○ 大地の章 意外な人望
「ユズキに関しては、アンタ達にも思うところはあるだろう」
「今すぐ結論を出さなくていい」
「まあ、取りあえず一度会ってみてくれ」
「それから考えるべきだと俺も思う」
「アイツは街の離れに一人で住んでいる」
「俺も様子を見たいし、これから家まで案内してやるよ」
ベルガリスは徐に杖を手に取り、
ゆっくりと立ち上がる。
そして、カツカツと杖で音を発てながら歩き始めた。
やはり義手、義足の関係か。
歩くのが大変そうに見える。
「大丈夫か?手、貸そうか?」
悠はベルガリスに向かって手を差し出した。
「このバカッ…!」
「ダメです!悠兄さん!」
レイナとマリエが再び止めに入ろうとする。
プライドの高いベルガリスが、一冒険者の施しなど受けるハズがない。
寧ろ激昂し、力で捩じ伏せにかかるかもしれないのだ。
二人の先ほどの注意の意味を、悠は未だにきちんと理解できていないようだ。
ベルガリスはゆっくりと左手を伸ばし、
悠の肩に手を置いた。
(やられる!)
レイナとマリエは思わず目を瞑った。
しかし…。
「ありがとよ。兄ちゃん。」
「そんな事言ってくれたのは、アンタが初めてだ」
「アンタ結構いい所あるじゃねぇか…」
「生意気な奴とか言って悪かったな」
ベルガリスは肩に置いた手で、
ポンポンと悠の肩を何度か叩いた。
「けど大丈夫だ」
「自分でやれることは自分でやる」
「それが俺の心情でな」
「まあ、なんか困った時はよろしく頼む」
「助けて欲しい時はきちんと言うよ」
そう告げると、ベルガリスは悠に背を向け、歩き始めた。
その際に軽く右手を上げ、
感謝の意も示していた。
レイナとマリエはホッと胸を撫で下ろす。
そしてマリエは背後から悠の頭を、バシン!
と思いきり叩きつけた。
「アンタって人は!」
「一体何度危ない橋を渡れば気が済むのよ!」
「見てるこっちの心臓がもたないわよ!」
「心臓止まったらどうしてくれるのよ!」
「もっと考えて行動しなさい!」
「やっていい事と悪いことがある!」
「小学生でも分かる事よ!」
マリエの凄まじい形相に、
悠も思わず身を縮ませた。
「いやいや、だって大変そうだったから…」
「大変そうだったから… じゃない!」
「時と場所と相手を選びなさい!」
「アイツとアンタは対等じゃない!」
「寧ろアッチがずっと格上なのよ!」
「その辺きちんとわきまえないと、
アンタ本当にいつか死ぬわよ!」
マリエの背後で、
レイナもコクコクと頷いている。
その顔も怒りに満ち溢れ、悠に殴りかからんばかりに、杖を握りしめていた。
「け、けど! 困ってる人を助けるのに、
身分や強さなんて関係ないんじゃ…」
悠も彼なりの信条を持っての行動であった。
しかし、そんな事は皆分かっている。
今は道徳観念の話をしているのではないのだ。
マリエはもう一度、悠を睨みつけ。
胸を小突いて顔を近付けた。
「私はそんな正論を聞きたい訳じゃないの!」
「正しい事が全てじゃないでしょ!」
「空気を読めって言ってんだよ!」
「このボケ青髭が!」
「一本ずつ髭引っこ抜くぞ!」
マリエの更に激しさを増した鬼の形相を見て、
悠は「はい。すいませんでした。」
と答えるしかなかった。
「アンタは一番最後に来なさい!」
「帝様に近づくな!」
「このアホんだら!」
「や~い!悠兄さんのアホんだら~!」
「帝様に近づくな!この髭青バカおやじ!」
「お前は最後だ!ざまあみろ!」
レイナもマリエも、
すっかり悠を見限ってしまったようだ。
悠を指差しながら、すっかり怒り狂っている。
お前は一番最後を歩けと、
指で指示までする始末だ。
(なんだよ二人して…。)
(困ってる人を助けようとしただけじゃんか。) (相手が帝だからって気にし過ぎなんだよ!)
(それに髭が濃いのは関係ないだろ!)
(毎日処理するの大変なんだぞ!)
悠は今朝深剃りし過ぎて、
未だにヒリヒリしている顎に手をやった。
(あ、またここ血が出てる。)
(ここの曲線いっつも剃り過ぎちゃうの。)
(明日から気を付けよ。)
(そろそろお肌を労らないとね。)
悠は不幸中の幸いか、
髭反りのレベルが若干上がった気がした。
皆が部屋から出ていく。
悠は寂しそうな視線でそれを見送った。
そしてそれに続き、悠も最後に部屋を出る。
するとそこには、
3人には驚くべき、
意外な光景が広がっていたのだ。
「よお!ベルガリス!」
「テメエ!次は負けねえからな!」
「今度また勝負しろよ!」
「止めとけマーク。お前に賭けの才能はねぇ」
「俺には一生勝てねぇよ」
「おー、ベルガリスじゃねぇか!」
「いい儲け話がある!」
「今度こそきっちりとした情報だ!」
「後でちょっと時間作れや!」
「ジル、お前これで何度目だ?」
「いい加減、カモにされてる事に気付けよ」
「楽して儲けようとしないで、ちゃんと働け」
「あまり嫁さんを泣かせるなよ」
「おい!ベルガリス!」
「今度は俺の話だ!」
「きゃー、ベル様~!」
「次は私とお話して~!」
カジノに来ていた客の多くが、ベルガリスに向かい、親しげに声をかけてくるのだ。
ベルガリスもまるで友人と話すかの様に、皆の問い掛けに気さくに返答している。
「これは…。一体…。」
先に出ていたマリエとレイナは、
目の前の光景に、かなり困惑している様だ。
先程まで近付くことも恐ろしかった目の前の男。 それが誰彼構わず、まるで家族のように。
周りの人間達と普通に会話をしている。
その状況が不思議で仕方なかったのだ。
「ヘイ、オ二人サン!」
「ビックリシマシタカ~?」
二人の心情を察してか、
アナベーが後ろから声をかけた。
「ベルチャンハ、立場上、初対面ノ人ニハ厳シイデスガ、一度気ヲ許シタ相手ニハ優シイネ」
「大地ノ大陸ノ人間ハ、皆ファミリーダト思ッテルヨー」
「カジノデ破産シタ人達ニハ、一定期間ココデ働カセテ、アル程度返済シタラ、出禁ニシテ解放シテイルネ」
「身ノ丈ニ合ッタ遊ビ方ヲスルヨウニ、オ灸ヲ据エテアゲテネ」
「ダカラ皆、ベルチャン大好キヨー」
「建前上ハ、カジノデ破産シタラ、奴隷トシテ売ラレル事ニナッテイルケド」
「ベルチャンガソンナ事シナイノハ、モウ皆ガ知ッテイルカラネー」
「場合ニヨッテハ、客ノ借金ヲ肩代ワリスル事モアル位ヨー」
「ダカラユー達モ、ソンナニ警戒シナクテ大丈夫ネー」
「サッキノゲームト、ブラザーヘノ対応ヲ見ルニ、ベルチャンハユー達ヲ気ニ入ッテル見タイヨー」
「マア、失礼ノ無イ範囲ナラ、親シクシテ大丈夫ダヨー」
アナベーは二人に顔を近付けてウィンクをした。
二人はその様子に若干気分を害したが、
アナベーの言うことに嘘は無いようだ。
その証拠に、その後も次々と、ベルガリスは街の人達と会話を続けていた。
大人や子供。老若男女。
皆が彼に、親しそうに声をかけていく。
彼の大陸での人望は、本当に厚いものであると、容易に想像できる光景だ。
それ位に、彼と大陸の人間との間には、
一切の壁を感じる事はなかった。
「意外ね…。場所が違うといえ、帝という立場の在り方までも、こうも変わるものだとは…」
「この大陸の帝は、象徴としてではなく、その人望で大陸を統治しているみたい」
マリエは感慨深そうに呟いた。
水の大陸で見てきた帝の姿とは明らかに違う。
ベルガリスは、自分への羨望などまるで求めてはいない様に見える。
悠もレイナも、
その様子を見て、同じ感想を抱いていた。
「そう言って貰えるのは嬉しいねぇ」
「そもそも象徴なんて立場」
「元々俺の性に合っちゃいねぇんだ」
「流れで帝なんて名乗っちゃいるが」
「本来ならそんな立場、誰かにくれてやりたい位さ」
ベルガリスはその言葉に反応するかの様に。
ゆっくりと歩きながら、
大地の大陸の歴史を話り始めた。
「元々、この大地の大陸というところは…」
「ステラの中で最もその配置に恵まれず…」
「それが元で、何度も何度も侵略と征服を繰り返された…」
「境遇に恵まれない、立場の弱い大陸だったのさ…」
「そして、これまでの帝達は、この大陸の境遇を嘆きながらも、自分にはどうしようもないと諦め…」
「他の大陸からの支配を受け入れ続けていた…」
「元々この大陸は、昔から工業と燃料資源の発掘を主な産業とする、ステラの技術大国だった」
「貿易船や定期船の作成…」
「各大陸のインフラの整備…」
「高い技術力は、他の大陸に良いように使われていった…」
「各大陸の燃料資源として使われる黒石は、殆どが大地の大陸で発掘されたものなんだぜ?」
「それだけこの大陸の技術や資源は、他の大陸に深く根付いているのさ」
「ちょっと質問。黒石?黒石って何?」
最後尾の悠が話を遮る様に、
手を上げ質問をした。
「オー、黒石知ラナイデスカー?」
「貴重ナ燃料資源デスヨー」
「スタラノ常識ネー」
「ドコカニ有リマスカネー」
アナベーは街の中をキョロキョロと見回した。
そして、ある店に目をつけ。
店主に会釈をしながら、
黒石の破片を持ち出してきた。
「アリマシター。コレガ黒石ネー。」
「見タコトナイデスカー?」
アナベーの大きな手に置かれた黒い破片。
それはまさしく…。
「ああ、なんだ石炭のことか。」
「成る程ね。ステラでの今の主な燃料は、まだ石炭なんだな。」
「なるほど。黒石か。名前は見た通りだな。」
3人は顔を見合わせ、納得した表情を浮かべた。
その様子に、ベルガリスは敏感に反応しな。
「ちょっと待て。」
「今、確かに『まだ』と言ったな?」
「お前らは黒石より、優れた燃料を知っているのか?」
「ん?ああ、すまない。」
「俺達の世界では、石炭は…」
「黒石は、もう殆ど使ってないんだ。」
「もっと延焼効率の高い『石油』と言う燃料を使っている。」
「まあ、液体になった黒石みたいなもんだ。」
「より燃えやすく、より高いエネルギー資源になる」
「それが見つかってからは、黒石の出番は無くなっちまったんだよ」
ベルガリスは口元に手を当て、
悠に質問を返した。
「黒石の液体か…」
「非常に興味深いな…」
「ちなみにそれは、何処で取れる?」
「お前らはどうやって手に入れてるんだ?」
ベルガリスは冷静な態度に変化はない。
だが、こと工業や産業技術に関しては、
殊更目がない様だ。
これ迄の話とは、
明らかに食い付きが違っている。
「石油が取れる場所?」
「あれって確か、砂漠でしたっけ?」
「あとは~…。海底?」
「うん、確かそうよね」
「アラブとか中東の砂漠」
「砂漠の地中深くとかよね」
「あとは本当に海底油田とかよね」
二人の話を聞き、ベルガリスは再び口元に手を当て、何やら考え始めた。
「アナベー。この大陸の西に、確か大きな砂漠があったな?」
「イエース!デッカイノガ有リマース!」
「何ニモナイ、マッサラナ砂ダラケデース!」
「あそこに機材を持って、カジノで働かされてるバカどもを全員投入させろ」
「借金をチャラにしてやるって言えば、アイツらなら何でもやるだろ」
「イエース!了解デース!」
「キット地獄ヲ見ルデショウガ、借金バカハ、自業自得ネー!」
「後デ指示シテオクヨー!」
「ああ、よろしく頼む。」
「成果を上げるまで、帰ってこなくていいと伝えておけよ。」
「黒石の液体か…」
「事実なら楽しみだな…」
そう告げると、笑みを浮かべ、
ベルガリスは再び歩き出した。
しかし一人、笑えない状況の男がいた。
(やべえ、どうしよう…。)
(俺のせいで、借金してる人が地獄の労働に駆り出される事になりそうだ…。)
(そして、成果が出るまでなんて…。)
(そんなん絶対出るはずないじゃん!)
(つまり、駆り出される人達は…。)
悠は事の重大さに直ぐに気が付いた。
そして、己の安易な発言の結果を想像し、
責任の重さに身を震わせた。
「マ、マリエさん…?」
「あの、石油ってそんな簡単に出ましたっけ…」
「確か、地下深~くに眠っていた様な…」
「スッゴいでっかいドリルとか使った様な…」
悠はマリエに小声で助けを求めた。
しかし、マリエの肝は既に据わっており。
「バカね…。出るはずないでしょ…」
「あれは確か、地下何千メートルの世界の話よ…」
「この世界の技術力では不可能だわ…」
「でもあの帝の楽しそうな顔…」
「人力では絶対無理とは言えないじゃない…」
「そうなると、私たちにできるのは祈ることだけよ…」
「皆が無事に砂に埋まり、大地の精霊の元に帰れることを…」
「彼等に幸あらんことを…」
「祈ることしかできないのよ…」
「はい、アーメン。」
マリエは目を瞑り、顔の前で十字をきった。
それはキリストへの祈りでは…。
そう思いながらも、悠も心の中で祈ることしかできなかった。
(皆、ごめんね! アーメン!!)
その祈りが届くことを、
彼は心の底から願うのであった。
「さて…。失礼した…。話を戻すとしようか…」
ベルガリスは歩きながら、
再び話り始めた。
「我が大陸には、他の大陸にない資源と技術力があった」
「つまり、他の大陸と対等に取り引きするための交渉材料を、既に持ち得ていたんだ…」
「四方を他国に囲まれているという、不利な状況であっても…」
「この大陸は、他の大陸と充分に渡り合えるだけの可能性を秘めていたんだ」
「それを古い考えの年寄りどもは、全く利用しようとはしなかった」
「負け犬根性が染み付いた、あの腐った連中が上にいては…」
「何時まで経っても、この大陸に明るい未来は見えてこなかったんだ…」
「だから俺は仕掛けたのさ…」
「気持ちを同じくする、各大陸の若い連中と手を組んで」
「どんなものを犠牲にしてでも、大地の大陸の復権を果たすために…」
「皆が安心して暮らしていくために…」
「ある大掛かりな勝負をな…」
そう話すベルガリスの背中は、力が入っているためか、ワナワナと震えている様に見えた。
「ねぇ、その話ってもしかして…」
マリエはベルガリスの言動から、この話が何を意味しているのかを理解した。
そうこの話はステラの歴史上、
最も重要な出来事に繋がっている。
「そうだな。この話は8年前のあの日…」
「俺達が力を手に入れたあの日の話だ…」
「現状に甘え、権威に居座る、腐りきった帝や執政部…」
「奴等から、大陸を統べる立場」
「それと教義の基礎を変更する権利をな」
「俺達は皆、多くを失った」
「だが、だから今の平和なステラがある」
「それが俺達の誇りなんだ」
「アンタ達には、予めそれを理解しておいて貰った方がいい」
「俺の勘が何となく、そう言っているのさ…」
ベルガリスは振り返り、3人の顔を見つめた。
「まあ、そう緊張するな。道中まだある」
「暇潰しの世間話程度に聞いてみてくれ…」
「誰も知らない8年前の真実を…」
「ゆっくりと…。な…」
ベルガリスが伝えようとする
8年前の真実とは一体…。
最近じわじわとPV数が増えてきています。
こんな駄文・乱文でも読んで下さる方がいると思うと励みになります。
もし、気が向きましたら、感想や評価などいただけると嬉しいです。
正直いうと、読んで下さる方がどう思って下さっているのか気になり始めています。
今後書き続けるべきかも含めた参考にしたいので、何かありましたらお話下さい。
遅筆ですが、どうぞよろしくお願いいたします。