○ 大地の章 8年前の真実Ⅲ
「今から俺が話すことが、実際に8年前の帝会談で繰り広げられた真実の歴史だ」
「俺が皆を、平和的な議論で納得させ」
「遺恨なく、現在の執政体制に移行したというのは、嘘偽りの歴史。」
「現実は怒号と罵声の飛び交う地獄絵図だった」
「その真実を今、お前達には伝えようと思う」
ベルガリスはディープインパクト3人を
じっと見つめている。
この話を聞く上での、覚悟を確認している。
3人は直ぐに彼の意図に気が付いた。
3人は彼に向かって無言で頷く。
どんな真実でも、聞く覚悟はできている。
リナを助けるためには、
形振り構ってはいられない。
その様子を確認すると、
ベルガリスは笑みを浮かべ、
再び杖をついて歩き始めた。
「俺がアナベーに指示した暴走劇」
「我が大陸の帝は、奴の愚行を止めるため」
「奴が提示した、ゲームの申し出を受けた」
「当然、あの場を修めるためには、それが最善最速の策だからな」
「アナベーは躍りの出来に納得していないだけ」
「自分の躍りを、誰にも口外しないと約束さえすれば、納得して引き下がるはず」
「とにかく、アナベーをこの場から遠ざけたい」
「そう考えるのは至極当然」
「誰であってもそうするだろう」
「だから俺はアナベーをけしかけたんだからな」
「しかし、これで場は整った」
「後はこのゲームを全員に認めさせるため」
「俺が間に入って、皆にルールを確認した」
「このゲームは、帝を含めた大陸の執政部の皆さんと、我々若手による対抗戦であること」
「負けた方は、勝った方の要求に従うこと」
「その要求とは、次の通り」
「アナベーが勝てば、
今日ここで起きた出来事一切の口外を禁ずる」
「アナベーが負ければ、奴は相手に命を捧げる」
「立会人はこの俺」
「マーシャル・G・ベルガリスが勤める」
「そういう名目のゲームである」
「皆さん承服いただけますか。 ってね」
「皆様は呆れて二つ返事だったよ」
「どうぞご勝手に。 ってな」
「奴等は殆ど皆、既に帰り支度を始めていた」
「とっくに興味も失せていたんだ」
「さっさと覚めた場とは、おさらばしたかったのさ」
「お陰でスムーズに参加を承諾してくれた」
「だがこの時、一つだけ想定外の事態が発生した」
「霧の大陸の連中が、止める間もなく、一瞬で消えてしまったんだ」
「あれは霧の大陸独自の魔法なのかもしれない」
「本当に一瞬の出来事で、俺達でもどうすることもできなかった位だ」
「何せ、霧の大陸は普段から連絡が取りにくい」
「唯一、帝同士の親書のやり取りだけが連絡手段になっていた」
「俺達からは連絡が取れず、クーデターについて内通できる者もいなかった」
「だから、このタイミングで、何としても賭けに参加させ、今後の連絡体制を作りたかった……。」
「だが、事はそう上手く運んではくれなかった」
「後から考えると、これは大きな誤算だった」
「アナベーが提示した条件を受けたのは、大地・炎・水・風の四大陸の帝と、その執政部の連中だけとなってしまった」
「つまり、霧の大陸だけが、俺の能力の制限から逃れてしまったんだ」
「5年前から発生している、霧の大陸と天の大陸が消失した件についても」
「恐らくここで口止めできなかった事が、遠因となっているはずなんだ」
「会議直後に他の大陸の帝や執政部が一新した」
「奴等に何かを察知されてもおかしくはない」
「安全のために身を隠したのか」
「天部を巻き込んで、何かをやるつもりなのか」
「何にせよ、奴等なりの理由があるはずなんだ」
「少なくとも、俺はそう考えている」
「奴等を逃がしてしまったのは、この時最大の失策だったとね」
「そもそも、俺がわざわざ間に入ったのは、俺の心具の能力をその場にいた全員に発揮させるため」
「当然その中には霧の連中も含む予定だった」
「俺の能力は、参加者全員が納得した上で、ゲームが行われないと意味を成さない」
「因みに、さっきから言ってる、俺の能力ってのはな……。」
その言葉が発せられる寸前。
驚いたマリエが、思わず止めに入った。
「ち、ちょっと待って!」
「貴方の能力を皆に発揮するため。 って!」
「まさかそんな事まで、今の私達に教えるつもりなの!?」
「まだ会って間もない
素性も知れない私達に!?」
マリエは事の重大さに驚き。
思わず大きな声を上げてしまっていた。
悠もレイナも当然同じ意見だ。
二人も同様に驚いている。
クランバトルは情報戦。
自分の心具やその能力は、
最優先で秘匿すべき事項である。
クランを結成して間もない彼等でさえも、
それくらいは理解している。
つまりはステラの大原則。
生きる上での基礎知識なのだ。
まして相手は大陸の長。
大地の帝なのだ。
大陸を背負う人物が、
どこの誰かも分からぬぺーぺー連中に。
自分の能力を打ち明ける事など
絶対に有り得ない。
いや、有ってはいけないのだ。
帝の能力。
それは、大陸全体で秘匿すべき超機密事項だ。
帝の敗北は即ち大陸の敗北。
大陸が敗北すれば、当然その大陸は、
他の大陸の支配下に落ちる。
戦争を繰り返してきたこの世界では、
それもまた常識として認識される。
ならば帝の能力を他者に知らせる事など、
許されるはずがない。
その情報の漏洩は、
大陸の敗北に直結しかねないのだ。
万が一にでも漏洩した者は、
その場で首を跳ねられるだろう。
そんな情報を目の前の男は、
あろうことか自らの口から話そうと言うのだ。
非常識のレベルではない。
大陸に対する造反行為と受け取られ、
大陸の民に帝の座を退くよう、
求められても文句は言えないだろう。
それを、さも当然の様に口に出そうというのか。 目の前の男の異質さは、
もはや常軌を逸している。
3人は大地の帝の真意が理解できず、
その場で表情を固めたまま動けなくなった。
「始めに確認したつもりだ……」
「8年前の真実を、受け入れる覚悟があるのか」
「お前らは頷いて答えた」
「だから俺は話している」
「俺の認識に誤りがあったのか?」
「それならば、話はここで打ち切るが……。」
ベルガリスは振り替えることもなく、
落ち着いた口調で3人に問い掛ける。
どうやらベルガリスは3人に、
全ての顛末を伝えるつもりの様だ。
勿論、3人はベルガリスと戦うつもりなどない。
能力を知ったところで、
どうこうするつもりもない。
だが、知ってしまえば当然責任も伴う。
何よりも、
移動の時間潰しに聞くような内容ではない。
3人の困惑は極まり、
悠は思わず助けを求めるように
アナベーの顔を見つめた。
アナベーは両手を開き、大きな溜め息をついて、
首を横に振っている。
「ベルチャンハ、一度決メタラ絶対ニ譲ラナイヨ」
「ミーヤユー達ガ、何ヲ言ッテモ無駄ネー」
「モウ、ベルチャンガ言ウ通リ」
「覚悟ガアルナラ聞ク、嫌ナラヤメル」
「ユー達デ決メルシカナイネー」
アナベーはそう告げると豪快に笑い始めた。
帝が帝なら、副官も副官だ。
この大陸では、悠達の方が常識人の様だ。
3人は情報の重さに若干気が引けていたが、本人が話してくれる以上、有りがたく聞くという事で、意見は合致した。
その様子を聞いていたベルがリスは、歩きながら話を再開した。
「どうやら聞く覚悟もできたみたいだな」
「じゃあ、話を再開する」
「俺は心具の能力をその場にいる全員に発揮するため、ゲームの間に入った」
「俺の心具はこのコイン……。」
「名は、決命の硬貨」
「そして、大切なのはこいつの能力」
「能力の名は、愚かな賭け人
(フーリッシュ・ギャンブラーズ)」
「これは、俺が実際に行った賭け」
「若しくは俺がディーラーとして裁いた賭け」
「そのどちらかに該当した賭けの内容を、その場で参加意志を示した全員に、絶対厳守させることができる。 というものだ」
「俺はこの心具の能力を使い、
アナベーが皆に泣きながら提示した条件」
「《今日この場で起きた一切の出来事は、他の人間には口外しない事》を、その時の帝と執政部の連中に厳守させる事に成功した」
「この能力が今なお発揮されているからこそ」
「当時の執政部の連中は、このクーデターについて、ステラの民に真実を明かすことが出来ずにいる」
「このクーデターがこれまでの間、全てが民主的に決定した事として体裁を維持しているのは、そのお陰なのさ」
「要するに、俺達は当時の執政部の連中を騙した上、口封じをして奴等から地位を奪った」
「これがクーデターの真実だ」
「やり口だけで言えば、当時の連中の方がずっと行儀がいいかもな」
「帝の地位は世襲制が主だった位だしな」
「俺達の地位は、そんな汚い方法で奪い取った」
「謂わば、汚れた玉座なのさ」
「だから俺達は、教育に力を入れ、できるだけ早く後進に地位を譲るつもりだ」
「それが肉親を裏切った、俺達にできるせめてもの罪滅ぼしだからな」
そう告げるベルガリスの背中は、何だか少しだけ寂しそうに映った。
「肉親を裏切った?」
「あんたも当時の帝の親類だったのか?」
その背中を見て、悠は思わず質問をした。
すると、ベルガリスは歩行を止め、少しだけ上を向いてこう告げたのだ。
「そうだな。今は居なくなっちまったが、当時の帝や執政部は俺の肉親だったよ」
「当時の大地の帝の名は、リディア・ベルガリス」
「紛れもない俺の」
「実の母親だ……」
「実の、母親……?」
驚愕の事実に3人は思わず口を押さえた。
母親を陥れたクーデターの全容とは一体……。