クランと資質の章Ⅱ
○ 新たなクラン誕生の時
(マザー)
「では、クラン結成に関しまして。」
「皆様からの同意も頂きましたので…。」
マザーがおもむろに話を進ようとした時。
(少女1)
「あ!ちょっと!ちょっと待ってよ!」
少女がマザーの行動を妨げる様に、
手を挙げて叫んだ。
(少女1)
「せっかくこれからお世話になる同士なんだし、 先に自己紹介しておこうよ!」
「名前も知らないまま手続きだけっていうのも、 何だか味気ないじゃん!」
(悠)
「確かにそうだよな。」
「俺たちがお互いに知っていることと言ったら、 長距離走でのタイムの早さ位だ。」
「今後の事を考えれば、
きちんと挨拶は必要だよな。」
腕を組み、うんうんと頷いた。
どちらかと言えば体育会系に属していたためか、 少女の提案に対し、悠はすんなりと同意すること となった。
(少女1)
「なんだおじさん!結構話分かるじゃない!」
そう言って少女は一歩前に歩みだした。
「ええと…。私の名前は石澤リナ!」
「K大学2年でバスケ部所属。20歳です!」
「体力だけは自信があります!」
「おじさんは私より年上だろうから、
リナって呼んで貰って構わないわ!」
「これからどんな付き合いになるかは分からない けど、上手くやっていける様に頑張ります!」
「今後ともよろしくお願いします!」
リナは体育会系だけあって、
爽やかにきびきびと挨拶を済ませた。
背はスラリと高く、
引き締まった体をしているのが分かる。
本人が言うように、長い間スポーツを続けて来た のがよく分かる体型だ。
(リナ)
「それじゃあ、次は私の相棒だね!」
そう告げると、リナは隣にいる大人しそうな女の 子の肩を叩き、背中を押して前に進ませる。
女の子は押し出される様に歩を進め、
こちらを見て照れ臭そうに俯いている。
(レイナ)
「あの、私は…。岩本レイナ…。です。」
「リナちゃんとは同じ大学の同じ学年で…。」
「子供の頃から、ずっと仲良くしています…。」
「その…。
私に何が出来るのかは分かりませんが…。」
「とにかく迷惑を掛けないように頑張ります。」
「どうぞ…。よろしく…。」
「お願いいたします…。」
レイナはあまり人と話すのが得意ではないのか、 終始オドオドしながら自己紹介を終えた。
リナとは対称的に極めて大人しそうで、
恐らく運動もあまり得意ではなさそうだ。
ただ、長く綺麗な黒髪が、
何だか神秘的な印象も与えてきていた。
(悠)
「よし!じゃあ最後は俺だな!」
ゴホンと咳払いをして、一歩前に歩みでる。
「ええ~、吉田悠!30歳!」
「家族は妻と愛犬一匹!」
「M保険会社の営業をやっています!」
「昔から野球をやっていました!」
「一番年上ということなので、
皆の頼れる《お兄さん》的な存在でありたいと思 います!」
「若い人と一緒に行動することとなり、
若干申し訳ない気持ちもありますが、どうぞよろ しくお願いします!」
年上の威厳を見せ付けようと、
若干声を張り、胸を張った。
二人の受けも悪くないようだ。
(リナ)
「何だか、《お兄さん的》がかなり強調されてい た気がするな~。」
「でも思ったよりは年上じゃないんだね!」
「よろしくね!悠兄!」
(レイナ)
「よ、よろしくお願いします。」
「ゆ、悠兄さん…。」
どちらも味があるいい返しをしてくれる。
もしかしたら、いい仲間になれるかもしれない。
何よりも《兄さん》の響きが堪らない!
悠はそんな下らない事を考えていたが…。
(マザー)
「さて、自己紹介も済んだようですし。」
「そろそろ本格的なリミットが迫っています。」
「申し訳ありませんが、ここから先はクラン登録 の手続きを終えてからにしていただきます。」
時間は差し迫っているようで。
本格的な手続きに移ることとなる。
(リナ)
「けど、手続きって言われても一体どうすればい いの?」
「書類とか面接とかの審査とか受けなきゃいけな いのかな?」
「私、そういうの苦手なんだよな~。」
リナは頭の後ろで手を組み、
面倒臭そうな顔をしている。
これに関しては皆が同意件である。
そもそも何から始めて良いのかすら
分からないのだ。
(マザー)
「いえ、書類の手続きなどは一切不要です。」
「私たち低級精霊の仕事自体が、
皆さんの様な人達の救済になりますので。」
「本来は各街にある、クラン会館での申請が原則 ですが、私を通せば全体陸への申請を一度に終 了することができます。」
「特に他のクランとの重複登録等がなければ、
直ぐに結成は承認されるでしょう。」
(悠)
「なんだ、なら安心だな。」
「よし、
じゃあチャチャっと済ませちまおうぜ!」
(リナ)
「そうね。あそこで固まってる狼に。」
「凄い武器で一泡吹かせてやらないとね!」
(レイナ)
「わ、私も…。」
「足を引っ張らない様に…。」
「が、頑張ります。」
いよいよ3人によるクランが結成される。
『今後の事は分からないが、先ずは現状打破!』
その目的は共通している。
そして目的に向け、
3人の団結力も高まりつつある。
いいコンディションで初戦を迎えられそうだ。
(マザー)
「では、クラン登録の儀式を行います。」
「皆さん。左手を前に出して、
私を中心に集まって下さい。」
(悠)
「左手?俺今怪我してるんだけど。」
「右手じゃダメなの?」
(マザー)
「ダメです。」
「クランの結成と同時に、皆さんの左手の甲には その資質に見合った《ランク》が刻まれます。」
「そしてその後、その手の中にはその人物の心の 在り方を示す武器。」
「先程からお話ししていた
《心具》が発現します。」
「左手である理由は、心臓に近い方の手であり、 ステラの精霊達にその命を捧げ、その見返りとし て心具を得るためだと言われています。」
「更に、儀式を通しその人物の信仰に最も則して いると認められる精霊が、心具に属性を与えま す。」
「基本的には、信仰の対象としている属性が付く のが一般的です。」
「皆の左手を介し、その人物の信仰の対象や、 様々な能力。」
「つまりは本人の《資質》を精霊に報告する。」
「クラン結成の儀式には、そう言った意味合いも 含まれているのです。」
(悠)
「ふーん。なるほどね。」
「まあ、信仰だの資質だのはよう分からんけど」
「じゃあ、取り敢えず左手を出しゃいい訳ね。」
「あいよ。皆血がついたらごめんな。」
悠は鈍い痛みを感じながらも、
左手を前に差し出した。
(リナ)
「何言ってんのよ。」
「私たちを庇って怪我してくれた訳じゃない。」
「悠兄、さっきはホントにありがとね。」
(レイナ)
「悠兄さん、本当にありがとうこざいました。」
「後で可能な限り、治療はさせて下さい。」
(悠)
「おいおい。なんだよ水臭い。」
「俺たちはもう仲間なんだぜ。」
「そう言うのはいいっこなしだよ。」
「それに二人のいう通りだ。」
「今からスゲエ武器を手に入れて。」
「アイツらをブッ飛ばしてから、
ゆっくり治療して貰えばいいんだよ!」
(リナ・レイナ)
「悠兄…。」「悠兄さん…。」
(リナ)
「なんだ、やっぱりいいとこあるじゃん!」
「よし!やろう!アイツらをノシて!」
「3人で街に帰ろう!」
(レイナ)
「はい!やりましょう!」
「皆さんとなら、
何でもできそうな気がしてきました!」
何故かは分からない。
でも、このメンツならきっと大丈夫な気がした。
二人もきっと同じように感じたのだろう。
(マザー)
「では、クランの結成を行います。」
マザーが重ねた手の前に飛んでくる。
「ステラにおります我らが精霊達よ!」
「ここに生まれし新たなクランの結成を認めたま え!!!!」
その瞬間。それぞれの左手が強く光った。
(悠)
「うお!なんだこれ!?眩しい!?」
(リナ)
「あっつい!左手の甲が光って!?」
(レイナ)
「何でしょう!?光の中から何か出てきます!」
そして目映い光がゆっくりと晴れていく。
気が付くと3人の左手の甲には文字が。
リナとレイナの左手には武器が握られていた。
(マザー)
「登録の手続きは無事に終わった様ですね。」
「おめでとうございます。」
「皆さんはステラの冒険者として、世界中の精霊 達から認められました。」
「そして…。」
「皆さんの左手には、
精霊から与えられし証が宿っているはず。」
「貴殿方の左手の甲に刻まれている文字が、 貴殿方が有している《資質》のランク。」
「左手に握られているのが《心具》です。」
「では、それぞれ《心具》を掲げ、
《ランク》を宣言して下さい。」
「それで儀式は終了となります。」
「では…。リナさんから。」
(リナ)
「よし!分かったよ!」
リナは左手に心具を握り、空に掲げた。
「石澤リナ!心具は《剣》!!」
「うん!実に私らしい!」
「ズバッと切り裂く!単純明快!」
「ええと、ランクは.....。」
リナは掲げた左手を覗き見ている。
「ランクは…。「GⅢ(ジースリー)」!!」
「え?GⅢってなに?」
「良いの?悪いの?」
「私に着いたランクって事は、
これが最高ランクの表記なの?」
リナは表記の意味が分からず
困惑している様子だ。
(悠)
「おいおい、なんだよその自信は?」
悠は笑いながらリナに語りかける。
(リナ)
「だって私、昔から勉強もスポーツもソツなくこ なすタイプだよ?」
「部活でもずっとレギュラーだし!」
「私の資質にランクが付くなら、多分トップクラ スじゃないとオカシイじゃない?」
それにしても凄い自信だ。
悠とレイナは思わず顔を見合わせた。
(マザー)
「リナさん。申し訳ありません。」
「GⅢは最高のランクではありません。」
「しかし、上から3番目のランク。」
「滅多にお目にかかれない、高ランク保持者であ ることに間違いはありません。」
マザーがスーっとリナに近付いていく。
(マザー)
「リナさん。ステラにおける資質のランクは、
GⅠからGⅥの6段階で表記されています。」
「そしてその内、GⅢ以上の高位ランクに位置す る冒険者は全体の7%程度と言われています。」
「しかも、このランクは現時点でのもの。」
「あなたのこれからの在り方で増減もします。」
「最初から既に「GⅢ」ランクというのは、かな り凄いことなんですよ。」
マザーの話を聞いていたリナの顔は、みるみる赤 みを帯び、得意気な表情に変わっていった。
(リナ)
「なーんだ!私やっぱり凄いんじゃん!!」
「まー、当然だね!まだ最初だし!」
「まあ、直ぐにでも
最高のGⅠクラスになるでしょ!」
リナは満足したように高らかに笑っている。
(悠)
「本当に調子のいい奴だなぁ。」
悠が呟くと、
(リナ)
「プラス思考なんです!」
とニヤリと笑った。
しかし、全員が何よりも驚いたのは…。
(悠)
「それにしても…。」
「本当に見事な剣だよな…。」
「美しい白金の刃で…。」
「何よりも歪みなく、本当に真っ直ぐだ。」
(マザー)
「ええ、私もランク以上に
そちらに驚いています。」
「これほど見事な心具には、
そうそう出会えないでしょう」
「恐らく、彼女の純粋で真っ直ぐな気性と。」
「畏れを知らず突き進む溢れ出す勇気。」
「そういった心の強さが、あの美しい刃に現れて いるということでしょう。」
マザーも息をのみ。同調する。
それほどまでに見事な。
キレイな西洋刃の形状をした剣が、
その手には掲げられていたのだ。
腰には革製の鞘も備え付けられている様だ。
(マザー)
「重ねてのお話になってしまいますが…。」
「《心具》とは、その人物の心の形。」
「心の在り方が具現化したものです。」
「ですから、武器が現れる人もいれば。」
「防具や日常品が現れる人もいます。」
「そもそも人がもつ資質には様々な形があり。」
「戦いが得意な人もいれば、
商いや政治が得意な人もいるのだから。」
「心具もそれに合わせ、
様々な形で現出するのは当然なのです。」
「恐らく、リナさんはどちらかと言えば
攻撃的な性格であった。」
「それに加えて、
純粋で真っ直ぐな心も持ちあわせていた。」
「だからあの様な美しい刃が現れた。」
「これから人として、更にいい方向に成長される とすると…。」
「もしかしたら彼女は、
末恐ろしい方かもしれない。」
「GⅢランクのスタートも、
納得せざるを得ませ。」
「あれはそれほど見事な心具です。」
マザーも驚く見事な剣を作り出したリナ。
しかし、当の本人と言えば…。
(リナ)
「この剣凄い!全然重さを感じないよ!」
「超使いやすい!」
「これはズバズバ振り回せるわ!」
と玩具でも振り回すように剣で遊んでいる。
(レイナ)
「本当~。リナちゃんらしい武器ですねー。」
そうのんびりと話すレイナの手には、
どうやら金属製の杖が握られているようだ。
(マザー)
「ええと…。すいません…。」
「では、次はレイナさん。お願いします。」
マザーに声をかけられ、一瞬驚き
「は、はい!」
と返事をしてレイナは杖を掲げた。
(レイナ)
「い、岩本レイナ。」
「武器は…。これは、つ、杖?でしょうか?」
「ランクは、えっと……「GⅢ」です。」
「あ、リナちゃんと一緒ですね~。」
「何だか嬉しいです~。」
「ええと…。では…。よろしくお願いします!」
(リナ)
「最後なんで挨拶なのよ!?」
リナがからかうように笑った。
(リナ)
「てか、レイナも「GⅢ」じゃん!?」
「私と一緒とか凄いんじゃないの!?」
リナはマザーを見つめて問いかける。
(マザー)
「先程もお話しましたが…。」
「これは本当に凄いことですよ…。」
「結成したばかりのクランにGⅢが二人?」
「聞いたことがありません…。」
「もしかしたら、ステラ史上においても、
そうそうお目にかかれないかも…。」
「私自身も目の前の光景が信じられません。」
マザーも心から驚き、
二人の資質の高さに称賛している様子だ。
(マザー)
「それに、レイナさんの「心具」ですが…。」
「形状から察するに、恐らく、
魔法を使う能力を有した武器と思われます。」
(悠・リナ)
「マジで!?魔法使い!?」
その響きに悠とリナは興奮を隠せなかった。
(悠)
「スゲー!レイナちゃん魔法使えんのかよ!」
「なに魔法使いなの!?」
「俺、攻撃魔法が見てみたいかも!」
(リナ)
「何言ってんのよ!」
「レイナ何だから
癒しの魔法に決まってるでしょ!」
「さあ、レイナ!疲れた私の心を癒して頂戴!」
(マザー)
「お二人とも!一度落ち着いて下さい!」
興奮する二人を遮り、マザーは説明を続けた。
(マザー)
「いいですか?」
「この世界の魔法は、
6大精霊の力を借りて具現化されます。」
「詠唱により精霊と交信し、
その力を借りる事で魔力を得るのです。」
「その魔力を《心具》」。
「レイナさんであれば、
《杖》を通して具現化するのが魔法です。」
「「GⅢ」ランク以上の魔法使いなんて、それこ そ滅多に出会えません。」
「ですから、実際にどのくらいの力があるのか、 私にもはっきりとは分からないのです。」
「今は結界により、外界と断絶していますので、 精霊と交信することは出来ませんが、この作業を 終えた後、レイナさん自身が自分がどんな魔法を 使えるのか、直ぐに理解するはずです。」
「どんな属性の魔法であったとしても…。」
「その威力は目を見張る物になるのは間違いない でしょう。」
「GⅢランクの魔法使いは、それほどまでに貴重 にして稀有な資質に恵まれた方と言えるので す。」
(悠)
「うお~!なんかレイナちゃんも凄そうだな!」
「二人ともマジで格好いい!」
「俺の仲間凄すぎじゃねーか!」
悠は二人の心具の凄さに、
興奮を抑えきれなくなってきていた。
(マザー)
「そして更に言いますと…。」
「レイナさんの《心具》をよく見て下さい。」
「杖の柄の部分。」
「下半分は刃状になっています。」
「恐らくその「心具」は杖であり、槍なのでしょ う。」
「基本的な戦いには魔法を使用するのでしょう が、時には槍としても活用する。」
「レイナさんの心の奥は、もしかしたら鋭い攻 撃性をも同時に秘めている。」
「ということかもしれませんね。」
「まあ、あくまでも推測ですが。」
(リナ)
「歩く人畜無害。一日百善のレイナに攻撃性?」
「有り得ないよ。」
「きっとさ。
なんか切るための便利グッズじゃないの?」
「糸きるとか、包丁の代わりに使うとか。」
リナが呆れた様子でマザーに声をかける。
(マザー)
「はっきりとした用途は、
私には分かりません。」
「ですが、心具は心の形。」
「レイナさんの中には、刃として現出する
《何か》があるというのは事実なのです。」
「それが何なのか…。」
「それはいずれ、本人が理解するのでしょう。」
(リナ)
「ふ~ん。なるほどね~。」
「あのレイナに、刃…。か…。」
リナはいまいち納得がいかない様子だ。
しかし、今考えても仕方がない事。
直ぐに話題は切り替わり…。
(リナ)
「さて、最後は悠兄の番だよね!」
「最後の最後にGⅥとかやめてよ~!」
(悠)
「そこ!不吉なこと言わない!」
「お兄さんだって二人が凄すぎて
さっきから冷や汗止まんないんだから!!」
「それに二人が凄いんだからな!!」
「俺は一般人の類いなんだからな!!」
悠はドキドキしながら前に歩みでる。
(悠)
「ええと、吉田悠!!」
「俺の武器は…。ってあれ?」
「左手に何もないんだけど…。」
「ねえマザー?僕の武器知らない?」
「僕だけ何も配られてないよ?」
(マザー)
「母親に物を聞くような態度を取らないで下さ
い。」
「私が知るはずないでしょう。」
「何処にやったんですか?」
(悠)
「ええ!?最初から何も持ってないよ!?」
「そっちのミスじゃないの!?」
「左手は光ったけど何も出てこなかったもん!」
(マザー)
「そんなことはあり得ません。」
「クランの結成は確認されています。」
「心具が形成されないなんて有り得ないです。」
(悠)
「ええ~??うっそだ~。」
「じゃあなに?僕だけ手ぶら??」
悠はおもむろに、両手で胸を押さえる。
(リナ)
「クク…。ヤバい…。」
「悠兄…。丸腰……。だっさい……」
二人が後ろで
必死に笑いをこらえているのが分かる。
(悠)
「そこの二人!笑わないの!」
「きっと心の汚い人には見えない心具なんだ よ!」
(リナ)
「いやいや、だって自分が見えてないじゃん。」
「プッ…。ククク…。アッハッハッハ!!」
耐えきれず、マザーと二人が爆笑している。
(悠)
「ちょっとやめてよ~!」
「誰が一番辛いのかをきちんと考えて!」
「ちょっと待って!
落としてないか探してみるから!」
悠は泣きそうになりながら、
周辺の地面を探し始める。
(マザー)
「ハアハアハア…。笑いすぎました。」
「あー、すいません。」
マザーが場を仕切り直そうとする。
(マザー)
「とりあえず、必ずどこかに心具はあります。」
「実戦になれば分かるでしょう。」
「ププ…。まあ、何処にあるか分からない以上、 ププププ…。とりあえず両手を挙げてランクの 宣誓を…。して下さい。プププ…。」
(悠)
「おいオメー、後半声が震えてたぞ。」
「絶対笑い堪えてんだろ。」
後ろで他の二人が吹き出したのが分かった。
(悠)
「くっそ~~!
なんで俺だけ扱いが雑なんだよ!」
「え~い!もういいよ!」
やけくそになり、左手を空に掲げた。
「吉田悠!武器は不明!落とした!」
「ランクは!ん?なんだこれ?」
「丁度怪我した所だから、よく見えないな?」
「ランクは…。これは「GⅢ」かな?」
「多分「GⅢ」だよな?多分「GⅢ」です!」
「以上!もう悔いはありません!」
悠の発言を聞き、
一瞬マザーの動きが固まったのが分かった。
(マザー)
「《GⅢ》…ですか?」
「悠さんも?本当に…?」
「万が一にでも嘘の申告をすると、
後で精霊達から懲罰がありますよ。」
「具体的に言うと、
天使により死ぬまで幽閉されます。」
「それでは、もう一度聞きます。」
「本当に《GⅢ》ですか?」
「嘘は本当に許されませんよ?」
(悠)
「何その天使超怖い。」
「いや、嘘も何も傷で見づらいし…。」
「でもこれGⅢだよな?」
悠は目を凝らし、自分の左手を見つめる。
(リナ)
「悠兄。さっきは笑ってごめん。」
「私たちに馬鹿にされたから、
維持張ってるんだよね。」
「本当にごめんなさい。」
「私たちは悠兄が何ランクでも
変わらず友達だよ?」
「だから素直になって?」
「嘘はやっぱりダメだよ?」
「ほら、レイナも謝って!」
(レイナ)
「悠兄さん、ごめんなさい。」
「やっぱり
人の欠点を笑ってはいけないですよね。」
「本当に申し訳ありませんでした。」
レイナは深々と頭を下げた。
(悠)
「いやいやいやいや!!」
「みんな何で誤ってんの!?」
「俺本当に嘘なんて言ってないよ!!」
「確かに傷と重なっちゃって見にくいけど、
これ「GⅢ」だよね!?」
悠はみんなの前に左手を突きだし確認を迫った。
3人は差し出された左手を確認する。
(リナ)
「うーん、確かに「GⅢ」かな?これは…。」
リナが確認する。
(レイナ)
「確かにそう見えます~。」
レイナも続けた。
(マザー)
「確かに…。そうですね。」
マザーも認める。
(リナ)
「悠兄、無職で引きこもりなのに、
私たちと同じなんてなんか納得いかないな。」
リナは憮然とした態度を示した。
(悠)
「ちょっと待って!無職じゃないから!」
「引きこもってもいないから!」
「愛する妻のために、毎日働いてるから!」
「今はあれだよ!」
「ちょっと心が照れちゃって、
形になれないだけだから!」
「引っ込み思案なだけだから!」
悠は必死に言い訳を続けるが…。
(マザー)
「はい、もういいです。わっかりましたー。」
マザーはやり取りに飽きたのか、
かなり気だるそうにあしらっていた。
(悠)
『あれ?なにその態度?』
『疑ったのそっちじゃなかった?』
『さっきからみんな態度悪くない?』
『なにそれ?もう俺こういう
ポジションに決まっちゃったの?』
『決まっちゃった感じなの?』
悠の不安を他所に、マザーは話を再開する。
(マザー)
「確かに、みなさんの宣誓に
間違はないと確認致しました。」
「一部怪しい方もいらっしゃいますが。」
(悠)
『なにアイツ。やっぱりケンカ売ってんの?』
(マザー)
「正直なところ…。」
「ステラにおいて、高貴な血筋ではない皆さん が、結成段階で全員が《GⅢ》ランクに属してい る。」
「そんな高ランクな人々の集まりなど、
聞いたことがありません。」
「先程悠さんに確認したのはその為です。」
「決して他意があったわけではないのです。」
(悠)
「いやいや、高貴な血筋じゃないとか。」
「聞く前から決めちゃってんのは、
やっぱりバカにしてるでしょ。」
「俺が王族の血筋だったらどうするつもり?」
「謝罪だけじゃ許されないよ?」
(レイナ)
「悠兄!まさか本当に王族さんなんですか?」
(悠)
「いや、メッチャ凡人。」
「先祖辿っても多分農民とかだわ。」
(リナ)
「レイナ。
この人は考える前に口に出るタイプだわ。」
「まともに相手にしてはダメ。」
悠たちの緊張感のなさを他所に、
マザーは神妙な面持ちで話を続けている。
(マザー)
「あなた方の担当になれたこと…。」
「ただの一低級精霊に過ぎない私にとっても」
「これは大きな幸運なのかもしれませんね。」
マザーはそう話すと、
ふよふよと頭上に上昇していく。
(マザー)
「さて…。それでは手続きの最後に
天部から与えられたクラン名をお伝えします。」
(悠)
「え?そういうのも
自分たちで決められないの?」
(マザー)
「はい。クラン名はクランのこれからに期待し、 天部から授与されるものです。」
「個人でつけることは叶いません。」
(リナ)
「えー、つまんなーい。」
「私が強そうな名前考えたかったのに~。」
「最強レイナ軍団とか。」
(悠)
「壊滅的だなお前は!」
「しかも他人を犠牲にしやがって!」
「人として最低な行為だぞそれは!」
コイツに決めさせなくて良かったと、
悠は心から安心していた。
(マザー)
「では、我々の今までやり取りも含め…。」
「天部で決定したクラン名を授与します。」
(悠)
「おお…。なんか緊張してきた。」
(リナ)
「格好いいのこい!強そうなのこい!」
(レイナ)
「私は可愛いのがいいです~。」
(マザー)
「オッホン!では発表致します。」
「あなた方のクラン名。」
「それは《ディープインパクト》」。
「この世界に、新らしく大いなる衝撃を与えるこ とを期待し、授与された名前です。」
(悠)
「ディ、ディープインパクト!?」
悠は思わず叫んだ。
「あの伝説の名馬と同じ名前じゃないか!」
「なんて名誉なことだ!」
(レイナ)
「なんか聞いたことがあります~。」
「確かお馬さんの名前ですよね?」
(悠)
「そうだけど!ただの馬じゃないんだよ!!」
「あの近代競馬最強と唄われた名馬!」
「小さな体で飛ぶような美しい走りを見せ、
多くの競馬ファンを感動させた、
伝説の名馬の名前なんだよ!!」
興奮して話す悠に圧倒され、
レイナはこくこくと頷いていた。
(リナ)
「競馬はよく分かんないけどなんか格好いい!」
「これでいいんじゃない?」
リナも満更でもない様子だ。
(マザー)
「皆さんにも異論はないようですね。」
マザーが頭上から3人に声をかける。
「では、いよいよこの直後から、
あなた方のクラン《ディープインパクト》
の活動が開始となります。」
「まずは心具を用いて、追いかけて来た、
人狼ウェアウルフの退治を行いましょう。」
「相手は単体のランクGⅤ程度。」
「初戦としては厳しい相手ですが、
あなた方の力なら間違いなく大丈夫です。」
マザーは3人に語りかける様に、
中心に降り立つ。
(マザー)
「さて、少し長くかかってしまいましたが…。」 「これでクラン結成の儀式を終了とします。」
「無事に街に辿り着きましたら、
クランハウスに来てください。」
「そこでまたお会いましょう。」
「その時に、まだまだ伝えきれていない
このステラの実情を説明します。」
(悠)
「おお。そうか。まあ、また後でな。」
(リナ)
「本当に色々ありがとうね~。」
「また後で色々教えてね~。」
(レイナ)
「あ、ありがとうございました!」
「また後でお会いしましょう~。」
3人の目からは、既に不安の色は消えていた。
先程追いかけて来た狼たちなど眼中にない。
そう感じさせるほど、表情は引き締まっている。
(マザー)
『本当に…。頼もしい限りですね。』
「では、私が消えた丁度10秒後」
「結界が破れ、時間は動き出します。」
「皆さんに精霊の加護が在らんことを。」
「では、一度失礼します。」
そういうとマザーは空に登り消えていった。
パキバキ。リナが横で屈伸し指を鳴らす。
(リナ)
「さーて、私たちのデビュー戦だ!」
「あの狼たちに無傷で圧勝しよう!」
(悠)
「ホントに凄い自信だな。」
「見習いたいはそのポジティブシンキング。」
「けど…。」
(リナ)
「けど?」
(悠)
「俺たちなら大丈夫。」
「俺も今、そう思ってるよ。」
(リナ)
「クスクス。」
「なんだ。充分ポジティブだよ。それは。」
(レイナ)
「クスクス。」
「そうですよね~。」
「私もそんな気がしています~。」
3人でリラックスした会話をしていた直後。
弾けるように結界が崩壊した。
そして次の瞬間。
リナは駆け出し。
剣により一瞬で。
狼一体を真っ二つに切り裂いた。
それに続くように。
レイナは杖の先から大きな火の玉を発生させ、
もう一体を一瞬で焼き付くす。
そこには焦げた灰だけが残されていた。
そして、悠は…。
何が武器かは未だに分からない。
けれど、攻撃したリナの隙をつき。
背後から襲い掛かろうとするウェアウルフに対し し、無意識に手をかざしていた。
(悠)
『ああ、大丈夫…。これであってる。』
何故だかすんなりと理解ができた。
「隙なんてねぇよ!お前は飛んでけ!」
ただ、そう強く念じた。
するとウェアウルフは何かに吹き飛ばされ。
崖から落ち、絶命した。
時間にして、僅か2~3秒であっただろうか。
(悠)
「おっし!予定通り!」
(リナ)
「大圧勝!」
(レイナ)
「ですね!」
パアン!!
お互いの健闘を讃え、手を叩いた。
こうして「ディープインパクト」のデビュー戦 は、リナの言うとおり無傷の圧勝に終わった。
これからはステラに属する一つのクランとして。
様々な依頼を受け。
元の世界への帰還方法を探していくことになる。
悠たちの長い旅路は、
やっと幕をあげたばかりなのだ…。