○ 大地の章 帝の賭け事Ⅳ
○ クランの崩壊
(マリエ)
「おかしい…。」
「私はダウト勝負で大地の帝に勝った。」
「そこまでは覚えている…。」
「けど、その後の記憶がない…。」
「帝には既に願いは述べているし…。」
「一体何が起きたっていうの…?」
「それと何故か、後頭部とお腹が痛いわ…。」
「何かしらこれ…?」
「まるで何かで殴られたり…。」
「踏みつけられたりしたかの様な…。」
「そんな鈍い痛みがあるわ…。」
「それに願い自体もつまらない…。」
「私何か凄い事を要求するはずだった様な…。」
「う~ん何故かしら…。全然思い出せない…。」
「もしかして、これが白昼夢?」
「私は夢を見ていたってこと?」
マリエは頭とお腹を擦りながら、
不思議そうな表情で頭を傾けている。
一方、現場を見ていた男3人は、
彼女にどんな言葉をかけていいのか悩んでいた。
余計な事を話してしまうと、
今度はレイナに何をされるか分からない。
申し訳ない気持ちは溢れてくるが、
安易にマリエに真実を告げる事もできない。
何よりも、困惑しているマリエに対し、
記憶喪失を引き起こした張本人であるはずのレイナが…。
まるで何事もなかったかの様に、
普段通り、楽しそうに接しているのだ。
(レイナ)
「マリエお姉さん!」
「ゲームもその後の帝さんへの要求も!」
「堂々としていて本当にカッコ良かったです!」
「流石は私が憧れるマリエお姉さん!」
「本当に何から何まで完璧ですね!」
「私、絶対一生ついていきますからね!」
レイナはマリエの腕に掴まり、
嬉しそうにピョンピョン周りを跳ね回っている。
(マリエ)
「そ、そうかしら?」
「ごめんなさい…。レイナちゃん。」
「私なんだかその辺のこと、あまり覚えていなくて…。」
「私ったら柄にもなく、変に緊張していたのかしらね…。」
「でも、レイナちゃんがそう言うなら間違いないわよね…。」
「私にしては、協力の依頼が普通すぎる気もしてくるんだけど…。」
「まあ、貴女が言うなら私が言ったのよね。」
「うん、そうよね。やっぱり私の勘違いか…。」
マリエは若干腑に落ちない表情だが、普段のレイナを信じているため、その言葉を鵜呑みにしてしまった様だ。
(マリエ)
「レイナちゃん。ありがとう。」
「私も貴女の目標にして貰える様に、これからも頑張るわね。」
マリエはそう話しながら、
レイナの頭を優しく撫で始めた。
(レイナ)
「えへへ~。頭撫でられちゃいました~。」
「やっぱり、マリエお姉さんは今のままで充分ですよ~。」
「じゃないと私。何時まで経っても追い付けないです~。」
「私には今のままで充分ですよ。」
「マリエお姉~さん♪」
(マリエ)
「あら嬉しい。」
「レイナちゃんは本当にいい娘ね~。」
「もっと撫でてあげる。ヨシヨシ~。」
「いい娘いい娘~。」
そう言い合いながら、
二人は楽しそうにじゃれあっている。
目の前の二人の間には、
揺るぎない信頼関係と愛情が溢れている様だ。
しかし、その輝かしい光景を見つめる3人の恐怖心たるや…。
今までに経験した恐怖など、児戯に思えてしまう程だ。
深く恐ろしい寒気が、全身に広がっていた。
(ベルガリス)
『おいおいマジかよ…。』
『あの嬢ちゃんの扱い…。』
『本当に気を付けねぇと…。』
『ありゃ、本格的にヤバイタイプの人間だ…。』
『俺達に介入の余地を与えねぇつもりだぜ…。』
(悠)
『マリエさん…。すいません…。』
『俺には何も言えないみたいです…。』
『貴女が信じているその娘は、もしかしたら悪魔の子かもしれません…。』
『でも知らない方が良いことも…。』
『世の中にはきっとありますよね…。』
(アナベー)
『オーアノ娘ハ、違ウ意味ノクレイジーネ…。』
『笑イナガラ、人ヲ刺スタイプヨ…。』
『関ワラナイノガ一番デスネ~でな。』
『フゥ~…。クワバラクワバラ…。』
『世ノ中ノ怖サヲ知リマシタ~。』
3人の顔色は総じて青白かった。
恐怖が心を蝕み、汗が止まらない。
緊張で息が詰まるとはこういう事か。
3人は今日だけで、女性社会の黒い部分を、
改めて思い知らされた様な気がしていた。
(ベルガリス)
「さ、さて…。そろそろ話を進めよう。」
「時間も勿体ないしな…。」
「それで、俺がお前らに協力する方法なんだが…。」
「親書を読ませてもらって気がついたんだが、お前らのクランは元々で4人。」
「今は一人が堕天者に拐われて3人。」
「つまりは常に人材が不足している。」
「違うかい?」
ベルガリスは再びソファーに腰を下ろし、
悠達を見つめながらニヤリと笑うのだ。
(悠)
「それは…。まあ…。そうだけど…。」
「足りないのは人も…。実力もだ…。」
「今のままじゃ、仲間を。」
「リナを取り戻すなんて不可能だろう。」
(ベルガリス)
「まあ、そうだろうね。謙虚なのは良い事だ。」
「なんせ相手が相手だ。」
「人も実力も足りねぇだろうよ。」
「だから水の姉ちゃんは、あんたらを俺の所に寄越したみたいだしな。」
(マリエ)
「親書に何が書かれていたかは知らないけど。」
「今貴方が話した通り。」
「私達はこれから堕天者と戦うことになる。」
「私達はその為の力を求めているの。」
(ベルガリス)
「ああ、それは知っているが?」
(マリエ)
「つまり、中途半端な人材は必要ないのよ。」
「貴方が言う相手が相手だけに、私達は強い仲間を欲している。」
「弱い人材は足手まといにも成り得る。」
「それを理解した上で、その人材は適切だと言えるのかしら?」
「そんな優秀な人材を、おいそれと貸していただけるの?」
マリエはいつも以上に、
真剣な表情でベルガリスを見つめる。
中途半端な戦力は必要ない。
正にその通りである。
リナを奪還するため、彼らは仲間であれば即戦力になり得る人物を探している。
ベルガリスはマリエの視線に合わせるかの様に、真剣な表情で返答した。
(ベルガリス)
「当然イエスだ。戦力としては申し分ない。」
「なんせアイツの資質を示すランクはGⅡ。」
「確かお前らの中じゃ、誰よりも上じゃなかったか?」
「お前らは皆、GⅢだったろ?」
(悠)
「ラ、ランクGⅡ!?」
(レイナ)
「そんな高ランクの方を、無償で紹介して下さるのですか!?」
悠とレイナは思わず声をあげた。
ランクGⅡ。
それは、ディープインパクトのメンバーの誰よりも、高ランクの資質を有している証である。
しかし、マリエだけは、その言葉を聞いて不思議そうな表情を浮かべていた。
(ベルガリス)
「お二人は嬉しそうだな。素直もいいな。」
「しかし、お姉ちゃん。」
「あんただけは腑に落ちない様子だな。」
「急に自分よりも高ランクの人間が入ってきたら、デカイ顔されて気に入らないかい?」
ベルガリスの指摘を受け、
悠とレイナもマリエに視線を向けた。
(悠)
「マリエさん!GⅡですよ!?GⅡ!?」
「滅茶苦茶ラッキーじゃないですか!」
「俺らより高ランクなんて滅多にいない!」
「前にマザーもそう言っていたでしょ!?」
「これはチャンス!千載一遇のチャンスですよ!」
「絶対その人を紹介してもらいましょうよ!」
(レイナ)
「そ、そうですよマリエお姉さん!」
「私も怖い人なら嫌ですが…。」
「それでも会ってみるだけ!」
「そうだ!先ずは会ってみましょうよ!」
「それでいい人なら入ってもらいましょう!」
「会うだけならタダなんだし!」
「ね!?そうしましょう!?」
二人は願ってもいないこの申し出を、無下にしたくない一心でマリエを必死に説得していた。
それに気付いたマリエは、慌てて二人に返答するのだ。
(マリエ)
「あ、いえ。私も願ってもない申し出だと思ってるわよ。当然会ってみてからだけどね。」
「ただちょっと疑問があって…。」
「本当にその人大丈夫かなって…。」
(ベルガリス)
「ん?疑問?何か説明が必要か?」
「戦力としては保証するが、今のアイツは確かに少し問題がある…。」
「気になることがあったら先に聞くといい。」
「協力する。俺は確かにそう約束したからな。」
その話を受け、マリエは口元に置いていた手でゆっくりと挙手をした。
(マリエ)
「じゃあ、質問を…。」
「帝さん、どうしてその人はランクGⅡと分かるのかしら?」
「確か資質のランクは、クランを結成した時に左手に刻まれる。」
「そして、一度結成したクランは原則抜けられないし、抜けて他のクランには入れないはず…。」
「つまり、その人は今、何処かよそのクランに在籍しているのでは?」
「それだと私達のクランには入れないから、仲間とは呼べないはずよね?」
「一時的な加入。つまり協力関係と言う認識でいいのかしら?」
マリエの質問を聞き、ベルガリスは成程ね。
と納得した様子であった。
そして、悠達はまだ知らされていなかった、クランに関する詳しい規定について説明を始めたのだ。
(ベルガリス)
「成程な。親書にも記載されていたが、ステラやクランに関する知識には疎いみたいだな。」
「クランの結成やランクの認定については、今あんたが言った通りだ。」
「クランは原則抜けられないし、抜けても他のクランには入れない。」
「ランクはクラン結成時に認定され、左手に刻まれる。」
「全てその通りだな。」
(レイナ)
「え…。じ、じゃあ。」
「やっぱりその人はウチには…。」
「入っては…。くれないんですか?」
「あくまでも協力者として?」
(ベルガリス)
「いや、そう急くな。」
「今のはあくまで原則の話なんだ。」
「言ってしまえば、あまり自由奔放にクランの加入、脱退をさせないための規定と言える。」
「クラン結成の際の基本部分。」
「まあ、言ってしまえば基礎の基礎だな。」
「つまり、基礎以外の事態が発生した場合。」
「例外に関する規定も、ちゃんと存在しているんだよ。」
(悠)
「ん?つまりはどういう事なんだ?」
「基礎がダメならダメな気もするんだが。」
「結局その人はウチに入れるのか?」
「それとも入れないのか?」
(ベルガリス)
「まあ、結論から言えば入れる。」
「アイツは確かにクランを結成していた。」
「その時なら入れなかったが、今は大丈夫だ。」
「アイツが他のクランに在籍していたのは、今から3年前までの話だからな。」
(マリエ)
「成程。3年前まではクランを結成していた。」
「つまり、今は結成していない。」
「だから他のクランにも加入できる。」
「意味は理解できたわ。」
「けれど、過去に加入していたが、今は加入していない。」
「そんな事があり得るの?」
「自由に加入、脱退はできないでしょう?」
(ベルガリス)
「ああ、そうだ。」
「《自由に》加入、脱退はできない。」
「この《自由に》というのが肝になっている。」
(レイナ)
「ええと…。つまりは自由ではない…。」
「不自由な状態なら加入や脱退も可能だと…?」
「クランが不自由な状態?」
「それは一体…。」
「すいません…。私には何がなんだか…。」
「全然話に着いていけていません…。」
(悠)
「レイナ、安心しろ。俺もさっぱりだ。」
「帝さん、俺にもよく分からないな…。」
「すまないが、つまりどういう事なんだ?」
「クランの状態次第では抜けられるのか?」
(ベルガリス)
「ああ、そのお嬢ちゃんの言う通りだよ。」
「クランに不自由が発生してしまえば、そこを脱退して、他に加入できるって事だ。」
「つまりクランがクランじゃなくなればいい。」
(マリエ)
「クランに不自由…。」
「クランじゃなくなる…?」
「まさかそれって!?」
(ベルガリス)
「ああ、恐らくそのまさかだよ。」
「クランに発する不自由。」
「それはクランが、最初の結成条件を満たさなくなる事を現している。」
ここでベルガリスは一度大きな溜め息をついた。
これから説明する内容は、彼にとっても若干気が引けるものであるらしい。
ベルガリスは一口何かを飲み、
再び説明を始めた。
(ベルガリス)
「つまり、様々な出来事により、クランの人数が結成条件である3人を割ってしまうこと。」
「それがクランに発生する不自由さ。」
「これを冒険者の間で《クランの崩壊》と呼ぶ」
「まあ、崩壊の原因で一番多いのは、仲間の死亡。その次に行方不明。あとは堕天だな。」
「そういった人物がクランから発生し、クラン活動を続けることができなくなる。」
「つまり、クランと規定される為の最低人数である、在籍者3人を割る。」
「するとクランは自動的に解散となり、そのクランに在籍していた人物は、新しいクランに参加できるようになる。」
「崩壊したクランの在籍者には、そういう救済措置が設けられているのさ。」
「これから紹介する人物は、3年前にクランが崩壊し、今はフリーになっている人間だ。」
「だから、以前のクラン結成時に、資質のランクも判明している。」
「そして…。そいつはまだ11歳の女児だ。」
「年齢的にもかなり若い。」
「実力自体は保証するが、あんたらの言う様に、一度会ってみてから決めた方が良いかもな。」
「さっきも言ったが、現状若干問題もあるしな。」
(悠)
「まだ11歳の女の子が、ランクGⅡの高ランクだって!?」
(レイナ)
「スゴい才能ですね!」
「けれど、そんなに幼いのに…。」
「もう過去に…。8才の時にクランを結成して、そのクランが崩壊してしまっている…。」
「何だか訳がありそうですね…。」
「一体その娘の過去に何が…。」
(ベルガリス)
「まあ、あんたらが驚くのも分かる。」
「アイツがクランに加入したのは、嬢ちゃんの言う通り、まだ幼い8歳の時だったからな。」
「アイツは、先祖代々長きに渡り、我がベルガリス家に仕え、隠密や暗殺。」
「更には諜報活動等に従事してくれている、ワカツキ家の人間だ。」
「名を、ワカツキ ユズキと言う。」
「ワカツキ家は元々、霧の大陸の出。」
「過去の大戦の最中。あいつの先祖が大地の精霊を信仰する様になった。」
「そして大地の大陸に移り住み、改宗した異教徒だったみたいだな。」
「その時に手助けをし、大地の大陸に引き入れたのが、我がベルガリス家。」
「ワカツキ家はそれを恩に感じ、それ以降は代々我が家に仕えてくれていた。」
「義理に厚い、本当に素晴らしい一族だったよ。」
「俺も何度も世話になった。」
「今の俺があるのは、彼等のお陰と言ってもいい位さ。」
「ユズキはその中でも天才的な才を有し、幼い頃から一族の期待を背負って生きてきた。」
「そして、僅か8歳の時に、クランへの加入が認められ、加入時既にGⅡの資質を示していた。」
「ワカツキの一族は皆喜び、ユズキはその期待に応える様に、メキメキと力を発揮していった。」
「普段のアイツは愛想のいい普通の子供だったよ。ただ、何をやらせても抜群に強かったがね。」
「ベルガリス家にとっても、ワカツキ家にとっても、アイツの成長により、全てが順調に進んでいる様に思えていた。」
「3年前のあの時まではな…。」
(悠)
「3年前のあの時?」
「話の流れ的にも、3年前、その娘のクランに何かあったって事だよな。」
(ベルガリス)
「ああ、その通りだ。」
「3年前…。俺が依頼した調査の途中に。」
「アイツのクランは崩壊したんだ。」
「アイツ以外の一族全員が、死亡するという形でな。」
「アイツはそれ以来、口が聞けなくなった。」
「さっきからちょくちょく話していた、アイツの問題ってのはそれだ。」
「家族が目の前で死んだショックで、アイツは言葉を失ったんだ。」
「全ては俺が、見誤ったから…。」
「だから俺は、アイツに立ち直って、自由になってもらいたいと思っている。」
「アイツを一緒に、何処か外の世界に連れ出してやって欲しい。」
「これはあんたらへの戦力の提供であると同時に、俺からの要望でもあるんだ。」
「どうだい?ウチのユズキ。」
「一つ預かってはくれねぇだろうか。」
(悠)
「家族の死を目の当たりにして、口が聞けなくなった子供…。」
「資質は高ランクで申し分はない…。」
「けど…。今の俺達の手に負えるだろう…。」
悠達の決断は一体…。