ゲームクリア
カマホモの右手に光が集まったかと思った瞬間、恐ろしい速度のレーザービームが俺へ向けて放たれる。
どうやらカマホモの野郎、舐めプは止めにしたらしいな。上等じゃねえか、そうじゃねえと気合入れた意味がねえんだよ。
以前の俺ならこんなモン避けるどころか反応すらできなかっただろうが――今の俺には止まって見えんだよ!
『セット・主人公最強――氷上暁。天下無双の拳』
「おらあ!」
襲い来る光線を俺は右拳で文字通りぶん殴って消滅させた。わあお、何か知らんけど両拳が黄金に光ってやがる。
自分の体の変化に驚きながらも、俺は口元を歪めてカマホモに口を開く。
「見たかカマホモ。俺の拳には絶対に勝つっていう信念が乗ってんだよ。天をも打ち砕く最強の双拳――名付けて河合のおっぱい拳だ!」
「だからなんで私の胸をいちいち強調するんですか!? お願いだからやめてください!」
「ふふっ、一度防いだからと言って油断しちゃ駄目だよ。さあ、戦いを続けよう! 僕の全てをぶつけさせておくれ!」
俺から距離を取りながら、カマホモは詠唱を始める。げ、魔法かよ。
そうはさせじと俺は距離を詰めようとするが、カマホモの魔法の方が一手早い。奴が解き放つは吹き荒れる氷柱の嵐。
俺の周囲を取り囲むように現れた数万もの氷柱。いや、こんなの避けようがないじゃねえか。本気を出せとは言ったが、俺を殺しにき過ぎだろ。どんなルナティックモードだよ、避けられねえよ。
「斉木君!」
「危ない!」
「陽太あああ!」
「情けねえ声出すんじゃねえ! てめえらは俺を黙って信じてろっつったろうが!」
背後の女どもを一喝して、俺は自分の体の中に宿る力を即座に引きだした。
理由は分からねえが、今の俺の中に数多の力が宿っているのは感じている。多分、いや、間違いなくカマホモの野郎が俺の体に細工しやがったんだろう。どうやら奴は本気で俺と戦いたいらしい、それこそ俺の中に他の人間の力を宿してまで。
だったら、その期待に応えてやろうじゃねえか。俺は体内の中の力を引き出し、体を光に包ませる。
『セット・TS――トワエラ・アリエステラ。らぶりーぷりてぃー爆殺魔法』
「見せてやるよ、俺の本気って奴をな――いっくよぉ☆ ヨウタの魔法、受けとめてっ。そーれ爆発爆殺み・な・ご・ろ・しっ!」
「あああっ! 斉木君が魔法少女の姿にっ!?」
「あはははははははははっ! お腹、お腹痛いっ、最高だよ、最高過ぎるよ斉木君っ!」
先輩の笑い声は全部無視しました。うるせえ、今は格好を気にしてる場合じゃねえんだよ。どんな手を使ってもカマホモを潰すんだよ。
ヒラヒラしたスカート、そしてマジカルステッキを手に俺は氷柱へ向けて魔法を解き放つ。
俺の呪文によって、荒れ狂う氷柱は全て弾けて消滅した。全ての攻撃を押し返したことで、攻守交替の隙が生まれる。これを見逃す俺じゃねえ!
『セット・成長――マッスルボマー・ハリケーン。肥大膨張・天元突破・筋肉謝肉祭』
刹那、俺の体は強靭な筋肉という名の鎧に包まれた。包まれ過ぎて、俺の上半身の服は全て弾け飛んだほどだ。
約二倍ほどの大きさに膨れ上がった俺の肉体に戦慄するカマホモ。これだけビルドアップされた体から放たれる拳なら、奴とて無事ではいられまい。
「この最強の肉体の一撃をくらいやがれ!」
「最強の肉体になっているの上半身だけじゃないですか!? 下半身はなんでそんなに細いままなんですか!?」
河合の突っ込み通り、俺の体は上半身だけ化物筋肉となっているが、下半身はもとの俺のままだ。逆三角形どころじゃねえ、恐ろしい角度の三角州ができあがってしまっているが、問題は見た目じゃねえんだよ。
カマホモに駆けだし、必殺の一撃を加えようとするが、下半身が元の体のままなので走る速度はアホ程遅い。結局、カマホモにひらりと逃げられてしまう。くそ、速度を殺したこの力は役に立たねえ、この力は封印だ。
空へと舞い上がり、次々に俺に向けて魔法を連打するカマホモ。マジで容赦ねえ、これが軍や異世界を滅ぼした力かよ、そりゃ空からこんなもんバカバカ撃ってたら誰だって勝つに決まってんだろ。
『セット・召喚術――天城刀真。レジェンダードラゴン召喚』
俺は足元に魔法陣を描き、その場に巨大なドラゴンを召喚する。名前はポチ三郎とする。
ポチ三郎の背に乗り、空から俺を見下ろしているカマホモへと飛翔する。空にいればアドバンテージになると思ったら大間違いだ。
俺はポチ三郎の背に乗ったまま、更にもう一つ能力を引き出してみせる。
『セット・勇者――川上一。何もないところから見る者全てを感嘆させる国宝級の盆栽を生みだす力』
「ひゃっはー! くらいやがれえ!」
空を翔けるカマホモの頭上から降り注ぐ無数の国宝級の盆栽の数々。逃げる隙間すら与えねえよ、鉢植えの痛みを思い知りやがれ!
地上から河合が何かを叫んでるが、間違いなくツッコミだろう。いや、俺だってツッコミてえよ。何だよ国法級の盆栽を生み出す力って、これで何で勇者何だよ。川上一、これでどうやって勇者って讃えられたんだよ、どんな物語歩んできたんだよ。
だが、自由落下を行う鉢植えは強烈。カマホモも必死に回避したり魔法で避けたりするが、無尽蔵に現れる盆栽カーニバルに四苦八苦してやがる。その隙はいただけねえな!
『セット・王道――グレノア・シディリア。ブレイブソード』
「おらっしゃああああああああ!」
ポチ三郎の背から飛び降り、俺は手に現れたクリスタル状の剣を体ごとカマホモへと叩きつけた。
俺の斬撃に対応するように、カマホモも手に光の大鎌を生みだして受けとめる。カマホモの武器が大鎌って……こいつ、わざとか?
だが、俺の強烈な攻撃の威力は殺せず、俺とカマホモはそのまま大地へ落下した。だが、俺もカマホモも倒れねえ。大地を深くえぐりながらもしっかり二本の足で着地してる。すげえな、人間の体って。
光の大鎌を消失させながら、カマホモは楽しそうに笑って俺に語りかける。
「素晴らしい適応力だね。初めて使う力なのに、自分のものであったかのように使いこなしてるなんて」
「当たり前だ、俺は天才だからな。そもそも俺はどんな機械やゲームでも決してマニュアルを見ないプレイセンスに溢れた人間なんだよ。俺に力を与えたのはカマホモ、てめえなんだろ? サービスし過ぎたな」
「そんなことはないさ。君は彼らの意志によって、それらの力を持つに相応しいと認められたのだからね。僕が与えたのは力ではなく切っ掛けに過ぎないよ」
「……また電波が始まった。おい、河合、通訳してくれよ」
たまらず河合にヘルプを訴える俺。だが、当人の河合は何かを考え込むような表情を見せている。深く考えても分かんねえっつーの。
そして、河合は顔を上げて問いかけるようにカマホモに口を開く。
「もしかして愛理さん、斉木君に与えた力は……神の石イベントの応用では」
「その通りだよ、河合さん。このイベントアイテムを使って、僕は斉木君に彼らの力を与えたのさ。もうこの世のどこにも存在しない、心残りだけを僕に託した彼らの力を、ね」
「おらあ! 二人だけで納得するような会話してんじゃねえ! 会話にハブられるのが俺はカマホモの次に嫌いなんだよ! 俺にも分かるように説明しやがれ!」
「斉木君、このゲームのラスボスに神の石が必要であることは覚えてますか? ゲームの世界に来たばかりの頃に話したと思うのですが」
「ああ、覚えてるよ、当たり前だろ。忘れるわけねえよ」
やべえ、全然覚えてねえ。神の石ってなんだよ、そのことすら分かんねえよ。とりあえずしったかぶっとこう。
怪しい雑誌裏に通販で載ってそうなアイテムについて、河合は説明を続けていく。
「神の石はクエストをクリアするごとに輝きを増していき、アイテムとして用いられるのはゲームのラスボスとの戦いの中でなんです。あまりに強大な敵に歯が立たず、心折れそうになる主人公。そんなとき、神の石は光り輝き、主人公に力を与えるんです」
「何その便利アイテム。つまり、俺のこの力は石のおかげってことか」
「でも、おかしいんです。斉木君はシナリオクエストをほとんど消化していません。主人公に力を与えるのは、そのクエスト内で死んでしまったイベントキャラたちの魂なんです。魔王と戦う主人公の力となるため、その死んでしまったキャラたちが主人公に己の力を分け与えることで、再び主人公は立ち上がるという内容なのですが……」
いや、俺に力を貸す死んでいったイベントキャラって誰だよ。盗賊のオッサンくらいしか死んでねえよ。しかも殺したの俺だよ。むしろ呪われる立場じゃねえか。
河合の言う通り、シナリオなんぞ微塵も進めていない俺なので、神の石なんていうイベントアイテムが発動するはずがねえ。
その疑問に対し、カマホモは少しさみしげに笑いながら説明を始める。
「斉木君の体に宿った力はゲームのキャラのものじゃないよ。ゲームシステムを流用して、僕が在る条件を満たすと斉木君が力に目覚めるように細工したんだ。条件はかつての能力者が極めた能力と同じ力を体に満たすこと。斉木君、君に宿った力は僕と同じく運命に弄ばれその生涯を終えた十八人の道化の力さ。おっと、僕の力も宿しているから十九人だね」
「あの、マジで意味分かんねえんだけど……河合ぃぃぃ! 通訳ぅぅぅ!」
「えっと……多分ですが、斉木君の力は愛理さんと同じような境遇の人たちの持っていた力だということです。ですが、その人たちは、恐らく既にこの世にはもう……」
「いや、それはねえだろ。こんだけ化物染みた力を持つ奴等が何で死ぬんだよ。現にカマホモなんて最強過ぎるだろ、こいつ倒せる存在なんて俺以外にいるのかよ」
「……心が耐えられないのさ。数多存在する並行世界の中で、彼らは歳を重ね、後悔の中で死んでいったよ。力に振り回された者、力に溺れた者、道を見失った者、僕は同じ境遇となってしまった友を何度も見送ってきたんだ。その体に宿った力を僕に託し、彼らは死んでいった」
「あの、俺の能力の中に『全ての女を自分好みのボインにする力』ってのがあるんけど……こいつが後悔の中で死んでいったって絶対嘘だろ!? こいつ絶対人生最高に謳歌して死んでいっただろ!? 無理矢理シリアスにもっていこうとしてんじゃねえぞ! 捏造だろ!」
「そう、僕たちは探していたんだ。どんな困難にも逆境にも決して心折れない、僕たちの力を託すに値する人を――僕たちが生きた証を残せる人物を」
「俺の質問に答えろこの野郎! 結城のちっぱいをこの力で巨乳に変えるぞこら!」
「私関係ないでしょ! って、きゃああああ!」
カマホモが無視し続けるので結城のおっぱいをHサイズに変えてみた。チビ巨乳って凄えな、色々と捗るわ。
「斉木陽太君、今の君の体の中には十九人の『主人公』の力が宿っている。その身に有り余る強大な力に僕たちは歓喜し、絶望した。だけど、君ならば僕たちとは違い、決して押し潰されないと信じている」
「いや、だからおっぱい野郎のことをだな……ええい、もうそんなのどうでもいいわ! てめえと同じ境遇の人間の後悔だとか何だとか、そんなことは道端に落ちてる空き缶並みに興味ねえわ! 今、大事なのは俺とお前、どっちが勝つか、それだけだろうが! 下らねえ話なんぞするんじゃねえ! 追憶編やりたかったら一人チラシの裏にボールペンで走り書きでもしてろや!」
「その通りだ。今、大切なのは過去でもしがらみでもない――今、心から楽しいと思えるよ。力を手にして、初めて心から笑えている気がする」
「じゃかあしいわ! 俺がてめえをぎったんぎったんして普通の高校生に戻してやる! ……高校生だよな?」
「ふふっ、年齢で言えば高校二年生だよ。まともに高校生活なんて送ったことは一度もないけれど――ねっ!」
戦闘再開。俺の力の秘密が明かされた訳だが、微塵も興味ねえ。俺の力の持ち主の意志とかそんなもんどうでもいいわ。
大事なのはこいつに勝つこと。そのために利用できる力があること。元の世界に戻るために、使えるものは何でも使う、それだけだ。
『セット・復讐――刹那。影の刃』
カマホモの両手から放たれる炎の嵐。それを逆手に持ったナイフで切り裂く。
カマホモは徹頭徹尾俺と距離を保って魔法で撃ち抜いてくる。魔法というか異能か? 魔法と異能の区別なんてつかねえよ。
だが、所詮それだけだ。もうカマホモの攻撃は全部目で追える、逆にカマホモは俺の追撃を回避する事に必死だ。
河合たちが奮い立たせてくれた俺の心に、カマホモがこれだけの力を与えたんだ。負ける訳がねえんだよ。
次第に俺がカマホモに攻撃を加えるシーンが増え始め、カマホモに余裕がなくなっていく。瞬間移動を駆使しても、俺の中にもカマホモの能力があるせいか、どこに現れるのかが手に取るように分かる。先んじてそっちへ攻撃を放つだけだ。
俺の猛攻に、河合たちはがぜん盛り上がる。声を上げて必死に俺のことを応援してくれる。
「頑張って下さい、斉木君! もう少しです!」
「頑張れー! 負けるなー! ファイトだよー!」
「かっこいいところ見せてよ、陽太!」
『ぷぴーっ!』
「おうよ! しっかり俺に黄色い声援を飛ばし続けてろ、俺の女ども! ただしナリア、てめえはいらっとしたから後で蹴飛ばす!」
『ぷぴぃっ!?』
女たちの声援を背に、カマホモにラッシュラッシュラッシュ。
俺の攻撃はだんだんとカマホモを捉え始め、奴のライフゲージが少しずつだが確実に減っていく。
そんな絶望の中でも、カマホモは楽しそうに笑うことを止めない。どこまでも綺麗に笑い、この時間を心から楽しむように。
「迎撃が追いつかない。攻撃が読めない。そうか、これが苦戦なんだね……ふふふっ、僕が一度も味わうことができなかった逆境なんだね」
「殴られて喜ぶなんてどんだけどMなんだてめえは! 悪いがカマホモ、もう終わりだよ! この一撃で、全てを終わらせてやる!」
「ああ、そうだ! 終わらせてくれ、僕の主人公様! 君が、君こそが! 僕たち十九人の悪夢を終わらせてくれる――最高の主人公なのだから!」
カマホモを上空へと蹴り上げ、俺も追撃するように空へと舞い上がる。
もう何も考える必要はねえ。カマホモの奴に、最高に力を込めた俺の拳を叩きつけるだけだ。
最後の一撃だと感じ取ったのか、河合たちの声も熱を帯びる。
「斉木君、決めて下さい!」
「信じてるよ、斉木君!」
「最高の瞬間を見せて、陽太!」
『ぷぴぴーっ!』
「これで最後だ! その瞬間を見逃すんじゃねえぞ! ただしナリア、てめえはいらっとしたから後でリフティングの刑に処してやる!」
『ぷぴぴぃぃ!?』
右拳に集う十九の力。そして大切な女どもの声援。ナリアは除く。
ああ、今なら分かる。死んじまったらしい十八人の奴等は、俺に想いを乗せている。『主人公』として輝く期待を、夢を、希望を。
そして最後の一人、カマホモの想いが俺の拳に乗せられてその力は最高に高まった。奔流する光に、カマホモは目を細めて叫んだ。
「そうだ! 終わらせてくれ、君のその拳で! みんな、やっと僕も終わりを迎えられる、これ以上ない最後の舞台だ――ありがとう、僕の主人公様。僕の願いを叶えてくれて」
「さよならもありがとうも言わねえぞ、カマホモ! 代わりに俺からの最後のメッセージだ! 受け取りやがれ!」
主人公として目覚めた俺の力。主人公だからこそ溢れる力。
十九人の意志を乗せた拳を、俺はカマホモに突き立てながら、叫ぶのだ。くらえ、カマホモ!
「いいか、カマホモと呪われし十八人の変態ども! 俺を――俺を主人公なんて呼ぶんじゃねえ! 誰がてめえらの物語の主人公なんぞになってやるかボケぇ!」
「え、ええええええええええっ!? そこで全否定するんですか!?」
河合の突っ込みと共に振り抜かれた俺の拳は、恐ろし勢いでカマホモに吸い込まれ――なかった。あれ?
俺が主人公と呼ぶんじゃねえと全否定した刹那、俺の体から漲っていた力は嘘のように消え果て、空を飛ぶ力もなくなり、そのまま大地にダイブイン。あまり高く飛んでないのが幸いしたが、痛いもんは痛い。
突然力を失った俺に、呆然とする仲間たち。いや、俺だって訳分かんねえよ。何故だ、何故力が急激になくなった。俺の覚醒パワーはどこいった。
混乱する俺に、カマホモもまた自失しながらも震える声で、話してくれた。
「……斉木陽太君が、自分は主人公じゃないと、心から全力で否定したから……力を持つ人物に相応しくないと、他の十八人の力が消えてしまったみたいだ……」
「……え、マジで?」
「うん……」
あ、やべえ、カマホモ涙目だ。
そりゃそうだ、あとは気持ちよく殴られて満足して昇天するだけだったのに、こんな肩すかし喰らった訳で。
うわ、色々とそそられる顔してる。男相手なのに興奮やべえ、苛めたい、この泣き顔。でもそれ以上に罪悪感が半端ねえ。
とりあえず、カマホモに俺はそっと問いかける。
「あの、もう一回力が復活したりとかは……ねえかな?」
「もう、無理かな……」
「……河合いいいいい! どうしよう! やっちまった!」
「え、えええ!? ど、どうしようと言われても、私、もう勝ちは決まったと思ってましたから……」
「そこをなんとかしろよ。カマホモが泣いてて可哀想だろ、この状況からカマホモがワザとじゃなくて負ける展開を何とか考えろよ」
「無茶言わないで下さい!?」
「ああー、いっけないんだー、愛理ちゃん泣いちゃったー、泣かせちゃったー」
「流石に私も今のは陽太が悪いと思う……期待させるだけさせてあれはちょっと最低だと思う」
やべえ、カマホモがマジ泣きしだした。
どうしよう、両手を押さえて泣く仕草が女そのものでいらっとするけど、マジ罪悪感半端無い。
あれだけみんなのパワーを集めて、覚醒して、後一発で気持ちよくなる寸前でふにゃっちまったら、そりゃ泣くわ。やべえ、このままじゃ俺の男としての尊厳にかかわる。
何とかカマホモを気持ちよく負けさせてやれねえものか……
「ひゃっ!?」
「……あ?」
頭を思い悩ませていると、突如カマホモが変な色っぽい悲鳴を上げた。
泣いてると思ったらいきなり変な声だして、何してんだこいつ。驚く俺たちの余所に、カマホモは顔を真っ赤にして必死に声を抑えてる。マジでどうしたんだこいつ。
「おい、どうしたカマホモ。トイレか?」
「違っ、何か、体の奥から電流が奔るような感覚とそれをキャンセルされる感覚が、交互にっ、ひっ!」
「……いや、意味が分かんねえ。これっぽっちも」
「もしかして状態異常かな? でも、そんな状態異常ってあったかな?」
「いやっ、それは、ない、はずっ、僕の体は、どんな状態異常も、すぐに、キャンセルできるから、うっあうっ、ひぃっ」
……段々と声の質がヤバい方向に向かってきたぞ。本当にどうしたんだよ、こいつ。
眉を顰めている俺だが、河合がふと俺の腰の袋に視線を落として訊ねかけてくる。
「あの、斉木君、腰の袋が赤く光ってますけど、それって何ですか?」
「……あれ? なんだこれ」
腰の袋から取り出したのは、紅い宝玉の付いた指輪。あれ、なんだってこれ。マコの指輪だったか?
その指輪を見た河合が、目を丸々とさせながら言葉を紡ぐ。
「魔魅の指輪が光ってますね……変ですね、これは魔物を仲間にするときにしか効果がない筈ですが。もしかしてこれが愛理さんに悪影響を及ぼしているんじゃ……」
「異性の魔物を魅了するんだったか? でも、それって魔物を倒したら効果ときに効果があるんだろ? しかもこいつ魔物じゃなくて人間だぞ?」
「……もしかしたら、愛理ちゃんは人間を超えた存在だから、魔物って認識されたのかな。それと、魔物が仲間になるかどうかの判定は確か戦闘中の時間経過内に繰り返し判定された筈だから……たぶん、原因これだね。魔物ならシステムが強制的に戦闘終了まで戦わせるけど、愛理ちゃんは人間だから、既に指輪の持ち主に敵対行動できない、いわゆる完全魅了状態に強制されてるんじゃないかなあ」
「ありえますね。そして、愛理さんの体は状態異常をキャンセルする力が備わってしまっています。ですが、キャンセルされても指輪は戦闘終了まで効果を放ち続ける訳ですから、再び上書きされると。それをまたキャンセルして、上書きされて……その繰り返しエラーに陥ってるのではないでしょうか」
「つまり絶え間なく出し入れされてるみたいなもんか」
鳩尾を杖で抉られた。あの、ボス中なのに味方を攻撃するってどうなのよ、真面目に。
しかし、当人であるカマホモはマジでつらそうだ。立っていられないらしく、草原に膝を突き、呼吸を荒げて必死に声を押し殺してる。マジでエロいんですけどこのホモ。
「いや、どうすんだよこれ……おーい、カマホモ、生きてるかー?」
「な、なんとかっ、してっ……このままじゃ、あたま、おかしくなるっ……」
「何とかしろっつってもな。結城、状態異常回復魔法とか使ってみるか?」
「さっき使ってみたけど駄目みたい。どうしても上書きされちゃう」
「そっか。悪い、カマホモ、駄目だわ。諦めてそのまま生きようぜ」
「無理っ……こんなの、無理っ……死んじゃう……っ」
完全に余裕を失ったカマホモ。いつもの済ましたクール野郎が嘘のようだ。
でも、この状態って治しようがねえぞ。とりあえず、一つ考えついたアイディアを俺は口にしてみる。
「ライフゲージゼロにしたら治らねえかな?」
「可能性はあるかなー。魔物を仲間にするかどうかの判定までもっていければ、繰り返しエラーはなくなると思うし」
「そっか。じゃあ仕方ないな。河合、この哀れなカマホモに隕石一つぶち落としてくれや」
「えええ……こ、この状態の人に魔法を撃つのは人としてかなり心苦しいのですが」
「馬鹿野郎、人命救助だ。お前はカマホモがこのまま快楽死してもいいのか。それも個人的に見て見てえが、寝ざめが悪いだろ。つべこべ言わずにやれ、ハリーハリーハリー!」
「だ、駄目なんだっ……僕の体は、能力で、全属性抵抗しているからっ、魔法や物理攻撃じゃ、1しかダメージを、与えられなくてっ」
「え、何そのチート。じゃあお前、どうすればダメージ与えられるんだよ? 俺はさっきまでごりごりお前のライフゲージ削ってたじゃねえか」
「主人公のっ、力なら、防御無視で与えられるようにっ、設定してたんだっ、ひぅっ、それ以外は、1しか、通らなくてっ」
「駄目じゃねえか! もういいや、諦めようぜ。カマホモ、きっと明日になれば慣れてるよ。そういう人生もありだと思うぞ、俺は」
「そ、んなあ……た、助けてっ……なんでも、するからっ、このままじゃ、本当に頭がっ……」
必死に懇願するカマホモ。哀れを通り越して複雑な気持ちになる。女連中も顔真っ赤にして同情してるしよ。そんなにやばいのか。
しかたねえ、何とかライフゲージを削るか。俺はゲーム知識オタクの河合先生に問いかける。
「なあ河合、レベル3000万のライフゲージってどんくらいだよ」
「レベル3000万ともなると、完全にカンストですので……999999でしょうか。今は斉木君が半分程度削ってくれているので、500000くらいでしょうか」
「俺たちが一秒間に一発こいつを殴り続けるとして。四人で殴ったらどれくらいかかるんだ?」
「えっと……およそ35時間くらいですね」
「無理だな。こいつのライフゲージより先に俺の拳が砕けるわ。何か良い方法はねえかなあ……」
困ったと顔を見合わせて悩む俺たち。喘ぎ続けるカマホモ。
こいつは確かに気持ち悪い奴だが、良い奴だからなんとかしてやりたいが、さすがに三十五時間ぶっ通しなんて無理だ。
考え込んでいた俺だが、ふと視線に映し出された足元に縋りつくナリア。あ、こいつ虐めるの忘れてた。とりあえず頭をすっきりさせるためにこいつで遊ぶか。そんなことを考えてナリアを鷲掴みにした俺だが、ふと名案を思いつく。
大地に転がるカマホモの上にナリアをちょこんと置いて、俺はナリアに命令を下す。
「おい、お前の出来る限界まで速度をあげてそのカマホモの上で高速ジャンプを繰り返してみろ。ほれ、飛べ」
『ぷぴっ!』
俺の命令に応えるように、ナリアは目にも止まらぬ凄まじい速度でジャンプを始めた。
いや、目にも止まらないっていうか、残像すら見えねえ。なんだこの速度。冗談半分で命令してみただけなのに。
その光景を見てはしゃぐ結城。本当にこいつナリア可愛がってるな。サッカーボールの何が可愛いのやら。
「いいよっ、いいよっ、凄いよなりぽん! 流石レベル3000万の最強ナリアね!」
「ああ、そうか。こいつもカマホモにレベル引き上げてもらってたな。そりゃ早い訳だわ。すげえ速さだ、サイクルタイムどんなレベルだよ」
「ライフゲージ、少しずつだけど確実に減ってるね。この調子だと、十分後にはゼロになるかな?」
「おお、よかったよかった。そういう訳だ、カマホモ、あと10分頑張れ、そうすれば楽になる」
俺の言葉にカマホモはもう言葉を返す余裕すらない。時々ビクンビクン動くだけ。これ、マジでやばいんじゃねえかな色々と。
それから俺たちはカマホモに声援を送りながら時間が過ぎるのを待った。訂正、他の女の子たちは声援を送って、俺はひたすら茶化した。その度に顔を真っ赤にした河合に怒られた。セクハラは止めて下さいとか言われた、カマホモ同性だし別にいいだろうが。
カマホモにとって地獄の10分がようやく終わりを迎え、無事カマホモのライフゲージはゼロになった。
口から涎を垂らし、焦点の合わない瞳で空を見上げるカマホモ。なんかマジで色々と可哀想だわ。とりあえず、ライフゲージがゼロになっていることに気付かず、未だカマホモの上で飛び跳ねてドヤ顔してるナリアを全力で蹴り飛ばし、俺はカマホモに声をかける。
「おい、生きてるか? とりあえずライフゲージゼロになったけど、異常は収まったか?」
「……うん……私、ちゃんと生きてるよ……」
「落ち着け、自分見失い過ぎてて一人称が私になってんぞ。キャラ崩壊してんぞ、最後まで頑張れよカマホモ。というかこれ、ライフゲージゼロになったから俺たちの勝ちでいいんだよな?」
「……そうだね。私の……僕の、負けだよ。君たちの……勝ちだ」
カマホモの勝利を告げる声。微塵も盛り上がらねえ俺たち。
そりゃそうだ。こんなかつてないほどに酷い勝利なんて経験したことねえ。勝利の喜びよりもカマホモへの憐憫の方が大きいってどうなんだよ。
だが、カマホモの敗北宣言がされた刹那、世界が真っ白に塗りつぶされた。一色に染まった世界の中で、カマホモはゆっくりと起き上がり、俺たちに説明する。
「約束通り、君たちを元の世界へ戻すよ。君たちは見事僕に勝ったのだからね」
「いや、本当、悪い……もっと気持ちよく負けさせてやれればよかったんだろうけどよ……」
「ふふっ、構わないよ。綺麗に終わることばかり考えていたけれど……こんな終わり方も悪くないかもしれないね」
いや、悪過ぎるだろ。最悪の部類だろ。こいつどんだけポジティブシンキングなんだよ、未来に生き過ぎだろ。
少しばかり引く俺を置いて、カマホモは穏やかな表情で話を続ける。さっきまで延々あひあひ言ってたくせに、切り替えはええなこいつ。
「まもなく君たちの意識はゲーム世界から切り離され、元の体に戻ることになる。十日程度だったけれど、僕に付き合ってくれて本当にありがとう」
「やっと戻れるのか……もう二度とメアサガなんてこりごりだ。俺は一生マリモレーシング愛を貫くことに決めたわ」
「長かったようで短かったようで、本当に不思議な時間でしたね」
「私もなんだかんだいって七日くらいゲームの世界に入ってたんだよねえ。うん、一生の思い出ができたよ! ありがとう、愛理ちゃん!」
「楽しかったし、何より陽太やみんなと知り合えたし。学校行ってみようって思えるようになったし」
「そういう訳だ。まあ色々あったが……貴重な体験ありがとよ、カマホモ」
「礼を言うのは僕の方だ。ありがとう、斉木陽太君。河合玲夢さん。相坂智子さん。結城雪さん。君たちと出会えて、一緒に時間を過ごすことが出来て、一緒に笑いあえて――本当に幸せだった。君たちと過ごした時間を、僕は一生忘れないよ」
そう言って、カマホモはゆっくりと風景に体を溶けさせていく。足元からカマホモの姿が消えていく。
消え去ろうとするカマホモに、少しばかり迷ったものの、俺は軽く息を吐いて、カマホモに言葉をかける。
「おい! 今度会うときはそんな変な格好してねえで、『本当の』お前の姿で会いにこいよ!」
「……斉木陽太君」
「そうしたら、俺の家でマリモレーシングで対戦するぞ! 今度は俺の得意ゲームでてめえをボッコボコにしてやるからよ! お前はつまんねえって笑うかもしれねえけど、現実世界にはまだまだクソ楽しいことが山ほどあるんだって俺が直々に教えてやるわ! だから、今度会うときはくだんねえこと考えず、男同士笑って友達になろうぜ! また会おうな、『愛理』!」
俺の言葉に、カマホモは目を見開いて驚く。けれど、それも一瞬だった。
ゆっくりと表情を崩し、カマホモは――愛理は優しく微笑んだ。瞳に涙を湛えながら、本当に嬉しそうに笑って最後に『ありがとう』と告げて、消えていった。
風に溶けた愛理の姿を見届け、俺はわざとらしく息をついて言葉を漏らす。
「まあ、一方的に掻き回されて終わりってのもあれだしよ。あいつは俺の土俵でボコボコにしてやらなきゃ気が済まねえし……何だよお前ら、その顔は」
「いいんだよー! お姉さんは斉木君のこと、ちゃーんと分かってるからね! 良い子だね! 口は本当に悪いけど! 性格もひねくれてるけど!」
「それは良い子って言うんでしょうか……でも、これで終わりなんですね」
「なりぽんともお別れかあ……元気でね、なりぽん。私のこと、忘れないでね」
『むきゅ!』
ぴょんぴょんと跳ねるナリアをむんずと鷲掴みにし、俺は再び蹴りを放って空にアーチをかける。結城の叫びが木霊するが気にしねえ。
やがて、俺たちの体も足元からゆっくりと消えさっていく。どうやら結城が一番に消えるようだ。結城に俺は口を開く。
「じゃあな、今度は学校さぼってゲームなんてするんじゃねえぞ」
「分かってるわよ。ちゃんと約束守ってよ、一緒に遊ぶんだからね!」
「分かってるっつーの。同じボッチ仲間の河合もいるんだ、不安なんてねえだろ」
「人を勝手にボッチにしないでください! 私ちゃんと友達いますよ!?」
「それじゃ一足お先っ! まったねー!」
そう言って結城は姿を消した。最後までやかましいポメラニアンだったわ。
軽く息を突く暇もなく、次に消えるのは先輩だった。どうやら俺と河合は最後のようだ。
「ゲームの世界を実際に体験できたし、私的には最高時間だったかな! 学校もサボれたし、ゲームいっぱいできたし、何よりみんなと知り合えたし!」
「本当に前向きに廃人な先輩だな……まあ、色々助かったよ。サンキューな、先輩」
「本当にお世話になりました」
「いいのいいの! それよりも学校でまた沢山お話しようね! 折角だから、みんなで部活でも作って活動するのも楽しそうだよね!」
「部活って、あんた三年だろうが。もうすぐ受験だってのにしっかりしろよ。ま、その辺りの話も追々な」
「にゃはは! それじゃ二人とも、またね! メアサガは永遠に不滅であります!」
廃人らしく最高に突き抜けた別れの言葉で先輩は去っていった。多分あの人、一番人生謳歌してるよな。
そして、最後に残された俺と河合。つっても、残り時間なんてほとんどねえんだけどな。
肩を並べて立ちながら、河合はそっと俺に言葉を紡ぐ。
「……本当に、終わったんですね」
「ああ、終わったよ。ようやくこんなアホみたいな世界ともおさらばだわ。最初はどうなることかと思ったがなあ」
「ふふっ、斉木君、約束してくれましたからね。私を元の世界に戻してくれるって。ちゃんと果たしてくれました」
「当たり前だ。俺は約束は守る主義なんだよ」
河合とのちょっとした会話がこそばゆい。正面からこいつの顔を見られねえのは、その、あれだ。
流石にキスして、こうやって全てが終わったと考えると、意識するに決まってるわ。カマホモと違ってこいつは異性、それもとびっきりの美少女だ。意識しない訳がねえ。
体が消えていく中で、やがて河合は穏やかな声で語っていく。
「元の世界に戻ったら、眼鏡を止めてコンタクトにしてみようと思います」
「そっか。それでいいんじゃねえか、お前真面目に可愛いからよ。男子連中も驚くぜ」
「他の男子はどうでもよくて、斉木君の感想だけが知りたいからそうするんですって言ったら、どう思います?」
「うわ、超めんどくせえ奴だなオイって思う」
「そう言うと思いました」
怒るかと思ったら、笑ってやがる。本当に不思議な奴。
こんな姿も、魅力的なんじゃねえかと思わせてきやがる。魔性の女だわ。
考えてみれば、見た目とか身体つきとか以外で女を意識するって初めてかもれねえな。まあ、悪くはねえと思う。
俺はひねくれものだから、この感情を正確に言葉にする勇気なんてまだ持てねえけど。今は、こんな会話で悪くないと思う。
ゲームの世界に閉じ込められて、ただのクラスメイトだった河合と沢山時間を過ごすことで育ったこの気持ち。これがどんな花を開かせるのかは全く想像つかねえけど、今はこれで良いと思う。
「斉木君、私が手を繋ぎたいって言ったらつないでくれますか?」
「一回キスしたくらいで彼女面すんなめんどくせえ奴だなって言い返す」
杖を頭にフルスイングされた。薄れゆく意識の中で楽しそうに笑う河合。
こいつとこれからの日常を過ごしていけば、きっといつか、この気持ちに対して真正面からぶつかれると思う。その勇気が持てると思う。
だから今だけは思う存分茶化させてくれ。そういうのは俺のキャラじゃねえんだ――俺が恋愛云々なんて口から砂糖吐くわ、ばーか。




