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8.TS








 結局オッサン……もとい、クエストのボスを俺が単独で撃破してしまったらしく、そのことに河合が憤怒した。

 なんでもボスは経験値が多いらしく、一緒に戦いたかったそうだ。だったら一人で行ってくればいいじゃねえかと言うと、既に河合のキャラクターではイベントを終わっているので、二度と戦えないとのこと。知らんがな。

 俺のレベルが20になったこともご立腹らしく、結局その後河合のレベルが20になるまで魔物狩りに付き合わされた。といっても、先輩がひたすら魔法で敵を燃やすのを見ていただけだが。やることねー。

 二人の美少女、ただし中身は残念極まりないというカッコ書きつきの共演をボケーっと眺め続けた俺だった。暇潰しにナリアでも一匹つれてくりゃよかった、サッカーボール代わりに遊べるのに。

 しかし、延々二人が『闇の炎』だの『永遠の氷結』だの、痛々しい台詞吐いてるの見続けるのも苦痛だな。暇潰しも兼ねて、河合の真似をして見るものの。


「『刹那の闇に果てよ! ダークネス・ストランジェ』うべえっ!」

「真似しないでください! 恥ずかしく感じてしまうじゃないですか!」


 このように即座に杖で殴られて止められてしまう。くそが、段々こいつ俺に対する遠慮がなくなってきてやがる。

 もし、このまま何も対処しなければこのめんどくさい系女は間違いなくどんどん増長する。俺の第六感がビンビンそう告げている。

 河合の将来のためにも、俺が近々矯正してやらねばなるまい。俺は友達想いの男なのだった。

 河合の改造計画を脳内で妄想している内に、河合のレベルは20に達したらしい。そんな河合に俺は労をねぎらう言葉をかけてやるのだった。


「お疲れさん、レベル20おめでとよ」

「斉木君……ありがとうございます」

「まあ、俺はレベル26になっちまったんだけどよ。あれ? 何で廃人プレイヤーの河合さんが俺よりレベル低いんですか? 初心者プレイヤーより弱いんですか? いったい何が始まるんです?」

「廃人じゃありませんっ! あと地味にイラっとするのでレベルのことは言わないでください!」


 優しい言葉をかけたら怒られた。本当、女心ってやつは分かんねえな。

 ぷるぷる震える河合の前で小躍りしていると、先輩が魔法を使ってくれた。ダンジョンからの脱出魔法らしく、俺たちはそれに触れて外へ出る。

 一瞬にして外に転移、そして続けて先輩の移動呪文でホームギルドに。いやあ、魔法って便利だな。河合も中二病全開で人を痛めつける魔法じゃなくて、こういう魔法を会得すればいいんだよ。炎で燃やすだの風の刃で切り裂くだの、普段の生活で料理くらいしか使い道のねえ魔法ばっかり覚えやがって。


「本当に河合は地味に使えねえな」

「何でいきなり酷いこと言われなきゃいけないんですか!?」

「やべっ、つい本音が口から」

「むきー!」


 杖を振り回す河合と逃げる俺の追いかけっこ。ネトゲばかりやってるモヤシ小娘に帰宅部の星と呼ばれた俺が捕まえられるものかよ。遊びで帰宅やってんじゃないんだよ!

 数十秒後、馬乗り状態で杖でボコボコにされている俺。やべえ、こいつ足ちょー速え。運動神経くっそ良いじゃねえか、マジ詐欺眼鏡だわ。

 俺と河合のスキンシップを微笑ましげに眺めながら、先輩は軽く息をついて話を始めた。


『とりあえず今日はここまでかな。私も宿題とかしたり、お風呂入ったりしなきゃ』

「風呂はともかく宿題なんて今更だろ。折角仲良くなれたんだし、留年して俺たちと同じクラスになろうぜ」

『それも悪くないかな~? まあ、そういう訳で今日は落ちるね。学校でも二人が元の世界に戻る方法とか考えてみるよ。あ、そだそだ、君達たちのこと、親御さんとかに伝えておかなくていい?』

「いや、先輩、そろそろ遠慮なく言うわ。先輩って馬鹿だろ?」

「遠慮どころか容赦すらないじゃないですか!?」

「俺たちがゲームの世界の中にいる、なんて誰も信じねえよ。しかも見ず知らずの学校の先輩が意識不明の俺たちを前にした親に『その子たちはゲームの世界にいるんですよ~』なんて言ってみろ。俺ならブチ切れて警察に通報するね」

「た、確かに……」

「そういう訳で止めてくれ。気持ちだけはありがたくもらっておくわ」

『そっか、了解ー。それじゃまた明日ねっ!』


 俺たちに別れを告げ、先輩の姿は消えさった。つまりあれか、これがログアウトって訳か。

 成程なと納得しながら、俺は現在の時刻がどれくらいかを考える。先輩が風呂だの宿題だの言ってたってことは、夜の十時か十一時を過ぎたくらいかね。先輩はガッカリ廃人だからもっと遅い可能性もあるか。

 先輩もいなくなり、俺たちは特にやることもない。宿題もなければ学校もない、妖怪以上に自由な生活だ。全然嬉しくねえけど。

 部屋に用意されていたソファーに寝転がり、うんと背伸びをする俺。くつろぎ始めた俺に、河合は困りながら訊ねかける。


「先輩ログアウトしてしまいましたけど、これからどうしましょう?」

「どうもこうもねえよ。もう夜遅いみてえだしお開きだ。お前も宿屋に戻って寝ろよ、俺も適当に過ごして寝るわ」

「そう、ですね……それではそうさせてもらいます。斉木君は宿屋に戻らないんですか?」

「ここに最高の寝床があるのに戻る訳ねえだろ。今日からこの家は俺のもんだ。俺のテリトリーにする」

「先輩の家ですよね!? でも、それなら私もここで寝泊まりした方が安く済むような……」

「お前、鳥頭か? 昨日言っただろうが。いくら非常時緊急時とはいえ、クラスメイトの男子と同じ部屋で寝泊まりしてもいいなんて考えはやめろ。俺たちは絶対に元の世界に帰るんだ、常識を捨てるんじゃねえ。自分をもっと大切にしろや」

「……斉木君って、変なところで常識的というか、紳士ですよね。普段はアレなのに」

「うるせえ黙って宿に帰れ。それとも俺に欲情されてえか。いいだろう、俺の可愛い愛猫シコティッシュ・フォールドが火を吹く――」

「おやすみなさいっ!」


 俺の脅しに屈した河合は慌てて部屋から飛び出した。ふん、男を知らん小娘が同衾など十年早いわ。俺も女なんて知らねえけど。

 ソファーの上に寝転がり、重くなってきた瞼を感じながら、俺の意識はゆっくりとまどろんでいく。マジ疲れたわ、体もだけど精神も疲れるんだよな、非日常って奴はよ。

 飯も風呂も終わってねえけど、そんなのは朝まとめてやればいいだろ。俺は疲れた体を癒すように、ゆっくりと眠りの世界へ落ちていった。相坂美穂の夢とか見てえなあ、ぐへへ。

















「相坂美穂とデートしてる夢を見て、デートの途中で相坂に辛抱たまらず抱きついたら何故かお前にすり替わっていた。訴訟」

「朝からいきなり滅茶苦茶な難癖つけてこないでくださいっ!」


 ホームギルドに姿を現した河合に起こされ、開口一番に文句。くそが、もうちょっとで相坂と最高の時間を過ごせたのに、この詐欺眼鏡、許すまじ。

 とりあえず部屋の中に用意されている風呂に入ることにする。ネトゲでも風呂があるって便利だよな、湯が常に張ってて温度が冷めない優れ物、これ持って帰りてえなあ。

 風呂に入り、そして俺は致命的なことに気付く。やべえ、パンツがねえ。

 昨日は裏表にしてはくことで難を逃れたが、今日はもうストックがねえ。汚れたパンツをはくなど俺の沽券に関わることだ。

 仕方ねえ、こまったときこそ運命共同体だ。俺は風呂の中から部屋で待っているであろう河合に訊ねかける。


「おーい河合、ちょっといいか?」

「何ですか?」

「お前、パンツどうしてる? 今履いてるのって三日間同じものか?」


 風呂の扉の向こうから激しい罵声が飛んできた。素で何を言ってるか分かんねえくらい怒ってる。やべえ、マジ怖え、これがヒステリーって奴か。

 扉の向こうでひたすら『最低』を連呼してる河合に、俺は冷静さを繕ったままで、再び声をかける。


「違えよ、何を勘違いしてるのか知らねえが落ち着け。俺はお前のパンツなんて微塵も興味ねえよ。あ、悪い、今嘘付いたわ。思春期の男だからよ、それなりにやっぱり興味あるわ」

「そんなこと胸張って言わないでください!」

「俺が訊きてえのはそうじゃなくて、パンツの替えがねえことなんだよ。服は適当に買って済ませられるけど、パンツはねえだろ。流石に三日もはくのはあれだしよ、お前はどうしてるのかなって」

「普通そんなこと私に訊きますか!?」

「お前だから訊くんだろうが。ほら、教えろ運命共同体。お前はどうやってパンツ難を乗り越えてるんだよ」

「あ、洗ってます……寝る前に洗って、火の前で乾かして……使ってます」

「それってお前、寝るときは常にノーパ……」

「声に出さないでくださいっ! だから言いたくなかったんです!」


 また河合の怒りのボルテージがあがりかけてるので、これ以上追及する事はやめる。根に持つからなアイツ。

 しかし、洗うという発想はなかったな。いや、普通なら最初に思いつく発想なんだが、普段は洗濯を母親任せにしてるからなあ。パッと出てこなかったわ。やっぱ普段家事しないと駄目だな、俺も進学して一人暮らし始めたらやることになるんだから。

 という訳で、俺はさっそく愛用パンツ、トランクスを洗うことに決めた。決めたが、どうやって洗おう。ここに洗剤なんてもんはねえし、これまた河合先生の出番だろ。


「おーい河合ー、教えてくれー」

「変な質問は受け付けませんからね!」

「俺もパンツ洗おうと思ってんだけどさ、洗剤ってどうしてんだ? このゲームって洗剤なんてアイテムねえだろ?」

「洗剤はありませんが、洗浄薬というアイテムがあるんです。道具屋に売っていて、イベントアイテムとして以外使い道はないものなんですが、それを使いました」

「おお、便利だな。ちょっとその洗剤と風呂場の外にある俺のパンツ取ってくれ。いや、洗い方もよく分かんねえしな、もういっそお前が俺のパンツ洗ってくれ。ついでに魔法で乾かしてくれ」

「斉木君って本当に最低ですよね!? 普通同じクラスの女の子にそんなこと頼みますか!? 嫌です! 絶対に絶対に絶対に嫌です!」

「うるせえ、クラスメイトだろうが何だろうが非常時となれば関係ねえだろ。運命共同体である俺を救うためにも、俺のパンツを洗ってくれ。そして魔法で乾かしてくれ。三十分以内で頼むわ」

「ぜーったい嫌です!」


 断固拒否を貫く河合。くそ、やっぱり駄目か。でも、俺が洗って乾かしてをやってると、絶対今日中に乾かねえよな。

 ノーパンで服を直接着るのも気持ち悪いしな。河合には是が非でも俺のパンツを洗って貰わねばならん。しかたない、交渉するか。

 そう言って、俺は河合に再度話しかけた。


「分かった、河合、こうしようじゃねえか。取引だ」

「なんですか……」

「もし河合が俺のパンツを洗ってくれて、乾かしてくれたら今日一日河合のやりたいことに付き合ってやる。ボスだろうがレベル上げだろうがクエストだろうが、お前のやりたいことをやっていい。我儘も言わねえし、嫌ともいわねえ」

「……本当ですか?」

「男に二言はねえ。ただし、条件は俺のパンツの洗濯および乾燥だ。さあ、選べ」


 俺の持ちかけた取引に、扉の向こうで河合はうんうん悩んでいる。

 どうやらこの二つは天秤に乗るほど大きなことらしい。果たして河合の廃人ゲーマーっぷりを褒めるべきか、俺のパンツを洗うのがどれだけ嫌なんだと落ち込むべきか。

 だが、河合にとってゲームの世界で自由に気兼ねなく動き回れるという条件は想像以上に魅力的だったらしい。ましてやこいつは昨日魔法を沢山習得した身、色々とやりたいことがあったのだろう。

 自己嫌悪に陥ったような、そんな沈んだ声で河合は悪魔に魂を売ったのだった。


「洗います……斉木君の下着、洗濯します」

「そうか、助かるわ。三十分の特急コースで頼むわ」

「ううう……約束ですからね! 絶対絶対今日は私の言う通りに行動するんですからね!」

「分かった分かった、約束する、命かけてもいい」

「絶対に絶対に絶対に絶対ですからね! 嘘でしたーは認めませんからね!」

「分かったっつーの! 本当にめんどくさい国のめんどくさい女王だなお前は!」


 何度も何度も入念に念押しをして、河合は俺の愛用トランクスを洗うのだった。

 ゆっくり入った風呂から上がった頃には、綺麗に仕上がった俺のピカピカトランクスが完成していた。

 顔を真っ赤にした河合に手渡され、俺は早速着用した。うむ、見事な美しさだ。TS(トランクス・洗濯)とは実に素晴らしいものだ。

 清々しい気分に包まれ、俺を直視しようとしない河合と少し遅れた朝食を楽しむのだった。ああ、食べても食べてもなくならない肉うめえ。















 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『TS』を石に記録します。








( ゜∀ ゜)



ありがとうございます、お気に入り等、本当にありがとうございます。

アクセス数とか凄いことになってて、何事なのか未だに混乱してますが、とにかく本当にありがとうございます。頑張ります。


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