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4.成り上がり







 合格通知が一向にこねえ。




 ギルドで試験を受け終えて一時間弱。待てど暮らせど、俺のもとにSSSSS級ギルドからオファーが届かない。

 河合の話では、試験結果は即座に各ギルドリーダーに届けられるという。仲間募集中のギルドリーダーがログインしているなら、即座に声がかかってもおかしくないそうなのだが、未だ俺のもとにメッセージはこない。

 ベンチに座って落ち着かない俺に、隣に座っているエセエルフが言葉を紡ぐ。


「まだ一時間も経っていませんよ。そんなに慌てる必要はないです」

「慌てるに決まってんだろ! 俺はあの試験を満点で潜り抜けた天才だぞ! 言うなれば逸材中の逸材、十二球団同時指名が来てもおかしくねえレベルの化物だろうが! それが連絡ゼロなんてありえるか!?」

「どうやって満点を取ったのかは、斉木君の評価が地に落ちてしまいそうなので訊かないことにします。ですが、その満点が悪かったのかもしれません」

「どういうことだよ?」

「ギルド長に通達されるのは、試験成績とステータスデータです。おそらくですが、斉木君はゲーム始めたばかりのステータス、レベル1の状態ではないかと思います」

「だろうな」

「レベル1の、始めたばかりのプレイヤーが満点を出した。そして名前の登録はどうも本名っぽい。そんなデータを見せられて、声をかけようなんて思います? どう考えてもトラブルの種にしか思えませんよ」

「お前、結構毒吐くよな……つーか、お前がギルド試験受けろっつったのにその言い方はねえだろ。学校では地味子の皮を被っていたくせに、中身はこんなめんどくさい系毒舌女子だったのか」

「めんどくさい系って言うの止めて下さい! 私は全然そんなんじゃないです! ギルド試験を受けるようには言いましたが、満点を取るだなんて思ってなかったんですよ! 点数が低くても、初心者歓迎のギルドはいっぱいあるから、そこに潜り込めればと思っていたのに……」

「まーたコロコロと後出しで発言しやがって、本当にクイーン・オブ・めんどくさい系女子だ。何か付き合った男に対して自分ルール押し付けてきそうだよな河合って。将来付き合う男は苦労しそうだ」

「勝手に人の未来を妄想したあげく、余計な心配までしないでください!」


 河合の怒鳴り声を右から左に欠伸を一つ。くそ、眠てえな。

 ネットゲームの世界だからか知らねえが、空は太陽が燦々と輝いてるが、こっちの意識は眠気で朦朧だ。

 冷静に考えれば、俺がこの世界にくるまでマリモレーシングしてたのが夜の八時。それから色々あったと考えると、元の世界じゃ夜の十二時回ってんじゃねえのか。


「なあ、河合。眠気がマジでやべえんだけど……今何時くらいか分かるか?」

「恐らくリアル時間は一時くらいかと思います」

「リアル時間って言い方やめろ。俺の時間は現実世界の時間以外存在しねえ。よし、宿にいって寝るぞ」

「え、ギルドからの連絡を待つのでは」

「どうせこねえよ。面倒なことは明日考える、俺は今、とにかく寝たいんだよ。俺の脳が休養を欲してんだよ。つーわけで寝るぞ、宿に案内してくれ」


 俺の単純明快な行動論理に心打たれたのか、河合は大きく溜息をつきながら宿へ案内してくれた。

 なんでもこの街……チュトリの街だったか、そこには一つ宿が存在するらしく、そこへ案内された。

 まあ、見るからにボロそうな宿だ。如何にも中世ファンタジー意識しましたー、的な適当な作りの宿。もっと頑張れよ、宿だけでもビジネスホテルの作りになっていてもプレイヤー文句言わねえよ。風呂とかあんのかここ。

 心配をしつつも、カウンターの親父に部屋を二つ取るために話しかける。


「おやじ、客だ。ビップルームを二つ頼む。朝食付きな」

『いらっしゃい。二人で一部屋20リリルになるが泊まっていくかい?』

「泊まるけど部屋は別々な。二つ分、世界で最高なスイートルームをとってくれ。金は10リリル以上払わねえけどよ」

『そうかい、それは残念だ。また来てくれよ』

「……あ?」


 親父の発言と頭上にでるホワイトボードのメッセージに首を傾げる俺。

 何だ今の会話。俺、二つ部屋を取るっつったよな? 泊まるって言ったよな? それをこの親父、断りやがったぞ。

 客商売を舐めてるとしか思えない対応に、俺の温厚と評判な堪忍袋の導火線にファイヤースパークだ。クレーマーとしての矜持を胸に戦い抜こうとした俺だが、隣から河合が考え込むような仕草を見せて意見を述べてきた。


「……もしかして、NPCだからそれ以外の台詞がないのかもしれません」

「どういうことだ?」

「NPCが私たちをパーティー、仲間だと認識しているんだと思います。支払いが一人10リリルなのは問題ないのですが、パーティーですので別々の部屋を取る意味がありません。パーティーは同じ場所で寝泊まりしますから」

「いや、全く意味が分からん。お前、説明が回りくどいってよく言われないか?」

「言われませんっ! 要約すると、プレイヤー用の宿泊する部屋は一つしか存在していないんです。それ以外は他のNPCが部屋にいたり、部屋がそもそも一つしかなかったり、そういう理由で一部屋しか取れないんだと思います」

「つまり、俺たちが二つ別々に部屋を取るのは」

「システム上できないということでしょうね……ど、どうしましょう」


 不安げに、しかもなぜか少し顔を赤らめて俺に訊ねてくる河合。何考えてんだこいつ、答えなんて一つしかねえじゃねえか。

 この宿屋は俺の心に怒りの炎を灯してしまった。こっちは二つ分の部屋代をちゃんと払うっつってんのに、『お前ら仲間だろ? じゃあ一緒の部屋でいいだろ』的な舐めた対応されてはたまらない。

 相手がNPCがどうとか関係ない。俺は舐められるのが何よりも嫌いなんだ。相手がふざけた真似をするなら、俺だって相応の対応をするだけのことよ。


「どうもしねえよ。客を受け入れようともしないホテルにまともに応対するつもりなんてねえ。おい、河合、お前は普通に一部屋金払ってそこに泊まっとけ」

「え……で、でも斉木君はどうするんですか? 部屋が無いと眠る場所がありませんよ? 緊急時なんですから、ここはお互い我慢して同じ部屋に泊まるのが……」

「おい、河合、よく覚えとけ。緊急時だろうが何だろうが、こんな事態につけこんでよく面識のないクラスメイトの女子とそういうことになろうとする男は三下だ。そして、どんな理由があれ、それを許す女はだらしがねえ。どんな事態であっても、好きでもねえ男以外に同室で寝泊まりなんて絶対に許すんじゃねえ。状況に流されるな、自分を大切にしろ。俺たちは絶対元の世界に帰るんだよ。元の世界に戻ることを考えたら、絶対にそんな行動は許せねえ筈だ。違うか?」

「斉木君がまともなこと言ってる……」

「俺はまともなことしか言わねえんだよ! 確かに今は緊急事態、ゲームの世界に入るなんて常識じゃ考えられない事態だ。だけど、その事態になっても常識だけは捨てるんじゃねえ。倫理を緩めるんじゃねえ。俺たちは元の世界、地球の日本で生きてきた人間なんだ。日常の常識を元に動き続ければ、絶対に後悔はしないはずだ。何度でも言う、俺たちは絶対に元の世界に帰るんだ。ゲームの世界に引き篭もるつもりなんて微塵もねえ、それだけは忘れるなよ」


 俺の言葉にコクコクと頷く河合。それでいい。

 確かに河合は美少女だ。胸もけっこうある。性格は死ぬほどめんどくさい系だが、同じ部屋で泊まることに心惹かれない訳がねえ。俺だって一男子高校生だ、そういうのに興味はある。

 だが、それ以上に俺には矜持ってもんがある。ゲームの世界だから、緊急時だから状況に流されてそういうことをやって『仕方ないよね』なんて笑うだせえ男になりたくねえ。

 ゲームの世界で生きていくつもりならそれもいいだろう。だけど、俺にも河合にも元の世界に戻って明日を生きる希望がある。絶対にそれを叶えるという希望を胸に抱き続けるかぎり、絶対に元の世界の倫理から外れたりしねえ。

 常識を貫き通すこと、そうすれば後悔はしねえはずだ。俺は絶対に帰るんだ。元の世界に、このクソみてえな現実から抜けだして。

 河合に偉そうな説教をたれ、俺は宿屋の奥へと向かおうとする。そんな俺に河合が首を傾げながら訊ねかけてきた。


「ところで、斉木君はどうして宿の奥に向かってるのですか? お金払ってないから、斉木君の分の部屋はありませんけど……」

「決まってるだろ。他のNPCがいる部屋で勝手に寝泊まりすんだよ。お前は金払った部屋で寝ろ。今日はここで解散な」

「え、えええ!? そ、それって犯罪じゃないですかっ! お金払ってないのに寝泊まりって、明らかに犯罪じゃないですかっ!」

「犯罪じゃねえ! 親切なNPCキャラが俺にベッドを貸してくれたんだよ! ついでにメシも奢ってくれたんだよ!」

「さ、さっき斉木君言いました! 常識を捨てるなって! 緊急事態でも常識を捨てるなって! 倫理を緩めるなって!」

「親切なNPCの厚意を無駄にする方が俺の常識に反するんだよ。おら、分かったらさっさと寝やがれ! めんどくさい系女子筆頭!」

「また言った! めんどくさくありません!」


 背後で喧しく喚いてる河合を放置して、俺は悠々とNPCのいる客室へと潜り込んだ。

 中では筋肉質なオッサンが『近頃北西の洞窟付近で旅の商人が度々襲われる事件が~』みたいなことを何度も繰り返し呟いてるが知ったことか。

 ベッドを勝手に占領しても旅人の安否を気遣う仏のようなオッサンに感謝しつつ、俺は眠りの世界へ旅立つのだった。ああ、疲れた。











 翌日、たっぷり睡眠をとった俺は河合と合流して街へと出る。

 時計がなく、昼夜もないから時間が全く分からないが、間違いなく十時間以上は寝ていたはずだ。おかげで体の調子がすこぶる良い。

 そんな俺とは正反対に、河合は溜息ばかり。ほんとこいつ溜息ばっかついてんな。これはあれか、俺が『どうしたんだい?』的な声を翔けてくれるの待ってんのか。本当にめんどくさい系女子だなこいつは。

 紳士な俺はしかたないとばかりに、河合が期待する優しい言葉をかけてやるのだった。


「どうした、便秘か?」

「どうやったら斉木君が不幸になるのか、今考え始めたところです」

「ウイットに富んだ冗談じゃねえか、流せよ。溜息の理由を訊こうとしたんだよ、俺って優しさの塊だからな」

「はあ……先ほど、他のプレイヤーの人に時間を訊いたらお昼の二時だそうです」

「おお、かなり時間経ってんだな。どうりでよく眠れたと感じた訳だ。それで時間がどうした?」

「いえ、ただ気になったんです。現実世界の私は今頃どうなってるのかな、と」

「現実世界の俺たちって、どうなってるもなにもゲームの世界現在進行形じゃねえか。忽然と消えて今ごろ親も学校も警察巻き込んで大騒動に決まってんだろ。無事に帰ったら両親にどんだけ怒られるんだよ……そもそも姿を消してた理由なんて説明すんだよ。『ゲームの世界に行ってました! てへ!』なんて言ってみろ、間違いなく病院直行だぞ」

「それも可能性の一つです。ですが、こんな可能性もあると思いませんか? 現実世界に私たちの体は残されていて……意識を失った状態になってこちらの世界に来ていると」

「それならそれで確実に病院直行じゃねえか。どっちにしても病院行きかよ……おい、待てよ、もしこのままゲーム世界に居続けたら下手すりゃ留年なんてこともあるじゃねえか!?」

「そ、そっちですか!? 気にするのはそこなんですか!?」

「当たり前だろうが! 出席日数たりなくて留年になってみろ!? 昨日までの同級生が先輩になって、下級生が同級生になるんだぞ!? 腫れ物みたいにみんなから扱われる現実にお前は耐えられる自信あんのか!?」

「な、ないです……」

「くそ、こうなりゃ一刻も早く現実に帰らなきゃならねえぞ……河合、なんかいいアイディアだせ! ハリーハリーハリー!」

「そ、そんな無茶ぶりを言われましても……」


 困り果てながらも必死に思考する河合。それをダブル冠者のごとく扇ぎに扇ぐ俺。

 やがて、考え抜いた河合はグッドな考えを思いついたのか、俺に一つの提案を持ちかけた。


「斉木君、私思うんです」

「おお、元の世界に戻るアイディアが来たか。さあ、語ってくれ。幾らでも語ってくれ」

「ええと、そうではなくて。一度街の外に出て、魔物と戦ってみませんか?」

「……おかしいな、幻聴が聞こえ始めた。河合の口から魔物と戦いたいみたいな戯けた発言が聞こえた気がする」

「た、戯けてません! 昨日からずっと考えていた結論なんです!」


 そう言って、河合は何故魔物と戦うなどという極論に辿り着いたのかを説明しだす。相変わらずの長い説明で。

 要約すると、この魔物の跋扈する世界で魔物を避けて通る道は絶対に無理。幸い、この周辺は最弱の魔物しか存在しないビギナーフィールド。

 そして、昨日買った鎧やら剣やらは本来ならばもっと高レベルでようやく買える金額の装備なので、装備面は問題ない。

 あとは、魔物と戦ってみて、ライフの削れ方や数値の変動から自分達のステータスの把握、戦い方を確認したいとのこと。

 河合の話を全て聞き終え、俺は河合を真似るように溜息をついて優しく諭すことにした。


「なあ、河合。お前、何だかんだ理由をつけてるけど、ぶっちゃけ本音はあれだろ? ゲームの世界に入ったから一度くらい戦闘経験してみたいなあ、とか思ってんだろ?」

「そ、そ、そんなことないですっ」

「目が泳いでんじゃねえか。小賢しい理由並べてはいるが、何だかんだ言ってお前このゲームの世界に入った現状をエンジョイしようとしてるんだろ」

「う、ううう……勿論、帰還は最優先で考えます。私も永遠にこのままなのは嫌です。ですが、その……好きなゲームの世界ですから、少しくらいはいいかなって」


 しょんぼりする河合だが、大丈夫かこいつ。未だ現実とゲームがごっちゃになってるんじゃないのか。

 確かに俺たちはゲームの世界に入っているんだろうが、こちとら生きてるんだぞ。魔物なんて化物と血を流して戦うなんて冗談じゃねえぞ。

 もし、仮に俺たちのライフポイントがゼロになったらどうするんだ。死ぬのか、この世界で死んだことになっちまうのか。

 その危険性が理解できない河合じゃないと思うんだが、やっぱりこの異常事態で感覚がマヒしちまってるのか。ゲーム脳怖え、心から恐怖を覚えつつ、懇願する河合に遠まわしに拒否を込めつつ色々と確認を取る。


「なあ、河合。何度も言うが俺たちはゲームのキャラじゃないんだ。負けましたー死にましたーハイやり直しーじゃ済まねえかもしれねえんだ。ちなみに訊くけど、『メアサガ』ってキャラのライフがゼロになったらどうなるんだ?」

「『戦えません』って表示されるだけです。復活アイテムや呪文を使って貰うか、復活ポイントに戻るかの選択となります。お金やアイテムがロストしたりのペナルティはありません」

「『戦えません』、微妙な表現だな……死ぬわけじゃねえのかな。そもそもダメージだってどんくらい持つのかすら分からねえし、魔物の攻撃でダメージ1あたりでどれくらい痛いんだよ」

「それを確かめにいこうと提案しているのですよ」

「言い出しっぺの法則って知ってるか? お前が提案したんだから、もちろんダメージくらうのはお前だよな?」

「う……」

「俺は別にいいんだぜえ? 実験なんてする必要ないと思ってるしぃ。俺は魔物と戦う気なんて微塵もねえしい?」


 河合の痛いところをグイグイと付く俺。当然だ。実験したいと言いながら、ダメージ喰らうのは俺なんて虫がよ過ぎる。

 こういう点で男だから女だからなんてものは関係ねえ。俺たちは運命共同体、自分の意見を出したなら筋を通すのは自分自身であるべきだ。

 それが分かっているからこそ、河合もこれ以上強く言い出せない。ふん、俺に屁理屈で勝とうなんざ百年早いわ。

 完全に沈黙した河合が諦めたと考え、肩をおおげさにすくめて勝利を確信。別に話題にしようと考えていたとき、最後の手段とばかりに河合は苦虫を噛み殺すような表情で俺に取引を持ち掛けてきた。


「と、取引です! 斉木君が魔物と戦う実験に付き合ってくれたら、くれたら」

「くれたら?」

「さ、斉木君が凄く頼りになって格好良いって……元の世界に戻ったら、同じクラスの相坂さんにしっかり話します……」

「――相坂、だと?」


 その名を出され、俺の全身に一筋の雷が奔った。

 相坂美穂。俺の通う高校一の美少女であり、全学校男子生徒のアイドル。見た目よし、性格よし、お嬢様と非の打ちどころがない最高の女の子だ。

 勿論、一健全な男子として俺も彼女の虜だ。その相坂に俺の素晴らしき点を語ってくれるだと? もし、もしも河合を通じて相坂と俺が急接近なんてなってみろ。

 朝、一緒に学校に通う俺と相坂。昼、一緒に昼食を取る俺と相坂。放課後、寄り道デートを楽しむ俺と相坂。リアルワールドに広がる俺と相坂の夢の世界。

 瞬間、俺の中で迷いは消えた。軽く首を鳴らし、背筋を伸ばして準備運動。入念なストレッチをする俺を訝しげに見つめる河合に、はきはきとした声で指示を出す。


「何をしているんだ、河合君。君も早く体のアップを始めたまえ。戦場では何が起こるか分からんのだぞ、どんな激しい動きにも対応できるように戦いの前に体を温めるのは戦士の常識だろう」

「え、え、えええ……」

「魔物など所詮人間に狩られるだけの存在よ。俺の栄光の日々の糧としてしか生きられぬ哀れな畜生どもに俺が慈悲をくれてやろう」

「掌の返し方酷過ぎですよね……相坂さんが絡むと、斉木君は本気になってくれるんですね。私のお願いじゃ耳に入れようともしなかったのに」

「ほらいくぞ! 魔物なんざ俺が全部なます切りにしてくれる!」


 めんどくさそうな反応を見せ始めた河合の背を押して、俺たちは街の外へと向かった。

 街の外に出る際、入り口のところにいた兵士から『武器や防具は装備しなくちゃ意味がないぜ』とか言われたけど無視した。

 鎧着てるの一目で分かるだろうが、てめえの目は腐ってんのかと心の中で激しく罵倒した。清々した。

 

 ナルミノ平原。チュトリの街の外に広がる草むらの名前らしい。

 広がる草原にぽつぽつと存在するサッカーボール大の何か。なんというか、丸いボールに適当に目をつけましたよ的な物体がぴょんぴょんととび跳ねている。

 それを見つめながら、河合は目を少しキラキラさせながら語り始める。


「あれはナリアという魔物です。このゲームで一番弱いモンスター、通常攻撃くらいしかしてきません。斉木君が例えレベル1でも、現在の装備なら1より高いダメージをくらうことはないはずです。力の初期値が通常通り10と考えたとき、装備している武器、グラディンスソードの攻撃力プラス16を考慮に入れても確定二発圏内のはずです」

「ふーん……いや、ごめん、正直言うわ、ちょっとお前の説明にドン引きしてる。あれだな、ステータスからの逆算ダメージとか確定数が云々とか、美少女が言っても気持ち悪いもんはやっぱり気持ち悪いな。いや、河合の廃人知識には助けられてるんだけど、やっぱりこれはないわ」

「き、気持ち悪いとか言わないでください! それに廃人じゃありません、嗜む程度です!」

「嗜む程度のプレイヤーが確定数がどうこうなんて言わねえだろ……まあいいや、ちょっくら試しに戦ってみようぜ。危なくなったら回復頼むわ」

「危なそうだったらすぐに回復アイテム渡しますから」


 そう言って、河合は手に持つガラス瓶を掲げる。先ほど道具屋で買った回復アイテム、らしい。

 ただ、俺にはそれがどうやって使うのかも分からん。傷口にふりかけるのか、飲むのか。その辺りも試行錯誤かよ。

 俺はナリアと呼ばれる魔物にゆっくりと近づく。そして、距離にして十メートルくらいのところで、突如空にホワイトボードが現れた。


『ナリアとの戦闘開始!』

「うおっ!? なんか変なメッセージ出たぞ!?」

「わわわっ! 斉木君、来ますよっ!」


 河合の声に、俺は慌てて視線をナリアへと向けた。

 先ほどまで草原でぽよんぽよんと飛び跳ねていたナリアが、俺に向けてバウンドしながら近づいて来ていた。そこまで速くはないが、魔物が近づいて来ていると思うと流石に焦る。

 身構える俺に、後ろから河合がボクシングのセコンドばりにアドバイスを送ってくる。

 

「『メアサガ』はターン制ではなくリアルタイムバトルです! 敵の動きを見つつ対応して下さい!」

「んなこたぁ見れば分かるわ! 俺はいつだってリアルタイムに生きてんだよ! げえええ、く、くるっ!」

『ぷきーっ』


 変な鳴き声と共に、ナリアの体当たりが俺の上半身に炸裂……したと思ったら、壁当てのボールの如く元の方向へ跳ね返っていった。

 痛みどころか衝撃すらない。拍子抜けした俺とは反対に、俺の頭上の二色のカラーバーをみながら河合が冷静に分析を始めた。


「先ほどの攻撃で斉木君の頭上に出たダメージ数は1、ライフバーの減り具合は三十分の一程度……斉木君のレベルはやはり1と考えるのが妥当でしょう。斉木君! やはりあなたのレベルは最弱みたいです!」

「良い笑顔で最弱とか言うんじゃねえ! それでどーすればいいんだ、俺はこのサッカーボールとこのまま戯れていればいいのか」


 何度跳ね返っても性懲りもなく突撃してくるナリアを指差して俺は河合に訊ねかけた。

 ぽよんぽよんと俺の手足にぶつかりつづけるナリアだが、俺は痛くも痒くもねえ。ダメージなんて微塵もない。

 どうやら魔物の攻撃をくらっても、肉体的には何の問題もないらしい。なんだ、心配して損したわ。調子に乗ってナリアを掴み、バスケットボールの如くドリブルをして遊び出す俺。そんな俺に河合が顔を青ざめさせて声をあげる。


「あああああっ! 駄目、斉木君、駄目ですっ! ドリブルするたびにライフゲージが怒涛の勢いで減ってます!」

「別に痛みとかねえぞ。見てろよ河合、これがフロントチェンジだ――」

「あああっ!」

「――お?」


 ナリアでボール遊びをしていた刹那、突如として俺の体が動きを止めた。

 まるで全身が金縛りにあったかのごとく、カチコチに固まってしまったのだ。辛うじて口は動くが、首から下が一切動かねえ。

 顔を青ざめる河合に、俺は状況を説明する。


「なんか首から下が動かねえぞ。まるで金縛りにあったかのようだ」

「ら、ライフゲージがゼロになったからでしょう! あんなことしていたらダメージが蓄積するに決まってます! 馬鹿ですか!?」

「うるせえ、ボールは友達なんだよ……体に痛みなんて微塵もねえから完全に油断した……助けてくれえ」

「ね、念のために蘇生アイテムも買っていて助かりました……使います、えーい!」

「ぎゃああああ! なんかヌルヌルする! 気持ち悪っ!」


 頭から透明なヌルヌルをぶっかけられ、たまらず俺は悲鳴をあげてしまう。

 その透明のヌルヌルが頭にかかるや否や、身体中を束縛されたような感覚から解放された。

 河合から回復アイテムを受け取り、頭からぶっかけながら、俺は軽く口元を歪めて河合に語る。


「どうだ、河合。これがゲーム上におけるライフゲージゼロの状態だ。俺が身を張ってお前に見せてやりたかった光景だ」

「嘘ですっ! 絶対そんなつもり微塵もありませんでしたっ! 調子に乗って遊んだ結果ライフゲージがゼロになってただけでした!」

「嘘じゃないですー、計算なんですー。あー、心にくるわー河合のために頑張ったのにそんな酷いこと言われるなんて思わなかったわー」

「棒読みの台詞止めて下さい! なんかイラっとします!」

「うっせえな……とりあえずお前は邪魔だから消えてろや! おらっしゃあああああ!」


 未だに俺の足元にポンポン体当たりを続けてるサッカーボールもどきに、俺は全力で蹴りを振り抜いた。

 イナズマキックをもろにくらったナリアは放物線を描いてふっとび、草原へと叩きつけられた。白文字で22という数字が出て、ナリアはむくりと起き上がり、性懲りもなく俺に近づいて来たので、再びシュート。俺の二発目の蹴りを受け、ナリアはまるで空気に霧散するように消えてしまった。

 その場に残されたのは、硬貨くらいの大きさの鈍色の宝石。そして再び出てくるホワイトボードと文字。


『ナリアを倒した! 経験値1ポイントとナリア核を手に入れた!』


「これで戦闘は終了みたいですね。ゲームの戦闘の流れはあまり変わらないようなので安心しました」

「この宝石みたいなのがギルドで換金して貰えるとかいうアイテムか?」

「そうです。ですのでこれは大切に持っておきましょう。このように魔物が落とすアイテムを集めて金策を行うのがゲームの基本という訳です。斉木さんのレベルや攻撃力も分かったので、非常に良い戦闘でした。戦闘不能になったのは想定外ですが……」

「過去は振り返らねえんだ。色々分かったし結果オーライだろ。ダメージを受けても動けなくなるだけで、死んだりすることはないみてえだしな」

「そのようですね。ですが、油断は禁物です。二人揃って戦闘不能になったら、動けないまま餓死なんてことも考えられますから。人の多いであろうこのフィールドでナリアを一匹ずつ倒して、確実に一歩ずつレベルをあげていきましょう」

「おうよ……って、違うだろ!? なんでレベル上げすることが目的になってんだよ!?」

「あ……そ、そうでした。つい、キャラクターを育てないといけないという固定観念が……」

「……お前、絶対廃人だよな。廃ゲーマーだよな」

「違います、断じて違います。嗜む程度です」

「ちなみに訊いておくが、このナリアを何匹倒せばラスボスを倒せる程度までレベルは上がるんだ?」

「そうですね……シナリオのボスを倒す平均レベルは50程度ですので、大体二百万匹程度でしょうか。次のレベルになるにしても、二百匹ほどかと」

「よし、帰るぞ。もう二度と魔物退治なんてしねえ」

「え、えええ……もう帰るんですか? もうちょっとナリア狩りを繰り返してみても……」

「こんなサッカーボールと何百万回も戯れてられるか! 俺はワールドカップを目指してるサッカー少年じゃねえんだよ!」


 レベルアップを諦め、俺はそうそうに街に戻る決意を固めた。

 ナリア狩りなんてやってる暇があったら街中で情報集めた方が遥かに有意義じゃねえか。マジで時間を損したわ。

 恨めしげに睨む河合を引きずりながら、街へ戻ろうとしていた俺だが、突如俺たちの頭上にホワイトボードが現れ、メッセージが告げられた。


『ギルドへの招待! SSギルド『黒猫の茶会』から斉木陽太様に招待が送られました! ギルドホームへ向かいますか?』


「……あ? 何だこれ?」

「え、ええええええっ!? な、なんでSSギルドから!?」


 俺たちの頭上に現れたホワイトボードのメッセージを見て、河合が抜けるような驚きの声を上げた。

 どうやら俺のギルドテストの結果に目をつけた有能な奴がいたらしい。やはり俺はドラ1に相応しい人間だったようだ。まあ、当然だが。

 しかし、ホームへ向かいますか、とか訊かれても、これどうやってイエスノー返事すればいいんだよ。勘弁しろよマジで。
















 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『成り上がり』を石に記録します。










ヾ(●・◇・●)ノ

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