後編
家に着き、リビングに入ると、前を歩いていたシュウジがいきなり後ろを振り向き、私を抱きしめた。
ギリギリと私は締めつけられる。
私はただ黙ってされるがままになっていた。なんだか怖かったから。
「……………たん……ぞ」
しばらくその状態が続いた後、シュウジのかすれた声が聞こえた。
「……え……?」
よく聞き取れなくて、身動きが取れないかわりに、声で問う。
「……心配、したんだぞ」
シュウジの言葉は、大きな衝撃とともに、私に温かく響いた。
「家に帰ったらいるはずだと思った冬華がいないし、ケータイはつながらないし、何かあったんじゃないかって色々考えたりして……」
シュウジはさらにきつく私を抱き締めた。
存在を確かめるかのように、私の髪や背中をなでる。
私は胸が熱くなっていった。
「ごめん……」
「……もう、何も言わないでどこにも行かないでくれ……働きになんて出ないでいいから、家で俺を出迎えてくれ」
シュウジが少し離れて、私の目を覗き込む。顔に手を添えられ、視線を合わせられた。
私は、誓いを求められている。
「……うん」
その目に飲み込まれそうになりながら、私はゆっくりとうなずいた。
シュウジはじわじわと嬉しさを顔で表した。溶けそうな笑顔がそこにあった。
「よし」
シュウジのお許しがでて、私はホッと息をついた。が……
「ところでさ、トウカ。二人っきりなんて久しぶりじゃないか?」
シュウジが少し体の方向を変えた。
これは、私をどこかへ誘導しようとしている……。
「そ、そうね」
なんだかこういう雰囲気はずいぶん前にあったような気がする。
なんとなく感づいてはいたが、久しぶりだし急だったから、私は動揺した。
と、そうしてる間にも修治に私は追いやられている。近くにあったソファーに。
「久しぶりだからさ、ねぇ……」
ついに私はソファーにぶち当たり、少しよろけた隙にシュウジに押し倒されてしまった。
「シュ、シュウジ……」
――――――ピンポーン
その時、玄関のチャイムが鳴った。
一瞬私と修治は固まる。
「……シュウジ……誰か来たみたいだよ」
「……………無視しよう」
「待って待って待ってー!」
さすがにこれには抵抗した。
シュウジはあからさまに不服そうな顔をしていたが、私はシュウジから抜け出し、玄関へ向かった。
「こんばんは」
玄関を開けたら、そこにはヤマダさんがいた。
「ヤマダさん、どうしたんですか?」
私の声を聞いて、修治も出てきた。
「ヤマダか。どうしたんだ? せっかくいいところだったのに」
「シュウジ!」
私のとがめる声にまたもシュウジは不満そうな顔をした。
ヤマダさんは苦笑いを浮かべていた。何があったか察してしまったようだ。
いくら気の知れたヤマダさんとはいえ、恥ずかしい。
「何だって、あんな騒ぎになって何だはないでしょう。明日は覚悟しといてくださいよ。……まぁ、それはそれとして、これお願いします」
そう言って、ヤマダさんは一枚の紙を差し出した。
シュウジがそれを黙って受け取り、広げて見て、目を大きく見開いて、ヤマダさんの顔を穴が開くほど見ていた。
「お前、コレ……」
私は何かと、シュウジの持っている紙を覗いた。
そして、私もシュウジと同じ反応をしてヤマダさんを見た。
ヤマダさんは満面の笑みをその顔にたたえている。
この笑顔は本当に曲者だと思う。
ヤマダさんが持ってきたのは、婚姻届だった。
「これで、二人ともいい加減けじめつけてください」
あぁ、なんだ、けじめってそういうことだったのか。
私は知らず笑みがこぼれていた。
「さっさと書いてくださいね。私が出しに行きますから」
「……トウカ、いいか?」
「何言ってるのよ」
私はシュウジの手を取って、その顔を見つめた。
「いいに決まってるじゃないの」
私は嬉しすぎて、顔いっぱいに笑みを浮かべていた。
シュウジも、口元を柔らかくほころばせた。私はますます嬉しくなった。
これからきっと色々めんどうなことがあるんだろうけど、シュウジと一緒なら乗り越えていける。
私は、先立つ不安より、新しいことが始まる期待感に胸が高鳴っていた。