18.覚醒
俺たちとカマホモはホームギルドを飛び出し、いつものナルミノ平原に足を運んでいた。
十分街から離れたのを確認し、なりぽんとは違うナリアを蹴飛ばしながら、俺はカマホモに口を開く。
「このくらい街から離れりゃいいだろ。レベル3000万同士のぶつかり合いだ、演出とか派手になるだろうし、他のやかましい連中に横からぎゃあぎゃあと邪魔されたくねえしな」
「ああ、他のプレイヤーのことを心配していたのかい。それなら問題ないよ、彼らは今この世界から除外しているから」
「どういうことだ?」
「言葉通りだよ。主人公とヒロインは揃い、僕がラスボスで確定した今、他の連中なんて必要ないだろう? 彼らには申し訳ないが『メアサガ』の世界から出て行ってもらったよ。一週間ほど前からログイン不可状態が続いている筈さ」
「……一週間ネトゲがログインできねえってどうなんだ? やべえんじゃねえのか?」
「会社倒産待ったなしだね! うわーん! 私のメアサガがー!」
悲鳴をあげる廃人先輩。ネトゲ卒業できてよかったじゃねえか、この機会に普通の女子高生に戻ればいいんじゃねえの。
しかし、他の連中いねえならやりやすいわ。俺はカマホモに指を指し、最後に確認を取る。
「いいかカマホモ、先にこれだけは約束しろや。俺たちがてめえのライフゲージをゼロにしたら、俺たちを絶対元の世界に戻せ!」
「もちろん、約束は破るつもりはない。もし君たちが勝てば、そうなるように既に設定してあるからね。僕の命は消え、君たちは元の世界に戻されることになる」
「いや、そういうの止めろよマジで……俺たちが元の世界に戻るのと引き換えにお前が死ぬって、寝覚め悪過ぎるだろ馬鹿野郎。俺たちは気持ちよく元の世界に帰って学園生活謳歌してえんだよ。つーわけでカマホモ、死ぬのはなしだ。滅びるのもなしだ。そういうのは俺たちが寿命で死んだ後で好きなだけやってくれや。今からほんの80年くらい待て、いいな、絶対だからな」
「……ふふっ、いいよ、分かった。僕が負けたら、君の生涯を見届けた後にどうするか考えることにするよ」
カマホモの言葉に安堵する俺。本当にヤンホモは考えが極端だから困るわ。
俺は別に本気でカマホモ殺したい訳じゃねえんだよ、ただ俺の視界に映らないところでそういう系が好きな男に媚び売ってればいいんだよ。
話はまとまり、俺はカマホモに最後の作戦タイムとして少しばかり時間をもらうことにした。それをあっさり了承するカマホモ。こいつ、優しいというか、本当に良い奴過ぎる気がする。まあ、自分が負けるなんて微塵も思ってない裏返しなのかもしれねえけど。
時間をもらった俺は、河合と先輩と結城を集めて早速対カマホモの作戦を話し合うことにするが。
「さて、どうしよう。勢いで最終決戦なんて言っちまったものの、あいつを倒す名案が何もねえ。マジどうすっかな」
「何も良案がないのに最終決戦だなんてふっかけたんですか!? あの自信に満ちた挑戦状はいったい何だったんですか!?」
「カマホモにあまりにいらっとしたから、ついかっとなってやった。反省なんてしねえ。おら、そういうときこそお前たちの出番だろうが。俺に代わって良い案だせや。時は金なり、タイムイズマネーだ」
「ううん……レベルを3000万まであげてもらったから、強い魔法は撃てるけど、当たるのかなあ……」
「動きを止めてくれるなら当てられるかもしれないけど……ひょいひょいって避けそう」
「斉木君、愛理さんに素で魔法を当てるのは至極困難かと……」
みんな揃って無理無理無理。本当に使えねえ、無理って意見は何も意見出さないのと同じなんだよ。できません、を言うなら対案出さねえと意見として認められねえんだよ。しかたない、やはり俺がなんとか体を張るしかねえようだな。あのカマホモを止めるのは俺しかいねえ。
俺は早速河合たちに対カマホモ用の作戦を告げる。
「とりあえず、俺がカマホモの動きを止めるわ。俺が合図を出したら、お前らカマホモに最大級の魔法とかスキルをぶちかませ」
「分かりました。斉木君、愛理さんの動きを止める策があるんですね?」
「当たり前だ。顔と胸と尻しかねえあなたとは違うんです。トラストミー」
杖で背中を殴打された。ああ、久々の激痛だわくそが。
背中をさすりながら、作戦会議を終えた俺はカマホモへと一人近づく。他の三人娘はいつでも魔法やスキルを唱えられるように臨戦態勢だ。
悠然と微笑むカマホモに、俺は挑発するように語りかける。さあ、食い付けよ、カマホモ。
「それじゃ始めるか。カマホモ、まずは俺が相手だ。俺とテメエのタイマンだ」
「いいのかい? 四対一じゃなくても」
「戦いの作法ってもんを知らねえのかてめえは。まずは大将同士を戦わせるか陣立てを争うかだろうが。本当に歴史を知らねえカマホモだな、街亭の山頂に陣立ててドヤ顔するぞこの野郎。俺とお前のタイマンバトルで手の内を見ようとしてるんだよ。てめえがどのくらい強えのか、戦って肌で感じてみねえと対策の立てようもねえからな」
「なるほど。君がそれでいいなら構わないよ。さあ、始めようか、僕の主人公様」
「先に言っておく。俺は段階的に力を上げていくボスキャラが死ぬほど嫌いだ。『今は30パーセントかな』『これが60パーセントだ』なんて段階踏んでツエー演出とか要らねえ、時間の無駄だ。そういうのは絶対に止めろ。最初からフルパワーでこいよ、カマホモ」
「ふふっ、君はせっかちだからね。安心してほしい、僕は何も出し惜しみをするつもりはない――みせてあげよう、異界にて『絶望の神』として恐れられた僕の真の力を!」
台詞を言い切った直後、カマホモの体から紫色の光が解き放たれ、嵐のように吹き荒れる。
そして、カマホモの身を包もうとした刹那――俺はカマホモのボディに全力タックルをしていた。驚きの表情を浮かべるカマホモに俺はしてやったりの笑みを浮かべて言い放つ。
「ひっかかったなアホがァ! 誰が最終形態への変身なんぞやらせるかバーカ! てめえが動けなくなるであろうこの一瞬の隙を狙ってたんだよ! ヒャッハー! 良い顔して驚いてくれるじゃねえか! それだよ! てめえのその絶望の面が見たかったんだよ俺はよぉ!」
「いや、君が自分から抱きしめてくれたことに驚いてね……胸が高鳴ってしまうね」
「いやあああああ! この状況でも気持ち悪いこと言ってるううううう! おら、河合! 先輩! 結城! 今だ! この隙に魔法をぶち込むんだよ! 早く魔法をぶち込んでくれないと魔法より先に俺の尻に別のモンがぶち込まれちまううううううう!」
「ええええ!? そ、ソロバトルじゃないんですか!? そ、それにこの状態で魔法撃つと斉木君まで巻き込んで……」
「間の抜けたこと言ってんじゃねえ! 俺がライフゲージゼロになっても、カマホモも一緒にゼロになれば俺たちの勝ちだろうがよ! いいからさっさと撃て! 俺の命を無駄にすんじゃねえ!」
「斉木君……」
覚悟を決めたのか、河合たちは呪文の詠唱に入る。ふん、それでいいんだよ。
俺は必死にカマホモを抱きしめたまま、口元を歪めて笑いかける。いくらカマホモでも、同レベルの最大級魔法を喰らって無事では済まねえだろう。
「悪いがカマホモ、お前とのくだらねえゲーム遊びもこれまでだわ。お前みたいな化物のライフゲージをゼロにする方法がこれくらいしか思いつかねえのが癪だがよ」
「ふふっ、てっきり女の子の誰かにこの役目を押し付けるかと思っていたんだけどね」
「あ? カマホモを抑えるなんて重要な役をあんな頼りにならんアホ娘どもに任せられるか。俺はあいつらを微塵も信用してねえんだよ、俺が信じるのは自分だけなんだよ」
「本当に素直じゃない。だけど、そういうところも好きだよ。君のひねくれた優しさに、きっと河合君も――」
「長話は終わりだ! 俺と共に地獄へいこうぜええええええええ!」
河合たちの詠唱が終わり、俺たちの頭上に三人娘の解き放った魔法が発生する。
俺達の頭上に現れたのは、大きさにして一キロはありそうな巨大な隕石と氷岩。あれ? なんかでかくね? オーバーキル過ぎね?
あいつら、マジで容赦ねえな……いや、撃てって言ったのは俺だけどよ、もっとこう、優しい魔法とかねえのかよ。こんなの死体も残らねえよ。
まあいい、短い別れだ。すぐに頭から蘇生薬ぶっかけてもらえばカマホモだけゲームオーバーだ。
俺たちの降り注ぐ巨大魔法を見つめながら、俺は勝利の瞬間に胸を躍らせていたのだが。
隕石と氷岩が衝突する瞬間、カマホモの姿が消えた。カマホモだけじゃねえ、俺の姿も消えた。
そして、気付けば空の上。隕石たちが大地に着弾する様子をカマホモにお姫様だっこされながら見つめる俺。わあ、綺麗。というか、マジで衝撃凄えな。あんなもんくらったら死ぬどころじゃねえぞ。爆風でもゲームオーバーだわ。
「あれがレベル3000万の魔法かよ……現実世界だったら、大惨事だぞ」
「君たちの力は僕と同等に引き上げているからね。もし、現実世界にもどったら、君たちは一人でも世界を滅ぼせる力があることは約束するよ」
「要らねえよ、そんな力より良い女にもてる力をくれ。そしてカマホモ、何でてめえ避けてやがる。あの流れは魔法食らう場面だろうが。マジで空気読めねえカマホモだわ。しかも俺を何抱いてやがる、さりげなく尻を触ってんじゃねえぞくそが」
「僕に奇襲はあまり意味を為さないことが分かってもらえたなら嬉しいよ。それじゃみんなに蘇生薬を配ってくるといい」
「あ? どういうことだ?」
着陸して、笑顔で俺を解放するカマホモ。
そして、大地に転がって目を回している河合たちを見て、俺はようやく言葉の意味を理解した。こいつら、自分の魔法に巻き込まれてライフゲージゼロになりやがった。何してんだこいつら……残念過ぎて言葉もねえよ。
河合の腰に下げている道具袋から蘇生薬を取り出し、三馬鹿娘の顔面に容赦なくかけてやる。ドロドロの液体をこれでもかとかけてやる。やだ、すげえ楽しい。興奮するじゃねえか。これ、冷たい上にスースーするんだよな。
突如ぶっかけられたことに変な悲鳴をあげて目を覚ます河合たち。びしゃびしゃになった河合たちに、俺は弄りに弄り倒してやることにした。
「あれ? そこにいるのはもしかして自分の放った魔法に巻き込まれてライフゲージゼロになっちゃった河合さんと相坂先輩と結城さんじゃないっすか? チース! さすがSSランクギルドの魔法使いともなると、あまりの魔法の威力に自分まで傷ついてしまうもろ刃の剣なんスね、マジぱねーっす!」
「ううう……すみません」
「いやあ、まさかフルパワーで撃つとあんなに威力が出るなんて思わなかったよっ」
「わ、私は違うでしょ!? 私は魔法撃ってないもん!」
「俺がどれだけ歯を食いしばってカマホモに抱きついて動きを止めてたと思ってるんだ。魔法は外すわ、自爆するわ、コントしてんのかお前らは。もういい、そこで大人しく俺の戦いを見てろ。あのカマホモは俺が潰す」
役立たずどもを置いて、俺はカマホモへと向き直る。
俺たちが会話している間に、どうやらカマホモは力を完全に解放したらしい。身体中を紫の闘気が包んでやがる。これが百パーセント中の百パーセントのカマホモか。
単身で向き合う俺に、再びカマホモが先ほどと同じ問いかけを行う。
「いいのかい? 四対一じゃなくても」
「戦いの作法ってもんを知らねえのかてめえは。まずは大将同士を戦わせるか陣立てを争うかだろうが。本当に歴史を知らねえカマホモだな、街亭の山頂に陣立ててドヤ顔するぞこの野郎。俺とお前のタイマンバトルで手の内を見ようとしてるんだよ。てめえがどのくらい強えのか、戦って肌で感じてみねえと対策の立てようもねえからな」
「先ほどは一対一とみせかけて奇襲してきたけれど」
「ああ、あれ無かったことにしてくれ。あんな恥ずかしい結果しか出せない女どもに任せた俺が愚かだった。河合って本当に恥ずかしい痴女だわ。本当に河合ってクイーンオブ痴女だわ」
背後から河合のヒステリックな叫び声が聞こえるが流すことにする。決して振り向くのが怖い訳じゃねえからな。
しかし、まあ、予定通りと言えば予定通りだ。もともとこうして俺がソロバトルしてこいつの実力を測る予定だったからな。
カマホモに向けて、俺は両拳を握り、腕を曲げて肘を横腹に当てる。そして、ニヤリと笑ってカマホモに語りかける。
「てめえの本気は見せてもらった。流石レベル3000万だ、桁が違うな。けどよ、悪いな――俺もレベル3000万なんだよ」
「ふふっ、今度は何を見せてくれるんだい?」
「てめえが本気を見せてくれたように、今度は俺の本気を見せる番だろう? 見てろよ、これが俺の本気だ。ハァァァァァァァァァ!」
腰を落とし、声を吐き出すように叫びながら俺は己の体の力を高めていく。
そう、奴がそうしたように俺も己の力を解放すればいい。レベルを3000万まで引き上げてもらったならば、あとはそれを引き出すだけ。
戦闘物の主人公の如く、力を高め続ける。このままCMに突入してしまいそうなほどに長い時間をかけ、やがて俺は声を止め、口元を歪めてカマホモに自信満々に言い放つのだ。
「待たせたな、カマホモ――これが俺の百二十パーセント、言うなれば斉木陽太を超えた最強の斉木陽太ってところかな。こうなった以上、てめえと俺との差はねえ。始めようぜ――最強と最強の決戦をな!」
「嬉しそうに言っている中、本当に伝えにくいのだけど……何もしなくても、君は既に最強の力が出るようになってるから、力の解放とかそういうのはないんだ……ごめんね、もう少し配慮すべきだったね」
「え? じゃあ俺がさっき時間かけて力溜めたのは? 俺の覚醒シーンは? 超戦士への目覚めは?」
「……時間の無駄だったとしか」
背後から河合たちの吹きだす声が聞こえたが、無視した。相坂先輩と結城なんか腹を抱えて笑ってるがそれも無視した。
顔を真っ赤にして、俺はカマホモに拳を握って駆けだすのだった。リキを込めて力を引きあげるのは男のロマンだろうが、それを理解できんカマホモなんぞぶっ潰してくれるわ!
神の石が淡く光り輝きました。
属性『覚醒』を石に記録します。
(屮゜Д゜)屮