水の章 クランバトル編 二回戦Ⅳ
○ 侵食する不快感
(審判)
では、両クラン!
次鋒戦出場者、中央へ!
(リナ)
はい!
リナは力強く返事をし、闘技場中央へと歩みを進める。
その姿からは、先程までの、泣きながら取り乱していた影響は感じられない。
自信に満ち溢れた。いつものリナの姿だ。
レイナの戦いの最中。
リナはホントに尋常ではない。
まるで、何かを心の底から恐れているような。
それこそ、その様子から、そのまま失神してしまうのではないかと心配になる位。
それ位に取り乱した様子を見せていた…。
その時のリナの様子は、
間違いなく「異常」であった。
その影響を心配し…。
試合前。
俺とマリエさんは、リナの次鋒戦の出場に反対した。
先ずは、ゆっくり時間をかけてでも…。
せめて本来の精神状態に戻すことに集中するべきだ。
今のリナはどう考えても、普通とは言えない。
出場順もそれに合わせ、一番最後にすべきだ。
先ずは、俺かマリエさんが次鋒戦に出場する。
その間に少し休んでいろ。
そう説得したのだ。
しかし、リナはそれをあっさり否定し…。
予定通り出場すると言って聞かなかった…。
俺達は、結果的に、リナの説得に失敗したのだ。
・・試合開始前・・
リナは出場に向け、ウォームアップをしている。
(悠)
リナ…。
やっぱり少し休んでからの方がいい。
普段のお前の力なら、相手の後半に出てくるような。
それこそ、相手クラン内の実力者にだって、普通に勝つことが出来るはずだ。
けれど、今のお前は…。
何て言うか…。
言い方は悪いかもしれないが、俺達には少し不安定に見える。
何かに焦っていて…。
精神的に落ち着いていない。
先ずは少し休んで、気持ちを落ち着かせろ。
それから出場しても遅くはないだろ?
何も今日の試合に出るなって言うんじゃない。
次は俺かマリエさんが行くから、お前には少し休んでいて欲しいんだ。
分かってくれないか?
俺はリナに説得を続ける。
しかし、リナは俺の話など、どこふく風と言った様子だ。
淡々とウォームアップを続けている。
(リナ)
んしょ!よいしょ!
だい、じょうぶ…だよ…。
私は…。いつも通りだし…。
あの娘はあの娘なりに頑張ったんだから…。
私も…。よっ…。頑張らないと…。
よいしょ!
リナは一通りのウォームアップを終え、こちらを見る。
悠兄、大丈夫だよ。
私はいつもと何も変わらない。
さっきは確かに、レイナが心配になったし…。 ちょっと取り乱したけど…。
この娘の無事が分かったしね。
何よりも、この娘が負けた後の試合なんだ。
この娘はかなり頑張ったけど…。
やっぱりまだまだ弱い部分がある。
まだまだ、私が必要みたいだし。
私が次に出て、きちんと仇を取らないと…。
昨日、この娘が先鋒戦で出るって決めた時から。
次鋒戦で私が勝って、星を取り戻すつもりだったし。
私は今まで、この娘を守ってきたんだから…。
今日もいつも通り。
この娘の負けを取り返すのは、私の仕事だよ。
リナは時々レイナの寝顔を見る。
その表情は落ち着いていて、優しい顔だ。
そして、真剣な表情に変わり、大丈夫だと言わんばかりにこちらに向き直った。
確かに顔色は落ち着いており、むしろ気合いに満ちている。
気合いの入った時のリナの顔だ。
先程までの取り乱し様が、まるで嘘の様だ。
(マリエ)
リナちゃん?
少し教えて欲しいんだけど…。
ここでマリエさんが、声をかけた。
そして、リナに感じる疑問に対し、深く追求した質問を行う。
(マリエ)
さっきから、気になってたんだけど…。
貴女はどうしてそこまで、レイナちゃんの敗戦にこだわるの?
レイナちゃんは、確かに負けてしまった。
けれど、ホントに立派に戦ったわ。
あれだけの力を示したんだもの。
結果的に、彼女が敗戦になったことを。
仲間の誰もが悔しく思っている…。
私も悠さんも、もちろんマザーもよ?
寧ろ、試合に敗けはしたけれど…。
勝負には勝っていたとさえ思うわ。
だから余計に悔しいの。
始めての試合なんだもの。
勝たせてあげたかったと思うのよ。
だって、私達は仲間なのよ?
誰もが彼女の勝利を。
そして、成長を願っているはず…。
私はそれが仲間として当然だと思うのよ。
けれど、さっきから…。
貴女はまるで…。
レイナちゃんの負けは当然の事で…。
始めから、貴女にはそれが分かっていて…。
元々それを挽回するのが自分の使命のように…。
他の誰にも譲ってはいけない。
自分の役割の様に話している…。
それはおかしいわ。
仲間の中でも、一番レイナちゃんと仲のいい貴女が…。
それでは、一番レイナちゃんを信頼していないみたいじゃない?
まるで、彼女の成長を望んでいないみたいよ。
そして…。もう一つ。
私が何よりも気になるのは…。
私には、貴女がレイナちゃんの敗戦が決まった後に、急激に落ち着きを取り戻した様に見えた。
善戦を続ける姿に取り乱し…。
敗戦し、戻ってきた後は安堵していた…。
それはどうしてなのかしら?
どちらも私の勘違いなのかしらね?
マリエさんは、俺達が先程から感じていた疑問を口にした。
リナは間違いなく、レイナが敗戦してから。
急激に落ち着きを取り戻していた。
レイナが無事に戻ってきたから。
確かにそうとも取れるが…。
それでは、善戦していた時の取り乱し様に説明がつかない。
言い方は悪いが、リナはレイナの負けを望んでいたのではないか…。
人を疑いの眼で見る癖の付いている俺には、そんな風に写ってしまう。
そして…。
マリエさんも同じ感覚を覚えているのだ。
俺達が必ず正しいとは限らない…。
しかし、これに関しては恐らく間違っていない。
「リナはレイナの敗戦を望んでいた」
そして
「リナはレイナの勝利を。成長を恐れていた」
これは真実だ。
リナが何を感じているかは知らないが…。
客観的に見ていて。
俺達にはそう写っている。
リナとレイナ。
二人の関係の本質が、必ずここにあるはずだ。
俺とマリエさんは、そう確信している。
(リナ)
う~ん…。
何でって言われてもな~。
腕を組み、黙って話を聞いていたリナが口を開く。俺達は、その言葉を固唾を飲んで聞き入った。
(リナ)
まあ、多分…。
当たり前の話だけど…。
やっぱり長く一緒にいるからかな~?
私はレイナの弱い部分を知ってるから。
戦っている時はハラハラして見てられないし…。
負けたとはいえ、無事に戻ってきてくれたら、そりゃ安心するよ。
あの娘は弱い部分が沢山あるのに。
変なところが頑固だったりするから、いつも心配で仕方がないのよ。
試合だって始めてだもん。
きっといつも通りポカやって、負けちゃうとは思ってたよ。
あの娘は肝心な時にミスしやすいからね。
やっぱり、まだまだ私が側にいないとダメみたいね。
それが分かって、まあ確かに…。
友達としては安心したかもね~。
もう少しは、二人で一緒にいれるかな~って。
リナは笑い、どこか嬉しそうに話している。
しかし、その答えは俺達も知っている答だ。
誰もが知る優等生の、いわゆる模範解答だ。
しかし、俺達が聞きたいのは、もっと二人の関係の確信の部分。
二人が体裁を取り繕っている。
仲良しごっこをしている、その向こう側だ。
つまり、二人がお互いの事を。
実際はどう見ているのか。
体裁の向こうにあるであろう。
二人の本心を知りたいのだ。
(悠)
リナ、違うんだ。
俺達が聞きたいのは…。
俺がマリエさんの質問の真意を伝えようとする。
しかし、マリエさんは俺の前に手を差し出し、俺の発言に待ったをかけた。
(マリエ)
そう。分かったわ。
長い付き合いだもの。
お互いにしか分からない部分もあるのよね。
変な事を聞いてごめんなさい。
私は少し変な詮索をしたみたいね。
忘れて貰えるかしら?
(リナ)
マリ姉が気にすることないよ~。
私もかなり取り乱しちゃったから、驚いただけでしょう?
私は何も気にしてないよ。
(マリエ)
そう。ありがとう。
試合、大丈夫なのよね?
任せるわ。頑張って。
応援してるわね。
(リナ)
ありがとう。
マリ姉に繋げるように。
私も頑張るよ。
二人は終始笑顔で、当たり障りのない会話をしていた。
その後、リナはウォームアップに戻った。
マリエさんも応援席に戻り、レイナの世話をしていた。
俺は二人のその姿を見ていて…。
気持ちが悪くて仕方がなかった。
リナもマリエさんも、どちらもお互いの腹の内には気が付いているはずだ。
どちらもお互いに対する、強い不信感に気付いているはずなんだ。
けれど二人は、まるでそんなものは存在しないかの様に。
お互いが今でも信頼しあっているかの様に…。
当たり障りのない会話を…。
飾られた笑顔で続けている。
なんだよこの状況は…。
話は何も進展しない。
けれど、腹の中では、お互いの関係だけ崩れていく…。
そして、その関係の揺らぎを、誰も正面から見ようとしていない…。
気持ち悪い。
何だこの仲良しごっこは。
最低だ。ヘドが出る。
俺達の関係は、いつからこんなに不安定になったんだ?
いつからこんな、上部だけの付き合いに成り下がったんだ?
リナもマリエさんも、一体何を考えてるんだよ。
もしかして…。
俺が知らないだけで、最初から?
俺達は始めから、お互いを信用なんてしていなかったのだろうか?
そういえば、ただ流されるままに、結成したクランだったよな。
俺も含めて、上部だけをつくろった。
仲良しごっこをしていただけなのだろうか…。
(悠)
なんだよこれ。
もう訳分かんねーよ。
俺はクラン内部に発生した新たな問題。
今後仲間と、どうやって信頼関係を作っていけばいいのか…。
果たして今まで通りに、楽しく付き合っていけるのか…。
試合よりも、自分達のこれからの在り方に、頭を悩ませ続けていた。
そしてそのまま時間だけが過ぎ。
リナの試合開始を迎えてしまった…。
(実況)
さあ!いよいよ次鋒戦!
果たして勝つのはどちらでしょうか!?
先勝しております!
ビッグファーマーズからは、稲作一筋のこの男!
ステラの米食文化を支えます!
稲田 実 選手の登場だ~!
(観客)
稲田さ~ん!
いつも美味しいお米をありがとう~!
家はいつも稲田さんの所のお米ですよ~!
(実況)
そして、何とか勝ち星を取り戻したい!
ディープインパクトからは、衝撃の瞬殺娘!
光速の剣士 石澤リナ選手だ~!
(観客)
うお~!リナちゃ~ん!
また、スゲエの見せてくれ~!
今回も瞬殺だ~!
リナさん頑張って~!
(実況)
二人とも一回戦で勝利しており、大変な人気をほこっております!
この声援に答えられるのは、果たしてどちらの選手なのか!
挨拶も済ませまして!
いよいよ試合が開始されます!
リナがこちらの応援席側に戻ってくる。
いつもの様に、声を出して気合いを入れたりはしない。
ただ、淡々と落ち着いた表情だ。
剣を抜き。真っ直ぐに相手を見つめている。
(審判)
両者準備はいいですか!?
では、始め!
ドォン!
俺は頭の中の不安を拭えぬまま、リナの戦いを見守ることになったのだ…。