前編
「ただいま、トウカ」
「おかえり、シュウジ」
いつも決まって私達は相手を迎える言葉を言うことになっている。
「トウカ、今日はどうだった?」
「別に。ずっと家にいたよ。そういえばシュウジの載ってる雑誌見たよ」
シュウジはIT関連で成功した大企業の社長である。
若くして社長になり、見目も麗しく、マスコミに対しても率直に誠実に対応するので、テレビや雑誌にも引っ張りだこなのだ。
そして私は、外に出ずにそんな彼に養われている。
私のこの状況を簡単に表す言葉があるなら、「ペット」。彼に飼われていると言ったところか。
「あぁ、見てくれた? どうだった?」
「カメラマンのセンスがよくなかったわ。シュウジのかっこよく見えるポイントをおさえてないんだもの」
「言ってくれるね」
「ところで、今日は久しぶりに肉じゃがを作ったのよ」
私が普通のペットと違うところをあげるとすれば、餌の準備をするところだろうか。
食事を作って彼を温かく出迎えるのだ。
ただ、彼の帰りが遅くなったり、私の具合が悪くなればそれはできないが。
私達はお互いに強制したり、何かに命令されてるわけじゃないけど、それぞれの役割はなんとなく決まっていた。
「あぁ、入った瞬間いい匂いがしたよ。和食は久しぶりだな。今日もよく働いて腹が減ったよ。ご飯、もらおうかな」
「了解。ヤマダさんもよければ食べていってください」
「ヤマダは強制的に夕ご飯食べさせるからよろしく」
「またそういう訳のわからないこと言うんですから、社長は。資料の整理があるので、少しお邪魔させてもらいます。……まぁ、夕食、いただけるとありがたいですが」
「はい、ぜひどうぞ」
シュウジの後ろについて入ってきたヤマダさんは、シュウジの秘書だ。
常にシュウジと行動を共にし、運転手などもこなす。
秘書といったら、バリバリのキャリアウーマンをイメージしていた私は、ヤマダさんを初めて見た時には失礼ながら驚いた。
それこそ事務の経理なんかをしてそうな、純朴な青年だったからだ。
しかし、社長の右腕として働いている彼を侮ってはいけない。
彼は常にシュウジ一番で物事を考え、行動している。
そんな彼からしたら、私とシュウジの関係が一番気になるところだろう。
高校の時に部活が一緒で、そこからつきあうようになり、今に至る私達。
『俺がトウカを養うから、だから、一緒に暮らそう』
高校卒業の間際にシュウジに言われたセリフは、今でもその場面とともに鮮明に思い出せる。
それから私とシュウジの今の生活は始まった。
もっとも、いくら養うといわれたからといって、今のような生活は予想していなかったのだが。
そんな関係の私達だから、私は、彼に会うたびにプレッシャーを感じているのだ。