表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

10.成長







 なんか腹の調子が悪い。腸の底から錆びついたモーターの回転するような音がする。

 こう、ビック・ボムがでそうという訳ではないけど、腸の中が気持ち悪い感覚。なんか昨日悪いもん食ったっけな。もしやカマホモの呪いか、やっぱカマホモは滅ぶべきだわ。

 俺の前を歩いて『エルーリア時空』について嬉々として説明してる河合がいるが、ぶっちゃけどうでもいいわ。こんなジャングルみたいな緑生い茂った森林民族など微塵も興味ねえ。

 河合がなぜ初期種族にエルフを選んだのか語っているのを適当な相槌で流しながら、俺たちは河合の所属するチームのホームギルドとやらに足を運んだ。

 辿り着いたホームギルドの建物、カワ塩丸と一緒にそれを見上げて素直な一言。


「ボロいな。なんだこの粗末な一軒家。先輩の家が金持ちの別荘なら、この家は築五十年訳あり物件って感じだわ」

「しかたないじゃないですか、ギルドランクが違い過ぎるんですから……SSと比べられても困ります」

「ふーん、ランクで家が決まるのか。そりゃ少しでも良いランクにしようとする奴、ランクの高いところに入りたい奴が増える訳だわ」

「それじゃいきましょう」


 先を行く河合に続いて俺も建物の中に入る。もちろん、なんこつ丸は外に留守番だ。

 十二畳くらいの小さい建物の中に、持ち主の性格が出ているかのように綺麗に整理整頓された装備やアイテムたち。杖やらローブばっかだから、河合のアイテムなのかね。

 しかし、中には俺たち以外誰もいないな。ホームギルドっていうから、河合以外の他のメンバーも一人くらいいるかと思ったんだが。

 一度疑問が湧きでたら、追求しなければ気が済まないのが俺という人間。知識の探求を忘れない俺は河合に早速そのことを訊ねかけた。


「他のメンバーは来てねえのか? まあ、平日で時間が時間だし、学生やら日勤の社会人はいるわけねえけど」


 俺の問いかけに、道具を整理していた河合の動きが止まる。

 あれ、なんかすげえ嫌な予感する。割と強烈な地雷を踏み抜いたような、そんな予感。最近の俺のこういう感覚は当たるんだよな……勘弁してくれよ。

 時間巻き戻せねえかな、なんて考えていたが、結局河合が話し始めたことで俺は素直に爆風を受け入れることにした。風を……感じる……めんどくさい風をよ……


「あの、実はこのギルド……残っているメンバー、私だけなんです……他のメンバー、みんなあっという間に引退しちゃって……」


 うーわー。どうしよう、これマジでどうしよう。何この重たすぎるボディブロー。何て返せばいいんだこれ。

 先輩みたいな明るい理由じゃなくて、そんな暗過ぎるぼっち理由なんて言われても。聞きたくもねえのに、空気を読めない残念美少女は理由を赤裸々に語ってくれた。

 半年くらい前、河合がこのチームに初めて入った頃は十人くらいメンバーがいたらしい。ギルド名は『†黒き牙を突き立てる者たち†』。このとき、笑わなかった俺を褒めてやりたい。『黒き牙を突き立てる河合さんチース!』って言いたかったけど、ぐっと堪えた俺を心から褒めてやりたい。

 最初は和気藹々とみんなでゲームを楽しんでいたらしいのだが、一カ月ほどしてチームのギルドリーダーが引退した。リーダーの小学六年生のタカシ君はゲームに飽きてしまったらしい。そりゃそうだわ、小学生がこんな廃人ゲーをやり続けられる訳ねえだろ。タカシ、お前は良い判断をしたよ。でもタカシ、小学六年生でこのチーム名は流石にねえよ。お前の将来マジで有望過ぎだよタカシ。


 そして、それをきっかけにドミノ倒しの如く起こる負の連鎖。チームの主婦があまりにゲームをやり過ぎて、家事を怠けて旦那と喧嘩。そのまま引退。特定の女キャラに粘着する男キャラが問題となって、それが騒動に発展して数名離脱。人数が減ったせいで、新しいメンバーいれたい人と人見知りする人とで対立、ダブル脱退。みんながやめるなら自分もと流れにのって離脱するメンバー。そして、残ったのは最後までどうすればよいか分からずオロオロとしていた河合ぼっち玲夢その人だった。


 河合の話を聞き終えて思う。何だこの罰ゲーム。

 腹の調子が悪いのに、なんで俺は河合のこんな重苦し過ぎる話を聞かされなきゃならんのだ。

 残されたぼっち村の村長こと河合は、溜息をつきながら語り続けた。


「そういう訳で、私が最後のメンバー……ということになります。ギルドリーダーは引退してますが、ギルドホームなら脱退操作はできますから」

「……脱退するのか?」

「ええ、そのためにきました。私も斉木君や相坂先輩と一緒のギルドにいたいです。お二人と一緒にいると、楽しいですからね」

「などと綺麗事を抜かしているが、内心ではオンボロギルドからSSギルドに移れて、『ハッピーヘブン! 今日も元気だ飯が美味い!』な河合であった。廃人度が上がるよ! やったね、玲夢ちゃん!」


 馬乗りにされて杖で二十発ぶん殴られた。重い空気を変えようとジョークを挟んだだけなのにあんまりだ。

 ぷんぷんと怒りながら、道具の整理を続ける河合。殴られた衝撃でケツから防波堤が爆破したらどうしようかと思ったが、まだ大丈夫らしい。相変わらず不安定飛行を続ける俺の腹だった。

 やがて整理を終えたのか、何やらきんきらきんのティアラと指輪数個、そして宝石のついた杖と袋に何個かアイテムをつめて河合が立ちあがる。


「夜逃げの準備は終わったか?」

「夜逃げじゃありません! 貴重品だけ道具にまとめましたから、あとは店で売り払いましょう。相坂先輩が戻り次第、ギルドを通じて素材や装備品を売り払うつもりです」

「いいのか? 河合が寝る間も惜しみ、女子力を削りながら必死で集めたマニアアイテムなんだろ?」

「削ってません! 今はとにかく、元の世界に戻ることが第一ですから。お金は少しでも大いにこしたことはありません」

「そうか。まあ、お前がいいならそれでいいけど。売るなら俺がちょっと街中でまた叫んでやろうか? めんどくさい系現役女子高生の私物特売セールって感じで開いたら、バカ売れしそうじゃね?」

「絶対にやめてください! 全く……斉木君は学校でもゲームでも無駄に行動力があり過ぎです」

「やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい。少子化対策標語として取り上げて欲しいくらい素晴らしき俺の座右の銘だ」

「色々と最低です!」


 冗談の一つ一つに丁寧に突っ込み入れるから、こいつは本当にからかい甲斐があるわ。

 こんな良い玩具がクラスにいたことを知らなかったなんて勿体無い。めんどくさい点はマイナスだが、あまりある突っ込みの才能だ。

 元の世界に戻ったら、是非とも弄りに弄り倒して……そこまで考え、俺はふと思った。

 正直、俺は河合のことをこのゲームの世界にくるまで微塵も知らなかった。会話すらしたことねえ。

 けど、河合は俺のことを色々知っているような口ぶりだ。なんでこいつ、俺のこと知ってんだ? あれ、ちょっと腹が緩んできたかも。

 河合と会話してる間に、うまくすればちょうどいい具合に腹がレッドゾーンに来てトイレにいきたくなるかもしれん。トイレに行くための時間を河合との雑談タイムに当てるか。俺は早速河合に話しかける。


「そう言えば訊きたいことがあったんだが、河合は何で俺のこと知ってたんだ?」

「……はい?」

「端折り過ぎた。ほら、ゲームの世界にきたときといい、今といい、学校での俺のことをよく知ってる感じなのが気になってな。俺はこのゲームに入るまで、河合のことなんて微塵も知らなかったぞ。話したことだってねえんだから」

「斉木君、自分がクラスでも目立ってるって自覚あります? 普段から馬鹿なことばかりして、男子たちを先導して遊んでるじゃないですか。斉木君のことを知らない人なんていませんよ」

「馬鹿なことってなんだ。俺はいつだって真剣に今を生きてるんだよ。俺の閃光のように輝く人生を馬鹿にすんなや」

「それに、私が斉木君と会話するの、ゲームの中が初めてじゃないです」

「嘘付け。こんなに打てば響く印象的な詐欺眼鏡と会話して俺が忘れる訳がねえ」


 俺の返答に大きく溜息をつく河合。なんかむかつく。あ、何か腹の流れがきたかも。

 腹が躍動し、便意を訴えかけ始めた中、河合が俺との出会いについて語り始める。


「私と斉木君が初めて会話したのは、今年二月のバレンタインデー前日でした。昼休み、斉木君は廊下で変な運動してましたよね。『バレンタインデーチョコ前予約キャンペーン中』みたいな」

「ああ、やったな。多分、休み時間全部使って学校中を練り歩いた気がするわ」


 河合の言う通り、俺はバレンタインデーの前日、何としてもチョコをもらうために学校中で募金ならぬ募チョコを訴えてまわっていた。

 『恵まれない男に愛の手を!』『あなたの一個で男の世界は変わる!』みたいな旗を掲げて鉢巻きをして、とにかく翌日にチョコをもらうためにアピール活動をしていた。

 そのことを思い出したのか、河合はくすりと笑いながら会話を続ける。あ、きた、これ便意きたわマジで。


「あのときは斉木君のことは隣のクラスの男の子としか知らなくて、『何やってんだろう』って思ってました。チョコをくれ、なんて色んな女の子に言って回るなんて、呆れを通り越して凄いなって思いました」

「俺の中でチョコをせびりまわるのは格好悪いことじゃねえ。バレンタインデーにおいて、一番格好悪いのは『俺興味ねえし』なんて最初から諦める奴だ。俺の中の真の男とは、無様は晒さねえと格好付ける男じゃなく、万事を尽くして最後の最後まで足掻きまわる男だ。たとえ誰に笑われようが、俺は俺の信じる格好良い姿を貫く、それが俺の男道だ。つーか、可愛い女からチョコもらいてえんだよ、文句あるか」

「ありません。私、そのときに斉木君に『頑張ってください』って声をかけたんです。そしたら斉木君、私に『言葉に何の価値がある。募金お願いしますって叫んでる人間に頑張れって声援送って喜ぶと思うのかお前は。声じゃなくて金を落として初めてアフリカの子供たちは笑顔になるんだよ。それと同じだ。声をかける前にチョコ作って俺に寄越せ』って。凄い発言ですよね、本当にびっくりしました」

「実にその通りの言葉じゃねえか。セイロンティーも驚くくらいの正論だ」

「結局その日、私は家に帰って……気付けば、斉木君の姿を思い出して、久しぶりにチョコレート作ってました。なんだか斉木君の一生懸命な姿が楽しくて、チョコを作りながらふと思ったんです。ああいうのが、人を動かすっていうことなのかなって」


 なんか河合が良い話してる気がするが、俺は今それどころじゃねえ。きた、マジできた、肛門からアラームが鳴り響いてる。警報が鳴り響いてる。

 括約筋を引き締め、俺はギルドの中を見渡す。便所は……くそ、ねえのかよ。河合の奴、ちゃんと設置しとけってんだ。本当に使えない村の使えない村娘が。


「結局、作ったはいいものの、斉木君に渡す勇気はなかったんですけどね。隣のクラスを覗きこんだら、斉木君が沢山の女子からチョコレート受け取ってるのみて、タイミング掴めなくて。バレンタイン、沢山貰えたんですね」

「あ、ああ……募チョコ運動の効果、あって、チロリチョコ二十三個、ブラックサンデー三十二個、手作りゼロ個の大釣果だったわ……あ、やばい、これほんとやばい」

「ふふっ、大人気ですね。それからです、斉木君の噂話を耳にするようになって、その無茶苦茶な話を聞いては笑って。そして、今年は一緒のクラスになって、いつか話してみたいなって、そう思ってて……だから、少しだけ嬉しいんです。その、こういう形にはなりましたけど、こうして斉木君とお話できるようになった――「うんこ行ってくるわ! マジで漏れる!」……こ、とが……」


 我慢の限界を迎え、俺はダッシュでボロ小屋から飛び出して適当な店のトイレへと駆けこんだ。ああ、死ぬかと思った。

 出す物を出し、すっきり整腸を終えた俺は、手を洗って再びボロギルドへと戻る。中に入ると、河合が下を向いて顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。何してんだこいつ?

 俯く河合に、とりあえず俺は話を切ってしまったことを謝る。話してる途中に行っちまったからな。俺は謝ることを知る紳士なのだ。


「いやあ悪い悪い。トイレが我慢できなくなっちまってな。しかし、河合の声はあれだな、人をリラックスさせてウンコに行きたいと思わせるような効果があるんだな。すげえな河合、今日からお前はウンコ・セラピスト名乗っていいわ。お前超一流の整腸セラピーだわ。トイレの女神様、ゴッド・ウンコ・ボイスだわ」


 過去にないくらい河合が切れた。整理されていた部屋の道具という道具が俺に向かって投げつけられた。

 俺なりにめちゃくちゃ河合のこと褒めた結果がこれだよ。なんで怒ってんだよ、くそったれが。つくづくめんどくさい系女子の考えは理解できねえわ。
















 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『成長』を石に記録します。







(。・ω・。)



日刊ランキング10位、お気に入り1000を超えました……あわわわ。

本当に、本当にありがとうございます。皆様に心より感謝申し上げます。

そんな日なのに、内容がトイレまっしぐらな話で本当にごめんなさい。巡り合わせがががが……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ