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17.王道








 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『王道』を石に記録します。





















「みんな揃ったようだな。それじゃ、さっそく話し合いを始めようか」


 机に座った大切な仲間たちを一度見渡し、全員の表情を確認してから俺はこれからの冒険についての話し合いを始めた。

 まずは昨日の冒険の反省からだ。昨日みんなで潜ったダンジョンとボス戦の内容について振り返る。


「昨日冒険したトリエラの洞窟、最奥のボスは何とか撃破できた。これもみんなが一致団結したからこその結果だ。本当によく頑張ってくれたね。愛理、昨日は危ないところを魔法で助けてもらって感謝しているよ」

「何、構わないよ、斉木君。君の窮地を救うことが僕の役目なんだからね」


 にこりと笑って返ってくる愛理の言葉に、俺は笑い返すしかない。

 愛理はいつもそうだ、どんな大変なことでも何でもないように言ってくれる。それがどんなに俺の心を救ってくれたことか。

 本当に俺は頼もしい仲間に恵まれたと思う。愛理だけじゃない、玲夢も、智子先輩も、雪も、俺にとって決して失いたくない大切な人だ。

 だからこそ、今度は守られるんじゃなくて、守りたいと思う。まだまだ弱い俺だけど、彼女たちをこの手で守れるくらいに強くなりたいと願う。

 密かな誓いを胸に抱いている俺だったが、ふと視線を上げると、玲夢の表情がさえないことに気付く。眉を顰めてじっと俺を見つめていた。

 疑問に感じた俺は、迷うことなく玲夢に問いかける。


「どうしたんだ、玲夢。難しい顔をしているけど……もしかしてどこか体の具合でも悪いのか? 昨日はあんなに激しいボス戦だったんだ、もしつらいならゆっくり休んでいても構わない」

「いえ……あの、何かおかしくありませんか? この一週間ほどなんですが、何かというか、全体的に……」

「おかしい? 何もおかしくはないと思うけれど……愛理、何かおかしなところはあるかな?」

「いいや、何もないよ」

「そ、それもおかしいです! よく分からないですけど、斉木君が私を玲夢って呼ぶところも、愛理さんを愛理って呼ぶところも、何か違います!」


 突如声を荒げた玲夢に俺は首を傾げるしかない。

 大切な仲間を名前で呼んでいるだけなのだけれど、それが玲夢には違和感を覚えているという。

 俺は困りながらも、正直な胸の内を玲夢に告げるしかない。


「落ち着いて、玲夢。玲夢も愛理も俺の大切な、かけがえのない仲間なんだ。その人を名前で呼ぶことがそんなにおかしいかな?」

「なんか落ち着きません! 分かりませんけど、すごくもやもやします! 以前の斉木君はもっとこう……違った気がします! うう、なんだろうこの頭に靄がかかったような感覚……相坂先輩や雪ちゃんは何も感じませんか!?」

「そう言われてみれば、何だか斉木君、感じが違うような……あれ? なんでだろ?」

「よく分かんないけど、陽太が陽太じゃない気がする……陽太なのに、前からそんな風だったはずなのに、何か違う気がする」

「ほら! そうです、何となくですが欠片が見えてきました! 斉木君はもっと横柄で乱暴な人だったはずです! そんな他人に対して大切な仲間だとか、ましてや心配するような人間じゃなかったはずです!」

「困ったな……玲夢の言っていることに同意してあげられないのが心苦しいけれど、一つだけ訂正させてくれ。俺は玲夢を他人だなんて思ったことは一度もない。そして思うつもりもない。今も、そしてこれからも、玲夢は大切な人だから」

「気持ち悪いですっ! ……あ、ご、ごめんなさいっ!」


 俺の声はあっさりと玲夢に一刀両断された。

 申し訳なさそうに謝る玲夢の姿に、こちらが逆に謝りたくなる。彼女の心の苦しさを何とか解き放ってあげられればいいんだけれど。

 少し考え、俺は玲夢に提案を行ってみる。


「そうだな……例えば玲夢、俺がどんな風にみんなに接すれば自然に感じるだろうか。試しにやってみようと思う。玲夢の心が軽くなるのなら、俺はなんだってやってみせるから」

「き、気持ちわ……いえ、ではそうですね……試しに私を『めんどくさい廃人女』と、愛理さんを『カマホモ』と呼んでもらえますか」

「そんな酷いこと言える訳ないだろ! 大切な女の子にそんな名前で呼びかけられる奴なんてこの世界にいるものか!」

「い、いたんですよ!? 更に言うなら『使えねえ』とか『死ねよ』とか『ボケが』とか言ってる人が確かにいたんですよ!? お願いします! 一度で、一度でいいんで私に暴言を吐いて下さい!」

「絶対に嫌だ! 他の誰でもない玲夢を傷つけるなんて俺にはできない! 好きな女の子相手に、そんなこと言える訳がないだろ!」

「気持ち悪い斉木君に言われても微塵も嬉しくありませんっ!」


 全力で俺を拒絶する玲夢。どうしてだ、昨日までは普通だったのに……俺、何か彼女を傷つけることしたんだろうか。

 そんな玲夢に呼応するように、やがて先輩や雪まで似たような言葉を言い出してしまう。


「斉木君、斉木君。玲夢ちゃんの言う通りだよ。言われてやっと違和感に気付けたけど、今の君は何か違うんだよね。何と言うかこう、凄く素敵なんだろうけど……胸がぐっとこないっていうか。教科書通りの男の子っていうか……前の斉木君はもっと無茶苦茶だった気がするんだよね」

「私もそう思うよ。今の陽太、一緒にいてうーんって感じだもん。ちょっと楽しくない。ね、なりぽん」

『ぷぴっ』

「みんな……どうしてそんなことを言うんだ。俺は俺じゃないか……愛理、みんなの様子が変だ。どうしてこんなことを……」

「気にすることはないよ、斉木君。みんなゲームの世界に閉じ込められて長いからね、疲れ果てているんだよ」

「――そこですっ! 愛理さん、どうしてさっきから斉木君のことを『斉木君』と呼んでいるんですか!? いつもなら『僕の主人公様』とかフルネームで呼んでいる筈じゃないですか! そうです、だんだん思い出してきました。一週間前、愛理さんの寝室に襲撃をかけようとした日から色々とおかしくなったんです! 愛理さん、斉木君に何かしましたね!?」

「へえ? なるほど……ちょっとやそっとじゃ解けない暗示をかけていた筈なのに。玲夢さん、どうやら彼への想いは君が抜きんでいているらしい。ふふふっ、流石はメインヒロインといったところかな」

「暗示……やはり、斉木君を変にしたのはあなたですか!」

「暗示? どういうことだ、愛理」


 全く話についていけず、俺は縋るように愛理に視線を向ける。だが、愛理はまるで俺を下らないものを見るかのように鼻で笑う。

 それは俺の知る温かい彼女の顔とは全く別のものだった。どうして。理解できない俺を置いて、愛理は玲夢と会話を続けていく。


「僕が『これ』の呼び方を変えているのは当然のことさ。こんな贋作は僕の求める主人公様じゃない。僕の心を掴んで離さない『斉木陽太』の姿じゃない。そう、彼に強制的な暗示をかけたのは僕だよ」

「どうしてそんなことを……」

「君たちの彼への想いを再確認したかったからかな。全員が暗示を破り、違和感を覚えるとは、想像以上の成果だ。そして玲夢さん、君が望むなら、斉木陽太君をこのままにしてあげても……」

「ぜっっっっったいにお断りです! こんなの斉木君じゃありません! こんな綺麗で地球に優しいクリーンエネルギーで王道主人公な人なんて要りません! 元の粗暴で乱暴で自分勝手で我儘で最低最悪のチンピラ悪魔みたいな斉木君を返して下さいっ!」


 とりあえず、玲夢に酷いことを言われているのだけは分かる。状況が理解できなくてもそれだけは分かる。

 けれど、俺が二人の会話に口を挟むことは許されないことは肌で感じている。愛理も玲夢も俺を見ていない。俺じゃ駄目なんだ。

 憤る玲夢に、愛理が楽しげに笑って話を続けた。


「ならば、何とかして彼の人格を取り戻すしかない。玲夢さん、主人公の心を取り戻す役目はメインヒロインの役目なのだから」

「わ、私がやるんですか!?」

「当然だろう? さあ、頑張って彼の心を呼び起こすんだ。何、難しいことはない。彼の心の奥底にある、君への想いをゆり起してあげればいいんだ。他の誰でもない、河合玲夢という女の子の存在を斉木陽太君に感じさせてあげればいい」


 愛理の言葉に、玲夢は困り果てたように悩む。玲夢の力になってやりたいのに、今の俺はなんて無力なんだ。

 やがて、何かを考えついたらしく、玲夢は顔をあげ、俺へと向き合う。河合玲夢、とても綺麗な女の子。俺の守りたいと願った少女。

 その瞳に今、俺は映されていない。彼女は俺の奥のもう一人の俺を見ている。けれど、それでもいい。例え俺のことは見ていなくても、その瞳に俺の姿が形だけでも映し出されているならば、それで。

 玲夢は軽く息を吸い込み、俺の奥に眠る『もう一人の俺』へ向かって語りかけた。


「斉木君、あなた言いましたよね。私にウェディングドレスを着せてくれるって。期待していませんでしたけど、やっぱりあれって口だけだったんですね」

「玲夢、何を……?」

「それと斉木君、最近雪ちゃんと距離が近すぎませんか? 仲が良いのは素晴らしいことですけれど、髪を触ったり撫でたりするのはどうなんですかね。私、そんなこと一度もされたことないんですけどね」


 玲夢の言葉に、俺の体がぴくんと跳ねる。なんだ、今、俺の中で何かが鼓動した。

 まるでもう一人の俺が胎動しているかのように、胸の中で何かを叫んだような気がする。俺を置いて、玲夢はどんどん喋り続ける。


「斉木君、私のこと顔は良い顔は良いって褒めてくれるのは凄く嬉しいんですが、その言葉は相坂先輩にも雪ちゃんにも言ってますよね。結局一定水準あれば斉木君って誰にでも可愛いって言うんですね。斉木君にとって顔が良いっていうのは別に特別褒めているわけじゃないんですよね」

「う、あ……な、なんだこの心の奥底から蠢く負の感情は……!? や、やめてくれ、玲夢、俺の中で何かが、何かが暴れてるっ!」

「最近私よりも相坂先輩や雪ちゃんと遊んでばかりですよね。私に面倒事ばかり押し付けて、放置ですよね。多分一緒にいる時間を平均したら、最近は私ダントツで少ないんじゃないですか。別に常に一緒にいたいなんて思いませんけど、全然思いませんけど、多分時間にしたら少ないですよね」


 熱い。胸の中でどすぐろい大蛇がのたうち回ってる。まずい、抑えられない、駄目だ、このままじゃ。

 限界を迎え、膝を突く俺に、玲夢はトドメとばかりに最後に言葉を紡ぐのだ。


「斉木君、相坂先輩のこと智子って呼んだことあるのに、私のことは玲夢って呼んでくれたことありませんよね。私の方が長い付き合いなのに、先輩が先に名前で呼ばれてるんですね。それって何か変ですよね」


 ――爆ぜた。俺の中で黒き炎が光を伴って爆ぜ、全身を熱で焦がし尽した。

 そして、薄れゆく俺の脳裏に映し出される幻。それは俺と玲夢……河合が二人で過ごしている未来の光景。


 ある休日。家でゴロゴロしている俺に、『今日のご飯は何がいい?』と笑顔で問いかけてくる新妻の河合。

 その問いかけに『何でもいい』と答えた瞬間、不機嫌になる河合。理由を訊くと『何でもいいが一番困る』。機嫌が戻るまで一日かかった。


 また別の幻視。

 明日は記念日だねと言われ、何の記念日か思い出せない俺に、河合は不機嫌になって告げる。

 『明日は二人で初めて遊園地にいった記念日だよ。忘れてるなんて思わなかった』。機嫌が戻るまで三日かかった。


 またまた別の幻視。

 急遽、会社の飲み会が入ってしまい、家に帰るのが遅れてしまい、晩飯も一緒に食えなくなってしまった。

 家に帰ると、河合はお疲れ様と言いながら、今日の晩飯のメニューをこと細かに俺に延々語ってくるのだ。

 『今日は斉木君の大好きなオムレツでした』『作るのに沢山頑張りました』『でも食べてもらえませんでしたけど』。機嫌が戻るまで一週間かかった。


 それから次々に映し出される河合と過ごす日々。

 その幻視の余りの重さに耐えきれず、俺の中でもう一人の俺が殻を破り、心の叫びと共に甦った。

 たった一つの言葉、それを河合に伝えたかったから――俺は河合のために、再びこのクソみてえな世界に舞い戻って来たのだから。


「めんどくせえええええええええええ! どんだけめんどくさい系極めてんだよお前はぁ!?」

「さ、斉木君っ! 斉木君なんですね!?」

「おい、河合! いちいち記念日を設定するのは構わねえが、それを俺に強要するのは止めろ! 本気で殺意芽生えたぞ!」

「復活していきなり訳の分からないこと言わないでくださいっ! でも、よかった……いつもの斉木君です」


 心から安堵したように、河合はほっと息をつく。安堵したのは俺だよ、あの河合との新婚生活とか地獄過ぎるだろ。ストレスで禿げるわ。

 俺の復活を心から喜ぶように、集まってくる三人娘。愚民どもめ、やはり俺という素晴らしき指導者がいねえと元の世界に戻れねえようだな。

 そんな俺たちに拍手を送ってくるのはカマホモだ。満面の笑みで、俺たちに賛辞の言葉を送った。


「見事、実に見事だよ。キスの一つでもして斉木陽太君に意識させるかと思ったら、まさか自分の印象である『めんどうくささ』で彼の負の感情を揺り起すとは。その機転の素晴らしさ、やはりメインヒロインは君しかいないようだね、河合くん」

「キ、キスとか無理です! そういうのはちゃんとした場所で、ムードとかもあって……」

「しゃーらっぷ! 河合の乙女語りなんぞどうでもいいわ! とりあえずてめえは死ねえ!」

「あわわっ! なりぽーん!」


 結城の腕からナリアを奪い、俺はそのナリアを全ての元凶めがけて蹴りつける。だが、奴はそれを予期していたようにすっと回避した。ちっ、宣戦布告失敗か。しかし、俺の怒りは伝わっただろう。

 俺は全力でカマホモを睨みつけながら、牙を向いて言葉を紡ぐ。


「てめえ、やってくれやがったなカマホモ……まさか俺を洗脳して吐き気を催すような良い子ちゃんキャラにしちまうとはな。最低だ最低だとは思ってたが、人の心を操るなんざ、そこまで汚え手を使いやがるとは思わなかったぜ!」

「君も人の寝込みを襲おうとしたのだから、イーブンだと思うけれどね」

「うるせえ! 俺が汚え手を使うのはいいんだよ! だがてめえは駄目だ! 俺は幾らでも卑怯な手は使うが、てめえは堂々と勝負しやがれボケナス!」

「ああ、最悪なことこの上ない台詞なのに、斉木君を感じて安堵する自分がいる……」

「いいよ! 最高に格好悪いよ斉木君! それでこそ斉木君だっ!」

「頑張れ頑張れ陽太っ!」

「おうよ、俺をしっかり応援しやがれ下僕ども! さあてカマホモ、覚悟はできてんだろうな? ここまでやったからには、もう俺の心にテメエへの情けはねえぞ?」

「袋にしようとしていた時点で微塵もないと思うんだけど。ふふっ、さあ、この僕をどうしてくれるんだい、僕の主人公様?」

「決まってんだろ! いますぐてめえをぶっ潰して元の世界に帰ってやるわ! 表へ出ろやカマホモ野郎! 最終決戦じゃボケ!」


 地面に転がってきて『駄目だったよ』という情けない顔をするナリアを再び鷲掴みにし、カマホモの顔面へナリアをシュート。また避けられたがまあいい。

 もうこいつだけは絶対に許せねえ。どんな手を使っても地獄を見せてやる。

 お前にも河合との新婚生活の幻を見せてやるわクソカマホモがあ! あまりのめんどくささに本気で胃に穴が空くかと思うくらいストレス溜まったわ!


 河合玲夢、こいつは世界有数レベルのめんどくさいんヒロインだ。マジめいんヒロインだわ。

こいつの人生という名の物語のヒーロー役はマジ哀れだわ。主役が誰かは知らねえが、新婚生活を哀れんでたんぽぽ一輪くらいなら送ってやってもいいわ。











( ・ω・)=つ≡つ

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