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おやじ妄想ファンタジー   作者: もふもふクッキー
25/114

水の章 クランバトル編 一回戦Ⅴ

 ○ 日常における「舞」


 (マリエ)

 そもそも。 

 皆は、私がフィーブルとの戦いで「舞」を披露していないと思っている。

 ここが一番の認識の違いを産んでいるのよ。

 (マザー)

 それでは…。

 あの戦いの中で、マリエさんは「舞」をきちんと披露していた。

 しかし、私達はそれに気付かなかった。

 そういうことになりますか?

 (マリエ)

 ええ。正にその通りね。

 

 マリエさんは自信満々に言い切っている。

 しかし、俺達は試合をずっと見ていた。

 その中では、一度もマリエさんが踊っている姿を見ていない気がするのだが…。


 (リナ)

 うっそだ~!

 マリ姉嘘ついてるよ!

 私達は、ちゃんとマリ姉の戦い見てたもん!

 けど、マリ姉が踊っている所、見た人が誰もいないなんておかしーじゃんか!

 マリ姉、私達になんか隠し事してるでしょ!?


 ズバリと聞くリナの性格。

 こういう時には、ホントに頼りになるね。


 クスクス…。

 マリエさんは、また扇で口元を隠し笑っている。


 (マリエ)

 ごめんなさいね。

 隠し事はしていないのよ。

 さっきも話したけれど、そもそもね。

 きっと皆と私には「舞」に対する、大きな認識の違いがあるのよ。

 (レイナ)

 私達が認識する「舞」は、以前にマリエさんが見せてくれた、音やリズムなんかに合わせて、ホントに踊るといった感じのものですよね~。

 マリエさんの「舞」は、そうではないのですか?

 (マリエ)

 もちろん、私の中でもそれは「舞」に含まれるし、「舞」のメインの姿だと思うわ。

 (悠)

 メインの姿…。

 つまりは、俺達が「舞」として認識している姿。

 それはメインの姿で。

 それ以外にも、マリエさんが言う「舞」が存在する…。ってことになるのかな?

 (マリエ)

 その通り。

 「舞」には音やリズムに合わせて披露する、正に「躍り」としての姿がある。

 そして、それ以外の姿も存在する。

 それは、いわゆる日常の所作。


    「立ち振舞い」と呼ばれる姿よ。   

 

 (マザー)

 「立ち振舞い」!?躍り自体ではなく!?

 身振りや手振りと言うことですか!?

 それだけの動きが、精霊と交信し得る程の「舞」に含まれるというのですか?

 立ち振舞いは、「舞」を美しく見せる、動作の中の一部でしょう?

 そんなの…。  

 その程度の。正に動作で魔力を得るなんて…。

 確かに漢字は似ていますが…。

 にわかには信じられない…。

 ただのこじつけではないのですか!?


 マザーが驚きの声をあげた。

 無理もない。

 いくらなんでも「立ち振舞い」を躍りの「舞」と同レベルに結びつけるなんて…。

 誰一人予想をしていなかった事なのだから。

 

 (悠)

 マリエさん。

 今の話は本当なんですか?

 その~。

 「立ち振舞い」に、躍りの「舞」と同じ効果の様なものが。

 ホントにあると?

 

 俺は恐る恐るマリエさんに質問をした。  

 マリエさんは、躍りに関して相当なプライドをもっている。こちらが嘘をついていると決め付けるのは、彼女のそういったプライドを、傷付ける可能性があると思ったからだ。

    

 (マリエ)

 ええ。あるわ。

 むしろ「舞」を綺麗に見せるための、必要条件とも言えるわね。


 マリエさんの解答は揺るぎなかった。

 現に彼女は、「立ち振舞い」を利用し、魔力を得ていた様だし…。  

 彼女が、嘘をついている訳では無いようだ。


 (レイナ)

 確かに~。

 マリエさんが強く魔力を練っていたのは、観客の皆さんに扇を使用しながら、アピールをしていた時でした~。  

 ああ言った「立ち振舞い」が、「舞」の一部だとすれば説明はつきます~。


 (悠)  

 観客へのアピール…。

 サービスを「振る舞って」いる?

 何だかどうもしっくり来ないな~。

 (マリエ)

 難しく考えすぎよ。

 私も決して「立ち振舞い」=「舞」とは考えていないわ。 

 「立ち振舞い」は、あくまで「舞」を綺麗に見せるための構成部位よ。

 だから、練られる魔力は微弱だし、魔法の出力にも時間を有したのだから。


 「立ち振舞い」は、相手に何かを振る舞う、とは違うのよ。

 「舞」における、表情や手の動き、指先や体の向き。相手を「舞」に引き込むための、ホントに小さな所作の部分よ。

 ほら、テレビとかで「女形」の人が、女性の仕草を真似てみたり、体の動きを研究したりしているの。見たことがないかしら?  

 指先までも美しく見せる。

 彼らはそうやって「女性」を表現している。


 「舞」というのは、そういった細かい一つ一つの動作が組み合わさって、始めて美しく見える。

 「舞」は、そういった「立ち振舞い」が積み重なって、始めて産まれる姿とも言えるのよ。


 マリエさんは、「舞」について、自分の解釈を詳しく説明してくれた。 


 けれど…。


 (リナ)

 う~ん。分かったような。

 分からないような?

 どれが「舞」で、どれが「立ち振舞い」なのか。

 私達に見ても分かるのかなぁ?


 リナは、首をかしげ、正に頭に?マークをつけているようだ。

 それを見て、マリエさんは再びクスクスと笑う。


 (マリエ)

 リナちゃん。それでいいのよ。

 踊り手以外は分からない。

 「立ち振舞い」なんて、演者の勝手なこだわりみたいな物なのよ。

 (リナ)

 な~んだ。 

 そしたら私達素人には、分かりっこない訳ね~。

 (マリエ)

 うん。けれどね。

 (リナ)

 え?

 (マリエ)

 相手には、いつ魔力を練ったのかが分からない。

 私はこれは、バトルにおいて大きなアドバンテージになる、と思っているわ。


 マリエさんの表情が、真剣なものに変わった。

 マリエさんがこれまで話してきた内容が、全てこの結論に収束されるということだろう。


 (悠) 

 確かにな。

 相手から見てれば、普通の会話や、少し大袈裟な仕草にしか見えない。

 一般的な、

 「はい。私、今魔力練ってます」という時間が、相手からは確認出来ない、という訳か。

 (マザー)

 簡単な様に言っていますが、これは相手からしたら、脅威以外の何物でもありませんね。

 魔力を練っているのが確認できれば、相手の攻撃のタイプや、発動のタイミングを意識することが出来る。


 しかし、マリエさんの場合は、実際は魔力を練っているのに、それが確認できないのですから。

 相手からすると、いきなりノーモーションで、魔法に晒される訳だ。


 フィーブル氏のように、何も気付かずに拘束されても仕方がない。

 何せ予想すら出来ないのだから…。

 レイナさんが気付けたのも、マリエさんの微弱な魔力の流れを感知できたから。

 でも、これは現実的な防ぎ方じゃない。

 レイナさんレベルの魔法使いなんて、滅多に存在しないのだから…。


 つまりは…。


 (悠)

 誰にも防ぎようがない。

 発動にさえ気付かず。

 成す術もなくやられるのがオチ。

 ということなんだな。


 事態を理解し、一瞬俺達の中で空気が止まる。

 マリエさんの能力の凄さに、思わず息を飲んだのだ。


 (レイナ)

 やっぱり!マリエさんは凄いです!

 踊りも美しく、戦っても強いなんて!

 正に完璧な女性です~!


 レイナが無邪気に静寂を破った。

 レイナは、いつも以上に目を輝かせ、マリエさんを見つめている。

 今の考察だけで、マリエさんが如何に強いのか。

 誰しもが、認識することとなった。

 ホントに、ウチの女性陣は凄い人ばかりだ。

 どんどん頭が上がらなくなってきた…。


 (マリエ)

 レイナちゃん。誉めてくれてありがとう。

 けれど、さっきも話したけど、このやり方が完璧と言うわけではないのよ。

 (悠)

 と、いいますと?

 (マリエ)

 まず第1に、練られる魔力が微量なの。

 きちんとした「舞」であれば、精霊との交信も強く深くなるから、魔力も沢山得られるのよ。

 けれど、流石に「立ち振舞い」レベルでは、この子(扇)と少し会話する程度なの。

 だから、一度に大量の魔力を得ることは出来ないのよ。

 (悠)

 精霊との交流の「強さ・深さ」か…。

 この感覚は、実際に体験した人じゃないと分かりそうもないな。

 (マリエ)

 そうね。ここはあくまで感覚的な部分。

 誰しもが理解できるとは思ってないわ。


 そして、もう一つ問題がある。

 それは、魔法が出力出来るまでの魔力は、この子の中に貯めておかなくてはいけない。

 つまり、一気に出力出来ない分、魔力を何処かに貯めて隠す必要がある。

 正直、やってみてこれが一番大変だったわ。

 (マザー)

 つまりは…。

 マリエさんは、「立ち振舞い」で得た小さな魔力を、徐々に心具の中に貯めていった。 

 そして、魔力が充分に貯まったのを確認した後、フィーブル氏に向け魔法を発動させた。

 ということでしょうか?

 (マリエ)

 ええ。正にその通りよ。

 (レイナ)

 フィーブルさんを指差した瞬間ですね!

 あの時が一番魔力の揺らぎを感じましたから~!

 (マリエ)

 そこを含めて、うまく隠したつもりなんだけど。

 やっぱりレイナちゃんには敵わなかったわね。

 少し残念だわ。 

 私もまだまだ、皆みたいなトレーニングが必要ね。

 マリエさんは、少しがっかりした様子で空を見上げていた。


 (レイナ)

 ご、ごめんなさい~。

 でも、マリエさんが凄いのは本当です~!

 私なんかよりもずっと凄いです~!


 レイナはマリエさんの様子を見て、慌ててフォローしたようだ。

 レイナはいつも周りの空気を気にしているので、疲れてしまわないかと少し心配になる。

 マリエさんもそれに気付き、気にしないようにとレイナに笑顔で手を降っていた。

 

 (悠)

 さて、マリエさんの戦いは大体こんな感じだったみたいだけど…。

 マザーさん。感想はこれいかに?

 

 俺は横でフヨフヨと漂い、何か考えているであろうマザーに声をかけた。


 (マザー)

 感想もなにも、あまりの衝撃に言葉がでません。

 (悠)

 お?ディープインパクトか?

 (マザー) 

 ええ。本当に。それくらいの衝撃です。

 悠さんは、マリエさんが理知的だと仰いました。

 彼女は無駄なことはしないと…。

 正にその通りの戦い方だったという訳ですね。

 (悠)

 俺はそこまで深く考えて言ってないよ。

 あくまでイメージの話だった。

 でも、マザーはどうしてそう感じたんだ?

 少し気になるから教えてくれよ。

 (マザー)

 だってそうでしょ?

 マリエさんの話を聞くに、彼女はこの戦いで、一切無駄な行動はしていない。

 フィーブルも、我々や観客も、全て彼女の掌の上だったということですよ?

 (悠)

 確かに、俺達はマリエさんの魔力の動きに気付かなかったけど…。 

 全部が全部。思い通りに動かされたってのは、言い過ぎじゃないのか?  

 流石にマリエさんでも、そこまでは…。

 (マザー)

 私もそう思いたいのですが…。

 上手く纏まらないというか…。

 悠さん。もしよろしければ。

 少し、私の検討に付き合っていただけますか?

 (悠)

 おう。何だか楽しそうだしな。

 ただ、俺も試合前だから、可能な限りでな。

 (マザー)

 はい。充分です。

 よろしくお願いします。

 


 ○ 舞姫の知略


 (マザー)

 では、できるだけ手短にいきます。

 この試合を場面毎に切り取って説明してみますね。分からないことや、意見などありましたら、その都度仰って下さい。

 私も考えながらなので、上手く纏まらない場合もありますし…。

 (悠)

 おう。分かったよ。

 まあ、取り合えずやってみようや。

 (マザー)

 はい。

 では、最初の場面から。

 この戦い、開始と同時に実況の方が、興奮しながら注意事項を述べました。

 (悠)

 ああ、確かに。

 節度への応援になっていた時だな。

 (マザー)

 そうです。

 そして、この後でマリエさんは観客へのアピールをする。

 いわゆる大袈裟に「立ち振舞った」場面です。

 (悠)

 ああ、確かにそうだった。

 いつもより、仕草が大袈裟で。

 身ぶり手振りが大きかったな。

 俺はてっきり、大きい会場向けのパフォーマンスなのかと思っていたけど…。

 マリエさんとレイナの話では、この「立ち振舞い」の場面で、一番強く魔力を練り上げていた訳だな。

 (マザー)

 はい。

 しかも、対戦相手や私達に気づかれないほど、魔力の出力を小さく押さえながら。

 彼女はこの時に、扇に魔力を「溜めた」と仰いました。実はこれ。非常に難しい技術なんです。

 (悠)

 魔力を「溜める」か。 

 確かにあんまり聞いたことないな。

 レイナは魔力を練り終えたら、直ぐに出力に移すし。それもスゲー威力の…。

 そういえば、マリエさんも、やってみてこれが一番大変だったって、言ってたよな?

 (マザー)

 はい。やってみたら出来てしまった。

 それが何よりも凄いのですが…。

 力というものは、例え「溜める」としても、一ヶ所に。そして一方向に。

 これ以外の形で留めておくのは、非常に難しいものなのです。

 ですから、レイナさんは魔力を練る間は、一ヶ所に留まり、自分と周囲を中心に魔力を練ります。

 そして、練りあげた魔力は一方向に、一気に出力します。その方が威力も増しますしね。

 (悠) 

 確かに。レイナが魔力を練る間はそんな感じか。

 トレーニングでも、レイナが安定して魔力を練る時間を作るのが、俺達の役割になってるしな。

 でも、マリエさんも扇という「一ヶ所」に魔力を留めているとも言えるけど…。

 それとは、また違う話なのか?

 (マザー)

 そこは、若干感覚的な部分かもしれません。

 ですが、マリエさんは、自身やその場に魔力を溜めず、扇という心具に魔力を溜めています。

 そして、彼女は扇を絶えず動かし、「立ち振舞い」の媒体としても使用していた。

 つまり、扇には「立ち振舞い」と「魔力を溜める」という2つの役割を与えていた訳です。

 (悠)

 なるほどね。

 マザーの言いたいことは何となく分かったよ。

 本来、魔力を練るという行為は、一ヶ所に留まり。集中して行うのが原則。

 大きな魔力を短時間に練るならなおさらだ。

 けれど、マリエさんは絶えず動かしている扇に。 しかも、魔力を練る媒体として、使用している物に魔力を溜めた。

 何というか、このやり方だと手順が複雑だし、力のコントロールが難しいってことだろ?

 (マザー)

 力のコントロール。

 正にその通りかもしれません。

 マリエさんは、絶えず動かし、魔力生成の媒体としていた「扇」に魔力を溜めた。

 しかも、レイナさん以外の人物に悟られることもなく…。これは非常に難しいことです。

 彼女の力のコントロールは、正に神がかっていたということですね。


 そして…。コントロールという部分ですが。

 力を弱く練るというのも、実は結構難しい話なんです。

 (悠)

 弱く練るか…。

 そういえば、レイナもボールトレーニングでは、いつも魔力を小さく抑えるのが大変。

 って言ってるよな。

 大体出力上げすぎて、部屋が水浸しか、ぼや騒ぎになるしな…。

 (マザー)

 その通りです。

 魔力に限らず、力を小さく使うというのは、人間にとって、非常に難しい行為なんです。

 力を一気に溜めて、一気に出す。

 この方が、シンプルで力を使いやすいのですよ。

 よく、スポーツでも、何でこの距離でミスするの?という場面がありますが、あれと同様と言っていいでしょう。

 (悠)

 ああ~!なるほど!

 これはスポーツする身としては分かるかもな。

 確かに、ある程度の距離があった方が、ボールを投げるときも楽だったりするよ。

 相手が近いと、力の加減が難しくてミスしたりするもんだよな。

 (マザー)

 そうですよね。

 力というものは、荒く・大きく使う方が楽なんです。

 逆に、繊細に・小さく使う方が、神経と集中力が必要になります。

 つまり、人に気付かれないほどの小さな魔力を、少しずつ練り上げ、動く物体に留めた。

 マリエさんの力のコントロールが、如何に素晴らしいかを。

 この事実だけでも物語っているのです。

 (悠)

 レイナにも出来ない力の小さなコントロール。

 マリエさんは、いきなりの実戦で、さも当然の様にこなしてみせた訳か…。

 そう考えると、やっぱりあの人も、怪物じみた資質の持ち主。

 ってことになるわけだな…。

 (マザー)

 はい、お考えの通りだと言えます。

 あのレベルの、緻密で繊細な力のコントロールは、なかなか出来るものではないでしょう。

 彼女もまた、皆さんと同じ高い資質を有していること。この戦いで証明されましたね。


 さて、ここまでは、私が伝えたかった、マリエさん自身の「力」のコントロールの部分でした。


 (悠)

 「力」を強調したということは、他にも何かをコントロールしてたってことか?

 (マザー)

 はい、彼女は見事に私達。 

 つまりは、対戦相手を含め、この会場全てをコントロールしていたと言えると思います。

 (悠)

 さっきの、「掌の上」の話だね。

 (マザー)

 その通りです。

 先ずは、先程から話しているバトルの最初の場面。ここでは、マリエさんは観客を煽り、魔力を練る時間を作りました。

 (悠)

 うん。小さく練るのは難しいんだよな。

 (マザー)

 ええ、その話です。

 この場面では、観客を煽ることで。

 彼女は、魔力を練る時間と立ち振舞う理由を作り出しました。

 (悠)

 なるほど。確かにそうも考えられるな。

 (マザー)

 そして、この後。

 マリエさんは、フィーブル氏と会話をしながら、隙を見て、少しずつ魔力を練っていく。

 彼を会話に集中させ、自分の準備が悟られぬように、時々挑発を交えながら…。

 (悠)

 フィーブルに女性の扱いを説いたりした場面か。

 あれにも意味があるのかよ…。

 俺なんか自分の寂しい青春時代の話まで暴露しちゃったのに…。

 (マザー)

 マリエさんに言わせれば、最高の助け船だったかもしれませんね…。


 …。話を戻します。


 そして、会話の中で、彼を拘束するには、充分な魔力が練り上がったのを確認した後。

 マリエさんは、今度は観客を挑発しながら、フィーブル氏を指差します。

 フィーブル氏が指を指されても、違和感を感じないように。 

 挑発対象に、敢えて観客を含めたのがポイントです。

 マリエさんとレイナさんの話では、あの指差し行為で、扇に出力対象を認識させた。ということみたいですね。

 (悠)

 いきなり観客煽ったのにも理由があるのか…。

 でも、そういえば。何で指差しなんだ?

 対象を認識させるなら、扇で指した方がいい気がするけど…。

 (マザー)

 私もそう考えました。

 ですが、恐らく。

 マリエさんは、扇を出すことで、相手や周囲に、魔力の揺らぎを悟られることを警戒した。

 魔力を溜めている扇が目立てば、そのリスクも増す。

 マリエさんは、万に一つでも、相手に自分の準備がバレる可能性を潰していたのです。

 (悠)

 へえ~!あの行動にまで意味が!?

 すげぇなあの人!頭ん中どうなってんだ!?

 (マザー)

 本当に恐ろしい方です。

 味方でない場合を考えると寒気がしますね。

 そして…。

 マリエさんは、フィーブル氏と会話を続ける。

 いつでも魔法を出力出来る状態のまま。

 彼が挑発にのり、心具を取り出すのを待ったのです。

 (悠)

 ん?そういえば。その後も結構話してたよな?

 なんで準備が出来たのに、マリエさんは直ぐにフィーブルを拘束しなかったんだ?

 (マザー)

 恐らく…。

 彼女はフィーブル氏の心具が何か。

 せめて、形状だけでも確認しようとしたのでしょう。

 万が一、フィーブル氏の心具が刃状の物であれば、持っている側の手を拘束しなければいけない。


 それ以外の、マリエさんと相性の悪いタイプのものであれば…。

 場合によっては拘束以外の、別の手を考えなくてはならない。

 そうなると、植物を操作する能力が、先に相手に悟られるのはマズイ。

 次の一手を予測されやすくなってしまう。


 恐らく彼女が最優先にしていたのは…。


 自分の手の内を如何に晒さず、相手の情報を如何に引き出すか。

 万が一拘束に失敗した後でも、相手に彼女の心具がどのような能力かを悟らせないこと。

 彼女は、勝ちがほぼ確定したあの状況下でも、最後まで僅かな敗けの可能性を消しに行っていたのです。

 (悠)

 …。

 改めて聞くとスゲエ話だな…。

 マリエさんは、あの戦いの中で、そこまで頭を回していたなんて…。

 戦いの最中でも、いつも通り。  

 傲慢で自信家な様子しかなかったのに。

 (マザー)

 実際は、緻密で繊細な策略家だったということですね。

 彼女の行動に、意味がないものなど、一つとして存在しなかった。


 つまり、今までの話で私が言いたいのは…。


 この戦いで。

 マリエさんは、「立ち振舞い」という、精霊との交信が不安定な状態で。

 練るのが難しいと言われる、小さな魔力を、誰にも悟られない間に練り上げた。


 しかも、それを自分ではなく「扇」という媒体に溜め込み。その媒体を絶えず動かし続け。

 そして、自分の準備が整うまでの間、それがバレぬよう。

 したたかに相手や観客を誘導し、会話を続けた。


 自分が拘束に向けた準備をしていることを悟られないよう、あくまで平静を装いながら。


 準備が整った後も、フィーブル氏の心具がどのようなものかを確かめるために、彼女は挑発を続けた。

 そして、挑発を受けてしまったフィーブル氏は、彼女の策略にまんまとはまり。 


 拘束され。


 そして破れた。


 つまり彼女は…。


 対戦相手・観客・魔力・そして私達を、予定調和のように全て操り。

 そして、まんまと思い通りに動かしてみせた。

 

 正にこの戦いにおいては。

 

   この会場全てが、彼女の掌の上だった。


 これが私が伝えたかった結論なのです。


 如何ですか?恐ろしい話でしょう?

 私は自分で話していても、身震いが止まりませんでしたよ。

 彼女にしてみれば、我々を欺くなんて朝飯前。

 レイナさんに気配を悟られたことが、唯一の計算違い。 


 最後に見せた風の刃。

 あれは、きっとフィーブル氏への情けでしょう。

 せめて相手に、一瞬でも心具を使用してあげる。

 そうすることで、相手がきちんとバトルで破れたと、周囲に認識させるための…。

 

 つまりは…。

 彼女には、一科学者など、元より眼中にはない。

 彼女が見ているのは、もっと先。

 遥か上空。主賓席にいる帝という存在。

 今回の戦いも、いつか戦うであろう、水の帝に対し。その手の内を、晒すつもりなどはない。

 必ずそこにたどり着き、いつか喉元に食らいつく。精々今は、高みから見ていろ。と。

 そういった彼女の意志の表れだったと感じました。

 そして…。

 彼女の行動は、正にそのレベルで、完璧に構築されていた…。

 

 恐らく彼女は…。

 開会式の出来事を受けて。

 帝という存在を本気で意識した。

 越えるべき対象として。

 あの圧倒的な力に、本気で挑むと決めたのです。

 今回の戦いからは、彼女のそういった決意が滲み出ていた。

 少なくとも、私にはそう見えました。



 マザーの話に、俺はただ茫然と聞き入ることしか出来なかった。

 普段から自信家で、振る舞いも横暴だが、彼女にはそれを裏付ける力が。

 能力が備わっている。

 彼女なら、もしかすると、帝にも届き得るのかもしれない。

 そんな可能性を感じ、俺はただ、身震いする体を押さえていた…。

 そして、マザーは更に話続ける。


 (マザー)

 この戦いを見て、彼女は皆さんの中で、一番実戦向きの方だと感じました。

 バトルを大局的に判断し、先の先を常に意識している。いい方を変えれば、思考の視野が広い。

 そう。本当に恐ろしいほど。

 彼女こそが、本物の未来予知かと思ってしまう程に…。


 相手に情報を与えず、如何に情報を得るのか。

 彼女レベルで、この駆け引きを行える人は、恐らく存在しないでしょう。

 相手の心具が分からない状態で挑むクランバトル。彼女は正に、その申し子と言えるかもしれない。

 このバトルだけで、私はそこまでの可能性を感じてしまいました。


 悠さん?聞いていますか?


 マザーに促されて、俺は我に返った。


 (悠)

 あ、ああ!ごめん! 

 なんか話が大きすぎて! 

 よく分からなくなってたよ。

 とにかく!ウチの踊り子さんは凄い!

 今はそういう纏めでいいですかね?


 俺はそう話すので精一杯だった。

 あまりに話のレベルが凄すぎて、頭がついてきてくれないのだ。 

 この話題に対し、若干恐怖心まで、俺は抱き始めていた。


 その時…。


 (審判)

 それでは、中将戦の準備が整いました!

 出場者は準備を行って下さい!


 (悠)

 お!いよいよ出番か!

 気張っていくぞ~!


 俺はその声に安心感を抱いた。

 この話題を早く終わらせたい。

 俺は何故か、そう考えていたからだ。


 (マザー)

 悠さん!長くなってしまい、すいません!

 とにかく今は試合に集中です!

 がんばって下さい!

 (リナ)

 悠兄!がんばってよ!

 負けたら承知しないからね!

 (レイナ)

 優兄さん!

 がんばって!怪我だけはしないでください!

 (マリエ) 

 悠さん!

 信じているわ!

 悪ふざけしないで、さっさと帰ってきてね!

 

 ウチの頼もしい女性人の声援を背中に受ける。

 俺も男だ!

 たまには、いいとこ見せてきたる!


 こうして、ディープインパクトの一回戦。

 その中将戦である、

 俺の戦いがいよいよ始まろうとしていた…。



 

 


 

 












 

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