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9.NTR







 俺のトランクスを洗濯することの見返りに河合が頼んできたのは、時空転移装置の存在する街までの移動だった。


 時空転移装置。この『メアサガ』は種族によって初めにスタートする時空が異なるらしい。

 その時空間を移動するための装置が存在している街に行き、それを使うことで自分の故郷の時空に行き、河合の所属するギルドのホームに向かいたいそうだ。そこには河合のキャラの家もあり、装備やアイテムも置きっぱなしにしている筈なのだとか。

 しかし、何だろうこのデジャヴュ。何か前にもそんな話を聞いた気がするが……忘れたわ。興味ねえんだもん。

 死ぬほどめんどくせえことこの上ないが、パンツの恩は返さにゃならん。寛大な俺は河合のお願いを聞き入れてやるのだった。


「それで? その街はここから遠いのか? あんまり遠いようだと先輩がログインしたときに俺たちがいないから困るんじゃねえのか?」

「それは大丈夫です。斉木君が相坂先輩のギルドに所属していますので、斉木君がどこにいるのか別の場所に居ても分かるようになっていますから」

「え、何それ怖い。俺の居場所どこにいても筒抜けってことじゃねえか。プライバシーもくそもねえのかネットゲームっつーのは」

「見られるのが嫌な人は非表示設定とかもできますけど……」

「河合ってあれだよな。常に人のログイン状況把握して『今何してますか』って何度も訊いてきそうだよな。めんどくさい光景がありありと目に浮かぶわ」

「斉木君は私のこと何だと思ってるんですか!?」

「ちょーめんどくせえ系乙女」


 杖で頭をフルスイングされた。河合が非力な小娘じゃなかったら俺の頭が左中間上段にスタンドインしていたところだ。

 ぷりぷりと怒りながら先を行く河合についていく健気な俺。街の外まで足を運び、いつもの馴染みのナルミノ平原にきていた。

 俺に会えた喜びを爆発させ、ぴょんぴょんと近づいてくるナリアに、挨拶代わりのシュートを一発。青空に消えていくナリアを眺めながら、俺は河合に訊ねかけた。


「んで、こっから何処行くんだ?」

「ええと、南西のガブリラ洞をまず抜けて、そこからラミーリ平原を西に歩き続けて、サンチュリ山を越えて、ランクの山を……」

「おい、俺たちはジャングル探検隊じゃねえんだぞ? 踏破するのにいったい何カ月かかると思ってんだ。山越え山越えってお前は一人でハンニバル・バルカごっこでもするつもりか。どんだけ山が好きなんだ、馬謖かお前は」

「で、でもゲームだと二十分もせずにいける距離なんですよ!」

「まーたゲームと現実をごっちゃにしてる馬鹿はっけーん。どうせあれだろ? ゲームのキャラはずっとダッシュしてんだろ? お前、冷静に考えてみろよ。山や森をひたすら休み無しで走り続けられると思ってんのか? やれるもんならやってみろ、陸上部から熱烈なラブコール間違いなしだぞ?」

「う、ううう……でもでも! 言いました! 斉木君、今日は私の言うこと何でも聞いてくれるって言いました!」

「微妙に内容変わってねえか? まあいい、河合、俺は反論をしてるわけじゃねえ、もう少し頭を使えっつってんだよ。しなくていい苦労はしないに越したことはねえだろ。ゲームの世界にいるってところを最大限に活用するんだよ」

「歩き以外で他に方法があるんですか?」

「それを考えるのが廃人のお前の仕事だろうが! 未プレイの俺がこのゲームの移動手段なんて知るか!」

「廃人じゃありませんっ! でも、移動方法……」


 悩み始めた河合、どうやら他の方法を考えてくれているようで何より。

 何が悲しくてゲームの世界で山を越えたり森を抜けたりしなきゃならんのだ。この非日常で俺の体はお疲れモードだというのに、更に体を酷使するなんて冗談じゃねえ。

 ただ、使えないことに関して定評のある河合が良いアイディアを出すとも思えない。

 どうしたもんかなあと俺は周囲を見渡していると、他のプレイヤーたちが巨大な鳥に乗っている姿を発見。なんだあれ。


「おい、河合。あれなんだ?」

「あれは移動用鳥獣エヴィーですね。シナリオを進めると、一キャラに一匹貰えて乗れるようになるんですよ。あれに乗って色んな場所に移動するんです」

「移動手段あるじゃねえか! あれに乗るぞ」

「いや、だから話を訊いてました? あれはシナリオを進めないともらえないんです。そのシナリオもかなり難易度の高いもので……」

「誰が手に入れると言った。無いものは借りればいいじゃねえか」

「借りるって……」

「いいか、今、街の外に出ていく連中を観察していたが、ほとんどの連中が街を出た瞬間、あの鳥に乗ってやがる」

「街の外でしか鳥を呼ぶアイテムは使えませんからね」

「そのタイミングを狙って、鳥を連中から借りるんだよ」

「というと?」

「連中が鳥を呼んだ瞬間、俺たちが瞬時に先に鳥に飛び乗ってそのまま飛ぶんだよ」

「それって窃盗じゃないですか!?」

「窃盗じゃねえよ! 困った初心者に手を差し伸べる優しい冒険者の力を借りるだけだ! 何の問題もない。よし、いくぞ!」


 嫌がる河合を無理矢理引っ張り、俺は街の門の影からプレイヤーたちの動きを見張る。

 そして、ちんまいサイズの羽の生えた小娘、妖精っつったか? そんな種族の蒼髪の女が鳥を呼ぶ鈴を鳴らし、鳥が近づいて来た瞬間――俺と河合はさっそうと鳥へと飛び乗った。うむ、ナイスライドオン。


『あ、あれ? 何で私の鳥に他のプレイヤーが……え、何このバグ?』

「ひゃっはー! 焼き鳥にしたら最高に美味そうな鳥じゃねえか! 少し借りてくぞ、おらあ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

『え、え、えええええ!? ちょっと、嘘――』


 妖精女を置き去りにして、俺と河合の愛鳥は大空へと飛び立った。おお、すげえ気持ちいい。

 大空からゲームの世界を眺めながら、俺は河合に声をかけるのだ。


「それでどこにいけばいいんだっけ? 俺のヤキトリ丸がどこにでも連れてってくれるみてえだぞ」

「人様の鳥に勝手に名前をつけないでください! ああもう……常識を捨てるなって言ってたくせに。南西です! 南西に向かって下さい!」

「任せろ! いくぞネギマ丸! ゴーウェスト!」

「名前さっきと変ってるじゃ……ああああ! そっちは東です! ひーがーしー!」


 背中でぎゃーぎゃーうるせえ河合とともに、俺たちは空の旅を楽しむのだった。

 しかし、俺の行動を断固として止めないあたり、こいつも結構あれだよな。本当、色々と残念過ぎる美少女だわ。
















「おい、鳥が帰ろうとしねえぞ。懐いちまった。情が湧いたからこのまま連れて行こう。とりあえず餌代くれ」

「知りませんよっ!?」


 河合の目的地であるラリートの街という場所につき、鳥を飼い主の元へ帰そうとしたが俺たちから離れようとしなかった。

 どうやらこの世界の動物は優れた人間をかぎわける力が発達しているらしい。俺ほど格好良く秀でた人間に靡くのも仕方のないことか。

 しかたないので、このぼんじり丸は今日からしばらく俺のペットとする。妖精の小娘から結果的に奪っちまったが、まあいいや。妖精はあれだ、妖精らしく大自然を楽しんで歩きやがれ。そもそも背中に羽が生えてんなら鳥になんて頼るんじゃねえ、自分で飛べ。鳥は今度会ったら返してやろう、俺って優し過ぎだわ。

 河合の後ろをつくね丸と歩きながら、河合の求めていた時空転移装置なるものの前へと辿り着く。それは巨大な航空戦艦みたいな船だった。


「今更突っ込むのもあれだけどよ。何で中世っぽい世界にこんな未来技術盛りだくさんなもん突っ込むかね。節操ねえな」

「あ、聞きます? ええとですね、このゲームの背景なんですが、今から五千年ほど前にクシャルトー国家の……」

「自分の興味あること語る時に饒舌になる辺り、河合ってオタク気質だよな。つーかお前ぶっちゃけゲームオタクだよな」

「……さあ、行きましょうか。これに乗り込みます」


 話題を強引に逸らして誤魔化しやがった。早足で逃げる河合を追いかけながら、俺はこの時空転移艦に乗り込んだ。

 お一人様30リリルで乗せてくれるらしい。利益でんのかそれ。燃料代すら出そうにねえんだが。あと、お一鳥様は無料のようだ。

 俺たちがカワタレ丸を艦内に入れたため、他のプレイヤーの注目が集まったので、面倒だから鳥をその辺に放置することにした。興味津々なプレイヤーたちがさぞやせせり丸を可愛がってくれるだろう。ゆるキャラの星になれ。

 この船は先輩の魔法のように一瞬でワープというわけにはいかないらしく、時空移動に20分かかるらしい。いや、それ無駄過ぎるだろ時間。河合にそれを突っ込むと、何でも開発陣が演出に拘り過ぎた結果らしく、プレイヤーから非難轟々だったそうだ。

 現在ではもっとシナリオを進めると、これに乗らずとも一瞬で時空転移するアイテムが手に入るらしい。ゴミじゃねえか、この船。さっさと廃艦しろ。

 

 

 艦内に設置された長椅子に腰を下ろして一息つく。河合は興奮しながら艦内を見学に行った。小学生かあいつは。

 今なら気軽におっぱい揉んでも笑って済ましてくれそうだが、聖人君子な俺はそんな愚かな行為はしない。俺が揉みたい胸はあくまで相坂美穂その人だ。

 あの非の打ちどころのない完璧ボディは流石の俺もクラクラだ。性格よし、顔よし、おっぱいよし、三拍子そろった名プレイヤーじゃねえか。いいよな、相坂美穂。残念村の残念美少女詐欺眼鏡とは大違いだ。

 そんなことを考えていた俺は、突然誰かに声を掛けられて咄嗟にまともな返答ができなかった。考えていたことを率直に声に出してしまった。


『隣、いいかい?』

「おっぱい揉みてえ」

『……おっぱい?』


 突如俺に声をかけてきたプレイヤーに、俺は視線を上へとあげる。俺を見下ろすように立っていた……あ? 野郎? 女? どっちだこれ?

 背丈はそれほど高くねえ。銀髪を肩くらいまで伸ばして、女みたいな顔をしてはいるが……声は中性的でどっちともとれるな。黒で統一された帽子とローブが野郎っぽい雰囲気を出している。

 迷った俺は視線を胸へと向けて判断。胸ねえな……うーん、全然分かんねえ。迷ったら人に訊く、昔習った言葉だ。小学校の先生の教えを守り、俺は目の前の男女に訊ねかけた。


「男、女、どっちだ。性別によって対応を変えてやる。女なら最低限度優しくしてやる。カマホモは消えろ、カマ・ゴー・ホーム」


 少々厳しい言葉になってしまったが、仕方ない。

 俺はカマ男には嫌過ぎる思い出がありすぎる。この斉木陽太というナイスガイ、人生で実は三回ほど告白されたことがある。その全てが男からだった。

 なよなよした女みてえな男に俺はやたらもてた。一緒に馬鹿して遊んでたら、いつの間にか好きになったとかおぞましいことを奴等は揃って言ってきやがる。

 無論、全てにお断りならぬ男割りをした。電気アンマをかまして、そのおぞましい下半身が二度と不埒なことを考えられぬように制裁してやった。奴等は恍惚としていた。カマホモは滅びろ、割とマジで。

 そういう訳で、俺はカマホモには厳しい。特に俺に視線を向けるカマホモには容赦しねえ。これくらい強い口調でも足りないくらいだ。

 だが、そんな俺の言葉に、目の前の男か女かわかんねえ奴は、ふっと笑って素敵ポエムを語りだしたのだった。


『性別か……もはや僕にとって意味を為し得ない区別だね。そもそも、僕は最初どちらだったのかすらあやふやだ。境界線が消えてしまってから何年経つだろう』

「僕ってことは男だな。お前が去勢した日付なんぞ知るか。電波でオカマで健忘症なんて三重苦過ぎるだろ。おら、帰れ。俺は今から相坂美穂のおっぱいを想像することで忙しいんだよ」

『つれないね。僕は君のことをずっと見ていたというのに』


 ぞっとした。尻の穴の奥がきゅんとした。オカマ野郎、なんて気持ち悪いこと言いやがる。

 ドン引きする俺に、オカマ野郎は何故かドヤ顔で俺を見下ろしている。気持ち悪い上に何かむかつくなこいつ。俺はその場で立ち上がり、オカマ野郎を睨みながら警告をする。


「おい、一つだけ教えておいてやる。俺はこの世で腹の底から苛立つ人種が三つある」

『へえ、何かな?』

「ウィキペンディアから齧った知識をさも我が知識のごとくドヤ顔で語る奴、ブラックコーヒー以外はコーヒーじゃないわーと嘲笑してくる奴、そして電話で遊びに誘う時に何をするのか内容を先に告げず『今暇?』と訊ねてくる奴だ」

『なるほど。ちなみに僕はどれに該当するのかな?』

「……俺はこの世で腹の底から苛立つ人種が四つある」

『増えてしまったね。前の三つは説明を省いてもいいよ』

「何でも見透かしたような態度を取って俺を上から見下してくるカマホモ野郎だ。分かったらとっとと失せろ」


 苛立ちを抑えられず、ガン飛ばしながら言葉を吐き捨てる俺。

 自分でも不思議に思う。初対面の相手、しかもただの一プレイヤーだ。そこまで言う必要はねえだろうと思う。

 だが、こいつは生理的になぜか受け付けなかった。カマホモっぽいという時点でもあれなのだが、俺の中の何かが、ビンビンと告げやがる。こいつは力の限り拒絶しなければ、間違いなく後悔することになると。

 不機嫌極まりない俺の対応に、オカマ野郎は軽く息を吐きだし、言葉を紡ぐ。


『どうやら僕の物語の主人公はご機嫌斜めのようだ。今日は出直すことにしよう』

「その台詞をゲーム画面の前でタイピングしてるかと思うとマジで泣けてくるな。お前、一度自分の姿を鏡で見つめ直した方がいいぞ。あと、人を勝手にお前の物語の主人公にするんじゃねえ。どんな物語だ、カマホモラブストーリーか、カマホモとカマボコって似てるよな。似てねえよ、死ね!」

『面白い思考回路してるよね、君も。それでは失礼するよ。また会う時までに、神の石にもっと強き輝きを宿してくれていることを期待しているよ、斉木陽太君――僕の愛しの主人公様』


 意味深な台詞を残し、歩き去ろうとしたカマホモ。なんかその『私はなんでも知っています』的な姿がイラっとしたので、背後からローブの下半身部分を思いっきりずり下げてやった。どうせゲームのキャラだしこのくらいしてもいいだろ。

 トランクスかブリーフでも飛び出してくるかと思ったら、白い女性物のパンツがこんにちは。うわ、こいつマジモンのオカマさんじゃねえか……メンズブラとかが今流行してると聞いたことはあるが、まさかメンズパンティまで存在するのか。ゲームの制作者、割と本気で滅びねえかな。

 ローブをずり下げられた状態でも、カマホモは動じない。軽く溜息をつきながら、俺に語り続ける。ゲームのキャラだし、ずり下げられても堪えねえよな、つまんねえ。


『き、君はっ、そそそっ、そんな幼稚なことをっ、するのがっ、趣味なのかなっ! かかか、変わってるねっ』

「滅茶苦茶動揺してんじゃねえか!? しかも顔赤らめて気持ち悪っ! ゲームキャラだと分かってても本気で気持ち悪いわっ! ああもう、俺が悪かったよ、さっさとニューカマーな二丁目でも何でも帰れよ」

『ししし、失礼するよっ、僕の主人公様っ、ひゃあっ!』


 カマホモの馬鹿、ローブずり下げたまま歩こうとしたから思いっきり転んでやんの。アホだこいつ。

 慌ててローブを着直して去って行ったが、何だったんだあいつ。プレイヤーだと思ってたんだが、そう言えば頭上に名前出てなかったな。となると、イベントキャラか何かかね。オカマのイベントなんて、つくづくクソだわこのゲーム。誰得なんだよ。

 その後、入れ替わるように俺の元に戻ってきた河合。興奮気味に艦内の凄さを語るこいつにまさか癒される日がくるとは。俺は良い仕事をした河合に感謝の言葉を告げるのだった。


「河合、お前は確かにクソめんどくさい女だけど俺はお前らしくていいと思えるようになってきたぞ」

「開口一番に失礼過ぎる言葉吐かないでくださいっ!」


 憤怒する河合を流す俺。もう二度とカマに会わないことを祈りつつ、俺と河合とちびっこ妖精からNTR(盗んだ鳥)……もとい、少しだけ借りた砂ずり丸と新たな時空『エルーリア時空』へと足を踏み出すのだった。













 神の石が淡く光り輝きました。



 属性『NTR』を石に記録します。









(◎o◎)




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