中編
食事も終わって、シュウジは早々と自室にこもった。
明日の早朝会議でかける案件のレジュメを作らなければならないらしい。
忙しい彼の生活パターンは一定ではない。
「動く社長」である彼は、プロジェクトを常に考え、まず自分が先頭になって行動する。
それが彼を忙しくさせている原因かもしれない。
それでも、ヤマダさんの管理のおかげで、体を壊さずに日々過ごしているのだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
「あ、お疲れさまです」
私はヤマダさんを見送るために、一緒に玄関へ移動する。
「おいしいご飯ありがとうございました」
「いえ、何もお構いできませんで」
それであとはヤマダさんが、では失礼します、とか言って去っていくかと思ったが、ヤマダさんはこちらをじっと見つめたままだ。
私は嫌な予感がした。ヤマダさんの笑顔が、今は何より恐い。
「……あの、ヤマダさん……どうかしましたか?」
私は耐え切れなくなり、声をかけた。
かけざるをえなかったというのが正しいのか。
すると、ヤマダさんの顔から笑みが消えた。
「トウカさん、そろそろけじめをつけてくれませんか?」
私はその言葉を聞いて、その場に凍りついてしまった。
彼の言葉が石のようにのしかかって、何も言うことができなくなった。
ヤマダさんはそれを言うと、またさっきと同じ笑顔に戻り、「それでは失礼します」と言って、去っていった。
私はしばらく、その言葉を受け入れるために、そこから動くことができなかった。
翌日、シュウジは朝早く出ていった。
いつも通り挨拶を交わし、朝食を用意し、二人で食べた。
いつもと違ったのは、シュウジが出かけていった後に、私も支度をして出かけたことだ。
ヤマダさんの言葉を受けて、けじめをつけるために私は、バイトでもいいから何か仕事をすることに決めた。
だから、そのためにはまず情報探しということだ。
本屋に行って、仕事情報誌を何冊か買い、近くの公園のベンチに座り込み、雑誌を片っ端から調べ、できそうな仕事を探し出して電話をかけた。
そうしていると、時間はあっという間に流れていった。
始めに電話をしたファーストフードのレジ係のバイトが都合よく今日面接を承諾してくれ、しかもいきなり好反応をもらい、さっそく研修に入ることになった。
こんなにうまくいっていいんだろうかと、少し不安になりながらも私は仕事を覚えようと働いた。
シュウジと暮らし始めたばかりは、やはり生活が苦しかったので、私もバイトをしていた。
それ以来だから、とても久しぶりで、変に浮き立つような気持ちになっていた。
そろそろ時間もいい頃合いかと考えていた時だった。
レジの正面に出入口があり、ガラス戸の自動扉で、その周りも窓だったので、レジから表通りの様子がよく見えていた。
だから、正面にいかにも高級そうな黒い車が止まったのもばっちり見えた。
嫌な予感がした。
すると、車から黒い背広を着た茶髪の男性が運転席から降りてきて、店に入ってきた。
紛れもない、シュウジだった。
サラリーマンが来ることはあまりないが、珍しくはなかったので、始めはあまり気にされなかったが、誰かが気づいてしまった。
「あれ、スギヤマシュウジじゃない……?」
それをきっかけに、どんどん人が気づきだし、騒ついていく。
私は慌てたが、シュウジは構わず私の方へ来た。
シュウジはじっと私を見ていた。
私は一瞬その目に飲み込まれそうになったが、なんとかこらえた。
「シュウジ、なんでここに……」
「帰るよ、トウカ」
私が小声で言おうとするのを遮るように言った。
その声は何の感情も感じられない無機質なもので、かえって私の心に深く突き刺さった。
シュウジ、怒ってる……?
シュウジはそれだけ言うと、店から出ていき、車に乗った。
私は驚いている従業員の方々を後ろに、店長に簡単に退出を願い出て、車に乗り込んだ。
車にいる時間も、その全ての時間が恐ろしく静かだった。