水の章 クランバトル編 二回戦 マリエ編Ⅳ
○ お姉さんを信じて
(実況)
なんということだ~!
鵜骨選手が放った必殺技!
その名も、双頭鳥の尾!
鞭が二又に分かれ、同時に2ヶ所への攻撃を可能とする妙技であります!
これが何と!我らがマリエ様に直撃!
美しい肌に大きな傷がつき!
マリエ様は思わず膝をついてしまった~!
マリエ様の美しい顔が苦痛に歪む!
一回戦を無傷の勝利で悠々と勝ち上がって参りましたが!
二回戦は序盤から大ピンチに陥っている!
マリエ様に勝機はあるか!
これからの展開に大注目だ~!
(観客)
マリエさま~!大丈夫ですか~!
痛々しいお姿!胸が痛みます!
鵜骨のやろ~!マリエ様に怪我させやがって~!
ふざけんな~!無事に帰れると思うなよ~!
いや、俺は痛がるマリエ様に興奮している!
鵜骨~!よくやったぞ~!
もう充分楽しんだ~!
あとは適当に負けちまえ~!
(実況)
観客も、マリエ様が痛がる姿を心配する人!
痛がるマリエ様に興奮する人に別れています!
しかし、どちらにも共通するのは、マリエさまの勝利を期待していること!
鵜骨選手は、完全に観客を敵に回してしまったようだ~!
(鵜骨)
酷いこというな~!
そげなこと言ったって!
オラだって今のは様子見のつもりやって!
そしたら、偶然あのお姉さんが!
咄嗟に体さ固めてしもうて!
そのままぶつかっただけや!
直撃して一番驚いとるのはオラ自身さね~!
鵜骨さんは観客に向かって叫んだ。
彼も格上のマリエさんが、まさかこんな形でダメージを負うとは思っていなかった様だ。
俺達も驚いたが、それ以上に攻撃した本人が一番戸惑っている。
(マリエ)
ハア。ハア。
まさか二又に分かれるなんて…。
ちょっと予想外だったわ…。
貴方少しはやるじゃない…。
痛っ!参ったな~。
思ったより効いてるかも…。
マリエさんは、左手で右肩を押さえながら、立ち上がった。
攻撃を受けた左足の腫れも酷い。
マリエさんは、立ち上がるので精一杯の様だ。
試合を続けるのは難しいかもしれない。
それ位、マリエさんの表情は辛そうに見える。
(悠)
マザー!どうする!?
こちらからギブアップを入れるか!?
もう一撃くらっちまうと、明日以降の試合にも影響しかねない!
レイナはずっと寝ているし、起きてすぐに回復魔法を使えるかも分からない!
そして…。
偶然とは言え、攻撃が足に直撃しちまった!
よりにもよって、回避の時のフットワークに影響する足にな!
現状でもかなりキツそうに見える!
見た目以上にダメージが深刻なのかもしれない!
今は立っているので精一杯だよ!
あの様子じゃ、次の一撃はかわせない!
これ以上は危険かもしれないだろ!?
俺はマザーに決断を促した。
試合前には、何となくであるが。
マリエさんが勝つ気がすると話していた。
しかし、俺の認識は不足していたんだ。
バトルは一回勝負なんだ。
どんなに実力に差があっても…。
運で相手が上回る事だってあるんだ。
(マザー)
そうですね。それは、分かりますが…。
ちょっと待って下さい…。
今考えますから…。
『悠さん。随分取り乱しているな…。』
『これ位の状況。』
『真剣勝負のバトルを経験していけば、常に起こり得る程度のものだが…。』
『恐らく、今の様子から察するに。』
『悠さんは、自分の認識の甘さを悔いているはず…。』
『一回勝負の本当の怖さを…。』
『改めて感じているはずだ。』
『試合前…。』
『私は真剣勝負というこの舞台で…。』
『「絶対に勝つ」なんて表現が出てくるのは』 『有り得ないと感じていた。』
『相手も本気で倒しに来るんだ』
『何が起きてもおかしくはない。』
『今まさに、目の前で起きている状況も。』
『本来であれば、想定されるべき展開の一つなんだ。』
『本来。作戦や戦略というものは…。』
『どんな些細なアクシデントに見舞われた状況をも想定し。』
『起こりうる、全ての可能性を潰した上に成り立つもの。』
『綿密な計画と万全な準備をもって、始めて価値を持つものだ。』
『ただ、仲間の才能に任せるというやり方は。』
『仲間を信頼しているからではなく、自分の職務を放棄しているだけなんだ。』
『愚かな軍師の甘えでしかないんだ。』
『そして…。残念だが今の悠さんがそれだ。』
『仲間のピンチを想定出来ず、ピンチが来た状況に、ただ右往左往するだけだ。』
『仲間の為に、なんの準備もしていない。』
『自分の責任を、仲間に押し付けてしまっている。』
『それでは、クランのリーダーは務まらない。』
『真剣勝負の中で、例え苦境に陥っても。』
『それを打開する一瞬の判断力。』
『仲間の状況を的確に判断し、連携から隊列に到るまで、全てを纏めあげる統率力。』
『言ってしまえば、仲間の体調。相手の能力。戦況のバランス等』
『千里眼の様な観察眼で常に全体像を把握し。』
『全ての状況を想定していく力が必要となる。』
『私は、この人はそれを理解した上で。』
『万が一の際の、自分の判断力も含めて。』
『それでも、マリエさんの勝利は確実だと思っているのだと信じていた。』
『試合前の彼等には、それ位の確信があるように感じていたのだ。』
『だが、そうではなかったと言うのか?』
『ホントに何も考えずに?』
『ただ、ボンヤリと。何となく勝つと思っただけなのか?』
『だとしたら、あまりにも愚かしい。』
『ステラのバトルを。真剣勝負を。』
『馬鹿にしているとさえ思えてしまう。』
『普段からふざけた言動が多いが…。』
『やるべきことは、きちんとやる性格かと考えていた…。』
『しかし…。もしかすると…。』
『この人は考えるべき論点を、見極めるのが下手なのかもしれないな。』
『それを悟られぬよう。』
『悪ふざけをすることで、自分の無知を隠そうとしているのかもしれない。』
『だとしたら…。』
『これは非常にマズイ「癖」だ。』
『この人は、そうやって難しい状況から。』
『自分が傷付かずに逃げ出す、「悪癖」が身に付いているのかもしれない。』
『もしそうであるならば…。』
『今後、幾度か訪れる困難に…。』
『この人は…。正面から向き合おうとしないかもしれない。』
『自分が傷付かぬ様…。』
『判断がつかない状況でも、分かった「フリ」をして、場をやり過ごそうとするかもしれない。』
『それはマズイ。一番マズイんだ。』
『分かったフリをするのが、一番マズイ。』
『周りとの認識の違いに、実際に問題に直面するまで、気付けなくなる。』
『周りも彼を信じ、理解されていると信じて、行動してしまう可能性がある。』
『これは、大事な場面で致命傷になりかねない』
『リーダーである彼が、一番周りを理解出来ていないのかもしれない…。』
『周りを、状況を把握する能力に欠けているのかもしれない。』
『もし、それが事実なら…。』
『リーダーを変えるべきだろうか…?』
『しかし、それではあまりにも急すぎる…。』
『彼のモチベーションを、著しく下げてしまうかもしれない…。』
『いや、それよりも、今はマリエさんの試合。』
『ここをどう乗りきる?』
『彼の言う通り、こちらからギブアップを…。』
『確かに、現状での継続は難しいか?』
『どうする?どうすべきだ…?』
『私も人の事を言えない…。』
『彼等の言葉を盲信して、場面毎の対策を怠った…。』
『そういう意味では…。』
『周りが見えていないのは…。』
『私も同じか…。』
(グランファーマーズ)
鵜骨どん!チャンスや!
今ならあの娘さんに勝てるやて!
一気に決めてしまいんさい!
グランファーマーズの面々から、鵜骨さんへの檄が飛んだ。
(グランファーマーズ)
相手は格上!それもランクCやど!
勝ったら大金星や!
偶然とは言え、自分の力で作った勝機!
逃す手はないて!
(鵜骨)
そ、そうか!
そやろな!
オラの鞭が通用したんだ!
一気に決めて、皆に勇気を与えていかな!
鵜骨さんは、鞭を握りしめて、再び振るおうと攻撃体制に入る。
仲間の檄を受け、一気に勝負を決めるつもりだ。
(グランファーマーズ)
鵜骨どん!勝ったらホントに凄いことや!
村中に皆で広めたる!
鵜骨どんは、格上の相手に堂々と勝負を挑んで、見事に打ち倒したってな~!
オラ達も、今の状況が信じられん!
けんど、一斉一代のチャンスに間違いなか!
オラ達の勝利に向けて!
頼むで鵜骨どん!
次で決めてくんろ!
いけや~!鵜骨どん!あんさんならやれる!
村で自慢の鞭使いとして!
ステラ中に名前を轟かせ~!
鵜骨どん!チャンスや!
あんさんが決めてきんさい!
グランファーマーズの一層強い檄が飛んだ。
鵜骨さんは、仲間の方を振り返り。
こくりと頷き、マリエさんを見る。
表情が引き締まる。
彼の体からは、力が溢れて見えるようだ。
見ているだけで、彼の決意が伝わる。
一気に決着をつけに来るつもりだ。
(悠)
マズイ!決めに来るつもりだ!
あの様子じゃ、マリエさんはもう避けられない!
マザー!ギブアップするぞ!
(マザー)
…。
仕方ありません…。
悠さん!
端末を操作して下さい!
私が審判に止めに入って貰います!
俺達は、結局何も考えが浮かばす、マリエさんギブアップを決断するしかなかった。
不測の事態への、余りにも疎かな対応だ。
しかし…。
これから先の試合もあるんだ。
自分の無策を棚にあげ、先のための英断だと自分に言い聞かせた。
今はまだ、無理をさせるべきじゃない。
では、自分に出来ることをやりつくしたのか?
マリエさんの為に、お前に出来ること…。
ホントに何もなかったのか?
嫌な疑問が頭をよぎる。
だが、始めから答えるつもりはない。
答えは結局。自分が傷つく事実しか産み出さないことを、自分自信で気が付いているからだ。
俺は今までも、そうやって色々な事から逃げてきたのだから…。
この姿勢は、この年齢になってからは変えられないだろう…。
俺はまた、そうやって言い訳を重ねていく。
目を瞑り、自分の情けなさを笑った。
そして俺は端末を操作しようと手を伸ばした。
しかし、その時…。
(リナ)
さっきからアンタらゴチャゴチャうっさいのよ!
黙ってマリ姉が戦ってんの見てなさいよ!
鬱陶しいのよ!
さっきから二人でオロオロして!
マリ姉が自分でギブアップしないんだから大丈夫なのよ!
私達は黙って見てればいいの!
戦ってんの誰だと思ってんのよ!
あのマリ姉よ!?
これ以上は、言わなくても分かるでしょ!?
分かったら応援しなさい!
仲間が体はって頑張ってんのよ!
リナの大声が舞台袖に響いた。
俺とマザーは、リナの発言を聞き。
思わず手続きの手を止める。
(悠)
しかし、リナ!
今の状況を考えると、これ以上戦うのは危険なんじゃ…。
お前だって、足を怪我してマズイって言ってただろ?
(マザー)
そうですよ、リナさん。
現状、マリエさんが攻撃をかわすのは難しい。
これ以上のダメージは、今後の闘いに影響しかねません。
今は無理をさせるべきじゃない。
やはり、ここはギブアップを…。
無策な俺達は、何故かギブアップへの対応には息がぴったりだ。
二人とも気が小さく、安全な一手に対する執着だけは強いのだ。
(リナ)
ねぇ?マリ姉は何て言った?
リナは俺達の様子を察し、溜め息をつきながら質問をした。
(悠・マザー)
え?
(リナ)
バトルが始まる前!
マリ姉は何て言ってた!?
ちゃんと覚えてる!?
(マザー)
確か…。
貴女達のお姉さんがどんなに凄いか。
ゆっくり休んで見ていて…。
だったかと…。
(リナ)
なによ!ちゃんと覚えてるじゃない!
だったらバタバタする必要はないわ!
私達は黙って!
マリ姉が凄いことを見ていればいいのよ!
リナは力強くそう語った。
その横顔には、何の迷いも感じない。
ただ、マリエさんを信じ。
これから起こる事を、ワクワクしながら楽しみに待っているようだ。
俺は堂々としているリナを見て。
何故か憑き物が取れたかのように安心していた。
(マザー)
ですが!
(悠)
…。そうだったな。
何をバタバタしてたんだ。俺は。
アホくさ。
あのマリエさんがこのまま終わる訳ねーよな。
何を慌ててんだか…。
ホントに間抜けだわ…。
俺は息を吐き出し、体の力を抜いてみる。
そして、もう一度。
落ち着きを保ちながら、マリエさんを見つめる。
(マザー)
悠さん!?
しかし、今の状況では!
(悠)
マザー。情けなく取り乱してすまない。
リナ、気付かせてくれてありがとう。
なんせ戦ってんのは…。あのお方だ。
ウチのクランの自慢。
あの綺麗なお姉さんなんだよな。
あの人が何も考えずに、あんな風に不自然にダメージを受ける訳ないんだよな。
何で気付かないんだよ。
アホか?アホなのか?
(リナ)
その通りよ!
何を今更気付いてるのよ!
あんたは正真正銘のアホよ!
私が保証するわ!
マリ姉が、あんな攻撃。
まともにくらう訳ないじゃない。
きっと何か考えがあるのよ。
そうに決まってるわよ。
リナは半分笑いながら、楽しそうにマリエさんを見つめている。
その様子は、まるで何かを楽しみにして待っている、小さな子供の様にも見える。
(悠)
ああ。そうだ。
きっと俺達が想像もつかない。
相手を嘲笑うかのような、悪どい手口を考えてるに決まってる。
俺達はマリエさんを見る。
マリエさんは、腕を押さえながら、顔を歪めている。
しかし、その目は真っ直ぐに相手を見つめ、光を失っていない。
彼女の闘志は、未だに消えてはいないようだ。
(マザー)
まさかここから?
一体どんな秘策があると…?
マザーは、俺達が落ち着きを取り戻したことが、不思議でならないようだ。
そんなマザーを、俺達はニヤリ笑い。見つめる。
マザーよりも、俺達の方が。
マリエさんの人間性を理解している。
俺達は笑顔に、そんな意思表示を込めていた。
(実況)
残酷な!なんて残酷な描写でしょうか!
我らがマリエ様は、足を怪我してまともには動けません!
対する鵜骨選手は未だ無傷!
そして、鵜骨選手の必殺技「双頭鳥の尾」を!
マリエ様は止められずにいます!
鵜骨選手がマリエ様に詰め寄る!
ジリジリと距離を詰める!
マリエ様は、足を引きずり!
距離を保とうとするも、足取りは重い!
鵜骨選手が更に詰め寄る!
いよいよ決着を!
格上からの大金星を狙っています!
(鵜骨)
怪我をした…。
しかも若い女性にトドメを刺すのは忍びね~。
けんど、村の皆と、仲間の為に!
オラは勝たせて貰うべや!
いくぞ!必殺!
双頭鳥の尾!
鵜骨さんの鞭がマリエさんに迫る。
マリエさんには、鞭を避ける力は残ってはいない。
けれど、俺達には見えていた。
必殺技を出し、勝ちを確信した鵜骨選手を…。
不適な笑顔で見つめる。
いつも綺麗な…。
お姉さんの、あの凛とした姿を…。