6.転生
無事SSランクギルド『黒猫と茶会』に所属する事になった俺。凄さが微塵も分かんねえ。
ギルドリーダーである相坂先輩に、俺たちは引き続き今後の相談を続けた。
議題はもちろん、どうすれば俺たちは元の世界に戻れるのか、だ。
ただ、話し合ったからと言って答えがすぐ出るはずもない。相坂先輩は困ったように笑いながら語る。どうでもいいけど、メッセージボード出ないようにできねえのかな、ちょっと邪魔くさい。
『どうしたものかなあ。こんな現象、前例ないからね、どうしたら元の世界に戻れるなんて調べようもないんだね』
「そこを何とかしてこそお助けキャラじゃねえのかよ。頑張ってくれよ先輩、俺と河合の人生がかかってんだよ。留年とか勘弁してくれ」
「お願いします、先輩」
『ふーむー、普通なら大本の原因を辿ることから戻る方法を考えるよね』
「大本の原因?」
『そそっ、君たちがどうして『メアサガ』の世界に来てしまったのか、それが分かれば戻る方法もおのずと分かるかもしれないよね。何か心当たりはないかにゃ?』
「あるわけねえじゃん! 俺、このゲームプレイすらしたことねえんだぞ!」
『だよね~! 玲夢ちゃんも何もない? ゲームの世界に入りたいなんて強く願ったこととかそういうことなかったかな!』
「ない……と、思います」
「おい、何でいま歯切れが悪かった? あるだろ! お前絶対思ったことあるだろ!」
『斉木君! 私は毎日思ってるよ!』
「訊いてねえよ!」
『どうして私も連れてってくれなかったの! 斉木君の意地悪!』
「知らねえよ!?」
怒涛の如くボケてくる先輩をシャットアウトし続けていたが、隣で考え込んでいる河合の反応がおかしい。
『いや、まさか、でも』。そんな嫌な予感しかし無さ過ぎる単語を延々と呟き続けている河合。
嫌だ、訊きたくねえ。どうしたんだ、なんて訊こうものなら絶対予想の遥か斜め上をいく最悪の回答が返ってくる予感しかねえ。
よし、見なかったことにしよう。俺は嫌いな食べ物は最後まで残す主義だ、嫌なことは回避できるなら回避するに越したことはねえ。君子危うきになんとやら、だ。
鉄の心で河合の挙動不審さを無視する事に決めたのだが、ぱっぱらぱーの相坂先輩はごく自然に河合の異変を迷わず訊ねかけていた。天然系女子なんぞ滅んでしまえ。
『どうしたのかな玲夢ちゃん! 何か心当たりでもあったのかな?』
「心当たりと言いますか……その、少し前に『メアサガ』の交流サイトに変な書きこみがありまして」
『交流サイトって『メアサガ@かんぱーに』? あれ便利だよねー!』
「そう、そこの交流掲示板を私はよく使っているんですが……」
「おい待てや廃人ゲーマー。嗜む程度の人間が交流掲示板駆使してゲームプレイするのか、ああん?」
「嗜む程度でも使うんです! そこに『願いごと募集!@神様』みたいな書き込みのスレがあって、みんなアイテムが欲しい、レベルがもっと高くなりたいとか色々遊び半分で書きこんでいたので、私もそこに書き込みを……」
「書いたのか。書いちまったのか。『ゲームの世界で一生過ごしたい』なんて女子力枯渇した書き込みしちまったのか」
「書いてませんっ! ただ、その……ドキドキする冒険してみたいな、みたいなことを」
「書いたようなもんじゃねえか。お前今日から非現実希望系女子を名乗りやがれ」
「嫌ですよ!」
必死に反論する河合に呆れ果てる俺。
多分、こいつあれだ、少女マンガとか読んで主人公に自分を重ねるタイプだ。めんどくせえ……
河合の必死の言葉を右から左に聞き流してあしらっていたが、先輩がすぐに河合の話に思ったことを返した。
『それが原因とは思えないねえ。だって、それだと斉木君がゲームの世界に入った理由が分かんないよー。斉木君、このゲームの攻略サイトなんていかないよね?』
「魚釣りに興味のない人間が釣りの名所案内本なんて買うと思うか?」
『だよね~。まあ、原因はゆっくり探すしかないかな! ちょっと分かんないや!』
「諦めるの早っ! もうちょっと頑張れよ! 俺と河合の人生がかかってんだよ! 俺がこのまま留年して相坂美穂に何もせぬまま振られたら誰が責任とってくれるんだよ!?」
『んー、代わりにお姉さんが付き合ってあげよう!』
「廃人ゲーマーで学校卒業すら危ういポンコツ姉なんか誰がいるか!」
「は、廃人じゃないから私は大丈夫、大丈夫、大丈夫」
『とにかく今は頭より体を動かそう! 折角ゲームの世界に来たんだから、色々遊ばないと持ったないじゃない!』
「遊ぶとかそういう方向に持っていくの止めろ!」
『んー、だってもしも二人の元の世界に戻る条件がゲームクリアとかだったらどうする? ナリア一匹に四苦八苦する状態ってとても拙いと思うよ? 魔王討伐の平均レベルは50だよ! ナリアが二百万匹分の経験値だね!』
「なんのために先輩がいると思ってるんだ。レベル100超えてるんだろ? 魔王なんか先輩にぶんなげて解決に決まってんだろ」
「す、清々しいまでの他力本願ですね……あ、そうです! 先輩、私たちのステータス見ることってできますか!?」
『できるよー? あ、そうか、君たち生身だからメニューボタンなんて押せないよね。あっはっは!』
「この先輩、天然過ぎて殴りてえ」
「わー! 絶対駄目です!」
そう言いながら、先輩は俺たちのステータスを確認して教えてくれた。
やはり俺のレベルは1らしい。そして、河合のレベルもこれまた1。リセットされたと心から落ち込んでいる河合、またあげればいいじゃねえかとフォローしたが、ネトゲでレベルを上げるのが一体どれだけ大変なのかと逆に説教された。何で優しくしたら怒られなきゃならんのだ、くそったれ。
落ち込む河合に、先輩は笑顔のまま引き続き説明を続けた。
『斉木君も玲夢ちゃんもレベル1なんだけど、それぞれちょっと状況は違うかな。斉木君は本当のレベル1、スキルも何も覚えてない状態だけど、玲夢ちゃんは過去に取得した魔法やスキルが残ってる状態だね。転生したみたいな状態になってるから、使おうと思えばスキル使えるんじゃないかな?』
「ほ、本当ですか!? よかった……」
『しかし、よくこれだけのスキル揃えたねえ。『イグナイテッド・ジェクト』なんて取るの大変だったでしょー。これの取得条件って確かプレイ時間千時……』
「わーーー! わーーーー! わーーーー!」
「おい、今恐ろしいプレイ時間数が聞こえた気がしたが気のせいなのか」
「気のせいです! 気のせいったら気のせいなんです!」
涙目で必死に首をぶんぶんと横に振る河合があまりに哀れだったので、俺はそれ以上の追及を止めた。河合、本当に廃人だったんだな……もうこれから廃人といって弄るのは止めよう。人は本当のことを言われることほど傷つくことはねえからな。
聖人のごとく優しく微笑む俺に怯えて後ずさりする河合。失礼な奴だ、前言撤回、とことんいじり倒してくれる。
そんな決意をする俺たちに、先輩は笑いながら提案を行う。
『とりあえず今から玲夢ちゃんのスキルや魔法がどうやって使えるのかを確認しよっか。それとついでに斉木君がスキルを獲得って感じかな! このゲームはレベル差があってもスキル次第じゃ乗り切れるからね!』
「つまり、何をするんだよ」
『街の外でナリアと戯れよう!』
「またかよ……もういいよ、それ。飽きたわ。俺、超飽きたわ。またナリアに対してフリーキックする作業しなきゃいけないのかよ……」
『まあまあ、玲夢ちゃんのためだと思って! もしかしたら河合くんも物凄いスキル覚えるかもしれないよ! 男の子だもん、強くて格好良いワザとか使ってみたいでしょ!』
「まあ、興味がないわけじゃねえけどよ……」
『うんうん、それでこそ男の子だ! それじゃ早速街の外にれっつごー!』
先輩に押し切られ、俺たちはまたナリア狩りを行う為にナルミノ平原に向かうこととなった。
草原を訪れ、杖を握りしめて気合を入れる河合とやる気ゼロの俺。
そんな対称的な俺達に、先輩は草原を転がるサッカーボール、もといナリアを指差して指示を出す。
『それじゃ玲夢ちゃん、あのナリアに向けてエンバーを唱えてくれる?』
「アンバーって何だ。お菓子か何かか」
『エンバーね。炎の初級呪文! 玲夢ちゃんは『闇魔士』だから、一番基礎となる攻撃魔法だよ!』
「お前、そんな中学生が喜びそうな職業だったのかよ……学校で会ったら闇魔士って呼んで道を譲ることにするわ」
「呼ばないでくださいっ! 絶対に呼ばないでくださいっ! いきますっ、『エンバー!』」
ナリアに向けて杖をかざして叫ぶものの、河合の持つ杖からはマッチサイズの炎すら出てこない。
分かっていたのか、やっぱりと言葉を漏らして肩を落とす河合。多分こいつ、事前に色々と魔法が使えないか一人で試してるな。ワクワクしながら一人魔法の名前を叫びまくってたに違いない。期待を裏切らねえ残念系美少女だ。
がっくりしながら、河合は先輩に失敗の報告を行う。
「やっぱり駄目です。やはりコントローラから魔法コマンドを選択しないと駄目なんだと思います。ゲーム中ではメッセージに表示されませんが、魔法を使う時キャラクターが詠唱タイムに入りますから、そのときに必要な呪文を唱えてるのかなあ……」
『成るほど! じゃあこういうことじゃないかな? 目の前にその呪文を使うお手本があって、それを見よう見まねで同じ台詞を言えば魔法は発動するかもしれない!』
「た、確かに……でも、お手本がどこにも」
『ふっふーん、玲夢ちゃん、忘れちゃった? 私の種族は夜の精霊、攻撃魔法は全て使える最強の魔法アタッカーなんだよ!』
「そ、そうでしたっ! つまり先輩が魔法を使うときの台詞を記憶すれば!」
『それじゃ、やってみようか。エンバーの魔法を選ぶよ――『紅き炎よ、敵を喰らえ! エンバー!』』
そう叫んだ先輩の指先からナリアと同じくらいの大きさの火の玉が現れ、まっすぐナリアへと飛んでいった。
炎がナリアを包み込み、その頭上に現れる1499の文字。これ、ダメージか? 直撃したナリアは一瞬で消え、ナリア核が残されるだけ。
これが魔法か、ゲームの世界ならではだが、間近で見ると流石に迫力あるな。3D眼鏡なしでこれは良い経験ができた気がする。
先輩のお手本をしっかり目に焼きつけ、再度河合の番となる。ナリアに杖を向け、先ほどの先輩と同じ台詞を詠唱。
「紅き炎よ、敵を喰らえ! エンバー!」
その刹那、河合の杖の先から炎が生まれ、ナリアを飲み込んだ。ダメージこそ17と低いが、魔法が出たのは事実。
表情が歓喜に包まれ、河合は飛び跳ねながら喜びを現している。初めて一輪車に乗れた小学生みてえな反応だな。
やったやったと喜ぶ河合が実に微笑ましい。そこまで喜ばれては俺も祝福せずにはいられない。河合の肩を優しく叩き、俺は河合に祝福の言葉を紡ぐのだ。
「おめでとう、河合。よくやったな」
「斉木君、あ、ありがとうっ!」
「ああ、格好良かったぞ。お前がドヤ顔でラノベのキャラクターのごとき台詞を叫ぶ姿、一生忘れねえよ――『紅き炎よ、敵を喰らえ!』」
物真似したら凄い勢いで杖で殴られた。なんでだ。
機嫌を損ねた河合は俺を無視して、次々と新しい魔法を先輩から習っては台詞をメモしていた。俺、絶賛放置。つまんねえ。
やることねえからナリアを捕まえて遊んでたら、先輩から呼ばれたのでナリアを腕に抱えたまま先輩へと近づいた。
「何だ、また河合の中二病魔法を俺に見せてくれんのか?」
「中二病魔法って言わないでください!」
『玲夢ちゃんが魔法取得してる間に、斉木君もスキルを覚えてもらおうかと思ってね。じゃじゃーん、取引!』
そう言って先輩は俺にへんてこな腕輪を渡してきた。如何にも怪しげな金の腕輪、通販で特別価格先着何名様とかで売ってそうだな。
ナリアを蹴り飛ばし、空いた手で腕輪を装着する俺。そんな俺に、先輩は楽しそうに説明を始めた。
『それはスキルリングって言って、装備して戦闘を続ければ、新たな特殊スキルを覚えるかもしれないってアイテムなんだ! レア度特Sの貴重品なんだよー』
「ふーん。よく分からんが、これを装備してひたすらナリアを蹴り続ければいいんだな。楽勝じゃねえか」
「ずっと思ってたんですが、どうして斉木君は剣を使わないんですか?」
「お前ホント馬鹿だな。こんな金属バットより重たいもんなんか振り回せるわけねえだろ。すぐに疲れて動けなくなるし、手に血豆でも出来るのがオチだわ。本当、現実とゲームがごっちゃになってる残念過ぎる美少女だな、無駄に一丁前なのは顔と学業だけかお前は」
また杖でぶん殴られた。なぜだ。理不尽過ぎる。
河合に文句を言いたい気持ちを抑え、俺は渋々ナリアに向かって歩いていく。面倒なことはしたくないが、スキルとやらに少しばかり興味があるのも事実。
俺は一匹、また一匹とナリアを鷲掴みにし、ゴールキーパーの如く次々とナリアを上空へ蹴り上げていく。
十匹ほど蹴り飛ばして飽きがきたので、今度はドリブラーのごとくナリアを蹴って転がしてく。体当たりしてきても、蹴り返せばカウンター扱いになるらしく、俺にダメージはない。マジで雑魚だわこいつ。哀れ過ぎる。
二十匹もナリアを転がせば欠伸も出る。暇だ。スキルなんて一つも覚えねえし、つまんねえ。適当にナリアを転がしていた俺だが、油断大敵。蹴ろうとした足を大地にひっかけてしまい。
「あ」
『ぷきーっ!』
盛大に素っ転び、そのまま顔面からナリアに激突。俺の全体重の乗った一撃に、ナリアはたまらず霧散した。
だが、俺はそれどころじゃねえ。あまりの痛みに草原を転がりまわるしか出来ない。くそ、石事件のときから分かっていたことだが、肉体の痛みとライフゲージはリンクしてる訳じゃないらしい。
こうやって敵の攻撃によるダメージと判定されない痛みじゃライフゲージに影響はない。逆に敵からの攻撃は痛みがなくともライフゲージは減ってしまう。
ライフが減らないことを喜ぶべきかは分からんが、とにかく痛みが半端ねえ。もがく俺に『何してんだこいつ』といった様子で冷たい目を向ける河合、くそ、さっきの仕返しのつもりか。
無駄にお人好しな相坂先輩だけが『大丈夫?』と心配してくれているが、大丈夫な訳があるか。手でバツを作って立てないことを告げようとした俺だが、そんな俺の頭上に突如浮かび上がるメッセージボードと間抜けな効果音。
『スキル獲得! 斉木陽太は飛竜大地斬を覚えました!』
「……は?」
『わあ!』
転んで痛みに悶えてたらスキルが生まれた。いや、意味が分かんねえ。まさか今の顔面激打がスキルなんて言わねえだろうな。
真っ赤になった顔を抑えて呻く俺に、先輩は拍手をしながら説明を始めた。説明好きだろ、このアホ先輩。
『おめでとう! 飛竜大地斬は覇王戦士が覚えるアタックスキルだよ! 己の全てを解放し、最強にして最大の一撃を敵に叩きこむ大ダメージ技! 使うと敵は死ぬこと間違いなし!』
「敵の前に俺が死にそうになってんだけど……鼻折れたりしてねえよな」
『良いスキルが覚えられたみたいでよかったね! あとはそのスキルをひたすら使ってスキルに慣れるといいよっ!』
「二度と使う訳ねえだろ!? こんなもん気軽に使ってたら間違いなく顔面崩壊するわっ!」
「転んでスキルを発生させるなんて、どこまでも規格外ですね、斉木君は……ぷふっ」
「河合、テメエ絶対さっきのこと根に持ってんだろうが!」
河合が魔法を覚える流れの中で、なぜか俺もスキルなるものを覚えてしまった。
その内容が己の命を削りかねない内容なので、二度と使うことは無いだろう。結局ただの役立たずスキルじゃねえか!
大地に転んで生まれたスキルが自爆技なんて、どこまでもこのゲームは俺を舐めてくれる。元の世界に帰ったらゲームの評価に最低をつけてやろうと心に決めた俺だった。このゲームの制作会社なんぞ潰れてしまえ!
神の石が淡く光り輝きました。
属性『転生』を石に記録します。
( ・᷄д・᷅ )