7.復讐
前回までのあらすじ。必殺技『顔面崩壊ハンマー』を覚えた。終わり。
俺がナリアと遊んでるうちに、どうやら河合の魔法の使い方の確認は一通り終わったらしい。
先輩の唱えたとおりの言葉を詠唱することで、河合は炎の魔法やら氷の魔法やら自在に使えるようになったとのこと。
そんな河合に俺は至極当然の言葉を紡ぐ。
「不公平だ」
「な、なんですか斉木君、いきなり……」
「河合が『闇夜に虚ろえ、ジェノサイド・ノヴァ!』なんて叫んで中二病ごっこして楽しんでるのに、なんで俺は顔面ダイレクトアタックなんだ。痛みを伴う改革とかそんなレベルじゃねえよ、不平等条約も真っ青過ぎるだろうが」
「そ、そんな文句言われてもしかたないじゃないですか。これはもともと私が覚えていた魔法で、斉木君のスキルは勝手に習得したものですし……」
「俺にも痛みを伴わない魔法か特技を使わせろ。もしくは河合も俺と同じ『顔面崩壊ハンマー』で戦え」
「嫌ですよ!? 女の子の顔をなんだと思ってるんですか!?」
「男女平等の精神を知らねえのかお前は。昔とは違い、今は男だから女だからなんて時代じゃねえんだよ。そういう男女差別を俺は絶対許せねえ、女性の権利を俺は守ってみせる。ほら、お前も顔面からナリアにダイブしろよ。さあさあさあ、ハリーハリーハリーハリー!」
じりじりとにじり寄る俺に恐怖を覚え、先輩の背中に逃げ込む河合。ちっ、逃げやがった。
俺たちが遊んでいるとみなしているのか、先輩はあははと相変わらず笑うばかり。遊びじゃねえんだよ、生きるか死ぬかの壮絶バトルなんだよ。
俺の要求に応えるように、先輩が画期的なアイディアとばかりに意見を出した。
『そんな斉木君に私から提案があります! 斉木君が新たな魔法や特技を覚えられるかもかも!』
「ほほう? さすがは廃人先輩、自分だけ魔法を覚えて満喫する詐欺眼鏡とは違うわ。覚えておけ、河合、これができる女ってやつだ。お前も『行け』と言われたら『じゃあやろうか』と切り返せる立派な淑女を目指せ」
「顔から魔物にダイブできる女になんてなりたくありません!」
「思い切りの足りない奴め。まあいい、それで先輩、その画期的なアイディアとは何ぞや」
『それはー、二人のレベルを上げに上げることでーす!』
「却下。解散」
先輩の意見を俺は迷わず一蹴する。本当こいつらはレベルを見ればあげることしか考えねえな。何の強迫観念に駆られてるんだよ。
俺の否定意見に『えええ』と声をあげる先輩。俺は足元を跳ねていたナリアを一匹捕まえて、先輩の顔に押しつけながら理由を語る。
「めんどくさいんだよ。何でこいつらをひたすら蹴る作業を繰り返さなきゃならんのだ。俺はルーチンワークが人生で一番嫌いなんだ、変化のある人生を歩みたいんだよ」
『ちーがーうーよー。倒すのはナリアじゃなくて、もっともっと強い敵だよお』
「猶更嫌に決まってんだろ! 強い敵と戦って全滅したらどうする!? 先輩はいいが、俺と河合は人の手を借りなきゃ動けねえし、復活できねえんだぞ!? 俺ぁ絶対ごめんだね!」
『でもでも、今のレベルじゃ玲夢ちゃんが強い魔法使えないんだよ? レベル1だからマジックゲージが全然足りないの』
「構わん。河合、諦めろ。この世界には奇跡も魔法もねえんだよ」
「ありますよ!? 魔法今使ったじゃないですか!?」
「魔法が存在するなんて言うのは小学生までが許される言葉だ。考えてみろ、大人になって魔法魔法言ってる奴はロクな奴がいねえだろ。魔法の薬なんて最悪の類じゃねえか。魔法っつうのは子どもだけに許された特権なんだ。将来主婦になっても魔法のダイエットなんて怪しい食品絶対買うんじゃねえぞ」
「買いませんよ!? 何の心配してるんですか!?」
河合を見事説得し、俺は街に戻る準備を行う。
当たり前だ、何が悲しくて人里離れて魔物がうじゃうじゃいるような場所にいかにゃならんのだ。
人間って言う奴はいつもこれだ。ちょっとでも凄い力を手に入れたら試したくなる、育てたくなる。違うんだよ、本当に凄い人間っていうのはそうじゃねえ。
力ある人間は凄い力を手に入れたときこそ隠すもんだ。金だってそうだ、大金を手に入れて見せびらかして自慢する奴の末路なんか悲惨なもんだ。金持ち喧嘩せず、能力者はひっそりと生きる、これが賢明な生き方ってもんだ。
人生の訓辞を河合に告げて満足している俺だが、何やら河合が先輩の耳元で話している。ちっ、また何か悪知恵を働かせてやがるのか、めんどくさい村のめんどくさい聖乙女め。
例えどんな手を使おうと、俺の鋼の意思は変わらん。強い魔物と戦うなんてまっぴらごめんだ。やらねえったらやらねえんだよ。
断固たる決意を胸にした俺に、先輩はゆっくりと微笑みながら近づき、笑顔で話を持ち掛けてきた。
『ねえ、斉木君。もし、君がレベル上げに付き合ってくれるなら、元の世界に戻れたとき、美穂とのデートをセッティングしても――』
「ここが最初のシナリオのボスの部屋か。最初のザコボスのくせに結構いいとこに住んでんな。家賃いくらだ?」
暗い洞窟の奥、松明が照らす巨大な扉を見上げる俺、斉木陽太レベル8。同じくレベル8の河合も見上げている。
そんな俺たちに説明を続ける我が義姉こと智子先輩レベル154。
『最初のボスなんだけど、結構手ごわいよ。倒す為の必要レベル、本当は20くらいだからねー。ここで苦戦する新人さん多いんだ』
「私も苦戦しました……結局ソロじゃ倒せないから、人を集めて倒しましたから」
「ふーん。まあ、先輩いるし余裕だろ。道中の敵と同じで一撃で終わるだろ?」
『まあねっ!』
胸を反って自慢げに言う智子先輩。今更だけど智子先輩って胸でけえな、まあゲームキャラだからだろうけど。
先輩の話じゃボスも経験値がっぽがっぽくれるらしいし、さくっと倒して貰ってレベル上げて早く帰ろう。河合もレベル10になれば満足するだろ。ちなみに俺はレベル8まで上がったが、魔法もスキルも覚えねえ。職業『学生』ってもしかしてゴミ職業なのか?
善は急げとばかりに俺は扉に手をかけて中へと入る。途中頭上にメッセージボードが出たが、内容を見ずにごつんと一発殴る。このメッセージボードいい加減うっとおしいわ。
そして、中に入るとむさいオッサンみたいなボスの姿がこんにちは。
道中のシナリオは真剣に聞いてなかったのでうろ覚えだが、最近商人を襲いまくってる奴等がいて、その盗賊団のボスがシナリオのボスだとか。道中も子分ばっかでてきたしな。全部先輩が燃やし尽したけど。
俺の姿を確認して、始まるイベントなるもの。盗賊親分はケケケと笑いながら俺に語りかけてくる。
『よくぞここまできたな。俺様はグレババ盗賊団の首領エセッケだ。ここまでこれたことは褒めてやろう』
「うるせえ死ね。先輩、早くこのむさいオッサンをさっさと燃やして……くれ……」
そこまで口にして、俺は後ろを振り返った瞬間時間が止まった。先輩も河合もいねえ。
あれ? なんで? 扉の向こう? 扉を開けようとしても何故かロックがかかったように開かない。なぜ来ねえ。あいつらどこいった、トイレか。
慌てふためく俺を余所に、おっさんイベントは続いていく。
『俺様は気に食わねえ人間が大嫌いなんだ。これまでの人生で気に食わねえ奴は全てぶちのめしてきた』
「うるせえ臭い息吐いてんじゃねえ加齢臭が。ちょっと先輩ー! 河合ー! 早く来てくれよー! 俺一人でボスなんて勝てる訳ねえだろ!」
ドンドンと扉を蹴って話しかけると、扉の向こうから二人の声が。
『入れないよおおお。無理いいい』
「あ? なんでだよ?」
「斉木君、さっき出た選択肢でノーを選んでました……入れるわけありません」
「選択肢……?」
「メッセージボードの文章、ちゃんと読みました?」
「めんどいから読んでねえ。とりあえず殴った。俺は説明書を読まずにゲームを始めるタイプなんだよ」
「ちゃんと読んで下さい! あの確認メッセージは『ボスに突入します、パーティの仲間と一緒に戦いますか?』って選択肢だったんです! それを斉木君がノーを思いっきり叩いてしまったんです! だから一緒に戦える訳がないです!」
「……マジで? いや、どうすんだよそれ。オッサンやる気満々で俺を見つめてんだぞ?」
「どうしようもありません。ソロで戦うしか……」
「できるかボケェ! こいつに勝つためにはパーティ組んでレベル20はいるっつったのお前たちじゃねえか!? 俺はレベル8な上にスキルなんて『顔面崩壊ハンマー』しかねえんだぞ!? アイテムすら持つのめんどいから先輩に預けてんだぞ!? どうやって勝つんだよ!?」
『死ぬしかないね。一度負けて戻っておいでー』
「負ける!? 俺が、こんなオッサン如きに!? ふざけんな! 俺ぁ負けねえんだよ! こんなオッサン相手に敗北を認められるか!」
『じゃあ勝つしかないよー。斉木君、ファイトっ!』
「だからレベル8で勝てる訳ねえだろっつってんだよ!? 負けたくねえけど勝てる訳ねえだろっつってんだよ!」
「混乱し過ぎて斉木君さっきから言ってること無茶苦茶ですよ!?」
扉越しに俺に声援を送る智子先輩と微塵も役に立たねえツッコミしかしてこねえ河合。
俺は二人の協力を諦めて、ボスへと視線を向ける。未だに一人で語りながらイベントを進行しているが、どうするか。このまま戦闘が始まれば俺はほぼ数十秒後に戦闘不能な未来が見えている。
どうにか俺の華麗な戦闘テクニックで倒せないか……無理だな。顔面崩壊ハンマーだけで何ができるというのか。もう全滅の未来しか見えねえ。
ただ、何もせずに負けるのも腹立たしい。負けるなら負けるなりに牙を突き立てるのが俺の美学だ。
軽く息をつき、俺はイベント進行中のおっさんにノシノシと近づいていく。未だ前向上を述べてるオッサンに鉄拳発動。
『やがてチュトリの街は俺様の街となるのフェプゥ!』
「死にさらせえ!」
意気揚々と語っているオッサンの画面に強襲フックを炸裂させた。ボクシング漫画で読んだ、足を支点に駒のようにくるっとまわった、体重の乗せた重い一撃だ。
俺の突然のフックによる襲撃、フック襲にオッサンは変な声をあげる。だが、敵の根性も見上げたもの。ボス精神と言おうか、顔面腫れあがったまま、何事もなかったかのようにイベント会話を続けようとする。こいつ、マジか。
『お前のパンチはその程度か? もっと打ってこいよ』みたいな反応が俺の怒りに更に火をつける。イベント会話を続ける中、俺は拳を突き上げ、オッサンの鳩尾へ抉り込ませた。鋭い一撃だ、これをくらって立っていられる訳がねえ。
根を上げることを期待した俺だが、オッサンは鋼の精神を有していた。体をくの字に曲げた後も、すぐに復活して会話を続行する。その有様に、俺はこれまでの認識を改め直した。こいつは――漢だ。例えるなら弁慶、男の生き様、仁王立ち。
感極まった俺は両手の拳を握り直し、オッサンに敬意を払って声をかける。
「オッサン……死ねなんて言って悪かった。アンタ、凄えよ。悶絶パンチを二発喰らって平然さを保つなんて、俺には真似できねえ」
『のだ……商人を、全て攫って……金を根こそぎ集めて、街の、経済を……』
「俺にできることは、オッサンの期待に応えるだけだ。解き放つぜ、俺の魂を込めたナックル。オッサンが全てを耐え抜くのが先か、俺が根をあげるのが先か――勝負だ! うおおおおおおおおっ!」
そこから解き放つ俺の流麗な連続攻撃。小学生の頃、空手を習おうと思ったがハードな練習光景を見てすぐ諦めた俺の実力が解放される時がきたのだ。
鳩尾、テンプル、ハートブレイク、リバーブロー、金的。ありとあらゆる場所殴り蹴り上げ続ける俺。耐えるオッサン。凄え、マジでオッサン凄え、これが社会人、これが大人。戦う男の背中。
感動に打ち震えながら、俺は拳を止めない。オッサンも息絶え絶えに台詞を告げ続けているが、最早俺の耳に入らねえ。夢中で拳を振るう俺と耐えるオッサン。
永遠に続くと思われた時間だが、おっさんが何か台詞を小声で言い切った瞬間、メッセージボードが俺たちの時間を邪魔してきやがった。くそがっ! 俺とオッサンの時間を邪魔するんじゃねえ! 俺とオッサンの我慢比べの時間はまだ終わって……
『盗賊団首領エセッケとの戦闘開始!』
『盗賊団首領エセッケを倒した! 経験値26000と盗賊団の倉庫の鍵を手に入れた! 斉木陽太のレベルが8から20まで上がった!』
「……あ?」
メッセージボードが怒涛の二連続出たかと思ったら、オッサンの姿が消えていた。
周囲を見渡しても姿形が見当たらねえ。足元には小さな鍵が落ちてるだけ。少し考え、俺は辿り着いた結論を口にした。
「逃げやがったな、あのオッサン。くそっ、あの根性無しが。人の感動を返しやがれ。男の中の男だとか、感動して損したわ」
心の奥底から毒を吐きだし、俺は鍵を拾って扉の外へと向かった。
所詮ゲームキャラなんぞに期待するもんじゃねえな。真の戦う男、社会の荒波にもまれたサラリーマンはこれくらいじゃへこたれねえ。
俺は日々戦い続ける日本社会の先人方を敬いつつ、盗賊団のオッサンを罵倒しながら河合と先輩と合流するのだった。さて、さっさと合流し、クソみてえなオッサンじゃなくてこのクエストのボスを倒さねえとな……あ? クエストのボスってどいつだったっけ?
神の石が淡く光り輝きました。
属性『復讐』を石に記録します。
( ゜Д゜)
日刊ランキング100位でお気に入りが100超え……あばばばばば(錯乱)
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願わくば、どうかこれが夢じゃありませんように……少しでも面白いと感じて頂けるようなお話が、もっともっと書けますように……