水の章 クランバトル編 二回戦 悠編Ⅱ
○ 熊なのかヒトなのか
(悠)
何でいっつもいっつも!
俺だけ~!
人外なんでしょうか~!
なんでしょうか~。
なんでしょうか。
なんでしょうか…。
なんで…か…。
か…。
俺の心の叫びは、山彦となり。
会場に響いた。
その叫びに気付いたからか。
会場は暫くの間、歓声が止み。
異様なざわつきに包まれた。
(観客)
ざわざわ…。
びっくりした~。
なんだよアイツ?
いきなり大声だしやがって…。
人外?何どういうこと?
人外って?
ピーさんが人じゃないってこと?
は!?んな訳ねーだろ!
え?何いってんの?
あんなに可愛いのに?
どう見ても人間じゃん。
ちょっと大きくて、ちょっと強いけど…。
あ~。あの人ピーさんのこと知らないのよ。
1回戦であんなに盛り上げたのに。
全く知らないんだわ。
だからあんなこと言えるのよ。
恥ずかしい人ね~。
うわっ。恥ずかしい~。
ピーさんも知らないんだ~。
会場のざわつきが聞こえてくる。
どうやら、身長が2㍍半以上ある、熊の毛皮を纏ったあの生き物は。
観客に人間として認識されているようだ。
そして、そんな化け物を人間として見れない俺は。
観客の皆さんに嘲笑されているらしい。
いやいや、有り得ないだろ!?
研究者特製の檻を、腕力で壊せる人間が何処にいるんだよ!?
見た目も人間の限界越えてるじゃん!
何か爪とか超鋭いし!
なんかさっきから、息づかいも「コフーコフー」言ってるし!
さっき人間喰わせろ言うてたし!
どう考えてもおかしいです!
普通に考えてアレは人ではありません!
恐らく熊そのものです!
熊「野」ピーさんではなくて。
熊「の」ピーさんです。
どっちも名前としては、ギリギリだけどね!
ネズミーさんが「ハハハッ」て言いながら、使用料請求しそうだけどね!
まあ、今はそれはいいけどさ。
残念ながら、生き物としては完全に熊だろ。
あれはさ。
という訳で…。
はい!この試合はおしまい!
私は野性動物とは。
まして、日本で一番怖い野獣とは戦いません!
解散!皆さんお家に帰りましょう!
俺は頭の中で、この試合の決着を宣言した。
当然だ。人間社会で熊が居ていいのは、動物園の檻の中と相場が決まっている。
ピーさんは、きっと何処かの動物園に郵送される途中に、間違ってこの会場に運ばれたのだろう。
いきなり沢山の人の前に連れ出され、彼もさぞや驚いた事だろう。
さあ、悪い冗談はお仕舞いだ。
雄熊よ。園に帰れ。
俺は、戦いを止め、クランの皆の所に戻ろうと、振り返ろうとした。
その時、グランファーマーズの畑さんが、こちらに向かい手を降っていることに気付いた。
(畑)
いやいや兄ちゃん!
驚かせてすまんさね~!
ピー太郎のでっけぇ体に、たまげたかもしれんけど~!
ピー太郎は、間違いなく!
おら達の村の仲間なんさ~!
だから、気にせず思いっきり戦ってくんろ~!
見た目通り頑丈だから~!
本気で叩きのめしても大丈夫やからさ~!
畑さんは、俺にきちんと聞こえるように。
手を口の前に持ってきて、大声で叫んでいた。
その表情は穏やかで。
俺が考えているであろう、心配事を優しく諭すような雰囲気に溢れていた。
そんな畑さんの表情を見て、俺も少し落ち着きを取り戻し始めた。
そして、頭の中では、こう考え始めていた。
(悠)
『これと戦えって?』
『あのオッサン。頭おかしいんじゃね~か?』
当然だろう。普通に考えて欲しい。
目の前で暴れている巨大な熊に対し。
「あ、大丈夫大丈夫。」
「ちょっとデカイけど、それ人だから。」
「俺たちの村の仲間だから。」
「戦っても全然大丈夫だから」
「安心して戦ってね」
・・・・・。
何を安心しろと?
何が大丈夫だと?
何がどうなって仲間だと?
あ!?ちょっと待てよ!?
畑さんが言いたいのはもしかして…。
そうか。なるほどな…。
そうゆうことか…。
やっぱり、畑さんはいい人だな~。
人として尊敬するよ。
俺は空を見上げる。
俺は畑さんの言葉の意味を理解したのだ。
そうだよね。確かに仲間だよね。
同じ世界に生きる生物同士なんだから。
そりゃあ、皆仲間だよ。
人間も含め、他の動物も含めて。
初めて世界は成り立っているんだから。
大きな。そうこの空の上から見下ろせば。
皆地上を歩く仲間である事に変わりはない。
人種や信仰。生物学的な分類。
そんなものは本来関係ないんだ。
皆同じだ。等しく命を与えられ。
与えられた命の中で、次の命を残していく。
そして最期は天寿を全うし、命は失われる。
そうして受け継がれた命は、更に次の命を…。
この世界では、絶えずそういった命の営みが繰り返されるのだ。
そう。俺たちだって…。
その命の営みの一部なんだよな。
檻で暴れまわるアイツもそうだ。
間違っていたのは俺なんだ。
そうだよな。
アイツだって、俺たちの仲間だ。
同じ命の営みの、仲間なんだ。
俺は畑さんの言葉の意味を理解し、気持ちが深く落ち着いていくのを感じていた。
俺は再び畑さんを見た。
その表情は、自分で言うのもなんだが、吹っ切れたような。
爽やかな表情であったと思う。
(悠)
畑さん。ごめんなさい。
俺。間違ってたよ。
ホントにごめん。
俺は畑さんに深々と頭を下げた。
命の尊さ。生命の成り立ちを、深く考える切っ掛けをくれた。
そんな人生の先輩に、精一杯感謝の意を表したかったのだ。
(畑)
いやいや!そんな頭下げんでけれ!
ピー太郎は、見た目が完全に熊やから!
兄ちゃんも戦うの躊躇うと思っただけやから!
分かってくれたならエエんや!
もう、頭さあげてけろ!
ワシの方が申し訳なくなるけ~!
畑さんは慌てたように、顔の前で手を横に降っている。
本当に出来た人だ。
俺が他の生物を見下すような発言をした事が原因なのに。
彼はもうそれを許している。
素晴らしい人だと思う。
俺も年を重ねれば、ああいう大人になりたいと思った。
(悠)
ありがとう。畑さん。
ピー太郎をバカにしてホントにごめん。
心から謝るよ。
だからさ…。
そろそろいい加減に、その熊引っ込めて対戦相手だしてよ。
もう俺に生物は平等だなんて言わなくても分かるからさ。
あの暴れてるおっかない奴。
さっさと園に返してきて下さい。
はっきり言って、近くにいるの。
そろそろ怖くて限界っす。
俺は畑さんの情操教育を受け、命の尊さを理解した。
だが、戦うとなれば別だ。
あんな熊の命より、俺は自分の命の方がずっと尊いのだ。
good-bye bear!
檻の中で安らかに暮らせ!
達者でな!
俺は心の中で、今度こそピーさんにお別れをした。
そして、係員に対し。
「そこで暴れている猛獣をさっさと片付けるよう」指示した。
(畑)
いやいや!だから違うって~!
ピー太郎は人間で、ウチのクランに入ってんの!
クランには人間しか入れないでしょ!?
だから、ピー太郎は人間なんさ!
今の兄ちゃんの対戦相手だよ!
檻下げさせちゃダメだって!
畑さんは慌てた様子で、再度俺に話しかける。
どうやら、まだ俺とあの化け物を戦わせようとしているらしい。
(悠)
畑さん…。
俺、あんたはいい人だと思ってたのに…。
俺に熊と戦わせて、殺そうというのか…。
ショックだ…。畑さん。俺ショックだよ…。
あんただけは、良識のある人だと思ってたのに。
俺は畑さんの顔を見ながら、目には涙を浮かべていた。
信頼していた人。
人生の大切な事を教えてくれた人に、裏切られたんだ。
俺の心は、はち切れそうな寂しさに、満たされていた。
(畑)
いやいや!だから違うってば~!
ピー太郎は、ホントに人間だって~!
ああ!もうどうしたら信じてくれっぺか~!
畑さんは頭を抱え、必死に知恵を絞り出そうとしている。
なんて気の毒な人なんだ…。
あれを何としても人間だと証明しようというのか…。
…。
いや、やっぱ無理だって。
あれはどう見ても熊だもん。
どんな優秀な詐欺師でも、あれを人間と認めさせるのは無理だよ。
畑さんは凄くいい人だから。
嘘をつくのが下手なんだな。
正直者が損をする。
ホントに世の中って理不尽よね。
俺は畑さんの苦悩する姿を見ているのが辛くなり、後ろを振り返り、舞台袖に戻ろうとする。
するとその時、話を聞いていたフィーブルが声をかけてきた。
(フィーブル)
いやいや。ちょっと待ちたまえ。
畑さんの言っている事は事実だよ。
私がグランファーマーズに頼まれて調べていたんだ。
彼は間違いなく。
生物学上は人間だ。
俺はフィーブル氏の言葉を受け、振り返った。
そして再び、ピーさんに目を向けた。
(ピー太郎)
グアアアア~~!!
早く出せ~!!
アイツを喰わせろ~!!
腹が減って死にそうだ~!!
ピー太郎は、檻の中を所狭しと暴れまわっている。彼が体当たりをする度に、檻が鈍い音をあげて軋み。
その頑丈そうな彼の入れ物は、破壊されるのは時間の問題に見えた。
そんな姿を見て。
俺はフィーブルに目を向け、呟いた。
(悠)
おい。エセ学者。
あれが熊じゃなくて人間だと?
お前は何を根拠に話をしているんだ?
少なくとも、俺がこれまで過ごしてきた人生の中で。
あれほど巨体で檻を壊し得る力を持ち、人間食わせろなんて叫ぶ霊長類は見たことがねーぞ。
あいつと俺の共通点は、せいぜい同じ哺乳類に属している所までだ。
奴はヒト科じゃねー。
熊科だ。パンダと同じ熊科に属している。
パンダも熊科なんだ。
勉強になったか?
分かったな。お前は学者だが、間違った認識をしている。あれは熊だよ。
分かったら早く動物園に連れていって繁殖に成功させろ。
パンダの利権を、いつまでも中国に独占させるな。日本でもパンダが増やせることを証明してこい。
俺はフィーブルに顔をギリギリまで近づけて、怒りに満ちた顔で抗議をしていた。
何故こいつらは、俺を野性動物の餌にしようと言うのか。
フィーブルには一回戦で勝ったし。
畑さんにも今はリードした状態だ。
しかし。それでもあんまりじゃないか!
いくら俺が嫌いだからって!
熊の餌にして鬱憤を晴らそうなんて!
ホントに酷い話だ。
俺たちの世界なら、動物愛護団体と人権団体が黙っていないぞ!
俺は怒りに任せて、再び舞台を降りようとした。
そんな俺を見て、畑さんがゆっくりと話を始めた。
(畑)
兄ちゃん。
兄ちゃんが言うことも最もなんだ。
ピー太郎は、元々人間なんだけど。
人間であって、熊であるとも言える…。
そしてその原因を作っちまったのは。
他ならぬオラ達なんだ~…。
俺は再び、畑さんの顔を見た。
畑さんは申し訳なさそうにうつむき。
目には涙を浮かべているようだ。
その様子から、俺と彼とのやり取りの間には、何か重大な矛盾があるように感じた。
(悠)
……。
………。
あ~!もう!なんなんだよ!
何で俺ばっかり人外みたいなのが相手で!
何でちょっと興味のありそうな話題を持ってるんだ!
俺は頭をワシワシと掻きながら、舞台の中央に戻る。
(悠)
取りあえず聞くだけだからな!
何でピー太郎は、人間で!
何で熊みたいならナリをしてるのか!
聞いてから判断するだけだからな!
納得できなかったら俺は帰るからな!
そう言って俺は、グランファーマーズの面々の前に腕を組んで、腰を下ろした。
それを見ていた畑さんが、安心した様に、にっこりと笑ったのが見えた。
(畑)
兄ちゃん。ありがとう。
兄ちゃんなら、きっと話せば分かってくれると思ってたよ~。
(悠)
成り行きでそうなっただけだよ!
俺も畑さんが、何の理由もなく、俺を熊と戦わせることはないって思っただけさ。
俺と畑さんは、お互いに顔を見合わせ、軽く笑みを交わした。
そして、畑さんが口を開いた。
(畑)
したら、話させてもらうべ。
ピー太郎がどうしてあんな風貌になり。
それでいて、どうしてオラ達のクランに所属しとる理由を…。
畑さんの表情が、真剣なものに代わる。
いよいよ、彼の口から、ピー太郎の半生が語られることになる。
そこには、俺たちには想像もつかない。
ピー太郎の壮絶な人生が、隠されていた…。
…。のかもしれない。