物達の肉や毛皮。
清らかな水。多種に渡る植物。
そのすべての恩恵に。
皆が心から感謝をしていた。
貧乏暇なしと言うけれど…。
農業やって、水汲みやって、狩りやって…。
大人も子供も一日中働いてよ~。
ホントに毎日生きるのに精一杯さ!
体も年々キツくなるし。
ホントにこれからオラ達の村さ。
どうなってしまうんやろな~。
……。
まあ、今兄ちゃんに愚痴を言っても仕方ないか。
そんでな、話は最初に話した森の精霊。
「ハナコ」に繋がるんやけど。
村の人達は、村にそんな大自然の恵みを与えてくれ。
自然の中でも安全に生活を送らせてくれている。
森と村の守護精霊。
「ハナコ」への感謝の気持ちを。
何代にも渡り、ずっと持ち続けていた…。
まあ、カッコつけて言うとな~。
経済的な貧しさよりも、心の豊かさを大切にしている村やったって事やね~。
だから大人も子供も。
誰一人として、貧乏な事について文句は言わなかったよ~。
ただ、日々の恵みに感謝し。
炎の精霊様。
そして身近な精霊である。
ハナコに感謝の気持ちを示す。
毎日朝と夜は、必ず村の四方にある、ハナコを祭った祭壇に誰かが手を合わせていたもんだよ。
ハナコ様、ありがとうございます。
日々の恵み。
一日の暮らしに感謝します。
って具合にな~。
そう言いながら、畑さんは両手を合わせて頭を下げている。
信仰の対象に対する敬意の表現は、この世界においても変わりはないらしい…。
一つ勉強になったと、俺は感じていた。
(畑)
まあ、今思うと…。
オラ達にはそれだけで十分やったはずやね。
そんな生活でも、十分幸せやったはずなんさ…。
毎日一生懸命生きて。
恵みをもたらす精霊様に感謝して。
皆で協力して日々を生き抜いていく。
昔はそれが当たり前で。
それで十分なはずやったのに…。
それだけで、十分幸せなはずやのに…。
十分恵まれていたはずなのに…。
なしてあの頃は、そんな単純な事に。
誰も気が付かなかったんやろな。
目先の豊かさに目が眩んだんかな。
自分達も富を得たいと。
身に余る欲に、手を出したんやろな…。
ホントに…。ホントに唯々。
バカな村の。力のない人間の。
愚かで情けない話しさ。
畑さんは話をしながら、悔しそうに拳を握りしめた。
察するに…。
どうやら、今の話が。
この話題の核心であるのだろう。
豊かな自然に恵まれた村。
村人はその自然と。
そして、恩恵をもたらす精霊。
「ハナコ」に感謝し、日々の生活を送っていた。
しかし、そんな村で「何か」が起こった。
そして今では…。
その恩恵が失われた?
ここはまだ確証がもてないな。
理由も分からないしな。
まあ、とにかく。
畑さん達は、村の現象を嘆き。
村を以前の様な状態に改善させようと。
この大会に参加しているんだろう…。
そして、その村で起きた「何か」が。
畑さんの村の現状と…。
あそこで俺を喰わせろと叫んでいる猛獣が、「人間」であると言う根拠に繋がるって訳か…。
う~ん。
少しだけ話が見えてきた様な気がするな。
畑さんは今。大好きな村の為に頑張ってるんだ。
応援してあげたいよな~。
でも…。
(ピー太郎)
グアアアア~!!!
いつまで待たせる!!!
腹が減った~!!!
早くそいつを喰わせろ~!!!
それは飯だ!俺の飯だ!誰にも渡さんぞ!
ガシャアン!ガシャアン!
ピー太郎は、檻を掴み破壊しようと揺さぶっている。
そして何故だか、対戦相手の俺に。
異様な執着を見せはじめている。
(悠)
い~や、ダメだ!!
どんなに大変な状況でも!
やっぱり協力は出来ません!
どうやってもアレと戦うのは無理だよ!!
話は見えてきたけど!!
まだ、納得する訳にはいかない!!
だってやっぱりこの話には!
俺の命かかってるもん!
アイツ本当に俺食べる気だもん!
そんな人間、俺が知ってる世の中には存在しないもん!
アレは獣!モンスターなの!
人を食べ物と認識する人間はいません!
この結論だけは譲ってはいけない!
話を聞いた上で、絶対にこの結論に持っていく!
じゃないと確実に!
俺は明日の朝、アイツのお尻から排出される事になる!
そんなの絶対嫌だ~!!
やり残した事が沢山あるの~!
まだ三十路なの~!
後50年位は期待してたの~!
まだまだ心は子供だし!
全然大人になりきれてないし!
これからやっと、それなりに自分の人生が始まるはずなのよ~!
家や車だって欲しいんだよ~!
よし!決めた!
やっぱり最悪の場合は…。
伝家の宝刀クレーマーを…。
俺は畑さんの話に聞き入りながら。
自分が生き残る道を、必死にさがし続けていた。
目の前でコロコロと表情を変える俺を見て。
畑さんは不思議そうな表情を浮かべている。
(畑)
ちょっ。兄ちゃん?
あんた大丈夫~?
なんかさっきから、顔色が何回も変わってるだよ?
流石に畑さんも心配になって来たらしい。
あらやだ。ホントにやさしい人だよね。
(悠)
いえ、大丈夫です!
俺にはまだ、奥の手がありますから!
まだ抜いていない。
宝刀がありますから~!
だから……。
だからどうぞ…。
話を続けて下さい…。
俺は涙目になりながら、両手を地面につき。
畑さんに何とか返事をした。
実はこの時。
薄々気づき始めていたのだ…。
恐らく、俺は畑さんの話を聞いた後に。
納得をしないという選択肢を、選ぶことは出来ないのだろうと…。
だってこの人のいいオジサン。
これからきっと、スゴい大変な話すると思うんだもん。それが分かるんだもん。
村の将来とか。
ピー太郎の正体とか。
きっとかなり複雑な事情があるんだもん。
もう分かっちゃったよ。
この人、本当にいい人だから。
きっと村を昔みたいに戻したいんでしょ?
ピー太郎も、それに関わるんでしょ?
だから、大会に勝たなきゃならないんでしょ?
全部分かっちゃったよ!
そういう話、沢山見たもん!
テレビとか、漫画とか映画とかさ!
そういう人、いっぱい見たことあるもん!
どうせ背負ってるんでしょ!?
このオジサンさ!!
村の期待を背負ってるんでしょ!?
人が良いだけが取り柄だけど、村の為になら頑張るんでしょ!?
後ろの皆も!ピー太郎もそうなんでしょ!?
僕知ってるよ!
そういう美談は沢山知ってるよ!
そういうの聞いてさ!
俺もいつか、そんな男になりたいって思ったことあるもん!
多くを語らず、平然と影で人の役に立つ!
憧れるよね!男のロマンだよね!
だからさ…。
聞いたらもう!
逃げられないんでしょ!?
会場もしんみりしてさ!
頑張れって応援するんだよね!
その話を聞いて!そんな空気の中でさ!
やっぱり認めませんってさ!
言えないよね!
言えないよ!
言える人さ!
ちょっと手ぇ挙げてみてよ!
今挙げてる人!スゴいね!
オジサンには無理だな~!
結局俺にもさ!プライドがあるんだよね!
カッコいい姿を!
周りに見て欲しいんだよね!
だから、きっとこの後の話はさ…。
スゴく素敵な話だからさ…。
聞いたら終わりなんだよね!
もう引けないよね!
運命のカウントダウンだよね!
明日の朝、俺はきっとピー太郎のお尻から出てきてさ!
きっと葉っぱか何かで拭かれるのかな!?
紙はきっと使わないよね!?
あんな野性味溢れちゃってるしさ!
きっと豪快に拭き取る事だろうね!
それでポイってされてさ!
土に返るのかな!?
村の豊かな自然の、一部に成れるかな!?
それとも意外にも水洗トイレでさ!
浄水場で綺麗な水になるのかな!?
そしたらさ!
海に返るのかな!?
大きな海の一部にさ!
俺はなれちゃうのかな!?
…。
……。
………。
嫌~~~~~~!!!!
絶対聞きたくない~!!!
聞いた後に、
「仕方ない。そういう事情なら。戦ってきっちり決着をつけてやるよ!」
とかカッコつけて言うもん!!
分かるよ!
俺絶対言うよ!!
かけてもいいよ!!
だってそういう流れになるの分かるもん!!
その流れには、絶対逆らえないもん!
そんな度胸は俺にはないもん!!
もう嫌だ~!!
カッコつけて話し聞くなんて言うんじゃなかった~!
あぐらかいて、どうぞ的な顔なんてするんじゃなかった~!!
誰かあの頃に戻して~!!
あの頃の俺をぼこぼこにして、十字架に張り付けて海に投げて~!
誰か助けて~!
お母さ~ん!!!!
俺は両手で顔を隠し、舞台の上をごろごろと転がり、悶えていた。
(リナ)
ねえ。さっきから、あのオジサンは一人で何をしてるの?バカなの?
(マザー)
分かりません。
ですが大抵の場合。彼はバカですよね?
(マリエ)
そうね。確かにバカね。
バカだから仕方ないのね。
(リナ・マザー・マリエ)
まあ、仕方ないね。
バカだからね。
俺の仲間は、人の命の危機をバカだからで片付けたようだ。
アイツら、いつか絶対同じ衣装で大観衆の前に立たせてやる!
例え土や海に返っても、夜な夜な枕元でスターの代表曲をメドレーで歌ってやる!
俺の復讐の対象が、3人に増えた瞬間であった。
(畑)
ちょっ!ちょっと兄ちゃん!
ホントに大丈夫かい!?
話が長すぎて、どっかおかしくなったんかい?
すまんね!
年を取ると、どうしても話しさ長くなってな!
もうすぐ終わるから!
もうちょっとだけ我慢してくれんかえ!?
畑さんは俺の様子を心配し、優しく声をかけてくれる。
ウチの連中とはえらい違いだ。
彼の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい位だ。
だけど、畑さんも畑さんだ。
貴方の話がもうすぐ終わると言うことは、俺の命ももうすぐ終わると言うことだ!
自分の言葉をわきまえて貰いたいものだね!
自然と俺は畑さんを睨んでいた。
(畑)
に、兄ちゃん。本当に大丈夫かい?
やっぱり無理だって言うなら。
オラ達棄権してもええんだよ。
村の事はオラ達の責任だし。
ピー太郎を上手く抑えられないのも、オラ達の責任だ。
だから、兄ちゃんが嫌だって言うなら…。
オラ達は村に…。
バッ!!
俺は手のひらを畑さんに差し出し、話を遮った。
(悠)
畑さん。何を言ってるんですか?
僕は彼と戦いたくない何て言っていません。
ただ、ピー太郎と戦う。
それに辺り、彼が戦う理由が知りたいだけです。
彼がどうして、あんな姿になってしまったのか。
対戦相手として、知っておきたいのです。
取り乱してしまい、すいません。
ちょっと色々考えていたものですから。
もう大丈夫です。
さあ、話を続けて下さい。
自分にできる限り、最高に爽やかな表情を浮かべながら、俺は畑さんに話を促す。
そして、心の中でこう呟いた。
『うん。やっぱり皆が正しいみたい。』
『僕ちゃん、やっぱりバカみたいで~す。』
これから伝えられる話の結論は。
自分の人生のフィナーレに続いている。
俺はそれに気付きながら、精一杯の明るさを保っているのであった…。