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3.チート






 俺の機転によって、俺たちは当面の金を手に入れた。

 この一万リリルの使い道、とりあえず俺のジャージの代わりの服を河合に頼んで買ってきてもらう。

 ゲーム内で下着姿は装備無しという扱いなので、通報されたりはしないそうなのだが、パンツ一丁のままでいるのも俺の沽券に関わる。

 流石にこの姿で街をうろつくのはあれなので、河合に買い物を頼んだのだが、中々戻ってこない。適当に安い服でいいと言っておいたのだが、もう既に一時間は経つ気がする。買い物時間も長いなんて、本当にめんどくさい系女子だなあいつ。

 やがて、買い物を済ませて満面の笑みを浮かべた河合が帰って来たのだが。奴の買ってきた物を見て、俺は蔑むような視線を送って言葉を紡ぐ。


「おい、河合。俺は安くて適当な服を買ってこいと言った筈だ。何故お前は軽鎧と片手剣なんて物騒なものを買ってきてやがる」

「服を買おうと思ったんですが、折角まとまったお金が手に入ったんですから、それを元手に装備を整えたほうが後々良いと判断しました。これを装備すればギルド所属の試験も受けられますから」

「なんで俺がギルドに所属する方向に話が進んでんだよ!? 魔物と戦うのは無しっつっただろうが! 話きいてたのかこの詐欺眼鏡!」

「さ、詐欺眼鏡じゃありません! そうは思っていましたが、やはり元の世界に戻ることを考えると、街の外に出ない訳にはいかないと思います。この街は初心者から上級者まで集う、いわばゲームの顔のような街ですが、ずっと街中にこもっていて問題が解決するとは思いません」

「こ、こいつ、正論で自分の行動を正当化しようとしてやがる。お前あれだろ、将来夫婦の貯金を自分の都合で使っても『あなたの為!』なんてふざけたこと夫に抜かして納得させるタイプだろ。なんてめんどくさい系女子なんだお前は」

「めんどくさい系女子って言うの止めて下さい! そんなことしません!」

「現に今してるじゃねえか! しかも何だお前のその杖は!?」

「折角ですので私も武器だけでも買っておこうかと。もしかしたら魔法が使えるようになるかもしれませんから」

「しれっと自分の買い物までしてんじゃねえ! お前、いったい幾ら突っ込んだ!?」

「九千四百リリルです」

「残り六百リリルしかねえじゃねえか!? 宿に二人別に部屋取ったら泊まったら一カ月で終わるじゃねえか!? 馬鹿なの!?」

「ですから、先行投資です。自分の命を守るために、良い装備を買うことは絶対に無駄になりませんから」

「先行投資もくそもあるか! 魔物と戦う前提で話を進めてんじゃねえこの廃人ゲーマーが!」

「廃人じゃありません! 嗜む程度です!」


 どれだけ口論を進めても平行線で終わるばかり。俺のジャージで得られた金はこんなアホみてえな装備に消えてしまった。

 ぶつぶつと文句を言いつつも、買っちまったもんはしかたない。軽鎧を身に纏い、腰に剣を下げてみたものの、どう見てもお遊戯会だ。

 そんな俺の姿をじっと見つめて、河合はしみじみと感想と告げる。


「絶望的に似合ってませんね。例えるならファンタジーを冒涜した何かです」

「ぶっ飛ばすぞお前!」

「それはさておき、早速ギルドに所属しましょう。そうすれば宿を取るにも有利になります」

「そうなのか?」

「各プレイヤーが経営するギルドにもレベルが存在します。そのレベルが高ければ高いほど、色々なサービスを安く提供してもらえたりするんです。例えばランクがB級以上なら、宿が八割の値段で使用できます」

「おいおい、それは重要じゃねえか。つまり、俺たちがSSSSSSSSランクのギルドに入れば、宿が逆に俺たちに金を払ってくれるってことだな」

「違います。それとそんなランクはありません。最高はSSランクです。ただ、SSとなると本当に一握り、ゲーム内で確認できるだけでも五つでしょうか」

「よし、そこに潜り込むぞ。どうやったらSSランクのギルドに入れるんだ。面接か、面接すればいいのか。微塵も心にねえ志望動機を適当に並べりゃいいのか」

「ギルドは向こうからの指名制です。各キャラクターが共通の試験を受け、その成績が全てのギルドに伝えられます。そして、成績とステータスを見て、興味を持ったギルドがその人へスカウトを行うんです。あとは当人が誘いを受けるかどうか、ですね。ですので、狙ってSSランクのギルドに入る希望は持たない方がいいでしょう。SSランクギルドはメンバー固定が当たり前、今から新人を募集してるとは思えません」

「使えねえギルド共め。まあいい、とにかく宿が安くなるB以上を目指すぞ」

「はい、頑張ってください」


 河合の言葉に俺は疑問符を浮かべる。『頑張って下さい』ではなく普通『頑張りましょう』じゃないか? 一緒に試験を受けるんだから。

 そんな俺の疑問を読み透かしていたのか、河合は困ったように笑って正直に話した。


「私、既にギルドに入っているんです。ですからギルドの試験を受けることが出来ないんですよ」

「ほう、そうなのか……いや、待てよ。お前がギルドに既に所属してるなら、俺はいちいち試験なんか受ける必要ねえじゃねえか。お前のところのギルドのリーダーに言って俺を加入させろよ」

「そうしたいのは山々ですが、無理です。私の所属するギルドのホームはこの『アブレア時空』には存在しません」

「……まーた訳の分からんゲームの仕組みが始まった」


 河合の話を纏めると、この『メアサガ』は六つの時空にゲームの世界が広がっているらしい。

 なんでも初期種族によってどこの時空になるのかが決まるということで、その大陸の移動はシナリオを進めないとできないとのこと。

 そして、ここからが重要なのだが、ギルド員がギルドを利用するにはギルドカードなるアイテムが必要となるらしい。河合は既にギルドに加入しているので、他のギルドを利用する際、これが必要になるのだが当然アイテムなど何も持たないこいつが持ってる訳がない。

 本来、ゲーム内で重要アイテム扱いなので紛失などするはずもないのだが、そのミラクルを河合は引き起こしてしまった。再発行などできるはずもなく、やろうにも他時空に移動すらできない。

 また、他時空への移動ができないので、河合の所属するギルドに俺をコネで入れることもできない。

 つまり、俺たちがギルドを利用するためには、俺が試験を真面目に受けてどこかに潜り込むしかないとのこと。全ての説明を聞き終え、俺は優しい笑みを浮かべて河合に告げるのだった。


「お前、致命的に役に立たねえな」

「ぐ……か、返す言葉もありません……」

「まあいい、俺とお前は今や運命共同体だ。お前の失態は俺がカバーしてやる。いいか、元の世界に帰ったらクラスの女子どもに斉木君が如何に格好良くて素敵で頼りになるか広めるんだぞ」

「それはちょっと……」

「それじゃ、試験受けてくるわ。お前はここでのんびり待ってろよ、B以上のギルドに入ってきてやるわ」

「え……ま、待って下さい斉木君! 受ける前に試験対策を――」


 河合を置いて、俺はギルドセンターなる建物へと入って行った。試験内容なんかよく知らねえが、話を聞く限りペーパーテストのようだ。

 ギルドに参加しようなんて連中はみんな初心者のはずだ。そんな相手に出す問題なんて、簡単な問題に決まってるじゃねえか。対策なんていらねえよ、俺は試験前に慌てて徹夜するアホとは違うのだ。

 試験前でも慌てず騒がず、クーリッシュに無勉強で挑む、それが俺の生き様だ。見ておけ、河合よ。俺が満点を叩きだしてやる。

 受付に話を通し、会場に案内される。獣人やら妖精やら人間やらが机に座って試験の開始を待っている。は、どいつもこいつも冴えねえ顔してやがる。赤点とりますって顔じゃねえか。

 こいつらに俺が満点の取り方ってもんを教えてやるしかねえな。時間がきたらしく、机の上に試験用紙と筆記用具が突如現れた。すげえな、これが魔法って奴か。

 さて、それじゃ一丁見せてやるとするかね――教えてやるよ、ノー勉強で試験という山を乗り越え続けた斉木陽太の実力をな。

















 分かんねええええええええええええええええええええええ!



 何だこの問題、ふざけてんのか!? 全五十問、四択問題だが、全てがゲームに関する内容だ。

 それは少し予期していたからまだいい、だが内容が全て有り得無さ過ぎる。『ヴァジュリア大陸に生息するメイリーアがドロップするアイテムの割合の正しいものを選べ』だの『ギュオン塔の二階にある宝箱の中身の正しいものを選べ』だの全部進めてねえと分かんねえ内容じゃねえか! こんなもん分かる訳ねえだろ! ギルド試験って初心者向けなんじゃねえのかよ!

 そもそも、こんな試験意味あるのかよ。他の奴等はネトゲでやってんだろ? こんなの全部ネットで検索すれば……ああ、そうか、タイムリミットがあんのか。いちいち調べてたら間に合わねえように時間制限制なんだろうな。

 どれだけ紙を睨みつけたところで、一問目から五十問目まで全てゲームのストーリー、それもマニアックなものばかり。やべえ、イライラし過ぎて死にそう。

 周囲を見渡しても、周りの奴等からはペンの動く音すら聞こえねえ。やつらはゲームだから、きっとこんな授業風景じゃなくて選択画面みたいなのになってんだろうな。だからキャラが動く訳がねえし、現実のテストのように教師が見張ってカンニング防止することもない。ゲームの世界じゃカンニングなんてできねえんだから。


 最早心は諦めの境地に至った俺は、うんと背伸びをしてどうやって残り四十分の時間を過ごそうか考えていた。そのはずみでペンが机から転がってしまう。現実のテストのように教師に拾って貰うわけにもいかず、席を立ち、自分で拾う。そのとき、隣の席の奴の試験用紙を覗きこむ。どうせ俺は零点なんだし、他の連中がどれだけ優秀か見ても構うまい。

 隣の席の猫みたいな獣は現在十五問目。試験用紙の中に描かれた赤丸とバツ。どうやら解答を記入すればその場で採点されるようだ。まあ、ネトゲのシステムだしな。しかし正解率五割切ってんじゃねえか、やっぱり難しいんだな。

 興味の湧いた俺は他の連中の回答も次々覗きこんでいく竜の翼の生えた女は正解率六割、優秀な方なのか? ドワーフみてえな男は八割、こいつ廃人だな。人間男は二割弱……ご愁傷様、こりゃ最低ランクギルドしか声かからねえな。まあ俺は零点だからどこからも声かからねえ訳だけど。

 一通り全員の答案を見て、難易度をしみじみと実感する。はあ、こんなテスト受けるだけ時間の無駄じゃねえか。こんなのカンニングでもしねえと高得点なんて……あ? カンニング?


 そこまで思考が回り、俺はゆっくりと視線を周囲に動かす。必死に解答を続けるプレイヤーたち。埋められていく丸バツの付いた試験用紙。

 そして俺は手元の試験用紙に目を落とす。そこには何も描かれてない、真っ白な答案。その二つから導かれる必勝法、耳元で囁かれる悪魔の声。

 いや、マジかよ、それは人として……けど、これはゲームだ。それも俺は通常のゲームをプレイしてる訳じゃねえ。罰される理由もねえ。

 いやいやいやいや、言ってしまえばそれは不正行為、チーティングだ。しかし、それをやったからと言って誰が俺を咎める? 俺が誰に迷惑をかける?

 いやいやいやいやいやいや、迷惑をかけるとかかけないとかじゃねえ。これは道徳の問題だ。小さい頃から親、教師が何度口を酸っぱくして道徳を説いてきたと思ってるんだ。そういうことをすることを悪と思う心を育むために学んできたんじゃねえのか。

 しかし、今は生きるか死ぬかの瀬戸際。ここでもし高得点をたたき出したら、宿屋をはじめとした施設が安く使える。俺は自分の命だけじゃねえ、河合の命も背負ってんだ。それを綺麗事で目を背けるなんていうのは……

 俺の心の中で善と悪が戦い続け、何度も葛藤を行う。いや、だが、でも、しかし……その繰り返しの果てに、俺は選択をした。後悔のない、選択を。



















「試験、終わった」

「お疲れさまでした。それで結果は……な、な、何ですかこの点数!?」


 俺は五十点と書かれた満点の解答用紙を河合に渡してギルドセンターを後にした。

 母ちゃん、俺、元の世界に帰ったら真面目に勉強するよ。もう二度と不正行為なんてしないよ。















 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『チート』を石に記録します。







(*˘︶˘*)

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