2.ハーレム
とにかく河合との長い話し合いにより、俺たちがネットゲームの世界に来てしまったことは理解した。
こんなクソみてえな現実認めたくないが、微塵も認めたくないが、街の人外どもやエルフと化した河合の姿から認めねばならない。
肩を落としながら、俺は河合と今後の相談を進める。
「とにかく俺たちは元の世界に戻らにゃならん。ああ、くそ……元の世界に戻る、なんてどこのラノベの主人公だよ。何で俺がこんな恥ずかしい台詞を吐かにゃならんのだ。勘弁してくれよ、明らかにおかしい人間じゃねえか、医者を呼ぶな、俺は何もおかしくねえんだ」
「斉木君の異常性はともかく、元の世界に戻る方法を探すのは同意します。ゲームの世界で一生を終えるなんて怖すぎます。私、ゲームは好きですが、一生この世界で生きたいなんて思えるほど人生達観してないです」
「俺なんか縁もゆかりもこの世界に存在しねえわ! いいか、河合、これから俺たちは戦友、運命共同体だ。元の世界に戻るために協力し合わなければならん。不本意かもしれんが、そこは認めてもらう」
「別に不本意ではありませんが……惜しみない協力を約束します。よろしくお願いします、斉木君」
握手を交わし、元の世界に戻るための協力を約束し合う俺と河合。
いくらめんどくさい系女子とは言え、河合は非常に重要な協力者だ。このゲームもやりこんでるようだし、非常に心強い。かなりめんどくさい系女子だが、そこは妥協する。俺も仏の斉木と呼ばれた男、その程度には目を瞑ってやる。
「……今、何か失礼なことを考えてました?」
「考えてねえよ。それよりも今はこれからどうするかを考えなきゃならん。元の世界に帰る、それは大目標だが、そこに至るまでの方法を俺たちはまず探さにゃならん」
「同感です。ですが、それを探る手段すら分からないのが現状です。その方法を探す為にも、私たちはまず生活基盤を手に入れなければなりません」
「生活基盤……衣食住か。ゲームの世界だし、その辺適当に何とかならねえかな。ほら、ロールプレイングの主人公って飲まず食わずで魔王と戦ったりするじゃねえか。ここがゲームの世界なら、俺たちもそんな感じで不眠不休で行動出来たりしねえ?」
「やってみますか? 私は絶対嫌ですけど、斉木君の頑張りを止めるつもりはありませんよ」
「何ふざけた寝言言ってんだお前。運命共同体の意味なんも分かってねえじゃねえか。同僚の俺が必死に働いて残業してんのに、タイムカード切ってさっさと帰ろうとしてんじゃねえよ。俺が頑張ってんだからお前も頑張れよ」
「法廷で争います? 私、勝ちますよ?」
「おい、話が逸れたぞ。とにかく、この世界で無理をするのは止めとこう。俺たちは生きている、宿で寝転がってれば体調万全なんてなるとは思えねえ。ちなみに訊くが、この世界って魔物みてえなのいるの?」
「いますよ。街を一歩外に出ればウジャウジャでますよ。レベルを上げてストーリーを進めてみんなと協力しあってボスを倒す、そういうゲームですから」
「俺決めたよ、絶対街から一歩もでねえ。俺に構わず河合は冒険女王として山に森に魔王城に頑張って突き進んでくれ」
「運命共同体の意味を何も分かってないの、斉木君ですよね?」
「とにかく寝る場所だ。お前、このゲームやりこんでるんだろ? そうするとキャラも成長してるし金も有り余ってるに違いない。とりあえず当面の宿代とか食費とか諸々の俺の生活費払ってくれや」
「胸を張って最低なこと言ってる自覚あります?」
「河合、お前だけが頼りだ。俺を養ってくれ」
白い歯を見せて笑う俺に、河合は今日何度目となるのか分からない溜息をつく。こいついつも溜息ついてんな、幸せ逃げてもしらねえぞ。
しかし、俺が河合に依存しないと生きていけないのも事実。河合も俺という同じ境遇の人間を切り捨てたりできず、必ず金を払ってくれるはずだ。最低と呼びたきゃ呼べ、俺は同じクラスの女子に白い目で見られても明日を生き残る道を選ぶ。
手を差し出し金を今か今かと待つ俺だが、どれだけ待っても河合から金は渡されない。眉を顰める俺に、河合は肩を落として事情を語った。
「お金、ありませんよ。そもそも私、自分が強いのかどうかも分かりません」
「どういうことだよ? お前、このゲームやりこんでたんだろ? レベルも高いだろうし、ステータスだって高いだろうが」
「やりこんでません、嗜む程度です。では聞きますが、ステータスってどうやってみるんですか?」
「何言ってんだよ。そんなのお前、コントローラのスタートボタンだか何だか押せばいいだけじゃねえか。押せよ」
「どこにコントローラがあるんですか」
「無くても気合と根性で押すんだよ。ほら、押せよ」
「押せませんっ!」
無理を承知で頼んでみたが、どうやら無理なもんは無理らしい。
しかし困った。河合の言う通り、ステータスの確認の方法なんて分かる訳がない。金だって手元になければゼロと同じだ。
俺の河合にヒモ生活の夢は早々に瓦解してしまったようだ。使えないうえにめんどくさい系女子なんて微妙過ぎる河合だ。
余計なことを考えていたのがばれたのか、じと目で見つめてくる河合に俺は強引に話を進めて誤魔化すことにした。
「何とかステータス見れねえかな。能力確認できねえと河合がモンスター相手に無双しにいけねえじゃねえか」
「別に無双するつもりは微塵もありませんけど……困りましたね。魔法だって使い方分かりませんよ。ゲームじゃコマンド選択で使うんですから」
「それじゃ、今の河合ってただのエルフの格好したコスプレ高校生ってことじゃねえか。お前、いったいどこに向かおうとしてるんだよ。異端な趣味を持つ人々の需要を満たすより、まず隣人の必要戦力としての需要を満たしてくれよ」
「コスプレ高校生って言わないでください! でも、ステータスを見られないのは不安です。ライフゲージとマナゲージが表示されてますから、魔物から攻撃をワザと受けることでダメージからレベルを確認するという荒技もありますけど……」
「なんだ、良い方法あるじゃん。ちょっと街の外で魔物に襲われてきてくれよ」
「斉木君って本当にあれですよね! 絶対いやです!」
「冗談だっつーの。しかし、ステータスなあ……言葉で叫んだりしたら確認メニュー出てこねえの? キーワードとか叫んでみたりしてよ」
「思いついたのなら自分でやってみてくださいよ」
「え、俺が?」
「斉木君がです。遠慮なくどうぞ」
どうぞどうぞと両手の掌をみせる河合。どうやら俺がやることはこいつの中で決定事項らしい。
しかし、俺が叫ぶのか? 河合が見てる前で、ステータス確認のキーワードを叫ぶのか? そもそも何を叫ぶんだ?
たとえば『ステータス表示!』とか『ステータスオープン!』とか『ステータスカモン!』とか、そういう台詞を叫ぶのか? え、マジで? ご冗談でしょう?
目で確認を取るが、河合監督はひたすら『打て』のサイン。どうやらここで逃げを選ばせてはくれないらしい。
俺が叫ぶのか……クラスメイトの前で、『ステータスオープン!』と叫ぶのかよ……死にたい、何の羞恥プレイだよ。
だが、ここでイモ引いてしまえば、間違いなく河合はこのことをネチネチと言い続ける。このめんどくさい系女子はそれを平然とやれるタイプだ。何より俺は逃げるのが嫌いな男だ、ここでビビり扱いされるのは死よりも耐え難い。
よって俺は覚悟を決めた。見ていろ、河合。これが男の生き様だ。俺は両手を叩き合わせ、即座に両指を鳴らしながら腹の底から絶叫した。
「ステーーーーーータスッ! オーーーーーープーーーーーーーンッ!」
俺の叫びと指を弾く音が路地裏に木霊する。木霊はするが、いつまで待ってもステータスは現れない。
そして河合はツボに入ったらしく、後ろを向いて口元を抑えて肩を震わせて笑ってやがる。死にてえ。割とマジで死にてえ。
河合の笑いが収まるまで俺は地面に体育座りを敢行した。割と本気で生きる意味を見失いかけた。こんな心にくる痛みは初めてだ。
散々笑い終え、すっきりしたような河合にイラっとしつつも、俺たちは話し合いを続ける。
「とりあえずステータスの件も後回しだ。手探りで探っても分かる訳もねえし、何より俺の心が崩壊しそうだ」
「そうですね。私も腹筋が筋肉痛になりたくありませんし、他のことを考えましょう。とにかく私たちが宿を確保するためにもお金を手に入れる必要があります」
「金ねえ……このゲームで金ってどうやって手に入れるんだ?」
「資金を得る方法は大きく分けて四つ。一つは魔物を退治し、魔物のドロップする宝石を所属するギルドにて換金して貰う方法。これが一番オーソドックスですね。次に所属するギルドに貼り出されている依頼を受けて達成すること。そして、ダンジョン等で手に入れたアイテムを売却する方法。もう一つはイベントに参加して好成績を収める方法ですが、これは除外してもいいでしょう。私たちがお金を稼ぐには、魔物を倒すか、依頼を受けるか、アイテムを探して売るかですね」
「どの方法もアドベンチャーしねえと駄目じゃねえか……しかもギルドって奴に所属しねえといけねえのかよ」
「このゲームはギルドに所属しなければ極めて不利なゲームです。しなくてもプレイはできますが、お金を手に入れる方法が狭まりますから。無論、魔物のドロップする宝石をギルドではなく店売りすることもできるのですが、その相場は百分の一以下となりますね」
「マジかよ……というか、俺たちはまず当面のまとまった金を手に入れなきゃならんのだぞ。今からギルドに入って云々して今日の分の生活費を魔物退治なしで稼げるのかよ」
「難しいかもしれません……ギルドの依頼のほとんどは魔物退治、いきなり戦闘を行うのは無謀過ぎるかと」
「まとめよう。つまり俺たちは魔物退治なんて物騒なことなしに、当面の生活費が欲しい。しかし、その金を得る方法が極めて少ないときた。魔物のドロップする宝石は駄目、ギルドの依頼もアウト、ダンジョンなんて話にならねえ」
「その通りです」
「あとは店に所持品を売って金にするくらいだが……俺の所持品ってこれくらいしかねえぞ。これ、高く売れんのか?」
そう言って、俺はポケットから白い石を取り出した。
それを見て、河合は大きな溜息をついて説明を始めた。
「その石は絶対に売れませんよ。ストーリーに関する重要なアイテムなんですから」
「ストーリー?」
「大まかに説明しますと、この『メアサガ』は世界を支配しようとする魔王を倒す為の物語です。その魔王を倒す為に、数々の試練という名のクエストをクリアして、その情報が『神の石』に刻まれます。決められた数のクエストをクリアする事で、『神の石』は輝きを少しずつ取り戻していき、最終的に条件を満たすと……」
「話が長えよ! 要点だけを言え要点だけを!」
「重要アイテムなので捨てられません売れません」
きっぱり言い放つ河合に俺は肩を落とすしかなかった。まあ、石ころが売れるなんてこれっぽっちも思っちゃいなかったが。
しかし、売るものなんて他にねえぞ。俺はジャージだけでこんなけったいな場所に連れてこられたんだから……いや、待てよ?
俺は少し考えこみ、河合に確認するように訊ねかけた。
「なあ、河合。このゲームっつうのはプレイヤー間の金の取引は認められてるんだよな?」
「勿論です。金品の取引は認められていますよ」
「もう一つ訊くが、このゲームにジャージなんて装備はあるか?」
「ありませんね。だからこそ、街で斉木君は注目を浴びてたんですよ。課金アイテムでも存在しない装備なんて誰も持っていませんから」
「そうか……くははっ、何だ、簡単なことじゃねえか。おい、河合、今日からお前のことは俺が養ってやる。俺に深く感謝しやがれ」
「い、いきなりどうしたんですか?」
「最高に良い方法を思いついたんだよ――生活の問題はこの一発で片がつくくらいに最高な方法をよ」
最高に男らしい笑みを浮かべる俺に、不気味そうに引き気味な河合。
善は急げ、俺は河合を引き連れて化物どもが跋扈する街中へと戻る。相変わらず人間と人外が入り混じった混沌とした街並みだ。
俺が姿を現すと、再び奴等の興味が俺に向けられ、白ボードの会話が飛び交っている。この世界がネットゲームの話だとすれば、こいつらはリアルの人間が操作してるってことか。
一瞬、こいつらに助けを求める方法も考えたが、『ゲームの世界に閉じ込められました! 助けて下さい!』なんて叫んだところで頭おかしい人間と思われるだけだ。何よりこいつらは一度俺に恥辱を味あわせやがった。その恨みは忘れない。こいつら如きに助けてもらおうなど微塵も思わねえ。俺は俺の力で道を切り開いてやる。
注目を集め、頃合いよしと判断した俺は街中に響くように大声で叫ぶのだった。
「これより特別オークションを始めるぞおおおおおおお! ゲーム内で一品限り、課金でも絶対に手に入れられねえ超超超レア装備の販売だあああああああああ!」
俺の叫びに周囲からざわめきが巻き起こる。やつらは俺の装備――ジャージに完全に意識が向けられていた。
やつらの反応に好感触を感じながら、俺はジャージオークションを開催するのだった。
結局、三十分後にオークションは決着がついた。黒髪の人間女が俺の愛用ジャージという名の超レア装備を満足顔で落札していった。
一万リリルという金を手にし(河合曰く、リリルというのがこの世界の通貨で、宿代が一泊10リリル程度だから相当の大金だろう)、俺はパンツ一丁の姿でニヒルに笑うのだ。
「――覚えておけ、河合。これが金を稼ぐ力を持つ、機知と才能の溢れる男の横顔だ」
ハードボイルドな俺の魅力に参ったのか、河合は大きな溜息をつくばかり。
河合玲夢、溜息の多過ぎる面倒くさい系女子だった。はぁはぁばっかり言って興奮してんのかこいつは。変質者として通報されても俺は助けねえ。そのうち河合はぁ玲夢にでも改名するといい。
神の石が淡く光り輝きました。
属性『ハーレム』を石に記録します。
(*>_<*)