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おやじ妄想ファンタジー   作者: もふもふクッキー
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始まりの章

 ○ 信じたもの。裏切るもの。


 『ああ、なんだ……。またこの夢か……』


 おぼろ気な意識の中で、彼はそう思った。

 子供の頃から何度も何度も。

 それこそ中身を記憶してしまうほどに、 

 繰り返し繰り返し見てきた夢…。


 きっと自分の。遠い日の記憶。


 それは20年以上前。

 大好きな父の墓の前。

 泣きじゃくる子供の頃の自分。

 信じていたものに、

 裏切られてしまったという大きな喪失感。

 そこに寄り添う、優しかった頃の母。


 (少年)

 「ねぇ!どうして!?」

 「どうしてお父さんは死んじゃったの!?」

 「父さんはいつも、

  ……様にお祈りをしていたのに!」

 「教えを信じて、いつも!」

 「一生懸命お祈りをしていたのに!!」

 「朝も!昼も!夜も!」

 「ご飯の時も!寝る前も!」

 「いつもいつも!

  ちゃんとお祈りをしてたのに!」


 「具合が悪くなってからも!」

 「きっと……様が救って下さるって信じて!」

 「お布団の上でお祈りしてたのに!」


 「僕だって毎日のお祈りの時に!」

 「お父さんの病気が良くなりますようにって!」

 「ずっとお祈りを続けていたのに!」


 「なのにどうして!?」

 「……様はお父さんを助けてくれなかったの!」

 「……様を信じていれば、皆幸せになれるんじゃ なかったの!?」

 「……様は、どうしてお父さんだけは助けてくれなかったの!?」

 「ねぇ、どうして!?」


 泣きじゃくりながら、母に訊ねる子供。

 そう問いかけられた母親は、

 子供を優しく抱き締め、耳元でこう呟いた。


 (母親)

 「確かに…。……様はお父さんを助けてはくれな かったわ…。」

 「それはとても残念なこと。」

 「とても悲しいことだわ。」


 「けれどね、お父さんは最後まで……様を心から信じていた…。」

 「お祈りを続ければ、いつか元気にして下さるって。」

 「また、皆で楽しく生活ができるって。」

 「最期のその時まで信じることができたのよ。」


 「お父さんにとって、それはとても大きな支えだったはずよ?」

 「……様がいらっしゃるのだから、自分は大丈夫だって。」

 「私たち家族も、きっと大丈夫だろうって。」

 「最期まで安心して過ごすことができたはずなのよ?」


 「……様は、お父さんが最期まで辛い思いをしないように、側でずっと支えて下さっていたの。」

 「結果としてお父さんは亡くなってしまったけれど…。」

 「お父さんの信じる心は、しっかりと……様に届いていたのよ?」


 「だから貴方は何も心配しなくていいの。」

 「お父さんはきっと、亡くなった後に……様のお側に行くことができたの。」

 「きっと……様の側で、いつも通りの優しい顔で、私たちを見守っていてくれるはずよ?」


 そう話すと、母親は子供の涙を拭き。

 優しく頭を撫でた。


 「さあ、お父さんが心配しないように。」

 「……様とお父さんにお祈りをしましょう?」

 「そうすればきっと、これからも私たちは安心して過ごしていくことができるのだから…。」


 母親はそう呟くと、墓石に向かって膝をつき。

 手を前に併せてゆっくりと目を閉じた。

 少年も母親にならい。

 膝をついてゆっくりと目を閉じる。


 (少年)

 『違う…。違うよ…。』 

 『僕はお父さんに《助かって》欲しかったんだ』

 『どんなに辛くても、早く病気を治して…。』

 『また、一緒に遊んで欲しかったんだ!』


 『お父さんだってきっとそうだ!』


 『病気を治して、

  もっと長く生きたかったはずなんだ!』

 『だから最期まで、

  お祈りを欠かさずに続けていたはずなのに!』

 『最期の最期まで、

  ……様を信じていたはずなのに!』

 『病気で辛いときも、

  お父さんは絶対にお祈りを欠かさなかった!』

 『誰よりも強く、

  ……様を信じていたはずなのに!』

 『そんなお父さんを救わないなら、

  一体誰を救うって言うんだ!』


 少年は祈りの姿勢を維持したまま、目を見開き墓石の一点を睨み付けた。


 『誰よりも信じたお父さんを、

  助けることができない……様ならいらない!』

 『亡くなったお父さんが一緒にいるというなら、 いつか僕もそこに辿り着いて貴方を!』

 

 『絶対貴方を倒してみせる!!』


 それは遠い日の誓い。

 幼き頃の決意。


 その後も母は、……様への信仰を続けた。

 彼はそれを何処か冷めた目で眺めつつ、しがみつくことしかできない母親を憂いていた。

 信じることでしか自分を保つことができないのだと、自分は絶対にそうはならないと、決意を固め続けていた。


 そして時は流れ…。


 彼は成長し、所謂普通の大人になっていた。

 母親とは距離を取りつつも、それなりに良好な関係を続けた。

 既に自立し、家を離れた。

 毎日仕事をし。与えられた業務をこなした。


 少ないながらも友人にも恵まれ。

 大切な人とも出会い。結婚もした。


 子供の頃の決意など、当の昔に忘れ去っていた。

  

 信じる人間を助けない。 

 そんな信仰なんていらない!


 《いつか自分が……様を!》


 その為に自分は、周りと戦い続け!!

 ……様への信仰を、

 叩き潰してみせるんだ!!

 

 そんなドラマチックな人生を、自分は過ごしていけるのだ。 

 あの頃は本気で、そう信じていたのだろう。

 子供の頃の自分は、世の中を変えていける様な。 ヒーローの様に、皆を導いていく存在になれるのだと。

 心の底からそう信じていた。


 だが成長するにつれ、いつからか自分の人生は決して特別なものではないのだと気付いた。


 何をする訳でもなく、与えられた過程を何となく過ごし。

 そんな自分に、劇的に変化を遂げるタイミングなど存在するはずもなく。

 ただただ流れに身を任せ、作られた道をたらたら歩いているうちに、今の自分に落ち着いていた。


 こんな切っ掛けがあったなら。

 世の中がこうだったなら。

 あの時ああしていれば自分にも。

 

 いい年をして、未だにそんな沢山の妄言が浮かんでくる。

 そしてそれとはかけ離れた現実。

 繰り返される日常に埋もれていくだけの自分。

 そして何より、そのつまらなさに。

 彼は心の底から嘆いていた。


 何かを変える切っ掛けを探しながらも、

 結局は何もしてこなかった自分に。

 毎日小さな失望感を抱き続けていたのだ。


 そしてその日もいつも通り。

 通勤電車に揺られ、会社へ向かっている最中。

 いつも通りの日常。

 何の変化もない。繰り返される毎日。


 その一幕のはずであった。


 ( 男性 )

 『さて、そろそろ降りるか…。』


 そんな風におぼろ気な夢から目を覚まし、現実に戻ろうと背筋を伸ばした。


 そして目を明け日常に帰ったはずの彼。


 そんな彼は今…。


 走っていた。


 ( 男性 )

 「ちょっと待ってこれ!!」

 「これなに何これどうなってんの!?」


 ( 女の子1 )

 「いいからおじさん!」

 「さっさと走って!」

 「追い付かれるわよ!!」


 ( 女の子2 )

 「どうなってるんですか~?」

 「私はてっきり、助けに来てくれたのかと~!」


 彼の名前は「吉田 悠」。


 普通の生活を受け入れた。

 ごく普通の男である。


 ただその胸には、

 幼い日に抱いた

 小さな決意が残されていた。

  

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