○ 大地の章 帝の賭け事Ⅲ
○ 勝者の願い
(マリエ)
「決めた。この大陸において、帝が保有する全ての資産を、進藤マリエに無償で譲り渡す。」
「これで行きましょう。」
「いえ、これしかないわ!」
マリエはペンを握りしめ、何やら物凄い勢いで書類の準備を進めていた。
(マリエ)
「これでアイツの金は全て私のもの!」
「大陸中の資産も!定期船の運用権も!貿易にかかる関税も!そして何より!」
「カジノも!カジノも!!カジノもよ!!!」
「オーホッホッホッ!!!」
「笑いが止まらないわ~!!!」
マリエは大地の帝に勝利したご褒美を、
帝の金に狙いを定めた様だ。
目は既に¥マークになっている。
リナやマルクの事は既に頭から消え去っていた。
そう世の中、結局は金なのだ。
金が無ければ何もできない。
欲しいものも手に入らない。
地位も名誉も、金があればどうとでもなる。
金があれば何でも手に入るのだ。
金金金金金金金金~~!!!!
結局世の中、金が全てなんだよ!!!!
マリエは一夜にして、超大金持ち。
正にステラ一のセレブに躍り出るのだ。
彼女の決心は鉄よりも。
いや、ダイヤモンドよりも固い。
最早誰も口を挟む事などできない。
一攫千金のチャンスに、最早聞く耳などもとうはずがない。
(悠)
「いや、マリエさん…。」
「流石にそれはちょっと…。」
「我々も目的があって来た訳ですし…。」
(レイナ)
「マリエお姉さん…。」
「気持ちは分かりますが…。」
「あの…。私達の本来の旅の目的は…。」
ゲームでは何もできなかった二人。
何とか彼女を正気に戻そうと説得する。
しかし、マリエの金への意思は揺るがない。
(マリエ)
「旅の目的?」
「大丈夫。ちゃんと覚えてるわ。」
「私にそんな抜かりがあると思う?」
(レイナ)
「よ、良かったです!じゃあ…!」
(マリエ)
「確かに目的はあった…。」
「けれどそんなの、私が大富豪になることに比べたら屁でもないわ!!」
「そう!屁の突っ張りにもならないのよ!」
「私は今日大富豪になる!!」
「そして問題は全て、金で解決して見せるわ!」
「二人とも!安心して!もう大丈夫!」
「堕天者も、天使も!」
「私が金の力で何とでもして見せるわ!」
「オーホッホッホッ!」
「どうしましょう!」
「今日は本当に笑いが止まらないわ~!」
(レイナ)
『ああ…。これはダメかも…。』
『これ以上言っても何にもならないかも…。』
(マリエ)
「さあできた!後はこの誓約書に、アイツが自書による署名及び押印をすれば!」
「この大陸の全てが私のものになる!」
「私は一気に社交界のカリスマとなり!」
「果てはステラ中の資産をその手中に収める!」
「あれも、これも何もかも!そう全てが!」
「近い将来、この世界の富の全てが!」
「この私!進藤マリエの物になるのよ!」
「安心してレイナちゃん。」
「大地の帝の資産なんて、ホンの足掛かりよ。」
「私はまだ目的を達してはいない!」
「まだ世の中には、金が!資産が!富が!」
「まだまだ溢れているのだから!」
「さあ!先ずは目の前のカジノ!」
「大地の帝の総資産!」
「そして次は他の大陸の資産を!」
「次々に買収していくのよ!」
「資産王に、私はなるわ!」
マリエは書類の準備を終え、
ベルガリスに向かい足を運び始めた。
(レイナ)
「そんな…。マリエお姉さん…。」
「リナちゃんやマルク君のお父さんの事…。」
「忘れてしまったんですか…。」
レイナは膝から崩れ落ち、
その場で涙を流し始めた。
尊敬し、憧れていた年上のお姉さん。
その人物が大金を目の前にして、人としての欲望に飲み込まれた。
そして今、これ迄の旅の全てを否定しようとしている。
純粋な彼女にとって、それは大きな衝撃であり。
立ち直る事が出来ない程、
受け入れがたい現実なのであった。
(悠)
「レイナ!大丈夫か!?しっかりしろ!」
「大丈夫か!?諦めるな!」
「マリエさんならきっと大丈夫だ!」
悠は倒れ混んだレイナに駆け寄った。
(レイナ)
「悠…。兄さん…。」
「マリエさんが…。マリエさんが変わって…。」
レイナは大粒の涙を拭いながら、普段から兄の様に慕う人物に助けを求めた。
彼は元々大した希望ではないが、今のレイナは、藁にもすがりたい思いであったのだ。
彼女は折れそうな心で。
細く、例え腐った藁であっても。
何とかすがってしまいたい。
そんな想いであった。
彼女の心はそれ位にまで、
追い詰められていたのである。
(悠)
「レイナ…。すまない…。」
「マリエさんがああなってしまっては…。」
「やっぱり俺にも、もうどうすることもできそうにない…。」
「本当に申し訳ない…。」
その人物は直ぐに事態を諦め、
レイナに向けて頭を垂れていた。
ああ…。やはりこの藁はダメだ。
元々根本から腐っていた。
顔を見た瞬間に。
レイナには既に答えを予想できていた。
予想通りの回答。
予想通りの冴えない顔。
予想通りの不甲斐なさ。
知ってはいたが、これは本当にダメな藁だ。
いつも何の役にもたたない。
早く刈ってしまえ。こんなクソ藁はよ。
その手間さえ惜しんでしまいたい。
それ位できの悪い藁だなお前は。
レイナは自分の心が、目の前の2つの汚い人間のせいで、どんどん汚れていくのを感じていた。
泣いていてはダメだ。
もう自分でどうにかしなければ。
こいつらには何の期待もできない。
そう固く決意し、
彼女は涙を拭い手立ち上がった。
そしてベルガリスに向かっていく、かつて憧れた女性の背中を、彼女は自分の足で追いかけ始めたのだ。
その一歩は小さな一歩であるが。
彼女にとっては大きな一歩である。
彼女は始めて自分の意思で決断し、
自分の意思で現実に立ち向かったのだ。
彼女はまだ若い。
しかし、それ故に延び白も大きいだろう。
この一歩は最初の一歩。
本当に小さな最初の一歩だ。
けれどこれが積み重なるその先に、
きっと彼女の本当に望む世界があるのだろう。
白いローブに身を包みし少女に、
幸あらんことを。
誰もがそう望まずにはいられなかった。
(マリエ)
「さあ、できたわ!」
「大地の帝さん!私からの要求よ!」
「この書類にサインを…。」
「ギャア!」
ボゴッ!!
部屋の中に鈍い音が響いた。
マリエの後頭部を、
レイナが自らの杖で殴打したのだ。
マリエは不意打ちにより、
白目を向いて崩れ落ちた。
ベルガリスは受け取ろうと手を伸ばしたまま、
目を見開いて驚いていた。
(ベルガリス)
「お、おい!姉ちゃん!」
「だ、大丈夫かよ!?」
「おい、気ぃ失ってんじゃねぇか!?」
「おい!嬢ちゃん!幾らなんでも、不意打ちで後頭部はヤバイだろ!」
「仲間だってのに何があったってんだよ!」
ベルガリスはレイナの異様な雰囲気を感じとり、戸惑いを隠せなくなっていた。
レイナの顔は真剣であった。
私は汚いものを排除しただけ。
仲間を取り戻す手段を選んだだけ。
彼女の中に正義はあった。
己が貫くべき正義が。
誰もそんな彼女を責めることはできないだろう。
レイナは倒れ込んだマリエを抱え起こすと、後ろに回り込み、腹話術の人形の様に、膝の上に乗せた。
そしてゆっくりと語り始めた。
(レイナ)
「ねぇねぇ、マリエお姉さん?」
「今日もとってもいいお天気ね?」
「そういえば、大地の帝さんへのお願いは、結局何に決まったんですか?」
マリエは白目を向いたまま、首がカクカクと左右に揺れている。
そして、レイナは首元を押さえ、顔の角度を操作しながら腹話術を使った会話を始めたのだ。
(ベルガリス)
『嘘だろ!?まさかそこまで!?』
『こいつ悪魔か!?本物の悪魔じゃねぇか!』
『正気の沙汰とは思えねぇぞ!』
(悠)
『そ、そこまでやるのか!』
『レイナ、お前は何て本性を隠していやがったんだ!』
『可愛い顔してお前は!』
『俺たちの中で一番恐ろしい本性を隠し続けていたって言うのか!』
(アナベー)
『オーマイガー!アノオ嬢サン、本物ノサイコパスネ!』
『絶対関ワッテハダメダヨ!』
『ミーノ本能ガ、全力デ逃ゲロト、囁イテイマース!』
3人の空気は一瞬で凍りついた。
目の前には、死体を操る腹話術師が居座っているのだ。
その異様な光景は、まともな人間であれば数分で精神が崩壊するほどの、不気味な破壊力を持ち合わせていた。
冷や汗を書く3人をよそに、レイナの楽しそうな死体操作は暫くの間続けられたのだ。
(マリエ)(レイナの腹話術)
「うん。こんにちはレイナちゃん。」
「お天気が良くて嬉しいね。」
「帝さんへのお願い決まったよ。」
「仲間が堕天者に拐われてしまったから、救出の協力をして欲しい。」
「そう伝えようと思うんだ。」
「私は始めからね…。」
この時、ガクン!
とマリエの上半身が崩れ落ちた。
(レイナ)
「おら!何してんだ!しっかりしろ!」
「このクソ人形が!おら!黙って働けや!」
レイナは気を失ったマリエの額に、
思いきりビンタを見舞った。
マリエは白目を剥いたまま額を赤く染めている。
そして、レイナは再び首もとを鷲掴みにし。
無理矢理マリエの体を起こした。
(マリエ)(レイナの腹話術)
「私は始めから、それしかないと思っていたのよ。」
「ねえ、大地の帝さん?」
「全面的な協力をお願いできないかしら?」
「仲間の命がかかっているのよ。」
「お願い。私たちに協力して下さい。」
役目を終えたマリエの人形を、
レイナは黙ってその場に無造作に投げ捨てた。
ドサッ!ゴツ!
投げ捨てられたマリエの体から、鈍い音が鳴り響いている。
しきし、レイナは意にも介さず、ベルガリスへの協力を要請し続けていた。
(レイナ)
「今の話。聞いていただけましたか!?」
「今のマリエさんの言葉が、私達の願いです!」
「今のがマリエさんの真実の言葉!」
「お願いします!どうか私達に、お力を貸していただけないでしょうか!?」
横たわるマリエの腹を踏みつけながら、レイナは涙ながらにベルガリスに願いを請うている。
(ベルガリス)
「お、お嬢ちゃん…。あんたもなかなか大概だな…。」
「けどいいのか?その姉ちゃん。」
「その紙に何か熱心に書いていた様だが…。」
ベルガリスが指差すその先。
レイナが腹を踏みつけているマリエの右手には、マリエが書き上げた誓約書が握られていた。
レイナはその手を見下ろし、不快な表情を浮かべながら、マリエの右手から紙をむしりとった。
(レイナ)
「チッ…。いちいち面倒かけやがって…。」
「最期までめんどくさい奴だな…。」
「このごみくずはよ!!」
レイナは紙を拾い上げると、
それに向かって杖を構えた。
(レイナ)
「紅蓮の業火で全てを燃やせ!!!」
「塵ひとつ!!!欠片も残すな!!!」
「焼き尽くせ!!!ヘルファイアー!!!!」
ゴォォォォォ~~~!!!!
レイナが発した炎には、部屋全体を燃やし尽くす程の威力が込められていた。
紙切れ一枚を燃やすための魔法とは、誰が見ても思えなかった。
レイナの中に生じた負の感情が、炎の形をなしてその場に現れたかの様だ。
炎により、部屋は熱風とオレンジ色の光に包まれた。
その場に居合わせた3人は、紙切れが灰になり、消え去るのを、口を開けたまま見守る事しかできなかった。
紙は一瞬にして灰になり、部屋は熱波により黒焦げになった。
灰にまみれたローブを叩きながら、レイナは怒りに満ちた顔を、一度下に向けた。
そして再び、両手を組んでベルガリスに願いを述べた。
(レイナ)
「お願いします!大地の帝さん!」
「堕天者に拐われた仲間を救うため、どうか力を貸してください!」
「私達には、貴方の協力が必要なんです!」
「どうか!どうかよろしくお願いします!」
再び涙を浮かべながら、
純粋さを全面に出して懇願してい。
そんなレイナの執念に、そこにいた男3人は。
純粋な恐怖心を抱かずにはいられなかった。
『怖え~!手段を選ばなくなった時の、この娘!マジで怖え~!』
3人は言葉を交わさずとも通じあっていた。
この場はこれ以上刺激しない方がいい。
皆が無言で頷いた。
3人の利害は既に一致していたのだ。
(ベルガリス)
「お、おう…。分かったよ嬢ちゃん…。」
「協力しよう…。それは約束する…。」
「だから…。」
「その物騒な杖を、取りあえず仕舞ってはくれねぇかな…。」
「おっかなくて落ち着かねえんだよ。」
涙を流し、両手を胸の前に組んでいるレイナ。
その手には、しっかりと心具の杖が握られたままであった。
気のせいかもしれないが、先が若干ベルガリス側に傾いている。
ベルガリスの返答を聞いたレイナは。
「ありがとうございます!」
「本当にありがとうございます!」
「貴方にお願いができてよかった!」
「本当にありがとうございます!」
そう涙を流しながら頭を下げ、
レイナは後方の悠に合流する。
(マリエ)
「グフッ!」
途中、突然マリエの悲鳴が響いた。
頭を下げながら後退する中。
レイナはしっかりと、マリエの腹を踏みつけていたのだ。
当然他の3人も気付いていたが、最早誰も、そこに触れる勇気など持ち合わせていなかった。
(レイナ)
「やりましたよ!悠兄さん!」
「大地の帝さんの協力を得られました!」
「流石はマリエお姉さんです!」
「旅の目的を達成する上で、これ以上ないお願いができましたね!」
レイナは嬉しそうに笑みを浮かべ、悠の両手を握りしめた。
(悠)
「そ…。そうだな…。」
「さ…。流石は…。マリエさんだなぁ~…。」
「アハハ~…。」
「レ、レイナもありがとうな…。」
「帝に…。一緒に…。お願いしてくれてさ…。」
悠は、屈託のない笑顔で手を握る少女を、直視することができなかった。
状況が彼女を変えたのか。
彼女の本質が現れただけなのか。
例えどちらであっても、彼の中で彼女は怒らせてはいけない。敵に回してはいけない相手であると、再認識されたのであった。
(ベルガリス)
「だ、堕天者絡みの協力ならさせて貰う…。」
「こちらにもお前らの現状にピッタリな提案をする準備はあるんだ…。」
「だが…。」
ベルガリスは泡を吹いて床に転がる、マリエの方へ視線を落とした。
(マリエ)
「お…。金…。ガハッ!」
「わ、私…。の…。お金…。」
「カジ…。ノ…。ゲホッ!ゲホッ!」
「セレ…。ブ…。に…。」
「遂に…。わた…。し…。セレブ…。に…。」
「グフッ!」
「ウッ…。フフフ…。」
「全部…。私の…。お…。金…。」
マリエは白目を向き、
血を吐きながらガタガタと震えている。
彼女もまた、未だ大富豪への執念を失っていないようだ。
夢の中では、ベルガリスに書面を突きつけ、既に金持ちの仲間入りをしているのだろう。
彼女の気持ちを思うと、悠は涙が止まらなくなった。
『マリエさん…。あんた悪くねぇよ…。』
『悪いのはタイミングだ…。』
『タイミングだけが、あんたを見放したんだ…。』
悠は上を向き、流れ落ちる涙を拭っていた。
そしてその姿に耐えかね、遂にベルガリスが口を開いた。
(ベルガリス)
「なあ…。取りあえず…。」
「この姉ちゃんを起こしてから話をしねぇか?」
「気が散って仕方ねえよ…。」
「おい、アナベー。」
「これでちょっと傷薬と気付け薬買ってこい。」 「話はそれからだ。」
「それで…。勘弁してくれ…。」
(アナベー)
「イエス!ボス!」
「ミーモ同ジ気持チデシタ!」
「直グニ買ッテクルネー!!イヤー!!」
アナベーはベルガリスから金を受けとると、意気揚々と部屋を駆け出していった。
(悠)
「本当にありがとう!」
「あんたやっぱりいい奴なんだな!」
「本当にありがとう!」
悠は涙を流し、気が付くと土下座をして感謝を口にしていた。
そこにいる皆が限界だったのだ。
一人の少女の凶行が、皆の心を苦しめていた。
(ベルガリス)
「もういい。もういいからよ…。」
「取りあえずはお前も…。」
「まあ、少し休めや…。」
「俺も…。さすがに…。」
「ちょっと疲れたや…。」
この日始めて、ベルガリスは敵に塩を送る。
という行為を体験した。
「人間本当にいたたまれなくなると、ああいう風になっちまうんだなぁ…。」
「本当に、まあ、勉強になったよ…。」
彼は後に、そう語ったという…。