扇の章Ⅱ
○ オアシスの踊り子
・ 二人への期待
かんぱ~い!
キィン!
ジョッキが澄んだ音を立てる。
至るところで楽しそうな声がする。
何だか懐かしい雰囲気だ。
結局俺たちはトレーニングを早めに切り上げ、現在は宿の地下にある劇場に来ていた。
(悠)
っっか~~!!
どの世界でも運動の後のビールは染みるね~~!
俺は早めにトレーニングが終わったこと。
そして何より、
彼女の躍りが楽しみで、酒が快調に進んでいた。
(リナ)
何このオジサン!
さっきから飲んでばっかり!
やっぱり、
ただトレーニングしたくなかっただけじゃん!
酔っぱらって鼻の下伸ばしてマジ気持ち悪い!
リナは先程のトレーニングのことをまだ根に持っているようだ。
ちなみにリナは20歳だがお酒は飲めない。
そもそも味が嫌いということだ。
よく分からないが、なんともったいない。
この世界で、酒以上に気分を晴らすものを俺は知らない。
(レイナ)
まあまあ、リナちゃん。
私も悠兄はぁんも、反省ひてますから~。
全部お酒に流ひまひょ~~♪
私もまだまだ飲みますから!
ね?ね?
せっかくだし楽しくやりましょ~よ。
あ、オジサンこっちもういっぱ~い♪
こっちは俺同様上機嫌だ。
かなりいける口らしく、俺よりもペースが早い。
レイナの意外な一面をまた垣間見た気がする。
(マザー)
はぁぁ~~。もう~~!
二人が女性のことを余りに気にされていたから!
トレーニングを早めに切り上げたのに!
何なんですかこの二人は!?
このクランでまともなのは、
やっぱりリナさんだけなんですか!?
マザーも俺たちの様子を見て、すっかり呆れ返っている。
リナはマザーの発言に対してコクコクと無言で頷いている。
どちらもかなりご立腹だ。
(悠)
まあまあ、お二人さん。
今日のトレーニングのことは本当に悪かったと思っています。はい、この通り~。
俺は二人に謝意をこめてテーブルに手をつき頭を下げた。
(レイナ)
そうですそうです!この通り~!
レイナも俺に続いて頭を下げる。
すっかり出来上がってきたようだ。
(悠)
ただ、ここは劇場件酒場。酒場件劇場。
そして!
我々はショーの主役に招待されてここにいます!
います!(レイナ)
つまり、我々が楽しまないと、ご招待いただいた方に失礼になると思うのです!
そうだそうだ!(レイナ)
だから、私たちはこの場を!
そして何より、ショーを最大限楽しむため!
そのお供に酒をたしなむのです!
そうなんです!よく言った!(レイナ)
レイナと二人。
酔っ払いが理路整然と屁理屈を言ってのけた。
その様子を見て他の二人はすっかり呆れ顔になっている。
(リナ)
だから嫌なのよ。
酔っ払いと、髭の濃いオヤジは…。
今日一番の被害者が気になる愚痴を言っている。
だが俺は怒ったりはしない。
こういう場で喧嘩を始めるやつ。
そういう奴がどれ程、場の空気を壊すか俺は知っている。
社会に出てから嫌というほど見てきた光景だ。
(マザー)
全くです!
今日のお二人は…!
マザーのお説教が始まろうとした時だった…。
ブーー!!
ブザーが鳴りステージの幕が開いた。
(司会者)
皆さま!
たいへんお待たせいたしました!
本日のダンスショーの始まりです!
心行くまでお楽しみください!
ピーピー!(観客)
よ!待ってました!
いいから早く見せろ~!
会場が一斉に盛り上がった。
ショーの人気の高さを思わせる盛況ぶりだ。
ショーの音楽と歓声で会話が成り立たない程だ。
(リナ)
だ~~!!もう!!
うるさいうるさい!!
酔っ払いどもが!!
少しは黙って見られないの!?
音楽もうるさ~~い!!
リナは周りの盛り上がりに若干嫌悪感を抱いているようだ。
まだ若く。こういう場に慣れてないのだろう。
無理もない話だ。
(悠)
楽しみにしていたショーが始まるんだ!
大人しくしてろと言う方が無理な話だろ!
社会に出たらこういう機会はたくさんあるぞ!
今のうちに慣れておくんだな!
俺はリナに対するイタズラ心から先輩風を吹かせてみた。
だが、嘘はついていない。
多かれ少なかれ、社会に出ればこういう場に出くわすことはある。
慣れているに越したことはないんだ。
(リナ)
何よ偉そうに!
私はあんたみたいな奴がいる所じゃ働きませんから!!ご心配なく~~!!
リナはこちらに舌を出し。
そのままそっぽを向いてしまった。
案の定リナの機嫌を損ねたようだ。
本当は俺も、
リナのいう通りになって欲しいと思っている。
自分が嫌だと思うもの。
嫌悪感を抱くものには触れなくてもいい社会。
二人にはそんな社会で生活して欲しい。
二人にとってそう思える社会が存在するなら。
共に旅する年配者としてとても嬉しい。
ずっと感じてきた。
二人は本当に自分に正直で。
周りの人を心から大切に思っている。
こんなに素直で綺麗な心を持つ二人。
二人が綺麗なままでいられる社会。
そんな所がどこかにあって欲しい。
そんな風に期待しているんだ。
何故なら、俺自身はそんな社会を。
自分の人生を通して考えても。
未だに見たことがないからだ…。
いや違う。
きっと原因は俺自身にある。
俺自身が。
社会や周囲を受け入れられず。
常に嫌悪感を抱いてしまっていたからなんだろう…。
子供の頃からそうだった。
どの世代が作る社会でも、出来る奴と出来ない奴は必ず存在した。
そして俺は…。
どちらかと言うと「出来ない奴」だったと思う。
あれは何故なんだろう?
同じ人間のはずなのに…。
同じ構造をしているはずなのに。
出来る奴と同じことをしているつもりなのに。
何故か必ず「結果」に、歴然とした差は生まれるのだ。
子供の頃はそれほど気にはならなかった。
自分もいつかあんな風になれると思っていた。
だが年齢を重ねていっても、その差は埋まらず。
逆に所属する社会の中で「立場」に大きな影響を与えていくようになった。
出来る奴らが社会の中心になり、出来ない奴等はそこから弾き出されていった。
弾かれたものは足掻くことさえも許されない。
雑魚が何意気がってんだと、中心にいる人物から蔑まれ、叩き潰されるのだ。
こうして社会の中での自分のポジションを徐々に認識させられていくのだ。
それを見ていた他の連中も無理をしなくなる。
身の丈にあった振る舞いを身に付けていく。
雑魚は隅っこで、雑魚同士仲良いフリを続けるようになる。
これは決して本当の意味での「友達」ではない。
あくまで身の丈に合わせた相手との「友達ごっこ」なんだ。
俺にもあいつらみたいに「友達」はいる。
社会的な地位は低いが、一人ではない。
少なくとも社会の輪の中にいる。
中心ではないが社会という輪の中に入っている。
そう思うことで、自分の小さな自尊心を満たしていくのだ。
だが本心は違うんだ…。
本当は自分も社会の中心に立ちたい!
アイツらと大した違いなんてないはずだ!
たまたまアイツらには、人より出来ることがあっただけだ!
そしてそれを披露する場面に恵まれただけだ!
俺にだってチャンスがあれば!
チャンスを与えてくれれば!
あいつらみたいな中心で!
皆を驚かせる力があるはずだ!
あいつらみたいなキラキラした仲間と!
キラキラした生活を!
送ることができるはずなんだ!
誰もがそう思いながら、劣等感を圧し殺し、妥協した仲間と一緒に過ぎしていく。
結局今までの社会の中では。
自分の立場を受け入れたフリをして、俺は友達ごっこを続けてきた。
そして社会に出ても同じことを繰り返している。
出来る奴を見つけては、何故自分はあんな風になれないんだろう。
何故社会は俺の方を評価しないんだろう。
大人になったって、嫉妬心は消えないんだ。
何故自分は選ばれないのだろう。
何故特別になれないんだろう。
年を取っても自己顕示欲は変わらないんだ。
きっと俺自身が周囲を。社会を。
立場を認められず。
嫌悪感を抱く対象としか見ることが出来なかったんだろう。
そのままの自分を。周囲も。
何より自分自身が受け入れられる社会。
そんな社会が。
どこかにあるのだと信じさせて欲しいんだ。
こんなに綺麗な二人なら、
そんな社会を見つけてくれるんじゃないか。
世の中にはこんな美しい所もあるのだと。
示してくれるんじゃないか。
そんな期待を。
密かに俺は二人に持っている。
ん?あれ待てよ?
俺たちのクランは?
俺たちのクランはどんな社会なんだ?
(司会者)
さあ、いよいよ本日のショーのメインイベント!
マリーちゃんのベリーダンスのお時間です!
皆さん心の準備はいいですか!?
うおー!待ってました!!(観客)
早く見せてくれー!!
気が付くと随分と物思いにふけっていた様だ。
ショーはメインイベントを迎えていた。
もしかしたら途中ちょっと寝てたかもしれない。
まあ、彼女のショーが見れたから問題ないか。
(リナ)
あ、やっと起きたよこのオジサン。
リナが指を指しながらマザーに告げる。
(悠)
あ、やっぱり寝てた?
ごめんごめん。
俺は二人に軽く謝った。
酒を楽しむと寝る。
これは油断した時のルーティーンなのだ。
(リナ)
あんだけ見たいみたい言って寝れやがったから。 メインの時はひっぱたいてやろうと思ったのに。
起きちゃって残念。
リナは両手を広げ残念そうなゼスチャーをした。
しかもなんか何回か寝言言ってたよ。
劣等感が~。とか。
期待してる~。とか。
変な夢見てたんじゃない?
(悠)
マジ!?恥ずかしい!
『酔うと寝言も言うのか!』
『これは今はじめて知った!』
(リナ)
あっちも呼び戻さんとね。
お~い!レイナ!
メイン始まるぞ~~!戻っといで~~!
(レイナ)
は~~い!今いきまふ~~!
声の方を見ると、黒山の人だかりの中心でレイナが手を降っていた。
(悠)
なにしてんの?あの娘は?
俺は状況が理解出来ずリナに尋ねた。
(リナ)
なんかあの娘。
途中から周りの連中に絡みだしてさ。
そしたらみんな盛り上がって。
結局飲み比べになったみたいなの。
まあ、レイナが飲むとだいたいそうなるのよ。
そんで必ず勝つの。絶対負けないのよ。
悠兄良かったね。
今日のお代は、あそこに倒れてる方々もちよ。
リナが指差す方向には、たくさんの男たちが倒れている。10数人はいそうだ。
(悠)
あの人数を潰したのか!?
あの小さなレイナが!?
俺はあまりの光景に驚きを隠せなかった。
(リナ)
あの娘の大学でのアダ名知ってる?
リナは自信あり気にもったいぶった様子で話す。
(悠)
何て言うんですか?
何故か敬語になった。
リナはにやりと笑う。そして…。
「肝臓の帝よ」と呟いた。
(レイナ)
ただいま戻りました~~。
今日も酒代浮かせてきました~~。
わかしがんばりまひた~~。
我がクランの帝がふらふらと上機嫌で帰ってきた。
さっき二人にはこういう場にも慣れた方がいいと思っていたが、この娘は大丈夫そうだ。
うん。この娘たぶんどこでもやれる娘だわ。
俺は一人で納得していた。
クランのメンツも揃い。
いよいよメインイベント。
彼女のショーが始まろうとしていた…。
・ オアシスの踊り子
(レイナ)
早く♪早く♪お姉さん♪
レイナは今か今かと待ちきれない様子で歌を口ずさんでいる。
酔っているからか、いつもより表情も明るく可愛らしい。
(司会者)
では、エリーちゃんの登場です!
ピーピー!ついにきたぜ!!(観客)
俺はこの日を何ヵ月も前から待っていたんだ!
エリーちゃん!結婚してくれ~!
既に酒で出来上がっている観客から、地鳴りのような様々な歓声が飛んでいる。
そんな中、ステージの中心にスポットが当たり。 彼女がゆっくりと姿を現した。
そして彼女は顔を上げる…。
その瞬間だ。
会場が静まり返った。
誰もが息を飲んだのだ。
彼女に光が当たったその瞬間から。
ここにいる全ての人が、彼女に魅せられ。
言葉を失ったのだ。
会場は先程とはうって代わり静まり返っている。 会場にはステージの音楽だけが流れている。
誰も声を出すことができないの。
彼女が舞う。
その一つ一つの動作からも、美しさが溢れているようだ。
誰もが彼女を見つめ。
ただ呆然と立ち尽くしていた。
(悠)
これは。これはなんだ?この感覚は。
確かに綺麗だ。
こんな綺麗なものは見たことがない。
だけど違う!それだけじゃない!
この感覚はなんなんだ!?
俺は気が付くと両手を強く握りしめ。
体全体がガタガタと震えていた。
ベリーダンスの衣装を身に纏う彼女は。
まさに絶世の美女。
世界で一番の美しさとさえ言えるかもしれない。
長い手足。白い肌。小さな顔。
均整のとれた体。そして美しい容姿。
その全てが完璧だ。
非の打ち所がない。
世の中に完璧があるなら、それは彼女だ。
彼女だけがこの世で唯一無二の存在。
今なら疑問なしにそう言える。
だが、それだけではない。
俺を襲っているこの感覚。
この感覚の正体はなんだ!?
美しさに感動しているだけじゃない!
美しさは頭がもう理解している!
それでもうまく言えない。
それだけでは理解できない不思議な感覚が、俺の全身を震わせている。
周りを見る。
(レイナ)
お姉さん。凄いです。
ただ、私…。なんですかこれは?
私は何を…?
レイナは震えながら自分を両手で抱き締めている
額からは汗が滴っている。
(リナ)
あれ?なんだろこれ?
お姉さん見てると何かへんだな。
リナも何かを感じてはいるようだ、無意識に剣を手にかけて握りしめている。
リナもレイナも彼女を見つめ、原因のわからない感覚に襲われているようだ。
二人の行動は、一種の防衛本能なのだろう。
二人も俺と同じ状況なのだ。
何かは分からないが、彼女の圧倒的な気配に晒され、思わず身を守っているのだ。
そして彼女は俺たちに気づき。
躍りながらこちらの方に視線を向けた。
バリバリバリバリ!!!
またあの衝撃が全身を襲う。
(悠)
な、なんだよこれ!?
さっきから!おかしいぞ?
俺どうしちまったんだ!?
本当にどうしちまったんだよ!?
息が苦しい。胸が締め付けられる。
全身が震える。力が入らない。
俺はあまりの衝撃に体調を崩してしまった。
(司会者)
おっと~~!!
何という幸運の持ち主だ~~!!
エリーちゃんが一人の旅人をステージに誘っているぞ~~!!
こんなことは始めてだ~~!!
旅人さん!!貴方本当にラッキーですよ!!
司会者の声を聞いて、ふと上を見上げると。
彼女がこちらに向かい手を伸ばしていた。
(悠)
え!?俺と!?
いやいやいや!!
俺踊れないよ!!
無理無理無理!!
突然のことに驚く俺に向かい、彼女は笑って話しかける。
(女性)
私がリードしますから安心して下さい。
そういうと彼女は俺の手を掴み、ステージに引っ張り上げた。
うお~~!なんだお前~~!(観客)
うらやましいぞ~~!
俺と代われ~~!
俺は観客達から圧倒的なブーイングを受けた。
人生で始めての経験だ。
(女性)
来てくれて本当に嬉しいです。
ありがとうございます。
女性は躍りながら器用に話しかけてくる。
露出の多い衣装だ。目のやり場に困る。
ステージに上がり、慣れないダンスを踊らされ、俺の緊張はマックスに達していた。
(悠)
イエ、コチラコソ。
ナニカラナニマデ、アリガトウゴザイマス。
俺は会話を成り立たせるのが精一杯だった。
緊張のあまり、言葉が棒読みだ。
(女性)
そして突然ステージにあげてすいません。
ただ、少し皆さんのことが気になっていて…。
何とかして話をしたかったんです。
(悠)
??
気になった?
俺たちを…。
ですか…?
何とか会話を続けようとするが、ヤバイ。
本格的に体調が崩れてきた。
俺はふらふらになり、踊ることが出来なくなってきた。
息が苦しい。心臓が軋む。体が震える。
全身が痺れ続ける。汗が止まらない。
マズイ…。
このままでは…。
倒れる…。
(女性)
何故かは分からないのですが…。
何だか皆さんのことが頭から離れなくて…。
それに昼間にお会いした時。
あなたのお仲間の小さい娘が沢山質問したでしょう?
あの時の質問の中に「血液型」が含まれているのを思い出したの。
ステラは魔法は発達しているけど、医学はあまり進歩してないから。
もしかしたらあなた達もって…。
え?大丈夫ですか?
『!? そうか! やっと分かった!』
女性が質問をしようとした時。
遂に気が付いた。
さっきから俺を支配し。
動けなくしているものの正体。
それは………。
ドサッ。
そこで一瞬。
目の前が真っ白に光った。
俺は力を失い、その場にヘタりこんだ。
そこからの記憶は途切れ途切れになっている。
恐らくは、いつものように体調を崩し。
意識を保てなかったのだろう。
女性が何かを叫んでいるようだが。
今の俺には聞く術がなかった…。
俺は宿屋の主人や周りの客に運ばれ、部屋に戻った。
その後レイナが治療に当たったようだが、特に体に異変は見られなかったという。
俺はベットの周りがざわつくなか。
意識を保つのが辛くなり。
そのまま眠りについた。
・ 違和感の正体
(悠)
う…。う~ん。
体痛った…。
あれ?もう朝なのか?
俺は昨日ステージで動けなり、部屋に運ばれた。
その後すぐに、運ばれたベットの中で眠りについたようだ。
ああいう発作的な症状が起きると、次の日は全身が軋むように痛む。
今日も体全体が痛み、とても動けそうにない。
(マザー)
おはようございます。
あの悠さん?体調は大丈夫ですか?
マザーにもかなり心配をかけたようだ。
(悠)
ありがとう。マザー。
何とか大丈夫。
だけど、今日はちょっと動けそうにない。
ゆっくり休ませてくれると助かる。
俺は強がることなく、真実を告げた。
一度こういう状態になると、休む以外に回復の手段がないのだ。
(マザー)
そんな。気にしないで下さい。
今日は一日ゆっくりしましょう。
二人には私から伝えておきます。
マザーは二人に俺が目を覚ましたこと。
今日は一日安静にしていることを伝えた。
(悠)
マザー。
安静にすると言っておいて申し訳無いんだが、二人を部屋に呼んでくれるか?
ちょっと皆で話したいことがあるんだ。
俺はマザーに二人の集合を依頼した。
マザーは二つ返事で了承したが、絶対に無理はしないよう釘を刺された。
トントン。ガチャ。
(リナ)
お疲れ~~。大丈夫~~?
(レイナ)
悠兄さん大丈夫ですか?
無理しないで下さいね?
リナとレイナが部屋に入ってきた。
マザーによると、二人ともかなり心配してくれていて、俺が寝たあともしばらく看病をしてくれていたそうだ。
(悠)
ベットの上からですまない。
とにかく心配かけてごめんな。
昨日は看病してくれたみたいで
本当にありがとう。
本当に迷惑かけて申し訳無い。
俺は二人に感謝の言葉を伝えた。
若い娘の前で、何と恥ずかしい姿を見せてしまったものかと後悔する。
(リナ)
そんなの気にしないでいいよ。
体調のことだし仕方ないんだから。
ただ、いきなり動けなくなったから、
かなり驚いたけどね。
レイナなんて悠兄さんが死んじゃう~って大騒ぎしてたんだよ。
(レイナ)
リナちゃん!止めてください!
恥ずかしいです~。
レイナは顔を赤くしながら俯いている。
二人は本当に心配してくれたようだ。
年上としてもっと気を引き閉めなくてはと心に誓った。
(リナ)
それで悠兄?
マザーから悠兄から話があるって言われたから来たんだけど。話ってなに?
リナが本題に切り出した。
早く結果を知りたがる。
本当にリナらしいやり取りだ。
(悠)
ああ、俺が彼女。エリーさん?だよな。
に始めて会ったときに感じた感覚。
その正体が分かったんだ。
だから念のために皆には伝えようと思ってさ。
実は分かってから俺も混乱しちゃって…。
(レイナ)
感覚ってあの、私もエリーさんに始めて会ったときに感じた。
引き込まれる様なあの感覚のことですか?
(悠)
そう。あの時の感覚のこと。
俺たちはエリーさんがあまりに美人だから。
その魅力に引き込まれて、ドキドキしたり、息苦しくなったりしたと思ってたろ?
俺は今回のステージでも最初はそう思ったし。
(リナ)
私はあんまり感じなかったけど。
二人は明らかに変な感じだったよね。
悠兄は体がガチガチに固まってたし。
レイナは目を輝かせながら奇行に走ってたしね。
(悠)
うん。まさにその通りだ。
俺は彼女を一目見た瞬間から、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
そして俺は、違和感を感じながらも。
やっぱりそれが、彼女が美人だから。
その容姿に見とれてそうなったと思っていた。
けど、やっぱり違ったんだ。
前も話した「引き込まれる」っていう表現が一番しっくりくるんだよ。
(リナ)
なんだか話がちんぷんかんぷんだよ。
結局悠兄がエリーさんに感じたのは、どんな感情だっていうのさ。
(悠)
じゃあ結論から言わせてもらう。
あの時、俺とレイナに引き込まれる様な感覚を覚えさせたもの。
そして俺たちの行動に影響を与えた感情の正体。
それは…。
それは…。「恐怖」。
彼女に対する「恐怖心」だ。
俺とレイナは、彼女を一目見たときから彼女の底知れぬ何かに怯え、行動を制限されたんだ。
彼女のあまりの美しさから。
体の反応は全て。
彼女の容姿に向けられたものと思い込んでいた。
しかし、本当はむしろその逆。
美しい姿を持つ彼女の、底知れぬ何かに、深い恐怖心を抱いていたんだ。
だから俺はステージで急に体調を崩した。
いつもの発作の様なもんだが、あれは不安を感じた時に起こりやすいんだ。
だから、あの時倒れる直前に。
自分の心を不安にさせているものが、彼女への恐怖心だと気が付いたんだ。
恐ろしい物を前にして、心が押し潰されたんだと分かったんだ。
(リナ)
いやいや!ちょっと待ってよ!
あんな綺麗で優しそうな人が怖いって?
あの人別に私たちに何もしてないのに?
あの人のいったい何に怯えたっていうのよ?
始めて会ったときだって、ただ世間話をしただけでしょ?
怯える要素が見あたらないよ?
二人とも美人と話すのになれてないだけじゃないの?
(悠)
う~ん。
悲しいことにそれも否定は出来ないんだが…。
だが違うよ。
どうしてかは分からないけど、俺とレイナは初対面の時から彼女に怯えていた。
今なら納得がいく。
そしてリナ。
君もステージ上の彼女には怯えていたよ。
無意識に剣を握りしめていたのを俺は見てる。
とにかく、俺達は彼女に惹かれているが、同時に恐れてもいる。
これが何を現すのかが分からない。
俺にはこれがどうも、重要なことに思えてならないんだ。
だから今二人にも理解して貰って、どうすべきかを考えたかったんだ。
俺は二人に自分の真意を告げた。
告げたうえで、この感覚にどんな意味があるのかを、皆で確認したかったのだ。
(レイナ)
話は分かりました。
そして納得がいきました。
私も綺麗なお姉さんと話せて嬉しいはずなのに、何故かずっと喜びとは違う感情を覚えていました。 あの引き込まれる感覚は、お姉さんとの出会いを喜んだものではない。
お姉さんに引き込まれた訳ではない。
喜びのなかにある、彼女への得たいの知れない恐怖心が、ああいった形で現れたものなのですね。
(悠)
おそらくとしか言えないけどね。
ただ、そう考えると今までの自分の気持ちに納得がいくんだ。
(レイナ)
いえ、たぶんそうでしょう。
私自身も納得がいきます。
私達はエリーさんの美しさに感動し、それ以外の何かに怯えていた。
感情が混ざり恐怖心に気付くのが遅れた。
そして悠兄さんは、恐怖心の正体に何か重大な意味があると感じている。
全て納得できます。
(悠)
分かってくれてありがとうレイナ。
そしてこういうことを聞くなら、俺はマザーだと思うんだ。
今の話を聞いてどう思う?
俺達はエリーさんとどう接するべきだろうか?
(マザー)
何ですか?
その答えは分かってます的な質問は?
とりあえず確認しますということですか?
悠さんのお考えの通りですよ。
お二人の話が事実なら。
エリーさんを何とかして当クランに迎えるべきでしょう。
(リナ)
え!?何でそうなるのよ!?
さっきの恐怖心の話は何処に行ったの!?
そんな怖い相手と旅なんてできないでしょ!?
レイナは俺達のやり取りに全く意味が分からないといった様子だ。
(レイナ)
リナちゃん違うんです。
私達は決してお姉さん自体に恐怖心を持っている訳ではないんです。
お姉さんの中にある。
得たいの知れない「何か」に恐怖心を抱いたんです。
(リナ)
だからそれの何が違うのよ~!
抽象的なことばっか言わないでよ~~!
なんか私だけちんぷんかんぷんで腹立つな~~。
リナは頭をボリボリとかきながら悔しがっている
(悠)
まあまあ。
レイナも言ったが、俺達は誰も彼女自身を怖がっている訳ではない。
彼女の中にある「何か」が怖いんだ。
リナのいう通り抽象的な表現だが、今の俺たちなら、この「何か」がどんなものを現すのか。
何となく想像がつくはずだ。
(リナ)
その人の中にある抽象的な「何か」?
今の私たちなら分かる?
さっきから嫌な言い方ばっかり!
リナはぶつぶつ文句を言いながら腕を組んで考えている。
そんなリナに向かい、レイナが自分の左手の甲を指差しヒントを与えている。
(リナ)
あ!?
ああ、そっかぁ。
なるほどね。
悠兄とレイナを怖がらせたもの。
それはお姉さんの「資質」なんだ。
そう言いたい訳ね。
リナは答えに気がつき、
嬉しそうにこちらを見た。
(悠)
これも絶対とは言い切れないが、おそらくそうだと思うんだ。
俺とレイナが初対面の時から恐怖心を抱いたもの それは彼女の「資質」の力に関係する物だ。
(マザー)
そして、個人ランクCと高い水準にあるお二人を畏怖させる程の「資質」。
恐らくは皆さんと同程度。
若しくはそれ以上の「資質」の持ち主である可能性が高い。
現在の戦力を強化する上で、仲間に加えるには申し分のない相手と言えるでしょう。
それにこれは噂の域を出ませんが、高いランクをもつ物同士は、何故か不思議と引き付け合うという話も聞いたことがあります。
お二人の感覚にはそういった意味合いもあるのかもしれませんね。
(悠)
実は躍りの時にこっそり手の甲を見たんだけど、ランクは書いてなかった。
彼女クランは結成してないみたいなんだ。
だからダメ元で交渉してみようと思うが…。
どうだろう?
実は部屋に呼んだのは、この確認をしたかったからなんだわ。
俺は頭をかきながら二人を見た。
(リナ)
なんか悠兄に踊らされてるみたいで腹立つな~。
(レイナ)
まあまあ、綺麗なお姉さんと旅できるなんて貴重な経験ですよ?
ね?リナちゃん?
レイナはリナをあやすように同意を持ちかけている。
(リナ)
…。
あ~あ。
なんか私だけなんも気づいてないみたい!
てかなんで私だけ何も感じないかなぁ。
悔しいな~…。
まあ、仲間がそれだけ頼もしいってことかぁ。
そう言ってリナは笑った…。
(リナ)
よし!頼んでみよう!
お姉さんに仲間になって貰おう!
リナの前向きな掛け声を受け、俺達は彼女をクランに誘うことを決めたのだった。