水の章 クランバトル編 二回戦 悠編
○ もう一人のアイドル
(審判)
それでは、試合を開始いたします!
両クラン!
中将戦出場者、中央へ!
(悠)
おっしゃあ!
任せろ!
今回は気合い入れていったる!
俺は審判の合図に、いつも以上の気合いを込めて応えた。
ここまでは、外から仲間達の試合を応援してきたが…。
それを通して感じたこと
気付いたことがある。
それは…。
俺の力についてだ。
俺の中には、やっぱり。
どう考えても、他の仲間たちが示してきた様な。
高い可能性。
高い潜在的な能力。
つまりは、高度な「資質」は、備わっていない。と言うことだ。
彼女達が、1回戦と、この2回戦で見せつけてきた。
才能溢れる戦いの数々。
技術溢れる技の数々。
俺はそれを思い返していた。
先陣を切ったのはレイナ。
彼女は、その圧倒的な魔力と魔法の破壊力を見せつけ、会場を湧かせた。
俺達や会場全体。
そしてステラの王が一人。
水の帝に対しても。
彼女は、内に秘めた高い潜在能力。
則ち、当人に宿る「資質」の高さを。
僅か1試合で証明して見せたのだ。
彼女は間違いなく。
これから更に、
どんどん強くなるのだろう。
実戦を重ね、自分の力の使い方。
戦い方を身に付けていけば。
そう遠くない未来に、彼女の名は、ステラ中に轟くことになる。
あの試合を見て、会場にいた誰もが、そう感じたはずだ。
彼女がそう、認識させたはずなんだ。
いつも、優しく。マイペースなレイナ。
けれど、それとは相反する、圧倒的な破壊力を。
彼女はその心具に宿しているのだ。
仲間としては、実に頼もしい限りだな。
そして、2試合目に出場したのはリナ。
圧倒的なスピードを見せつけるも、苦手なタイプの相手に、始めて苦戦を強いられた。
しかし、持ち前の負けん気と、咄嗟の閃きにより一気に状況を打開。
自ら、剣技の新たな可能性に気づき。
見事に勝ちきって見せた。
彼女もまた、これまでの戦いを通して。
自分に何が欠けており。
今、何を克服すべきなのか。
それを身を持って学んだはずだ。
そして…。
彼女ならその欠点を。
見事に克服して見せるのだろう。
持ち前の明るさと根性で。
真剣にトレーニングを重ね。
辿り着くその先にあるものは、きっと…。
今の俺達には想像も出来ないような。
想像を絶する強さを身につけた、彼女の背中。
前線で盾となり。
自らが仲間を守るための刃となる姿。
俺はアイツのそんな姿を想像するだけで、身震いする位の興奮を覚えてしまう。
人にそれほどの夢を描かせる位に。
アイツの性格と能力は優れていると言うことだろう。
そして、3試合目に登場したマリエさん。
俺が感じたことすらない。
自分の体内を流れる魔力を、見事に操作。
自らピンチを招きながらも、相手に格の違いを見せつけ、勝利した。
クランに加入した時期が一番遅いながらも。
常に自分と向き合い。
自らの可能性を模索し続けている。
特種な生活の中で身に付けてきた。
彼女のプロ根性。実戦への意識の高さ。
そして、常に真剣に自分を試し続ける気概。
これらが、彼女を急速に成長させ。
既に技の精度では。
俺達の中でトップに君臨している。
彼女もまた。
持ち前の発想力と意欲的な姿勢で。
着実に成長を続けていくはずだ。
レイナとリナの様な。
能力における爆発力は見せていないが。
常に示される、その安定した実力は。
これからのクランの精神的な主柱になるだろう。
彼女が自信の力を極めた時。
一体どれ程の使い手になるのか。
今の俺には、想像すらできない。
そして…。
そんな凄い力を持った。
仲間たちの後押しを受け、俺はこれから試合に挑むのだ。
けれど、今の俺に出来ることと言えば。
情けないことだが。
精々バトルの際に、彼女達が安心して力を発揮できるよう。
必死になって、フォローを続けることくらいだろう。
それでも皆は、俺を信頼し。
名ばかりでも、クランのキャプテンを任せてくれている。
この大会でも、大切な最後の試合を、任せてくれているんだ。
それに応えられる実力は…。
今の俺にはまだ、備わってはいないと言うのに。
そしてそれは…。
きっと皆も、分かっていると思えると言うのに。
だからこそ、自分は誰よりも真剣に。
誰よりも泥臭く。
この大会を、精一杯戦わなければならない。
そうしなければ、彼女達が見ている景色と。
同じレベルの景色を見ることなんて…。
きっと俺には、一生掛かっても成し遂げられないと。
今、強く感じている。
パァン!
俺は気合いを込めて、自分の顔を叩く。
今の俺に、誇れる取り柄なんてない。
きっと皆みたいに、どんどん急速に、強くだってなれない。
だから…。
今できる事をやろい!
今、自分がやるべき事を探そう!
この試合を通して、俺にしか出来ないこと。
クランの中での俺の役割を。
必ず見つけてみせるんだ!
(悠)
よっしゃあ!気合い入った~~!
そしたらちょっと行ってくるわ!
今日はこれから、俺の凄いところも見せてやっかんな!
一瞬たりとも目ぇ離すなよ!
俺は振り返り、舞台脇にいる仲間たちに声をかける。
(リナ)
悠兄!頑張って!
期待してるからね!
大丈夫!
悠兄ならきっと勝てるよ!
(マリエ)
相手に乱されないように。
落ち着いて。
いつもの通りにね。
二人は此方に向かい、笑顔で声をかけてくれる。
俺が心から信頼し。
何よりも尊敬している仲間たちだ。
彼女達の言葉が、力強く背中を押してくれている気がした。
俺は無言でコクりと頷き。
舞台中央に足を進めた。
そして俺は舞台の中央に辿り着いた。
しかし…。意外なことに。
そこに立っていたのは、1回戦でマリエさんと対決した、研究者クラン。
イグ・ノウレッジのフィーブル氏であった。
(悠)
あれ?あんたは確か1回戦の?
あんた、こっちにも所属してんの?
クランの掛け持ちって出来ないんじゃ?
相手はグランファーマーズの人じゃないの?
俺は突然の再開に驚き、思わず指を指しながら質問をした。
フィーブルは、そんな俺を手で制し、眼鏡を上げながら話す。
(フィーブル)
いやいや。対戦相手は私ではないよ。
君の言う通り、クランは掛け持ち出来ないしね。
(悠)
じゃあ、あんたは何でここに?
(フィーブル)
いやいや。
私は、グランファーマーズの皆さんに頼まれて、君の対戦相手の事を色々と調べていたんだ。
彼の複雑な生涯は、私の研究資料としても、とても興味深いものだったのでね。
いやいや本当に。
実に知識欲をそそられる被験者だったよ。
フィーブルは眼鏡を押さえながら、少し興奮した様子で話している。
(悠)
複雑な生涯?被験者?
あんた、さっきから何を言って…?
俺は、フィーブルに疑問を投げ掛けた。
その時…。
グアアアアアアア~~~~~!!!!
けたたましい叫び声と共に、彼は姿を現した。
ガラガラガラガラ~~。
彼は強固な檻に入れられ。
その檻をへし折らんばかりに暴れまわりながら、車輪のついた脚立で運び込まれてきた。
(観客)
ウオ~~~~!!!
それと同時に、観客から割れんばかりの歓声が上がり始める。
(実況)
で、出た~~!!
遂にこの人がやって来ました~~!!!
観客も待ってましたの大歓声!
そう!
土壇場に追い込まれた、グランファーマーズ!
そうなれば、彼の出場しか手はありません!
正にグランファーマーズの切り札!!!
1回戦では、2度試合に登場し!!!
そのどちらの試合に於いても、対戦相手に半殺しの重症を負わせ!!!
試合を止めに入った審判や仲間たち!
更には大会関係者をも、次々と病院送りにした狂気の野性児!!
その戦いぶりと生い立ち等から、観客の心を掴んでおります!
それでは、ご紹介致しましょう!
グランファーマーズの中将はこの人!
熊野 ピー太郎 選手 だ~~!!!
なお、今回は余計な犠牲者が出ないよう!
強固な檻に入っての登場だ~~!!!
(ピー太郎)
グアアアアアアア~~!!
ダセ~~!!
ココカラダセ~~!!
喰ワセロ~~!!
ハヤク人間喰ワセロ~~!!
檻に入れられた彼は、その強固な檻を壊さんがばかりに、暴れまわっている。
その様子を見た観客達のテンションが、一気に高まっていく。
(観客)
キタキタキタ~~!!!
1回戦での、対戦者への容赦のない攻撃!!
その光景に、最初は俺達も震え上がった!
しかし!!
直後に見せた!!
ご褒美にハチミツを貰う際の愛くるしい仕草!!
これによる、まさかのギャップ萌え!!
逆に俺達の心を見事に鷲掴みにした!!
マリエ様に並ぶ、今大会のアイドル!!
熊野ピーさんの登場だ~~!!
キャア~~!!ピーさん可愛い~!
こっち向いて~!
ハチミツ~!ハチミツあげるよ~!
ピーさ~ん!
今回は間違って相手の体食べるなよ~!
そうりゃ!いくぞ~!
ピーさん!ピーさん!ピーさん!ピーさん!
(実況)
会場は、計らずもピーさんコールに包まれます!
大会参加時の資料によると!
ピーさんの身長は、2㍍50センチ!
その体重は200キロ!
全身を包む熊の毛皮は!
彼の生い立ちを物語る、母親の形見の品!
その壮絶な人生が!
より強く私たちを惹き付けます!
彼の生い立ちを知った者は!
彼を応援せずにはいられないでしょう!
では、皆さん!
私も一緒に彼を応援しましょう!
ピーさん! ピーさん!
(観客)
ピーさん! ピーさん!
(実況)
ピーさん! ピーさん!
(観客)
ピーさん! ピーさん!
実況の煽りを受け、会場はより一層の盛り上がりを見せ始める。
その異様な光景は、普通の人物なら、一気に空気に呑まれてしまう所だろう。
だが、今の俺はそれ以上に我慢できない事があり、それを抑えるのに精一杯であった。
(フィーブル)
いやいや。凄い声援だ。
君も大変だな。
こんな人気者を相手に、戦わねばならないとは。
まあ、私も1回戦で。
同じ様な経験をしているから。
君の気持ちも…。
分からなくはないよ。
どうやら会場の状況を見て。
フィーブルは俺に、少なからず同情してくれている様だ。
しかし、そんな彼の優しい気遣いも。
今の俺には、受け入れる余裕がなかった。
(ピー太郎)
グアアアアアアア~~!!
ハヤクヤラセロ~~!!
喰ワセロ~~!!
ミンナオレノ飯ダ~~!!
ガシャアン!!ガシャアン!!
ピー太郎が、檻で暴れまわる。
ミシミシ…。
ビキ!ビキビキ!!
檻はそのパワーに押され、今にも崩壊してしまいそうだ。
(観客)
ウオ~~~~!!
やっぱりスゲ~~!!
スゲ~~力だ!!
人間とは思えない!!
今日もやる気満々だ~~!!
ピーさん!ピーさん!ピーさん!ピーさん!
(ピー太郎)
グアアアアアアア~~!!
ガシャアン!ガシャアン!
歓声に応える様に、ピーさんは檻の中で暴れ回る。
パキン!ビキビキ!
檻が悲鳴を上げている。
これ以上、ピーさんを抑えるのは難しい。
いよいよ檻も限界を向かえた様だ。
(フィーブル)
そんなバカな!
他の誰でもない!
様々な生物を研究してきた!
この私が設計した檻なんだぞ!?
壊せる訳がない!
壊せるということは!
私が知る、ステラのどんな生物よりも!
彼のパワーは上回っていると言うことだ!
そんな化け物に人間が敵うものか!
いけない!
この戦いは無謀だ!
君!試合が始まる前に!
彼が檻を破壊する前にギブアップしろ!
でないと君は!
バッ!
今度は俺がフィーブルを手で制した。
観客の盛り上り。
そして、フィーブルの言葉。
これらにより、俺の我慢は、遂に限界を向かえたのだ。
(悠)
スゥゥゥゥ~~~~…。
俺は大きく息を吸い込み。
今思う。自分の怒りにも似た感情を。
空に向かって解き放った。
(悠)
なんで~~!!!
俺だけ~~!!!
いっつもいっつも~~!!
人外!!!!
なんでしょうか~~!!!!!!?????
責任者出てこいや~~!!!!!
それは、相手の人気や生い立ち等は関係ない。
俺の素直な感想であった。
気合いを込めて挑んだはずの2回戦…。
俺の戦いは、既に雲行きの怪しい展開になりつつあった…。