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おやじ妄想ファンタジー   作者: もふもふクッキー
18/114

水の章

 ○ポートアクアにて


 天候の影響もあり、ポートバレットから結局1日半がかりだった。

 俺たちは遂に水の大陸。

 ポートアクアに到着した。


 船から見るポートアクアは正に水の楽園!

 清らかな水が町中を走る水路にのり、運ばれ続けている。

 道はその水路で整備され、移動手段の大半はボートや船。

 船を目的地に設定すると、自動で水流が変化し、目的地まで連れていってくれるのだ。

 そして、今回クランバトル大会が開かれる水の都アクアスタムまでは、ポートアクアの水路で直通。

 何故ならポートアクアは、アクアスタムの城下町としての位置づけなのだ。

 そのため、ポートアクアから水流を登った先には、大きな宮殿らしき建物が見える。


 なお、水の大陸では、全ての集落が水流で繋がっており、船に乗れば誰であってもアクアスタムまで来ることが可能である。


 帝のいる都市なのに、なんて不用心なんだと突っ込みたくなるが。 

 そこは水の帝。

 帝にかかれば、全ての水が武器であり、水が多い場所であるほど、その力は真に発揮されるそうだ。

 だから、アクアスタムも海に面しており。

 港に城下町を設けている。

 環境に恵まれた状況で、帝クラスを撃つことは同程度の帝であってもほぼ不可能。

 この都市は、万人に開かれたようにも見えつつ、実は帝の実力が常に完璧に発揮できるように作られた、まさに水の要塞なのである。


 以上、上陸前のマザーからの説明終わり。   


 そして俺たちは船を降りた。


 (悠)

 あ~。しんどかった。

 結局三日酔いした…。

 もう腹の中に何も残ってねーや。


 俺は1日半に渡る船酔いと深酒の影響で、既に体はボロボロであった。


 (リナ)

 ちょっと悠兄!

 こんなきれいな町を、あんたの汚ない口からのお水なんかで汚さないでよね!


 リナからまたお叱りを受けてしまった。

 一番年上なのに、注意ばかりされる。

 自分が情けなくて泣きたくなった。


 (悠)

 リナさん。オジサンも流石にこんな綺麗なところじゃ吐きません。

 安心してください。

 それとね。

 別にいっつも酔ってる訳じゃないでしょ?

 今回はたまたま…。

  

 俺がリナに言い訳をしていた時だった。

 突然レイナが叫び声をあげた。


 (レイナ)

 大変です!皆さん来てください!


 レイナが珍しく大きな声をだしたのだ。

 これはただ事ではないと思い、俺たちは会話の途中だがレイナの元に急いだ。


 (リナ)

 どうしたの!?レイナ大丈夫!?

 (悠)

 レイナ無事か!?何があった!?


 俺とリナが直ぐに駆けつけた。


 (レイナ)

 二人とも…。

 見てください。リンゴが…。リンゴちゃんが…。


 レイナは酷く動揺し、小刻みに肩を震わせている。

 (リナ)

 落ち着いて!レイナ!

 リンゴが!?あのこがどうしたの!?

 まさかストレスで病気に!?


 (悠)

 病気?まさか船酔いじゃないか?

 きっと、リンゴも前日に…。


 (レイナ)

 いえ、違うんです。

 見て下さい!

 リンゴが!リンゴちゃんの毛が!

 いつもより綺麗で!真っ直ぐで!

 ツヤツヤです!

 

 レイナは目を輝やかせ、興奮した様子で話した。

 

 (悠/リナ)

 毛がツヤツヤ!?

 

 俺たちはリンゴに目をやった。

 するとそこには、輝くほどに白く、美しい牝馬が立っていた。

 今までも綺麗な馬だとは思っていたが、まさかこんなに劇的にかわるなんて!


 ヒヒヒ~~ン!


 あれ?何だか声まで綺麗だ。


 (悠)  

 そんな…。声まで変わって…。


 俺たちはリンゴの体を撫で、感触を確かめた。 

 いつもより、指通りもよく。

 一本一本が生き生きとしていることが分かる。


 (悠)

 確かに見違えるほど綺麗になった。

 でも、結局何があったんだ?

 

 俺たちは事態が飲み込めず、困惑していた。   

 (レイナ)

 私にも分からないんです。

 ただ、しばらくリンゴちゃんに会えてなかったので、港に着いたら直ぐに見に来たんです。

 そしたら、前より毛艶もよくて。

 何だかうっとりした様子で立っていたんです。

 その姿が凄く綺麗で。

 だから、ビックリしちゃって…。

 思わず興奮して叫んでしまいました。

 申し訳ありません…。


 レイナは俺たちに深く頭を下げた。

 いつもリンゴを可愛がり、手入れをしていたレイナだから。

 いち早くリンゴの様子の変化に気付けたのだろう。


 しかし、この1日半でリンゴになにが?

 まさか貨物室で恋人でも出来たのか?


 そう考えていた時だった。


 (??)

 あんれ、その馬さ。 

 あんたらのやったんけ?


 独特の訛りを交えた言葉に俺たちは振り向いた。

 そこには、農家の格好をしたおじ様たちが6人立っていた。


 (農夫)

 いや~。

 わしらずっと貨物室にいたもんだから、思わず綺麗さ馬だと思って~。

 どうせやることもないから、皆で手入れさしとったんだや~。

 勝手なことさしてすまんさ~。 

 けんど、すげく綺麗だったから、おらたちもついつい頑張っちまった~。


 要約すると、

 彼らは貨物室で船旅を過ごしていた。

 その時にリンゴを見つけ、綺麗な馬だったため、思わず手入れをしてしまった。

 リンゴは彼らにより、劇的に変貌を遂げ、遂には声まで変わった。

 ということらしい。


 (レイナ)

 おじさん達がリンゴちゃんをこんなに綺麗に!?

 ホントにありがとうございます!

 リンゴちゃんも凄く嬉しそう。


 レイナがリンゴの顔に手をやると、リンゴもレイナの顔にすり寄ってきた。

 始めて会ったときからまさに相思相愛。

 お互いを深く信頼しているのがよく分かる。


 (農家)

 この馬はお嬢ちゃんのやったんか。 

 ホントによくなついて。

 馬も幸せそうで、何だかオラも嬉しいさ。

 オラ達も畑さ耕す時に馬さ使うから、皆で何頭か飼ってるんだわ。

 オラ達にとっては、家族みたいなもんだから、他の馬も大事にしてくれると、何だかオラ達も嬉しいんだ。

 お嬢ちゃん。

 これからもこいつのことさ、大切にしてやってくんろ。

 

 そう話し、笑う農夫さんの顔は、ホントに優しそうな表情に見えた。

 この人の馬への愛情は本物なんだと、俺は感じていた。


 (レイナ)

 本当にありがとうございます。

 リンゴちゃんを大切に思ってくれる人に会えて、私もとっても嬉しいです。


 きっとレイナなら、リンゴのことをずっと大切にしていくだろう。

 レイナに会えて、リンゴだって幸せだと思っている。俺はそう思った。


 (農夫)

 ほうか、ほうか。

 お嬢ちゃんなら、このめんこい馬も大丈夫だべ。

 いや~~。

 オラ達きちんと船の部屋さ予約したのに、何か急にお偉いさんが乗ることになったから、って部屋さ追い出されたんさ。

 水の大陸の綺麗な水さ買って帰って、畑や馬にやりたいと思ってたから~。

 何とか乗せてくれって頼んだら、貨物室ならいいとか言われてさ~。

 田舎もんだからバカにしくさってって嫌な思いしてたんだわ~。


 (悠・リナ)

 『あれ?もしかしてそれって?』


 俺とリナは直ぐに目があった。


 (リナ)

 ちょっと!どうすんのよ!?

 あの人達、私たちが無理矢理船に乗った被害者じゃない!

 あんないい人達に迷惑かけて謝んなくていいの?

 

 リナはヒソヒソ声で話ながら、俺を肘で小突いてくる。

 

 (悠)

 いいも何も、今更言えねーだろ!

 は~い!それ僕達で~す!

 って手でも挙げんのかよ!

 無理に決まってンだろ!


 (リナ)

 別に、は~い!ってバカみたいに名乗りでなくてもいいでしょ!?

 もっと申し訳なさそうに、「あの~その話実は~

」って言えばいいじゃない!?


 (悠)

 嫌だよ!何で俺がそんなに粛々と謝らなきゃならんのだ!

 俺には無理!絶対出来ない!

 そもそも会話しているのはレイナなんだ。

 レイナがどうするか決めればいいだろ!?


 俺たちはレイナを見る。

 会話はまだ続いているようだが、顔がひきつり、頬を一筋の汗が流れている。


 (悠・リナ)

 『あ、レイナさんダメだわ。』

 『これ絶対に言えないわ』

 『絶対逃げるわ』

 俺とリナは言葉を交わさずとも、この問題の着地点を理解した。


 (レイナ)

 そそそそそそそれは…。

 ずずずずず随分と失礼な話ですね…。

 で、では私たちも急ぎますのでこの辺りで!

 ホホホントにありがとうございました~~。


 そう言ってレイナは頭を下げて、リンゴを連れ出した。


 (農夫)

 おいさ~。

 お嬢ちゃんも気をつけてな~。


 農夫さんは最後まで優しかった。

 一礼をして、逃げるように居なくなるレイナを見て、俺たちは「うん。やっぱり。それも仕方ないね」と思うのであった。


 ○ アクアスタム 大会に向けて


 優しい農夫さんに別れを告げた俺たちは、一路アクアスタムへと向かうことにした。

 さっきまで姿が見えなかったマリエさんだが、実は船に同船していた貴族の方に、突然求婚されたため、身を隠していたらしい。

 流石はマリエさん…。

 美人は美人で大変なんだな…。


 (マザー)

 さて、皆さんお疲れ様です。

 マリエさんは本当にお疲れ様でした。

 いよいよ、水の帝のお膝元。

 アクアスタムに向かいます。

 アクアスタムでは、既に帝との謁見に向けた大会への参加を受け付けています。

 今日中に、手続きをしていきましょう。


 (マリエ)

 本当に何なのよあいつ!

 世と結婚すれば、皆がお主にひれ伏すぞ。

 結婚してたも~~。

 っていきなり追いかけ回して!

 平安貴族か!マロ男め!

 今度あったらバトルに持ち込んでズタズタにしてやる!


 マリエさんは知らない間にかなりの修羅場を潜り抜けて来たようだ。

 怒り方が、普段の雰囲気とは比べ物にならない。

 マジギレしているようである。


 俺はそこには触れず、普通の会話に持ち込むことにした。


 (悠)

 い、いよいよか~。 

 帝ってどんな人だろう~。

 美人だといいな~。

 アハハ~~。

 

 (リナ)

 あんたってそればっか!

 もっと緊張感を持ってよね!

 クランバトルに勝たないと結局会えないのよ!

 会って帰る方法を聞くの!

 目的分かってる!?


 (レイナ)

 まあまあ、リナちゃん。

 悠兄さんだって、本当はちゃんと考えてくれてるんですよ?

 今は皆の緊張を解こうとしているんですよ。


 (リナ)

 レイナはそうやってすぐ甘やかす!

 この人はね!

 結局いつも何にも考えてないわよ!

 だから二日酔いで船に乗るの!

 バカなのよ!


 (マリエ)

 あら?私もそこは同感ね。

 こんなに綺麗な女性たちを前にしての発言には思えないわ。

 綺麗すぎて苦労してる人の身にもなってくれる?


 (悠)

 マリエさん以外が言うと、かなりひんしゅく買いそうだね。

 まあ、いいけどさ。

 それで?

 アクアスタムまではどうやって行くんだ?


 (マザー)

 はい。町を歩いて行くか。

 町の水流に乗って一気に行くか。

 どちらかです。


 (レイナ) 

 あの…。リンゴちゃんが居るので…。

 私歩きたいです。


 レイナが珍しく一番に発言した。

 俺たちも当然同意し、皆で歩いて大会の受け付けに向かった。

 そして…。


 (会場案内)

 大会に参加を希望するクランは、こちらにクラン名と代表者名、代表者の端末番号を記載していただきます!

 非常に込み合ってますので、代表者以外の方は並ばず、近くでお控えください!

 代表者の方はこちらに一列になってお並び下さい!


 俺たちが受付についた時には、既に沢山のクランが列を作っていた。

 受付会場は、正に黒山の人だかり状態である。

 

 (悠)

 うえええ~~!?

 なにこれ?

 大会ってこんなに参加者多いのかよ?

 一体何人いるんだ!?

 連休中のネズミの国かよ!?


 俺はあまりの人の多さに圧倒されてしまった。

 アナウンスによると、受付だけで2時間待ちだそうだ。

 俺は既に少しだけ帰りたくなっていた。

 2時間並んで受付は10分…。

 正にネズミの国のアトラクションではないか…。


 (マザー)

 帝クラスの方に謁見出来るんですから当然です!

 しかも今大会は、ランクの上限が低いことから、多数のクランに参加可能性があります。

 クランの名を売るためにも最高の機会です。

 皆が自分の力をステラに響かせようと、躍起になるのは当然でしょう!

 こういう機会をモノに出来る、実力と運を持ち合わせたクラン!

 そういったクランが、これから大きく羽ばたいて行けるのですよ!

 私たちもステラに名を馳せるように頑張りましょう!

 

 マザーは得意気になって話している。

 恐らくマザーの言う通りだろう。

 これからは実力だけでなく、運も必要になる。

 なんせクランバトルの大会なのだ。

 本当に気を引き締めていかなければ、帝と謁見なんて夢のまた夢。 

 下手をすれば、初戦敗退の可能性だってある。

 相手が分からない分、対応の取りようもないのだ。


 俺が代表者として、受付を済ませる。

 2時間並ぶが、こういうことは自然と男の役割になる。

 ネズミの国でも家族のために並ぶお父さんを見かける。

 本当に皆さんお疲れ様です。

 俺は2時間何を考えて過ごそうかと頭を回転させていた。

 そこでバニスターからのある依頼を思い出した。

 それは、バニスターから親書を受け取った時のことだ。


 (バニスター)

 この親書は、大会で受付を行う際に受付を通して水の帝に渡して下さい。

 受付は不審がるでしょうが、私の名前を出せば、少なくとも重役が出てくるはずです。

 その者に渡して頂けると良いと思います。


 そういえば、バニちゃんそんなこと言ってたな。

 取り合えず受付の人に渡してみるか。


 そして2時間後…。


 (会場案内)

 え~。会場の皆様に連絡いたします。

 只今、当初の予想を上回るお客様がお見えになっております。

 大変申し訳ありませんが、先程のアナウンスからプラス1時間程度お待ち頂くことが予想されます。

 お急ぎのところ申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。


 (悠) 

 キー~~!!!

 もう無理!!もう無理!!もういや~~!!

 耐えられない!!!

 もう大会なんて知らない!!!

 勝手にやってください!!!


 俺は流石にぶちギレて列を離れた。

 だって、足がもう棒だもん。

 足が棒なのか、元々棒が足だったのか分からないレベルだよ!

 これ以上は無理!もう待てない!

 帰って野球見て寝る!


 (マザー) 

 ちょっと!待ってください!

 大会は!?受付はどうするんです!?

 帝に帰る方法を聞くんでしょう!?


 (悠)

 だから帰って野球見て寝るんだよ!

 帝に聞かなくても野球くらい見れるだろ!?

 もう無理なの!これ以上はいやなの!


 (マザー)

 なに訳分からないことをいっているんですか!?

 早く戻らないと今までの苦労が水の泡ですよ!?


 (悠)

 だから、もう嫌なの!!

 俺はこれまでもこれからも苦労するのは嫌なの!

 分かったでしょ!

 もうお家に帰るの!


 (マザー)

 ダメだ…。この人は本当にダメな人なんだ…。

 もう、まともな説得には聞く耳を持たないな。

 仕方ない。かくなる上は。


 悠さん、少しだけいいですか?

 マザーがスーっと俺に近づいてきた。


 (悠)

 なんだよ。何を言われても、もう列には並ばないぞ。

 もう帰ってビール飲んで野球見るって決めたんだ。何を言ってもムダだぞ。

 

 (マザー)

 はい。分かっています。

 けれど、一つだけお伝えしたいことがあります。

 他の皆さんの前ではお伝えしにくかったのですが、水の帝はステラ1の美人として有名なんです。


 ピタッ。

 俺はその発言を聞いて思わず足を止めた。


 (悠)

 ステラ1の美人?

 それはこの世界で一番の美人と言うことかね?

 マザー君よ。


 (マザー)

 はい。そういうことになります。

 一応お耳に入れておこうかと。


 (悠) 

 ふむ。いい心掛けだねぇ。

 君はきっと出世するよ。

 そして?

 大会に参加するとその美人に会えると?

 

 (マザー)

 はい。皆さんなら。

 いえ、悠さんなら充分可能性があるかと。


 (悠)

 ふんふん。なるほどなるほど。

 して、私はあと何分並ばねばならぬと?

 

 (マザー)

 約1時間かと。

 ただ、これまで2時間並ばれていますし、水の帝の美しさに比べると安い苦労かと…。


 …。

 ……。

 俺は頭の中で苦労と世界一の美人を天秤にかけた。そして…。


 (悠)

 マザー君。よく教えてくれたね?

 全く仕方のない話だねぇ。

 よし。列に戻るとしようか。

 寛大な私に感謝したまえ。


 俺は美人に会うための努力なら惜しまない。

 俺はそういう男なのだ。

 いや、男はそういう生き物なのだ。

 ましてや、相手は世界一の美女。

 心が昂らない訳がない!


 そして1時間後…。


 (受付)

 お待たせいたしました~。

 こちらに代表者とクランの名前。

 そして代表者の端末番号をご記入下さい。

 

 (悠)

 ふむふむ。よしよし。

 書くとしようじゃないか。


 かきかきかき…。

 ふむふむ。これでいいかね?


 俺は受付の女の子に紙を渡した。


 (受付)

 はい!確認いたしました~。

 では、参加番号3542番。

 ディープインパクト様。

 こちらが参加ナンバーです。

 予選会場については追って端末に連絡いたします。本日はお越しいただいて、ありがとうございました。

 (悠)

 …。

 ……。

 は?3000なに?予選?

 なにそれ?

 そんなに参加すんの?

 予選なんてあるの?

 え?じゃあ、帝にはいつ会えるの?


 (受付)

 すいませ~ん。

 私はただの受付でして~。

 詳しいことは、あちらにあります本部でご確認下さ~い。


 受付の女の子が指し示す先。

 そこには大会本部と書かれた大きなテントがあった。 

 そしてそこに向かって、これまでと同数。

 いや、これまで以上の人の列が続いていた。


 プツン。

 俺の中で何かが切れる音が聞こえた…。


 (悠)

 ふ~~ざ~~けんな~~!!!

 何が帝じゃこの野郎!!!

 どれだけ人を並ばせれば気が済むんじゃ!!!

 お前はそんなに偉いんか!!!

 おう!!!姉ちゃん!!!

 いいからさっさと帝だしてくれ!!!

 わしゃあそいつに聞きたいことがあるんじゃ!!


 俺は遂にプッツンしてしまった。

 並んだ時間3時間。

 受付10分。

 質問する場合。プラス3時間。

 ネズミさん。

 いくらなんでもそりゃないよ…。


 (受付)

 お客さま!落ち着いて下さい!

 ここはあくまで受付です! 

 質問はあちらのテントでお受けしております!


 (悠) 

 お姉さん!そりゃないよ~! 

 俺3時間並んだんだよ!?

 普通ならもう、帝に会ってもいい位の苦労したでしょ!?

 それなのに、更に3時間並べって…。

 お姉さん!そりゃないよ~~!


 今にして思えば、

 完全に悪質なクレーマーである。

 しかし、俺の精神力は既に限界に達していたのだ。これ以上は待てないのだ!


 (受付)

 もう私では対応できませんね。

 誰か~~!誰か来てくださ~~い!


 受付のお姉さんは、誰かにヘルプを求めた。

 そして…。


 ( ?? )

 大丈夫ですか!?

 何かありましたか!? 

 トラブルですか!?

 

 そこに気の強そうな顔立ちをした女性が間に入ってきた。


 (受付)

 はい!実は…。


 受付のお姉さんは、現在の状況を女性に伝えている。彼女が俺の様な悪質なクレーマーの対処をしているのだろう。

 可哀想に。彼女も大変な仕事を押し付けられたものだ…。


 (女性)

 ちょっとあなた。

 お話をお伺いしますから、こちらにどうぞ。

 

 (悠)

 おう。姉ちゃん。

 ワレが帝に会わせてくれるんやな?

 ええやろ。着いてったるわ。

 

 俺は既に引くに引けなくなり、完全に悪役に徹する形となった。

 男には絶対に引いてはいけない時がある。

 俺にとってはそれが今なんだ!


 しばらく歩き、本部テント内の個室に通された。

 俺は、やばい絶対に怒られる。と内心ドキドキであったが、最早手遅れのため、腹を括っていた。


 そして、女性と向き合う形で席に着いた。


 (女性)

 それで?

 帝様に会わせろとは、一体どういう案件なんですか? 

 

 女性は冷静に話をしているが、気の強さが顔に出ている。

 完璧に怒っているのが空気から伝わってくる。


 (悠)

 言葉の通りじゃわい!

 水の帝に会って、聞きたいことと、渡したいものがあるんじゃい!

 わ~ったら、さっさと会わせんかい!


 俺は馴れない関西弁を駆使してクレーマーを気取る。最早何が目的なのか分からなくなってきた。


 (女性)

 あなた何か勘違いしてませんか?

 帝様に謁見可能なのは、大会の勝者のみです。

 受付を済ませたくらいでお会いになれる方ではありません!

 無礼な方ですね!

 

 (悠)

 じゃからその大会がいつ始まるんじゃ! 

 現時点で3000なん組も集まっとったら、大会だけで何年かかるか分からんじゃろがい!

 こちとら急いどんじゃ!

 そんなに待てるかい!

 

 (女性)

 大会の運営は我々が責任をもって行わせていただきます。

 詳細は追って連絡しますので、今日はお引き取りください。


 俺はこの言葉をチャンスと考えていた。

 この部屋から抜け出すきっかけを作れると考えたのだ。


 (悠)

 わ~ったわい!

 今日のところは帰る!

 じゃが、連絡に納得がいかなければ、直接帝に会いにいくから覚悟しとけと伝えておきや!


 俺は何とか最後まで悪役に徹することに成功したと、心の中でガッツポーズをとった。

 最後まで引かずにやりきったと。

 しかし、すぐに俺はこの世界の…。

 水の大陸の人たちの帝への忠誠心を甘く見ていたことに気付かされる。


 (女性)

 覚悟しとけ?

 我が帝様に向かって、なんたる無礼を…。

 許さない。

 あなたはここで、私が始末する…。


 (悠)

 え?なんて?


 俺は女性の発言を聞き返そうとした。

 しかし、その瞬間だ。


 ダァン!!

 俺は後ろから女性に腕を拘束され、地面に叩きつけられていた。


 (悠) 

 『なんだ?一体何が起きた?』

 『腕がきめられて?地面に寝てる?』

 『あの一瞬で背後に回られたのか?』

 『嘘だろ?全く見えなかった…。』 


 ギリギリ…。ギリギリ…。

 女性は腕を徐々に強く締め上げてきた。

 うわっ!?

 俺は痛みのあまり声をあげ、何とか抜け出そうと抵抗を試みた。

 しかし、女性は全く動じることなく、徐々に力を強めていく。


 『マズイ!抵抗してもびくともしない!』

 『この人…。本物だ!本当に強い!』

 『信じられないが、リナより早いし力も強い!』

 『ヤバイ!このままだと腕が!』

 『やられる!』


 俺は最悪の展開も覚悟した。

 その時女性が何かに気が付き、力を緩めた。


 (女性)

 それは?その書状。

 服の内側に持っている。

 そのシンボルは、炎の帝の…?


 女性は俺が内ポケットに持っている親書に気づいたようだ。

 俺も若干興奮していて出すのを忘れていた。

 何たる馬鹿な話だ。


 (悠)

 すまない!さっきまでの話は全部嘘だ!

 俺はあんたの気付いた通り、この親書を水の帝に届けに来た。

 炎の大陸の重鎮。フレッド・バニスターに依頼を受けて来た使者だ。

 さっきまでの非礼は詫びる!

 だから手を離してくれ!


 (女性)

 フレッド・バニスターの使者?

 あなたが?


 女性はゆっくりと手を離し、俺の顔をジッと見つめた。


 (女性)

 信じられない。貴方みたいな冴えない男が使者だなんて…。

 あの男も遂にやきが回ったか…?

 炎の大陸への侵略のチャンスなのか?


 女性は独り言の様にブツブツと何かを呟き始めた。


 (悠)

 そちらの事情はいいから、取り合えず親書を確認してくれ!

 俺の話はその後でいいだろ!?


 俺は女性に親書を突きだした。

 女性も納得したようで、親書を受け取り、中身を確認する。


 (女性)

 …。

 確かにシンボルも押印も本物だ。

 大陸の重鎮にしか分からない暗号も正しく記載されている…。

 しかし、この内容…。

 これは本当か?

 私には、こいつがそこまでの人材には思えないのだが…。


 (悠)

 何が書いてあるかは知らないがもういいだろ!

 親書はちゃんと届けた!

 腕も痛いし帰してくれよ!

 予選だかなんだか知らないがきちんと受ける!

 だからお願いです!

 もう解放してください!


 俺は悪役キャラから解放された安心感から、思わず泣いてしまっていた。

 早く恐い思いをしたこの場を離れたい!

 その一心で女性に泣いて許しを請うたのだ。

 我ながら情けない場面になってしまったものだ。


 (女性) 

 ふむ。まあ、いいだろう。

 実際に見れば分かることだ…。

 今日の所は解放しよう。

 だが、大会についての参加方法については、私から直接連絡させて貰う。

 それでいいな?


 (悠)

 なんでもいいです~~。

 早く帰してください~~。

 あなた恐いんです~~。

 

 俺は恐怖に呑まれ泣きっぱなしだった。

 三十路にもなって本当に恥ずかしい…。


 (女性)

 おいおい。そんなに怖がらないでくれ。

 元々あなたが…。

 まあ、今はいい。

 では、端末番号を教えてくれ。

 それと、私の名だが、


 エリアス・ぺールと言う。


 長い付き合いになるかもしれない。

 以後よろしく頼む。


 そう言って女性は、俺に自分の端末番号を渡して部屋を出ていった。


 後からホテルに入り、マザーから彼女が水の帝の右腕と呼ばれる大陸の重鎮であると聞かされた。


 そしてその夜。

 エリアスさんから連絡があり、俺達のクランは予選が免除となったこと。

 大会は3日後。

 選考と予選を突破した、全32クランによるトーナメントバトルにより行われることが告げられた。

 



 

 



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